九話 力と覚悟
四季の話を聞いて、僕は自室で考えていた。
僕はどうする? どうすればいい?
でも、思考はここから先に進んでくれない。
進まないというか、答えは一つしかないんだ。
僕は、大きく三つの選択肢があると考えているけど、選びうるのはその中の一つだけだ。
一つ目。四季を手伝い、十二月って連中や怪物と戦う。
この場合は、如月とも戦うことになるだろう。僕は友人を殺す手伝いをしなきゃいけなくなる。紺屋さんが弥生に覚醒すれば、彼女とも戦う。
そこまで割り切れないし、僕の力じゃ戦いなんて無理だ。人間同士の喧嘩すらしたことないのに、怪物を相手にできるわけがない。
戦う心構えができていなくて、おまけに力もない。
こんな人間がいても邪魔なだけだ。四季の足を引っ張り、迷惑になる。
二つ目。如月や紺屋さんを救う方法がないか調べる。
うまくいけば万々歳だ。全てが丸く収まる。
四季が如月を殺すって言っているのは、彼が十二月だからだ。怪物にならないなら殺す必要もなくなる。四季も如月も紺屋さんも、みんな仲良くできる。
さすがに、ここまで都合よく物事が進むとは考えられない。
となると、三つ目だ。何もしない。何も聞かない。何も見ない。
これまで通りの生活を続ける。学校に通い、勉強して、毎日を過ごす。
四季のことは、ただの同居人と考えればいい。如月がいなくなっても、変死事件に巻き込まれたようなものだ。僕の力じゃ助けられないし、しょうがなかった。
不運だね。かわいそうだね。友人の死に、涙の一つでも流して諦める。
深入りせずに傍観者でいる。
僕に選べる選択肢は、三つ目しかない。
結論は出ている。これ以上考えても無意味だし、考えるのはおしまいだ。
おしまいにするしかないのに、僕は……
「速峰春真」
考え込んでいたら、四季に話しかけられた。
あんな会話をしたばかりなのに、四季は平常通りの態度で告げる。
「お腹空いた」
「昼食を食べたばかりでしょ」
「もう夜」
言われて気付いた。いつの間にか夜になっていたんだ。
何時間も悩みっぱなしだった。これだけの時間をかけても答えが出ていないんだから、決断力がない。
正直、僕は食事って気分じゃないけど、一応食べようか。
メニューは冷凍食品のグラタンだ。
僕はグラタンだけで、四季にはピザも用意した。栄養面はあれだけど気にしないでおく。
「おいしいけど、わびしい」
「文句言わないの。というか、お姉ちゃんを自称するなら四季が料理作ってよ」
「自殺志願者? 早まっちゃダメ」
「どれだけ料理下手なの」
「台所を破壊せずに済めば奇跡。明日は雨」
「アメ? お菓子の飴玉?」
「違う。空から水が降る」
また僕の知らない言葉で、知らない知識だ。
空から水が降るなんて聞いたことがない。
空はいつも青いし、太陽が見えている。夜になれば太陽が沈み、暗くなる。世界の常識だ。
こういった話を聞くと、やっぱり僕は傍観者なんだなって感じる。
四季は色々と知っていて、僕は何も知らない。彼女と肩を並べる資格がないって暗に言われているみたいだ。
「あのさ、四季。昼間の話だけど」
「速峰春真は気にしなくていい」
「そうは言われてもねえ」
「中途半端な気持ちで首を突っ込まれても迷惑」
迷惑か。バッサリだね。
でも事実だ。否定できない。
「求められている能力は二つ。速峰春真はどちらも持たない」
「二つ?」
「力と覚悟」
なるほど、僕が持たないものだ。
状況を打破するためには、力と覚悟が必要になる。両方あれば理想的だけど、片方でも構わない。
僕に力があれば戦える。単純に敵を倒せばいいだけだ。
敵だから殺す。殺す覚悟や戦う覚悟はいらない。覚悟がなくたって、力さえあればなんでもできる。
敵は皆殺し。それで全部解決だ。楽な話だよ。
僕に覚悟があれば戦える。僕にできることを必死ですればいい。
力及ばなくても戦う。力及ばなくても友人を助けようと足掻く。力及ばなくても四季の味方になる。
きっと辛いと思う。自分の無力さに打ちひしがれる毎日になる。僕なんかが戦いに身を投じれば、遠からず死ぬだろう。
傷付き、傷付け、苦しみ、苦しめ。
全てを覚悟の上で戦うんだ。
あいにく、力もなければ覚悟もない。グチグチ悩むしかできない人間だ。
悩むのが悪いとは言わない。悩まない人間はいないし、悩みながら前に進む。
僕の場合は、停滞するための悩みになっちゃっている。生産性がない。
「力と覚悟……か」
「合わせて『強さ』って言ってもいい。力があるだけじゃ強くない。覚悟があるだけじゃ強くない。何かを成し遂げようとする覚悟に、実行できる力が必要」
「耳が痛いね」
意外とって言ったら失礼だけど、四季はしっかりしている。
外見は幼いのに、こういう部分はお姉ちゃんっぽい。
「ごちそうさま。行ってくる」
「どこに?」
「外。怪物がいるかもしれない」
食事を終えた四季は、外に出て行った。
僕は追いかけない。後片付けをしてからお風呂に入り、ベッドで横になる。
今頃、四季は戦っているのだろうか。
相手は昨夜のような怪物か、もしくは十二月の誰かか。変死事件の犯人とかね。
ひょっとしたら如月かもしれない。
四季は無事に帰ってくる? 帰ってきたとしても、死ぬほどの大怪我を負っていたりしない?
