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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第3章 明日への一歩
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七十五話 とある大物政治家の破滅

三人称視点です。

「貴様ら! 俺が誰だか分かっているのか!」


 口角泡を飛ばして罵っているのは、強硬派の一人である大物政治家だ。

 現在は兵士に取り押さえられ、身動きが取れなくなっている。

 あってはならない愚行だ。自分を誰だと思っていると叫ぶ。普段かぶっている優しい仮面を脱ぎ捨て、下品な言葉をまき散らす。


 いくら叫んでも解放してもらえない。

 なぜならば、人類の敵となってしまったからだ。

 大物政治家は、検査で新人類だと診断された。


 この検査は国民に義務付けられている。怪物を見逃さないために、定期的に検査を受ける。検査結果はデータベースに保存され、個人情報の中でも最重要機密として扱われる。

 政治家だろうと大企業の社長だろうと関係ない。日本国民の義務だ。


 むしろ、権力者ほど積極的に検査を受ける。身の潔白をアピールしておく方が得だからだ。

 権力を乱用して、情報を改ざんしようと思えば、困難ではあるができなくない。

 それは重罪になる。万が一にも発覚すれば一大事であり、身の破滅だ。

 破滅のリスクを背負うくらいなら、素直に検査を受けておく方がいい。


 恐ろしい気持ちがないわけではない。もしも新人類と判断されてしまえば、と誰もが不安になる。

 が、何年も続けていれば、やがて慣れるものだ。

 検査に引っかかる者は、年々減少傾向にある。何もしていなければ新人類に覚醒しないとも言われている。

 健康診断のようなものだ。末期がんだと判明すれば恐ろしいが、大抵の人は大丈夫だと考えて、軽い気持ちで健康診断を受ける。


 大物政治家も同じだった。いつものことだと考え、検査を受けた。

 結果、新人類に覚醒していると。

 あり得ないと考える。自分が新人類であるわけがない。

 何もしていないのだ。新人類になってしまうような行為は何一つしていない。


 万事がうまく進んでいた。穏健派の影響力が弱まり、強硬派一本に絞って、新人類の駆逐を行っていた。

 新人類の町では戦いが続いているが、待っていれば勝利の報が届く。

 新人類を駆逐し、長年の問題を解決したヒーローになる。輝かしい未来が待ち受ける。

 はずだった。


 昨日まではうまく進んでいたが、今日になりおかしくなる。

 夕方になって事務所にやってきたら、誰もいなかった。普段なら働いている者が一人もだ。

 代わりに兵士が現れて、押さえつけられてしまった。

 職員には根回ししてあり、罠にはめたとしか思えない。

 新人類に覚醒した大物政治家を捕まえるために。


「冤罪だ! 俺を貶めたいから冤罪を着せているんだ!」

「冤罪? バカバカしい。検査は正確です。あなたもよく知っているでしょうに」


 酷薄な笑みを浮かべつつ、見下す物言いをしているのは、政敵の一人だ。

 政界では若手のホープと呼ばれている三十代の男。

 同じ政治家でも、格の違いは明らかだった。政敵とはいえ、取るに足らない相手だった。

 今では完全に立場が逆転し、新人類になった怪物と、怪物を退治する勇気ある者の構図になっている。

 あり得ない。あってはならない。


「誰か! 俺を助けろ!」

「無駄ですよ。あなたの秘書も支援者も、怪物を庇いはしません。身の潔白を証明しようとして、『あいつが怪物とは知らなかった』と口をそろえて言っています」


 これまで散々すり寄ってきていた人たちは、全員離れて行った。

 味方はいない。助けてくれる者もいない。

 救いの手はもたらされない。


「無様ですねえ。あなたは、人望があったんじゃありません。政治家の肩書きを、あれやこれやと役職を持っていたからこそ、大きな顔をしていられたんです。怪物となってしまえば、ご大層な肩書きも役に立ちません。終わりですよ」

