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限られた刻の中で  作者: 小鳥
3/8

黒髪を求めて

 

 私、リズの美味しいもの食べ放題計画はバケツプリンから幕を開けた。プリンは前世で一番の好物だったけれど、一度に食べる量はスプーン一杯だった。たったの一杯。


 それでもスパルタ生活を送っていた私の心を満たすには十分の甘味だったのだ。


 大好物のプリンを作るとなれば、あれを作るしかないでしょ!あれを!


 そう!魅惑のバケツプリン!


 ということで四苦八苦しながらなんとかバケツ大のプリンを作ったのはいいものの、結局3分の1も食べきれず、お母さん、お父さんそして友達に残りを差し出すことになった。子供の胃袋の小ささを身に染みて感じたわ……無念。


 その後も甘いものづくしで食べ放題計画は進んだ。前世で特に甘いものを制限していた反動が来たんだと思う。

 

 パフェ、マフィン、みたらし団子など洋菓子、和菓子問わず次々に作ってはお腹がはちきれんばかりに食べ、余ったものはご近所さんやお世話になっている人に配って周った。

 

 そして甘いもの欲が抑えられてからはオムライスやピザ、うどんなども作った。


 こうして自分の食べたいものを食べたいだけ作っているうちに、家から漂う香りに釣られて家の中にはいつも誰かしらご近所さんが待ち構えるようになっていた。

 その人数はだんだんと増えていき、必然的に作る量は日に日に多くなり、料理一品作るのもなかなかの重労働になってきた。

 

 みんな初めて食べる味を気に入ってくれて、最近ではお金を払うから作ってくれとまで言われている。お金は断ったが、食材や生活用品などの物品は遠慮なく受け取った。少しでも家計を圧迫させない為だ。


 ところで、私がこうして様々な料理を作れるのは前世で料理本を読み漁っていたからだ。食べられない代わりに本を見て食べたい欲求を満たしていたのだ。特にレシピを見るのが楽しくてつい暗記してしまうほどだった。

 たまに実際に作って周りに振る舞っていた経験がここで活かされた形だ。その時は自分は味見程度しかできなかったけれど……。



 それにしても、この世界の食物が日本とそう変わらなくて助かった。小麦粉やバターや砂糖のようなお菓子作りに使うものや、醤油、味噌といった発酵食品までそろっている。これならレシピさえ思い出せれば前世の料理を好きなだけ作る事ができる。


 この世界、調味料や素材は揃っているのに料理の質はまだまだ発展途上のようだ。しょっぱすぎたり、甘すぎたりととにかく味が濃い。そして調理方法も大体が焼くか煮るだけの幅の狭さだ。


 だから、私の作る繊細な味の料理はこの世界の人々にとって非常に珍しく新鮮に感じるのだろう。自分の作ったもので喜んでもらえるのは私もすっごく嬉しい。


 美味しいもの万歳!


 

 といったところで、本日はアイスボックスクッキーを作った。これは生地を棒状に丸め冷やしてカットした後に焼き上げるもので、型がなくても簡単に丸いクッキーが作ることができる。


 うーん、焼き上がった後のナッツとバターの香りがたまらない。

 本当は手軽にアーモンドプードルを入れたかったが、粉状のアーモンドは売っていなかったので自分で砕いて細かくする作業が大変だった。

 そんなこんなで苦労して焼き上がったクッキーは自分で食べる分を除いて小さな袋に小分けしてある。友達やご近所に配る分だ。


 こうして毎回作ったものを振る舞っているのは自分の存在を忘れないでいて欲しいからかもしれない。死んだ後も『リズの料理は美味かったなぁ』と思い出して欲しいからかも……


 と、ちょっとしんみりしながらもクッキーはあらかた配り終え、残りは最後の一袋となった。いまひとつあげる相手が思い浮かばないので、とりあえずポケットに入れて明日作る予定のグラタンの材料を買いに行くとしよう。



 そうそう、こうして料理の買い出しに行く時には必ず黒髪の人を探しながら歩いている。

 初めはお店の人や道ゆく人に見かけなかったか尋ねていたけれど、聞く人すべてが『恐ろしい事を聞くんじゃない』と逃げるように離れていくのでまともに話が聞けないのだ。

 

