七十五話 とある大物政治家の破滅
三人称視点です。
「貴様ら! 俺が誰だか分かっているのか!」
口角泡を飛ばして罵っているのは、強硬派の一人である大物政治家だ。
現在は兵士に取り押さえられ、身動きが取れなくなっている。
あってはならない愚行だ。自分を誰だと思っていると叫ぶ。普段かぶっている優しい仮面を脱ぎ捨て、下品な言葉をまき散らす。
いくら叫んでも解放してもらえない。
なぜならば、人類の敵となってしまったからだ。
大物政治家は、検査で新人類だと診断された。
この検査は国民に義務付けられている。怪物を見逃さないために、定期的に検査を受ける。検査結果はデータベースに保存され、個人情報の中でも最重要機密として扱われる。
政治家だろうと大企業の社長だろうと関係ない。日本国民の義務だ。
むしろ、権力者ほど積極的に検査を受ける。身の潔白をアピールしておく方が得だからだ。
権力を乱用して、情報を改ざんしようと思えば、困難ではあるができなくない。
それは重罪になる。万が一にも発覚すれば一大事であり、身の破滅だ。
破滅のリスクを背負うくらいなら、素直に検査を受けておく方がいい。
恐ろしい気持ちがないわけではない。もしも新人類と判断されてしまえば、と誰もが不安になる。
が、何年も続けていれば、やがて慣れるものだ。
検査に引っかかる者は、年々減少傾向にある。何もしていなければ新人類に覚醒しないとも言われている。
健康診断のようなものだ。末期がんだと判明すれば恐ろしいが、大抵の人は大丈夫だと考えて、軽い気持ちで健康診断を受ける。
大物政治家も同じだった。いつものことだと考え、検査を受けた。
結果、新人類に覚醒していると。
あり得ないと考える。自分が新人類であるわけがない。
何もしていないのだ。新人類になってしまうような行為は何一つしていない。
万事がうまく進んでいた。穏健派の影響力が弱まり、強硬派一本に絞って、新人類の駆逐を行っていた。
新人類の町では戦いが続いているが、待っていれば勝利の報が届く。
新人類を駆逐し、長年の問題を解決したヒーローになる。輝かしい未来が待ち受ける。
はずだった。
昨日まではうまく進んでいたが、今日になりおかしくなる。
夕方になって事務所にやってきたら、誰もいなかった。普段なら働いている者が一人もだ。
代わりに兵士が現れて、押さえつけられてしまった。
職員には根回ししてあり、罠にはめたとしか思えない。
新人類に覚醒した大物政治家を捕まえるために。
「冤罪だ! 俺を貶めたいから冤罪を着せているんだ!」
「冤罪? バカバカしい。検査は正確です。あなたもよく知っているでしょうに」
酷薄な笑みを浮かべつつ、見下す物言いをしているのは、政敵の一人だ。
政界では若手のホープと呼ばれている三十代の男。
同じ政治家でも、格の違いは明らかだった。政敵とはいえ、取るに足らない相手だった。
今では完全に立場が逆転し、新人類になった怪物と、怪物を退治する勇気ある者の構図になっている。
あり得ない。あってはならない。
「誰か! 俺を助けろ!」
「無駄ですよ。あなたの秘書も支援者も、怪物を庇いはしません。身の潔白を証明しようとして、『あいつが怪物とは知らなかった』と口をそろえて言っています」
これまで散々すり寄ってきていた人たちは、全員離れて行った。
味方はいない。助けてくれる者もいない。
救いの手はもたらされない。
「無様ですねえ。あなたは、人望があったんじゃありません。政治家の肩書きを、あれやこれやと役職を持っていたからこそ、大きな顔をしていられたんです。怪物となってしまえば、ご大層な肩書きも役に立ちません。終わりですよ」
「貴様!」
こいつは、いつからこれほど偉そうな口を叩けるようになった。
立場が逆転した途端に調子に乗り、いたぶっている。辛酸を舐めさせられてきた鬱憤を晴らしている。
人間のクズめ。
ありったけの憎しみを込めて、射殺すほど睨みつけても効果はない。
「以前までであれば、記憶処理を行ったのち、新人類の町に隔離でしたね。以前までであれば」
このセリフを聞いてゾッとした。
そうだ。以前までと現在では、状況がまるで変わっている。戦いの最中でもあるし、町に入れて隔離するのは不可能だ。