明日、学校に行って、如月がいなかったらどう反応する?
何も知らないふりをして、学校生活を送れる?
様々な不安を抱えたままで眠った。眠れるのは図太いのかな。
熟睡とはいかず、浅い眠りになった。
いまいち疲労感が抜けないまま、翌朝は四季の声で目覚める。
「お腹空いた」
「……四季はそればっかだね」
四季は無事なようでよかった。見た感じ、怪我もしていない。
時計を確認すれば、朝の七時半過ぎだった。のんびりしていたら遅刻になる。
焼きおにぎりと味噌汁の朝食を食べつつ、四季に質問する。
「昨夜はどうだったの?」
「怪物を倒した。先兵は弱い」
「怪我は?」
「ない」
「如月……は?」
恐る恐る尋ねた。
覚醒していないなら、如月を殺すのも簡単だと思う。今のうちに殺しておく方がいいし、家に忍び込んで寝首をかいたとか報告されたら嫌だな。
「様子見」
四季の答えからして、如月はまだ無事なようだ。
四季も無事で如月も無事。僕にとっては最高の結果と言える。
もっとも、このままの状態は続かないけど。
頭を悩ませながら、僕は登校準備を整えて家を出る。
なぜか四季も一緒だった。
「なんで四季が?」
「サボるなって言ったのは速峰春真」
「言ったけど、学校行くの?」
「前向きに検討しておくって言った。私は自分の発言に責任を持つ」
「ご立派。絶対にサボると思ってたよ」
「失敬」
だってさ、あの答え方じゃ、誰が聞いてもサボると思うよね。僕だけじゃない。
前向きに検討した結果、学校に行かないことにした。
確実にこうなると思っていたよ。変なところで律儀だな。
「ところで、四季は何年生?」
「三年」
「嘘!? そんなにチビっこいのに!?」
「私のスタイルは黄金比。膨らみかけがベスト」
「三年生なら成長も止まってるし、膨らみ終わりじゃない? こんな言葉があるか知らないけどさ」
「ロリコン大歓喜。速峰春真も大歓喜」
「いい加減、僕をロリコン扱いするのはやめて」
「いい加減、ロリコンである事実を認めるといい」
バカな会話をしつつ、二人で学校までの道を歩く。
清々しい青空に爽やかな微風、若干汗ばむ気温だ。
四季が隣にいることを除けば、いつもと変わらない。毎日これだ。
本当に何も変わっていなかったら、どれだけありがたいか。
天気とは裏腹に、すっきりしない気分のままで僕は登校する。
クラスには如月がいた。紺屋さんもいるし、二人とも無事だ。
昨日休んだ理由を聞かれ、四季と一緒に二度寝してしまったと答えておいた。
「一緒に!? 二度寝!? 同衾ですか!?」
「同衾とも言えるけど、紺屋さんが心配してる行為は一切してないから」
僕の弁明は届いていない。
紺屋さんは絶望の表情を浮かべ、フラフラとよろめいた。今にも卒倒しそうだ。
「春真さんが……春真さんが不良になってしまっています。これまでは、学校をサボることなどありませんでしたのに、四季さんと暮らし始めてから……」
「なるべくサボらないようにするよ」
「なるべくではなく、サボらないでください。こうなったら、私も春真さんと同棲生活をすべきですね」
「本気?」
「本気です。四季さんは、春真さんを悪の道に引きずり込みます。断じて見過ごせません」
「面白そうだな。俺も一緒に暮らしていいか?」
紺屋さんに続いて、如月まで一緒に暮らすって言い出した。
四季と出会う前なら、それでもいいと思えた。仲良しの友人たちと一緒なのは楽しそうだ。
今は素直に頷きにくい。二人は四季にとって敵になるし、特に如月はいつ殺されてもおかしくないんだ。
だからって、事情は説明できない。
如月本人に「お前は怪物になる」とか言ったって信じてもらえないし、理解もできない。僕の正気を疑われるだけだ。
信じてもらえたとしても、解決策はない。
いっそ、逆に考えてみるか。
近くにいて様子を見ていれば、いざという時に対処しやすい。
一緒に暮らして仲良くなれば、四季も情が移る。情が移った相手は殺しにくくなるし、思いとどまってくれないかなって期待できる。
「まあ、二人がいいなら僕は構わないよ。部屋も余ってるしね」
僕はこう答えた。
話は進み、一緒に住むことになる。
三人の家は割と近いし、帰宅するのは簡単だ。難しく考えずに、友人同士のお泊り会みたいなものだって思っておけばいい。
今日の放課後、早速必要な物を運ぶって言っている。
敵味方が同じ家で暮らす。いい方向に転がって、できれば穏便に終わってくれるとありがたい。




