始まり日和
突然ではあるけれど、世の中にはおおよそに分けて二種類の人間がいる、というのが俺の持論だ。持論というより経験則から来る歪んでひねくれた人生観というものに近いけれど、あながち外れていない自信はある。少なくとも俺が今身を置いている世界よりかは充分に現実的な構造をしているだろう。
即ち持てる者と持てない者。俺の中での、人間のカテゴリーというのはその二つだ。それを言うなら持てる者、持たざる者だろうって?まあそういう言い方もあるんだろうけど、俺が言いたいのはそうじゃなくて、つまりモテる者とモテない者って言ったらよく伝わるだろうか。
どういったわけなのか、どうしたものかどうしても、どうもモテないそんな奴。何で何だって何をしたって、何がどうあってもモテる奴。まあそう極端な奴は例にならないとしても、分けようと思えばそういう二つの分け方は大いに意味がある。実際にいる。モテる奴とモテない奴。
そしてそういう意味じゃ俺は、かなりモテる奴だ。
俺はモテる。
それも極めてモテたくない相手に。
「俺に依頼……ですか」
未だ寒気が都会のビル群の隙間を縫うように流れて首筋をかすめ撫でる季節。突き抜けるような乾いた青空を見上げながら、俺は携帯電話越しの相手の声に白いため息で答えた。通話越しの相手は俺の気など知らずに愉快そうな声で言った。
『はっはっはっ、お勤めご苦労さん。おめでとう、と言うべきかな。ご依頼主さんは駅の改札口で待つように伝えておいた。もう着いているだろう』
「ああ、見えるよ」
俺は目の前に見える、姫乃木町駅を見やり、そして彼のいう「ご依頼主」らしき人物に焦点を合わせた。首にマフラーを巻き、薄藍色のセーターを着た一人の女の子が、ぽつんと駅前のベンチに腰かけていた。寒さに身を縮こませているせいか、遠くから見るとまるで小動物のようだ。
『もう分かってると思うけど、ご依頼主さんは既に心損している』
「俺に任されるような奴だ、分かってるよ」
『話が早くて助かる。じゃ、幸運を祈るよ』
そう言うと相手からの電話は切れた。俺は無造作に携帯を上着のポケットにしまうと、ゆっくりと少女の元にまで歩いて行った。
半ば彼女の方も、俺が自分の担当だと気づいたのだろうか。こちらが近づいて行くと顔を上げ、目の前にやってくるまでじっと俺のことを見つめてきた。俺は両手をポケットに突っ込んだまま、その少女を見下ろす。
相手から先に何か言ってくると思っていたが、思いのほか辛抱強かった。冷静に、彼女は俺から目をそらすこともなく、あるいは逸らすことも出来ず、微動だもせずにいた。俺は心の中でとりあえず一安心し、話がしやすいように少し笑みを作って口を開いた。
「どうも。話には聞いていると思うけど俺が……」
「誰が口を開いていいなんていいましたか」
このようなちょっとおおよそ、どころかあまりに耳を疑うようなセリフを堂々と口にしたのは、間違いでなければ俺の前に座っている少女だ。その可愛らしい口がどう頑張ってそんな言葉を紡げたものなのか、悠長に考える気はない。
彼女の言葉に俺は閉口し、そして即座に察した。この依頼主は厄介だ。
往々にして大体、言い換えれば十中八九、俺の依頼人というのは少し困った輩が多い。それには理由があるのだけれど、その事については追ってお伝えするとしよう。
「動かず、背筋を伸ばし、目をそらさずに立って下さい」
表情はほとんど動いていなかったが、強い眼力でこちらを睨みつけながら少女は小さく力強く述べる。俺は、何をするわけにも行かず、ただ言われた通りに動かず、背筋を伸ばして、目をそらさずに相手を見つめた。
ちくしょう、話しやすいようになんて余計な気を払うものじゃなかった。
「答えは首を振るだけでいいです。あなたが私の仕事を請け負ってくれるんですか?」
彼女は相変わらず、氷の人形であるかのように表情をピクリとも動かさずそう聞いてくる。俺は相手を刺激しないようゆっくりと首を縦に振った。彼女はその動作をじっくりと、まるで一挙手一投足を脳みそにフレームとして焼きとるように眺めた。そして、言う。
「分かりました」
満足したように。少女はそこでようやく目をそらした。念のため俺がそのまま動かずにいると、少女はやがて物憂げに口を開いた。
「今のは品定めですが、分かって下さいね。大事なお仕事ですから、預ける相手は慎重に選びたいの」
「ええ、ええ、分かりますよ。ですか……っ」
突如として俺のつま先に彼女の踵が突き刺さった。
「良いというまでは喋らないで下さい」
軽率に口を開いたのは……つまり、こういう女の子の前で考えなしに油断したのは俺にも非があったと言えなくもない。それに関しては認めよう。ただ、ただ。ただそれにしても、だ。
「な、ななななななんで君は初対面でそんなに偉そうなんだ! いくら依頼人とはいえ、目上の人間にはもっと敬意というものをだなぁ!!」
鋭い痛みのシグナルを刻むように訴える爪先を抑えて、俺は抗弁の声を上げる。少女は相変わらず、眉を少し動かしただけでこともなげに返した。
「失礼ですが、あなたはまだ学生の年齢に見えますよ」
「そうだけど! だからどうした俺は確かにまだ十七歳花の高校二年生だ! それにつけて君は……!」
「私も十七歳です」
食ってかかるように言う俺に対して少女は胸を張って言った。言い切った。
「……へ?」
それに対して、そんな間抜けな声を漏らしたのは、失礼に値する行動だっただろうか。