中岡悠里は久坂大和を想う。
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私は教室を出たあと、こちらへと振り返った久坂に笑顔で手を振る。
そして、久坂がそのまま去った後も、私はずっと廊下の先を見つめていた。
「久坂……えへへ……」
嬉しい。
嬉しい、嬉しい、嬉しい!
久坂が私を晩ご飯に誘ってくれた!
お弁当を作ってきてくれただけでも最高に幸せだったのに、さらにこんなサプライズが待ってるなんて、思いもしなかった。
しかも。
「えへへ……久坂とRINE交換しちゃった!」
私はスマホをギュ、と握り締め、頬を緩める。
「これ……期待しても、いい、のかな……?」
うん、きっとそうだよ。
久坂だって私のこと……うん……。
「あ、いけない。そろそろ行かないと」
私はスマホの時計を見て、慌ててカバンを持つと、風紀委員室へと向かい、自分の席に着く。
「それでは、風紀委員会の定例打ち合わせを行う」
風紀委員長……木戸先輩の開始の合図の元、打ち合わせが始まった。
「えへへ……」
そして、やっぱり晩ご飯のお誘いが嬉しい私は、そんな風紀委員会の大事な打ち合わせの最中なのにはにかんでしまう。
でも、それも仕方ないよね。
だって……久坂が私を誘ってくれたんだもん。
ずっと好きだった、あの久坂が……。
◇
——私が久坂を好きになったのは、小学五年の秋。
こう言ってはなんだけど、裕福な家庭に育った私は、両親……ううん、父から厳格に育てられ、日々窮屈な生活を強いられてきた。
勉学は当然のことながら、礼儀作法から武道に至るまで、色んなことを習わされてきた。
そんな両親はといえば、仕事で毎日多忙のため、一緒にご飯を食べることも、会話すらもほとんどしたことがなかった。
だから私はいつも誰もいないリビングで、家政婦の作り置きのご飯を温め直して、一人食べていた。
そして、それが当たり前なんだと、そう思っていた。思い聞かせていた。
そんなある日。
「全く……こんな簡単な問題も解けないとは……お前には失望した」
久しぶりに会った父は、たった一問間違えただけのテスト結果を見て、無情にもそんな言葉を私に浴びせかけた。
私は悔しくて、つらくて、悲しくて、気がつけば家を飛び出していた。
お父様なんて、私のこと何にも知らないくせに!
お母様だって、今日も仕事仕事で私のこと放ったらかしにして、家にいないくせに!
そんなことを考えながら、近所の公園で一人涙を流していると、普段近所でも、学校でも見たことのない男の子が現れた。
「ど、どうしたんだ!?」
その男の子は私の様子に気づき、驚いた表情で近寄ってきた。
「別に……」
私はプイ、と顔を背ける。
だけど。
「別に、じゃねーよ。お前、泣いてるじゃんかよ」
そう言って、回り込んでに私の正面に来る。
「放っておいてください。キミには、関係のないことですから」
これ以上相手にしたくない私は、顔を背けても回り込まれるので下を向いた。
こうすれば、私の顔を見ることが……って、ええ!?
すると、この男の子は、まさか私の両頬を掌で押さえると、グイ、と無理やり顔を上げさせた。
「つーかさ、女の子が泣くなんてよっぽどのことだろ。俺で良かったら、話くらい聞いてやるからさ」
そう言うと、その男の子はニカッ、と笑った。
「……う」
「う?」
「うわあああああああん……!」
「おわっ!?」
その男の子の笑顔を見た私は、なぜだか分からないけど涙が溢れてきて、気づけば男の子に抱き着き、その胸で声を上げて泣いていた。
私はそのまま泣き続けていたけど、男の子が私の背中をさすってくれて、しばらくすれば落ち着いてきた。
「ぐす……」
「よう、もう落ち着いたか?」
男の言葉に、私はコクリ、と頷く。
「そっか。それで、なんで泣いてたんだ?」
「うん……」
私はこの男の子に洗いざらい話した。
忙しい両親のせいで、私は独りぼっちであること。
なのにお父様は、たった一問しか間違えてなかったのに、私に失望したと吐き捨てるように言ったこと。
「……お父様もお母様も、私のことなんて好きじゃないんです、嫌いなんです! ……だから……だから……!」
私は拳を握り締め、ぽろぽろと大粒の涙を零す。
すると……男の子はさっきと同じように私の両頬を挟んだ。
「な、何を……!?」
「ちげーよ」
男の子は真剣な表情で、そう否定した。
「ち……違うって何がですか!」
「決まってんじゃん。お前の父さんも母さんも、お前のことなんか嫌っちゃいないと思うぞ」
その言葉に、私はカア、と頭に血が上った。
