カカルがトイレットペーパーを武器にコロナウィルスに挑むが通用しませんでした。
感想の類を頂ければ励みになりますので、よろしくお願いします!
「コロナウィルスめ!覚悟しろ!」
相変わらず玄関口から、何者かが喚いている。
「カカル君!まずはこのリビングに来て!
そこからだと何か誰か知らないけどただ喚いているだけの人みたいになっているよ!」
「おい!誰だ!まずは姿を現せ!
そこからカッコつけられても何の事だかよく分からん!」
らん子たちはそれぞれ玄関口の方へ向かって言葉を投げた。
「待て!今靴を脱いでいるんだ!」
玄関口からは何やらゴソゴソと慌ただしい音が聞こえる。
「そんなのどうでもいいだろ!サッと姿を現せ、サッと!」
「靴はちゃんと並べといてね!ゆっくりでいいよ」
それぞれがまた玄関口の彼に言葉を投げかけた。
そして――
その場は沈黙に包まれる。
「……。」
「……。」
二人はただ無言で、彼の登場を待っていた。
そんな中――
なにやらパタパタと音がする。
靴を並べているのだろうか?
「……。」
「……。」
らん子は尻が痛くなってきたのか、ゆっくりと無言で、正座の体勢に足を変えた。
そんな中――
別のドアが開く音がする。
「おい!らん子!お前またウンコ流してないぞ!」
突如そんな声が聞こえた。
「ごめん!忘れてた!」
彼女は大声でそう言うと、視線を床に落とし、再び無言決め込んだ。
玄関口からは、「クッセ……」と呟く声が聞こえる。
それと同時に、水が勢いよく流れる音も聞こえてきた。
「……。」
「……。」
再び、沈黙が訪れた。
らん子は相変わらず視線を下に落とし、なにやら床の木目を目でなぞっているようだ。
コロナウィルスの方は、彼女の前で立ち尽くし、手持無沙汰で窓の外を眺めている。
「……。」
するととうとう痺れを切らしたのか、コロナウィルスはらん子に対して、何やら玄関口を指さしながら――
――まだ?
と口パクで尋ねた。
らん子はそんなコロナウィルスのジェスチャーを見ると、少し申し訳なさそうな表情で――
――もうちょっと。
と、彼女もまた、口パクで答える。
「……。」
再び沈黙が訪れる。
らん子の何気ないため息がポツリ。
コロナウィルスの鼻を啜る音がポツリ。
「……。」
「……。」
やがて、痺れを切らしたコロナウィルスがイライラし始めた時――
――カランコロンコロン
何かが転がる音がした。
これは多分――
トイレットペーパーが回っている音だ。
「おい!まさかお前もウンコしてんのか⁉」
コロナウィルスが声を荒げて言葉を放り投げる。
「待って~。もうちょっとだけ……」
玄関口からは腑抜けた声が聞こえてくる。
そしてようやく……
再び便所を流す音が聞こえた時――
「さあ!待たせたな!」
彼の足音が聞こえてきたのだ。
「やっと来たか!」
コロナウィルスは口元を醜く歪め、これから姿を現そうとしている彼に対し、身構える。
「カカル君!」
らん子は彼の登場に心躍る様な様子で、その人物の名前を叫ぶ。
そしてとうとうその人物は、リビングにその姿を現した。
そこには――
「トイレットペーパーミイラマン!ただ今参上!」
トイレットペーパーの紙をまるでミイラの様に全身グルグル巻きに巻いた、誰だか判別も付かない男だった。
「誰だお前は⁉」
「不審者よ!いや、変質者よ!」
らん子たちは、その変態にしか見えない男に対し、それぞれ罵声を浴びせかける。
「待て!落ち着け!らん子!俺だ!お前の愛する恋人、カカル君だ!」
「アンタなんか知らないわよ!オートロックはどうやって突破してきたのよ⁉」
「オートロックは……入り口のポストに挟まっているチラシを使って、自動ドアの隙間からこう……入れて、上のセンサーの所に反応させたら開いた。」
「不法侵入!」
彼女の罵声を浴び続けるも、カカルは構わず気丈に振る舞い、コロナウィルスに勝負を挑みかける。
「ハッハッハッ……誰かと思えばただの変態か。
しかもさっき、トイレを流す音は聞こえたが、洗面所で水を流す音は聞こえなかった。
お前ちゃんと手は洗ったのか?」
卑しい笑みを浮かべて彼をギロリと睨むコロナウィルス。
しかし、そんなコロナウィルスの問いかけにも、カカルが動じる素振りは無かった。
「甘いな!俺をそこの大腸菌と一緒にするな!」
「何ですって⁉」
カカルは構わず続ける。
「トイレを流した時に、便座の上の所から水が出るだろ?