では、牢にでも閉じ込めるのか。
一人、閉じ込められていた少女を知っている。凶悪犯罪者の方がまだしも人道的に扱われるという、およそまともではない扱いだった。
犯罪者には人権があっても、怪物にはない。当然の措置だと気にもしなかった。
自分があの立場になると考えれば、気にしないなどと言っていられない。死んでもごめんだ。
「さてさて、あなたの処理はどうしますか。今は忙しいですし、怪物一匹のために人手を割きたくありませんね」
処理に、一匹。
言葉の選び方からして、人間扱いしていない。邪魔な虫を踏み潰す感覚だ。
自分もやっていたが、やられる側になるとは夢にも思わなかった。
悪夢だ。悪夢なら目が覚めてくれと心から願う。
願いは叶わない。誰にも聞き届けられない。
「専用施設に収監するのがベターでしょうが、移送の手間もありますし」
「収監する……?」
「ええ、そうです。ご存知だとは思いますが、悲惨ですよ。食事は碌に与えられません。怪物は人間よりも頑丈であり、少々食事を抜いても死にませんからね。ベッドや布団で眠れるわけがありません。手足を拘束され、冷たい地面に芋虫のように転がります。二十四時間体制で常に監視され、プライバシーなど……」
「やめろ!」
絶望を与えるがごとく滔々と語っていたが、悲痛な声でやめさせた。
全部知っている内容だ。知っているからこそ恐ろしい。
「お嫌ですか?」
「当たり前だ! 俺は無実だ! 冤罪だ!」
「しつこいですねえ。冤罪ではないと証明されているではありませんか。まあ、あなたがどうしても嫌だとおっしゃるのであれば……」
一度言葉を区切り、口の端を吊り上げて笑う。
「ここで死にます?」
「な……バカな! 裁判も何もなしで、魔女狩りのような真似が許されるか!」
「バカはそちらです。怪物が裁判をする気ですか? そのような話を聞いたことありますか?」
ない。これも知っている。
怪物を相手にしていた時は、冤罪だ人権侵害だと訴える奴は多かった。
たわごとだと考え、無視していた。
「そ、そうだ! 俺に手を出せば、町にいる怪物たちが黙っていないぞ!」
「はあ、やれやれ。本っ気でバカですね。知恵者気取りでも、本質はこれですか。以前までとは状況が違うと、何度言えば理解します? そもそも、ずっと敵視し、滅ぼそうとしてきた相手ですよ。今さら助けを求めるとか、恥知らずですね」
自分で言っていても無茶苦茶だと感じる。
怪物をまとめていた男、睦月月賀は、怪物の仲間を守りたがっていた。彼が生きていれば、あるいは受け入れてもらえたかもしれない。
睦月は死んだ。町は近いうちに滅ぼされる。
行き場は――ない。
「待て……頼む、待って……」
「いやあ、最高ですね。偉そうにふんぞり返るあなたが嫌いだったんですよ。無様な姿を見られるとは、実にいい気分です」
「ぐ……貴様ぁ!」
ありったけの罵詈雑言を吐き捨てるが、負け犬の遠吠えにしかならない。
負け犬の遠吠えでもなんでも、言葉を発しなければ気が済まなかった。
「俺が新人類になったんだ! 貴様もならないとは限らないんだぞ! いや、必ずなる! なるに決まっている! 人類の敵として、むごたらしく殺されろ!」
「確率は低いですが、ゼロじゃありませんね。でも、ならないと思いますよ。なんといいますか、日頃の行い? 因果応報? ほら、ワタシってクリーンなイメージで売っているじゃないですか。やましい部分がなければ平気です」
弱者をいたぶって愉悦に浸っておきながら、クリーンときた。
善人だと思っていたわけではないが、これほどまでに性根が歪んでいるとは思わなかった。
「もう十分に楽しみましたし、お別れですね」
殺される。
破滅が訪れる、その瞬間だった。
「大変です!」
誰かが事務所に駆け込んできた。
若手政治家の関係者であろう。彼に耳打ちしている。
「間違いないのか!? そんなことがあり得るか!?」
「間違いありません! 全国でパニックですよ! なにせ……」
駆け込んできた人物が、衝撃の言葉を口にする。
「全国規模で新人類が覚醒しています! 数は数万とも数十万とも!」




