八十五話 防衛本能
「総理! あなたは独裁者にでもなったおつもりですか!」
せっかく話がまとまりそうだったのに、若い政治家が怒鳴っていた。
「国民の総意を無視して勝手に決めるなど許されません!」
「呑気に国会を開催している時間があるか? 議論に何ヶ月もかけていれば、その間に日本は滅ぶ。早急な対策が必要だ」
「でしたら、自衛隊を総動員し、怪物を殲滅すればよいではありませんか! それこそが国民の願いです!」
この人は、間違った意見は言っていないだけに厄介だ。
新人類を受け入れるか殲滅するか、どちらが望ましいかアンケートでも実施すれば、確実に後者が支持される。
新人類を受け入れるなんて方針を打ち出せば、大きな反感を買う。揉めるのは目に見えているし、歩み寄るのは厳しい。
国民の意見ということなら、新人類を殲滅すべきだ。
本当なら、時間をかけて議論を繰り返し、理解を得ていくのが望ましかった。
今は時間がない。総理大臣も言ったけど、議論に何ヶ月もかけていれば、その間に国は滅ぶ。
新人類を受け入れる方向で話をまとめ、動こうとしている。僕たちにとっては非常にありがたい展開だ。
「さては、総理も怪物になっているのでは!? 自分と同族を守りたいので、保身のためだけに動こうとしている! ワタシは……え?」
がなり立てていた男性は、急に言葉を止めた。明らかに動揺していて、油汗をにじませている。
僕には理由が分からなかったけど、何人かは気付いた。
「これは……随分と都合がいいというか……」
「滅ぼされたくない。新人類の気持ちが表に出た証拠かもな」
葉月さんと睦月が言葉にして、他の十二月たちも頷いている。
「お姉ちゃん」
「私は何がなんだか……でも、春夏秋冬の私たちが把握できていなくて、十二月が気付いているってことは」
「十二月への覚醒だな」
冬将の言葉が、おそらく正解だろう。政治家が十二月に覚醒したんだ。
新人類を受け入れる方針に反対している人が覚醒した。信じられないほど都合のいいタイミングでの覚醒だ。
僕は以前、覚醒スピードが早まるのを、新人類の防衛本能みたいだって言った記憶がある。
本当にそれだ。新人類が滅ぼされないために、必死で抵抗しているみたいだ。
「ち、違……これは、間違いだ……」
「間違いじゃないわよ。私は、あなたから十二月の気配を感じている。私だけじゃなく、仲間たちもね」
「まさか、キミが……」
「ワタシに触るな!」
野党の議員が覚醒したての男性に手を伸ばし、男性は振り払った。
人間の時なら、振り払うだけで済んだだろう。ちょっと痛い程度だ。
十二月に覚醒した今は、それだけじゃ済まない。振り払われた腕が弾け飛んだ。
すぐさま、僕と冬将で男性を捕まえる。春と冬の二人がかりなら、覚醒したばかりの十二月一人程度は対処可能だ。
暴れているけど、これ以上被害は出させない。
「すぐに手当てを!」
総理大臣が叫び、兵士たちは重傷を負った人を連れて行った。
被害が腕一本で済んだのは不幸中の幸いだ。命は落とさずに済むと思う。
「総理。ご覧になった通り、この者は十二月に覚醒しました。ただの人間では、あのような真似は不可能ですし、ご理解いただけたかと」
これは卯月の発言だ。
格好いいね。葉月さんの代わりに発言したんだ。
大怪我をした人がいるのに、そこにつけ込んでいる。あまり真っ当とは言えない方法だ。
だから、葉月さんに言わせず、卯月が言った。
「覚醒の瞬間を目撃するとは思わなかったが……これを見ては否定できないな。念のために聞いておく。君たちの仕業ではないのだな?」
「違います。タイミング的に疑いたくなるのは当然でしょうが、我々に他人を覚醒させる力はありません」
「信じる……しかないか」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
