知り合い日和
まずいくつか、説明して置かなければならないことがあると思われる。
先立って自己紹介をしておくならば、俺の名前は真逆 雄積、現在十七歳で高校二年生の冬だ。バリバリの青春真っ只中であるはずの年齢だが、そんな俺が何故、今日このような場所にやってきたのか。
その一番の発端は今から数えてざっと三ヶ月前に遡る。
俺はその日、死んだのだ。
事件にしては現実味がなくギャグにしては面白味がない。しかし事実として三ヶ月前の十月二十二日、俺は死んだ。死、つまり鼓動と呼吸が停止し、脳と心臓が動きを止める。魂が肉体を離れ、天使様に抱えられて天国へと迎えられるそれだと思ってもらって構わない。それが俺の身に起こったのだ。とある一人の傍迷惑でおっちょこちょいな女貧乏神のうっかりミスのせいで。
そして俺は、真逆雄積という名前以外の俺自身としての全てを失い、もう一度生き返らせてもらった。俺が元いた世界とは少しだけ違うこの世界に、全く新しい人間として。全く持って理不尽な話だが、俺にはそれ以外にどうすることも出来なかった。
詳しい話は今は控えるが、俺だって当時は焦ったんだ。死ぬなんて勿論はじめてだったからな。
そして俺は今、元の世界の俺に戻るためにこの世界で心探偵という仕事をしている。俺と同じような、あるいはその他の種々の事情で自分を失ってこの世界にやってきた人間の多くが働いている。いや、というよりはそう言った事情でこの世界にやってきた人間は、元に戻る為にはその仕事をせざるを得ないし、その仕事をするための特別な力があるのだ。
心探偵として多くの人達の心を救う事ができれば、俺達は元いた世界に戻ることが出来る、そういうことらしい。
今の所は心探偵のことは、壮大な何でも引き受け屋、くらいに思って欲しい。とにかく、俺がここに来たのはその心探偵の仕事の一環として、なのだ。
目の前にいるこの少女が、心探偵の探偵事務所に依頼を出したのだろう。その仕事が俺に回ってきた、そういうことだ。
そして時間は現在へと再び戻ってきて、今俺の目の前に立つ少女はこう言い張ったわけだ。
「私は十七歳である」
と。
「えーと、君が十七歳……?」
とても信じられないという感情を隠そうともせずに俺はこぼす。相手の少女は不服そうな顔をして俺を睨んできた。
「何か問題がありますか」
「いや、ありますかって……」
正直に言おう。目の前にいる少女はせいぜい見積もっても十四歳、即ち中学二年生程度にしか見えない外見をしていると。たった三歳差だと言われるかもしれないが、少なくとも十代半ば思春期青春期成長期の人間の変化の度合いを考えるならば、これはもう並々ならぬ違いだ。三十歳と五十歳の二十年の差よりも大きいと言って差し支えない。それほど彼女の、十七歳という年齢は違和感を覚えさせた。
つまり問題があるどころの騒ぎではないのだ。問題だらけだ。これはもはや不祥事の域だ。謝罪会見を開く必要性すら出てこよう。
身長もそうだが、その顔も。彼女が十七歳というならばいわゆる童顔というやつになるのだろうが、これでは今時のジェーケーディーケーには流行るまい。少なく見積もっても可愛い顔をしているが、お世辞にもその年代の少年少女が強く惹きつけられるような独特の魅力はない。これは俺が同じ十七歳だから一層言えることではあるが。
それに見ろよ。胸だってなんて残念なんだ。高校二年生が泣くぞ。なんだこの痩せた尻は。成長期を七割がた終えたとは思えない寸胴ガスッ!
ん?
「寸胴ガスッ!」?
なんだ、「寸胴ガスッ!」って……っ!?
「ひいいいったあああああああ!!?」
……今度のは容赦なかった。可愛らしい容姿で、表情一つ変えず、しかし恐ろしいほどに残虐な仕打ちだった。踵が……踵の尖った部分が……めり込んだ……。
「な、なななななんてことをするんだ!!」
「視線に悪意を感じましたので」
「き、君は心が読めるのか!?」
「では悪意を向けていたのですね」
「読めないのによくも自信満々に暴力が振れるなぁ!?」
患部を抑え、俺は若干涙目になる。女の子が暴力を振るって可愛いのは、飽くまでもそれを傍から見ている時だけなのだと思い知らされる。当事者からは、可愛さなど見ることが出来ないのだ。痛いのだ。
痛ってぇ……。
「では聞きますが、おっぱいが大きくなかったら、お尻が大きくなかったら十七歳にはなれませんか? 学校の学年は体格で分けられているんですか?」
結構気にしてるんだな。というかやっぱりこの子、本当は心を読めるんじゃ……。
俺は彼女の無言の眼力に気圧されて、フルフルと首を振る。
「本当に大丈夫なのでしょうか。あなたみたいな人にお願いして」
「君が俺を殺してしまわない限り問題はなさそうだよ……」
「自信がおありなんですね、まだ何も聞いていないのに」
少女は少し訝しそうに言う。今の所、俺という人間はあまり彼女に信用されていないらしい。
何? 当然だって?
「少し話せば大体わかる。君の年齢も聞けたしね。あとはそう……お名前を伺ってもいいかな? ちなみに、上司からはもう聞いてると思うけど、俺の名前は真逆。真逆 雄積だ、よろしくな」
俺の言葉に彼女はしばし口を閉じ、考え込むように俺の眼を覗き込んできた。が、やがて渋々口を開いた。いまだ目つきは緩めないままに。
「私は七井……七井 夜」
「そうか、夜。じゃあこんな所で立ち話もなんだ、場所を移ろうか」
「場所を移る?」
「事務所に行くんだよ、俺の事務所。その方が話しやすいこともあるでしょ」
俺はそう言ってゆっくり歩き出すが、少女は動こうとせず、少し眉を潜めながらこちらを見つめていた。表情の変化が見れたのは嬉しい事実でもあったが、いつまでも警戒されていたのではやりづらい。俺は肩をすくめて夜を諭した。
「変な所じゃないし、変なこともしない。変な奴らは結構いるけどな」
俺はそう言いながらポケットから一枚のハートが描かれたモノクロのカードを取り出して指で弾き、彼女に投げて渡した。
ヒュッ! パシッ!
ナイスボール! ……そしてナイスキャッチ。
俺が夜に渡したのは「ココロカード」。心探偵の証明書みたいなものだ。彼女は心探偵の事務所本部で上司に依頼し、請負人として俺を紹介されてるはずだ。そして彼女はその「ココロカード」を見たら俺のことを信用するように上司に言われてるはずなのだ。……ボスがヌけてなければ、ね。
彼女はそのカードを目にすると、少し考え込むようにそれを見つめ。そして、やや間を置いてからようやく顔を上げた。
「案内してください」