そう……あの、蛇口みたいな所からしばらく水が流れるじゃん。
あそこで洗ったのだ!」
しかしそれを聞いたコロナウィルスはしめたとばかりに叫びだす。
「残念だったな⁉この愚か者め!水だけで手を洗ってもコロナウィルスは洗い落とせないのだよ!」
「何だって⁉」
驚愕の声を上げるカカル。トイレットペーパーで顔面すらもグルグル巻きになっている為、その表情までは読み取る事が出来ない。
しかし彼はすぐに気を持ち直すと、コロナウィルスに対して余裕すらも込めた口調で言い放った。
「まあいい。手は後で洗えばいい。お前を倒した後にな。」
「大した自身じゃないか。何か秘策があるようだな?」
「秘策?」
カカルはその言葉に反応すると、前髪をファサッと右手で掻き鳴らした。
しかし頭部もトイレットペーパーでグルグル巻きの為、前髪は存在しない。
エアファサッになってしまった。
「お前にはこの俺の姿が見えないのかな?」
カカルは親指で自分自身を指し示す。
「トイレットペーパー?」
そう問い返したのはらん子だった。
「そうさ。どうやらトイレットペーパーにはマスクと同じ生地が使われているそうだ。
だからこれを全身に巻き付けている限り、コロナウィルスの攻撃は通用しないという事さ。」
「す、すごいわ……どうやってそんなことを。」
らん子が感心した様に唸る。
「どうやって知ったかって?
……ググった!」
そしてカカルは自らの腰元に手を回し、何やらゴソゴソとまさぐると――
「コロナウィルス……お前もトイレットペーパーミイラマンにしてやる。」
――彼のその格好で、どこにそんなものを収納していたのか、もう一つのトイレットペーパーを取り出したのだった。
「さあ、らん子に手を出したこと、思い知らせてやる!」
そしてカカルはトイレットペーパーを構えると――
「コロナ対策奥義、トイレットペーパーDEカウボーイが縄放り投げる漫画とかでよく見るアレ!」
それを勢いよくコロナウィルスに投げつけたのだった。
カカルの手から伸びるトイレットペーパーの紙。
紙の先っぽ部分はカカルが握っているようで、トイレットペーパーは、まるで丸めた絨毯を転がして敷いていく時の要領で、クルクルと回りながらコロナウィルスに迫って行く。
しかし、コロナウィルスは不気味な笑みを浮かべたまま、動じる様子も無く、それどころか避けようとする素振りも見せない。
トイレットペーパーがコロナウィルスの身体にたどり着くと、それは標的の身体をグルグルと纏わりついていき、まるで蜘蛛が獲物を糸巻にするときの様に、コロナウィルスの身体はたちまち拘束されていったのだった。
やがてコロナウィルスはカカルと同じ、ミイラ男のような恰好となり、身動きが取れなくなる。
そしてカウボーイの餌食となった憐れな獲物から伸びる一筋の紙は、カカルの両手にがっしりと握られていたのだった。
「どうだ!コロナウィルスを通さないトイレットペーパーでお前を封じ込めば、お前はしょせんただのコロナウィルス……
感染しないコロナウィルスはただのコロナウィルスなのだ!」
カカルは勝利を確信したかの様に言い放つ。
「らん子!この戦いが終わったら俺と結婚――」
「待って!その言葉の続きを言ってはダメ!」
カカルのセリフを、寸での所でらん子が制止する。
「どうしたんだよ?まあとりあえずここは危険だからお前は先に行け。
俺はこいつを倒した後――」
「ああああああ‼あああああ‼聞こえない聞こえない‼」
カカルの言葉を掻き消す様にらん子が叫びだす。
「だから何叫んでんだよ⁉
まあ、とはいってもこの状態では奴も助かるまい……」
「ああ、ついに言ってしまったッ!」
らん子は両手で頭を抱え上げた。
「敵も倒したことだし、帰ってパーッと一杯やろうぜ!」
「めっちゃ連発するじゃん!負けフラグめっちゃ連発するじゃん!」
――その時だった。
「フフフフ……」
どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
「な、なんだ⁉」
すっかりと勝利を確信していたカカルが、顔色を変えてその声の正体を探す。
「いや、コロナウィルスだよ!