卯月がうまくまとめてくれた。見事にリーダーの葉月さんをフォローしたね。
総理大臣との会話を葉月さんにバトンタッチしつつ、卯月は僕たちに質問する。
「速峰、冬将。そいつは誰だと思う? 可能性があるのは三人だが」
「あまり強くないし、弥生ではなさそうかな」
「俺も春真と同意見だ。霜月って可能性もあるが、霜月にしちゃあちと弱いな。水無月が有力候補か? 結界能力に特化してる分、戦闘能力自体は低いだろ。こいつ自身は分かってるだろうが、答えないわな」
僕と冬将に取り押さえられている人は、繰り返し「違う、違う」と呟いている。
往生際が悪いというかなんというか。認めにくい気持ちは理解するけどね。
「腕を軽々吹き飛ばす力があって、強くないのか」
「私たちはそういう存在です。旧人類が危険視するのもやむを得ない、破格の力を持ちます。私がその気になれば、周囲の兵士が止める前に総理を殺せます」
葉月さんは、不利になるのを承知の上で、自分たちが危険だと認めていた。
交渉術としては下策かもしれないけど、総理大臣は話を聞いてくれる人だし、本音ベースで話す。
「悪意を持つ者が十二月に覚醒すれば、多くの被害が出るでしょう。単純に私たち新人類を受け入れる政策では、うまくいかない気がします。だからこそ、『新人類の町を広げて、そこで暮らす』と提案したのです。無条件に外に出てしまうのは問題ですから」
「さじ加減が難しいな。だが、やるしかあるまい。君たちにも協力してもらうぞ」
「もちろんです」
「では」
総理大臣は、葉月さんに右手を差し出した。握手を交わそうって意味だ。
破格の力を持つと告げた矢先に、新人類と握手できるのか。凄い人だな。
葉月さんも握手に応じ、総理大臣の手を握る。
さっき吹っ飛ばされた腕の肉片や血が飛び散っている中だし、猟奇的な雰囲気もあるけど、しょうがない。
交渉成立……でいいんだよね?
すぐには平和にならなくても、大きな進展が見られた。もうひと踏ん張りだ。
男性を捕まえている僕と冬将以外の面々は、顔を見合わせて笑ったりガッツポーズをしたりしている。
ここにたどり着くまで、多くの犠牲を払った。
如月や紺屋さんと喜びを分かち合いたかったって思う。
でも……ようやくだ。
ようやく戦いが終わる。そう、思っていたのに。
「これ、何!?」
総理大臣と握手していた葉月さんが大声を発した。
「何かあったのか?」
「十二月が現れたようで、気配を感じるのですけど……これは一体……睦月?」
「俺も分からんが、こいつの力は俺より上だぞ。この距離で感じ取れるほどだ」
十二月最強の睦月よりも強い十二月。心当たりは一人しかいない。
「偽如月ですか? 僕が戦ったあとで、卯月さんが処理しておくって言ってましたよね?」
「気配は似ているが、動けるはずがない。十二月の治癒能力を持ってしても、まず治らないように痛めつけた。死ぬ一歩手前までだ」
「じゃあ、怪我のせいで偽如月が死んでしまい、新しい如月が覚醒した?」
「それならあり得るが……」
新しい如月も、自分の欲望を満たすことだけを考える人間だった。だから睦月よりも力が強い。
一番筋が通るのはこれだ。
なんにせよ、放置しておくとまずい。十二月が一般人を虐殺すれば、せっかくまとまった交渉が台無しになりかねない。
「みんな、行くわよ! 総理、すみませんが私たちは戦いに行きます」
僕と冬将で捕まえていた人は、兵士に引き渡す。
隊長さんは人間なので一緒に行けない。ここでお別れだ。
戦いに行くのは十二人。四季に、春夏秋冬の四人、十二月の七人だ。
これだけの戦力があれば、十二月一人にはまず負けない。
負けないと思うけど、なんだろう、凄く嫌な予感がする。