「キ、キミなんかになにが分かるんですか! 私のこと、何にも知らないくせに!」
「おう、俺はお前のことなんか、何にも知らねーよ。だけどな」
男の子は、すう、と大きく息を吸った。
「自分の子どもが嫌いな親なんて、絶対にいねーよ! だったら、お前は自分の父さんや母さんとちゃんと話をしたのか? お前がつらいこと、悲しいこと、ちゃんと話したのか?」
「そ、それは……だけど、お父様にもお母様にも滅多に逢えないんですよ! それで、どうやって話をしろっていうんですか!」
「だったら簡単じゃねーか! 今からでも話せばいいじゃねーか! 直接逢えないんだったら、電話だってすればいいだろ! ほら!」
そう言うと、男の子はポケットからスマホを取り出した。
「これ……」
「貸してやるから、電話掛けろよ」
男の子は、グイ、とスマホを差し出す。
「ス、スマホくらい私だって持ってますから!」
私は男の子のスマホを押しやり、自分のスマホを取り出す。
「だったら、掛けてみ」
「え、ええ! 掛けますよ! 掛ければ……!」
私は強がりながら連絡先を開き、お母様のスマホの番号をタップしようと……するけど、手が震えて押せなかった。
「えい」
「あっ!?」
それを横から見ていた男の子が、勝手にボタンをタップしてしまった!?
「な、なんてことするんですか!」
「いや、なかなか押さねーから、俺が押してやったんだよ」
「も、もう!」
私は慌てて切ろうとするけど……。
『もしもし、悠里?』
お母様が電話に出てしまった……。
「(ホラ、言いたいこと言ってやれよ)」
私の耳元で、男の子はそんなことをささやく。
「あ、お、お母様……その……」
『? どうしたの?』
それでも私は、どうしても言葉が出なくて固まってしまう。
その時。
——バシ!
「お前、ここで言わなくてどうすんだよ! そうじゃないと、お前の母さんだって分からないだろ! ちゃんと伝えろよ! お前の想いを!」
背中を強く叩いて、男の子が檄を飛ばす。
『ね、ねえ、今、男の子が叫んで……「お、お母様!」』
私は意を決し、大きな声でお母様を呼ぶ。
そして。
「わ、私は……!」
私はお母様に、自分の思いの丈をぶつけた。
今まで言いたかったこと、言えなかったこと、その全てを全部。
涙が流れても、上手く話せなくても、それでも、必死で訴えた。
すると。
『……悠里、ごめんね……寂しい思いをさせて、あなたがつらいことにも気づかないで……』
電話の向こうで、お母様が泣きながら謝った。
……こんなお母様、初めてだった。
そして、お母様は今晩、家族みんなで話し合おうって、一緒にご飯を食べようって、そう言ってくれた。
私はお母様とそう約束を交わすと、静かに通話終了のボタンをタップした。
「どうだった?」
男の子が心配そうに私を見つめる。
私は……!
「うお!?」
「お母様が……一緒にご飯を食べようって! 一緒に話をしようって……!」
「本当か! やったじゃねーか!」
嬉しくて抱きついた私に、男の子はまるで自分のことのように喜んでくれて、強く抱き締め返すと、そのまま私を抱き抱えてクルクルと回った。
「うん……うん……! ありがとう! キミが……キミが、私に勇気を与えてくれたから……!」
「はは! 俺じゃないよ! お前がちゃんと声を出して伝えたからだよ!」
ひとしきり回った後、男の子はそっと地面に降ろしてくれた。
「ははは……んじゃ、もう大丈夫、だよな?」
「……はい」
私は人差し指で涙を掬いながら、笑顔で頷いた。
「それじゃ俺、もう行くわ」
「え……?」
そう言うと、男の子が公園の出口に向かって走り出す。
「ま、待っ……!」
私はいきなりのことで困惑したまま、思わず男の子を呼び止めようとするけれど、振り返りもせずに走り去ってしまった。
「せめて名前だけでも……知りたかったな……」
私はその男の子にお礼も言えず、しかも、どこの誰かも分からなくて、悲しくなってしまった。
仕方なく、私は家に帰るために公園を出ようとして……。
「あ……これ……」
それは、男の子の名札だった。
『五年二組 久坂大和』
くさか……やまと……くん……。
私は男の子が落とした名札を拾うと、キュ、と胸で抱きしめた。
いつか……いつか彼にまた逢ったら、この名札と一緒にお礼を言おう。
私はそう、心に誓った。
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次話は明日の夜更新予定です!
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