不気味な笑い声が聞こえてきたならそれはもう絶対『実は敵死んでませんでしたパターン』なんだよ!」
らん子は目の前で蓑虫の様になっているコロナウィルスを指さし、カカルに訴えかけた。
「俺をこんな技で倒せるとでも思ったのか?」
どうやらその声はカカルの目の前で蓑虫のようになっているコロナウィルスの方から聞こえてきているようだ。
「ま、まさか……」
カカルは顔面蒼白で、目の前の信じられない光景をただ見守る事しか出来ない。
「『ま、まさか……』じゃねーよッ!こういう時は大抵敵は生きてんだよ!
いや、でも待って。だからと言って焦ってトドメを刺しに行こうとはしないでね?
返り討ちに遭うのがお決まりだから。それも同じ技を使ったらもう100%……」
らん子が言いかけていた時――
「この死に損ないめ!だったら何度だって同じ技を食らわせてやる!
この技はいまだ誰にも破られたことのない最強の技。
コロナ対策奥義、トイレットペーパーDEカウボーイが縄放り投げる漫画とかでよく見るアレ!」
カカルはコロナウィルスに突進していった。
「行ったーッ!かくも綺麗にお決まりの展開に持って行ったーッ!
しかも何か突っ込んでいってるし!さっきはトイレットペーパー投げてたじゃん⁉」
そしてカカルが拳を大きく振りかぶり――
「死ねェーッ!」
コロナウィルスに殴りかかる。
「え、普通に殴んの⁉」
「ハハハ!これは普通のパンチでは無い!さっきも言ったようにトイレットペーパーはコロナウィルスを遮断する働きがあるため、トイレットペーパーを巻きつけた体でコロナウィルスを殴りつけてもこちらにダメージは無いのだ!
しかも奴は今身動きが取れない。だからこちらが一方的に攻撃を浴びせ続ける事が出来るのだよ!」
コロナウィルスに襲い掛かりながら自慢げに説明するカカル。
「長々と説明した!自分の技の優位点を自慢げに長々と説明した!これ絶対負けるやつだ!
その自分の技の欠陥を見抜かれて返り討ちに遭うやつだ!」
そんなカカルとは対照的に、らん子は絶望に打ちのめされた様に悲壮な声を上げる。
そして――
カカルの拳がコロナウィルスを捉えかけた時。
「あ、多分これ爆発とかするんじゃない――?」
「甘いわぁッ!」
コロナウィルスが突如、爆発した。
「うわーッ!」
カカルはその衝撃に吹き飛ばされ、地面に身体を叩きつけられる。
痛みに身体を軋ませながら、カカルは突如起きた出来事に目を向ける。
そこには――
もうもうと立ち込める煙。
先ほどの爆発のせいだろうか……
その煙がコロナウィルスの姿を覆い隠し、彼が今生きているのかどうかさえも、すぐには確認できない状態だった。
やがて立ち込めていた煙は薄れ、それと同時にうっすらと人影が浮かび上がってくる。
「ああ。これ絶対コロナウィルスだ。この人影は絶対コロナウィルス。」
らん子が諦観したような目でその光景を見つめている。
一方カカルは、頬に一筋の汗を垂らし、その様子をただ無言で見守っていた。
そして、完全に煙が晴れた時――
そこには戦慄の光景が。
なんと――
そこに立っていたのは、かすり傷すら負っていないコロナウィルスだったのだ。
「なん……だと……?」
そんな目の前の現実に、カカルはまさに信じられないと言った面持ちでそう呟いた。
「……知ってた。」
それとは対照的に、らん子はまさに知ってたと言わんばかりの面持ちでそう呟いた。
「トイレットペーパーが……効かないだと?」
絶望に佇むカカル。
そんな彼の姿を嘲るように、コロナウィルスはニヤリと笑みを浮かべた。
そんな中、そんな状況の中で――
らん子はたった一人……
「ここまでの展開……お決まり過ぎて見てから予測余裕でした。」
知ってたと言わんばかりの面持ちで――
――そう呟いたのだった。