 お世話になっている牛飼いの主人には『黒髪は恐怖の象徴だ。見かけたとしても近づくんじゃねえぞ』と釘を刺されてしまった。


 黒髪は魔族だから嫌われているだけかと思っていたが、どうやらそれだけではなさそうだ。


 両親に聞いても『子供は知らなくていい』の一点張りで話にならない。



 こうなったら自分の力だけで探すしかないと、毎回買い出しの時には道ゆく人、特に旅人っぽい人を注意深く観察するようにしている。


 魔族は度々街にやって来ては食事をしたり、買い物をしている。町の人達は嫌々ながらもお客として接しているようだ。

 私も何度か見かけたことがあるけれど、その髪色はダークグリーンやダークブルー、惜しいところでダークグレーといった具合で黒髪には出会えていない。


 人族がダメなら魔族に聞き込みをしようと試みたこともあったけれど、人族が自ら魔族に近づき話しかけるのは容易でないことを実感しただけだった。


 その時は「すみません、ちょっと聞きたいことが……」と話しかけるなり、周りの人々が私とその魔族にジロリと睨むような視線を浴びせ、そんな視線を受けた魔族は無言のまま足早に立ち去ってしまったのだ。

 そして残された私は周りにいた人々に散々咎められる羽目になった。魔族に話しかけるなと。


 もう、なんて面倒臭い世界なの……人種差別なんてやめればいいのに。大量虐殺かなんかしらないけど大昔の話でしょ?歪みあってても良いことないんだから仲直りしようよ。


 そうだ、美味しいものをみんなで一緒に食べたらどう?美味しいものを食べると幸せな気持ちになるでしょう?そしたら仲良くなれるかもしれないよ?


 うん、それいいね!



 なんて、平和主義的な事を思いながら露店を目指していたその時だったーー


「ヒヒィンッ!!」


 馬の甲高い声が聞こえたかと思うと、こちらに向かって半狂乱になった馬が突進してきているではないか。

 逃げ出そうにも恐怖で足が震え、腰が砕けてその場に尻餅をついてしまった。

 


 ダメだ、これダメなやつ



 一瞬で顔が青ざめて死を意識した。


 もう馬は目の前まで来ている。


「きゃあああっ!」


 無意識に喉から悲鳴が上がった。



 死ぬ!死んじゃう!



 そう思ったその時、ひょいっと誰かの腕に抱えられ私の体は軽々と宙に浮いた。


 直後、私を抱いている人物が馬に向かって魔法を放つと荷車を引いた馬はその場に勢いよく倒れ静かになった。多分気を失ったんだと思う。



 うぉー、死ぬかと思ったぁっ



 私の小さな心臓はバクバクとはち切れんばかりだったが、とにかく助けてもらったお礼を言わなければと抱えている人物に視線を移す。


 その人はやけに派手な黄色いマントに身を包み、頭からすっぽりとフードを被っている。顔を見たくても横からだと見えにくい。


「あっ、あのっありが」


「怪我はなかったか?」


 私のお礼の言葉に被せられたのは冷たい響きの声色だった。声の低さから男性だと分かったけれど、こちらを向いていないのでまだ顔はほとんど見えていない。

 私は男性の声色に少し怯んでしまったけれど、自分の身を案じてくれているのはわかったのですぐに返事をする。


「な、ない、です」


 返事を聞いてから丁寧な動作で私を地面に下ろそうとする男性を横から観察し続けていると、男性が屈んだ拍子にフードの中の髪の毛がちらりと見えた。


 あれっもしかして!


 そう思った時にはもう手が出てしまっていた。私は男性の黄色いフードをグイッと引き寄せてずらし、髪色を確認した。


「あっ!!やっぱり!黒髪だ!」


 その言葉を発した直後、私の口は男性の大きな手で塞がれた。


「ぐっもごもごもごっ」(やっと見つけた!)


 私は塞がれたことも御構い無しに黒髪の人を見つけることができた喜びで大興奮だった。



 やったー!これでお守りが作れるぞー!


 


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