「貴様!」


 こいつは、いつからこれほど偉そうな口を叩けるようになった。

 立場が逆転した途端に調子に乗り、いたぶっている。辛酸を舐めさせられてきた鬱憤を晴らしている。

 人間のクズめ。

 ありったけの憎しみを込めて、射殺すほど睨みつけても効果はない。


「以前までであれば、記憶処理を行ったのち、新人類の町に隔離でしたね。以前までであれば」


 このセリフを聞いてゾッとした。

 そうだ。以前までと現在では、状況がまるで変わっている。戦いの最中でもあるし、町に入れて隔離するのは不可能だ。


 では、牢にでも閉じ込めるのか。

 一人、閉じ込められていた少女を知っている。凶悪犯罪者の方がまだしも人道的に扱われるという、およそまともではない扱いだった。

 犯罪者には人権があっても、怪物にはない。当然の措置だと気にもしなかった。

 自分があの立場になると考えれば、気にしないなどと言っていられない。死んでもごめんだ。


「さてさて、あなたの処理はどうしますか。今は忙しいですし、怪物一匹のために人手を割きたくありませんね」


 処理に、一匹。

 言葉の選び方からして、人間扱いしていない。邪魔な虫を踏み潰す感覚だ。

 自分もやっていたが、やられる側になるとは夢にも思わなかった。

 悪夢だ。悪夢なら目が覚めてくれと心から願う。

 願いは叶わない。誰にも聞き届けられない。


「専用施設に収監するのがベターでしょうが、移送の手間もありますし」

「収監する……?」

「ええ、そうです。ご存知だとは思いますが、悲惨ですよ。食事は碌に与えられません。怪物は人間よりも頑丈であり、少々食事を抜いても死にませんからね。ベッドや布団で眠れるわけがありません。手足を拘束され、冷たい地面に芋虫のように転がります。二十四時間体制で常に監視され、プライバシーなど……」

「やめろ!」


 絶望を与えるがごとく滔々と語っていたが、悲痛な声でやめさせた。

 全部知っている内容だ。知っているからこそ恐ろしい。


「お嫌ですか?」

「当たり前だ! 俺は無実だ! 冤罪だ!」

「しつこいですねえ。冤罪ではないと証明されているではありませんか。まあ、あなたがどうしても嫌だとおっしゃるのであれば……」


 一度言葉を区切り、口の端を吊り上げて笑う。


「ここで死にます?」

「な……バカな! 裁判も何もなしで、魔女狩りのような真似が許されるか!」

「バカはそちらです。怪物が裁判をする気ですか? そのような話を聞いたことありますか?」


 ない。これも知っている。

 怪物を相手にしていた時は、冤罪だ人権侵害だと訴える奴は多かった。

 たわごとだと考え、無視していた。


「そ、そうだ! 俺に手を出せば、町にいる怪物たちが黙っていないぞ!」

「はあ、やれやれ。本っ気でバカですね。知恵者気取りでも、本質はこれですか。以前までとは状況が違うと、何度言えば理解します? そもそも、ずっと敵視し、滅ぼそうとしてきた相手ですよ。今さら助けを求めるとか、恥知らずですね」


 自分で言っていても無茶苦茶だと感じる。

 怪物をまとめていた男、睦月(むつき)月賀(げつが)は、怪物の仲間を守りたがっていた。彼が生きていれば、あるいは受け入れてもらえたかもしれない。

 睦月は死んだ。町は近いうちに滅ぼされる。

 行き場は――ない。


「待て……頼む、待って……」

「いやあ、最高ですね。偉そうにふんぞり返るあなたが嫌いだったんですよ。無様な姿を見られるとは、実にいい気分です」

「ぐ……貴様ぁ!」


 ありったけの罵詈雑言を吐き捨てるが、負け犬の遠吠えにしかならない。

 負け犬の遠吠えでもなんでも、言葉を発しなければ気が済まなかった。


「俺が新人類になったんだ! 貴様もならないとは限らないんだぞ! いや、必ずなる! なるに決まっている! 人類の敵として、むごたらしく殺されろ!」

「確率は低いですが、ゼロじゃありませんね。でも、ならないと思いますよ。なんといいますか、日頃の行い? 因果応報? ほら、ワタシってクリーンなイメージで売っているじゃないですか。やましい部分がなければ平気です」


 弱者をいたぶって愉悦に浸っておきながら、クリーンときた。

 善人だと思っていたわけではないが、これほどまでに性根が歪んでいるとは思わなかった。


「もう十分に楽しみましたし、お別れですね」


 殺される。

 破滅が訪れる、その瞬間だった。


「大変です!」


 誰かが事務所に駆け込んできた。

 若手政治家の関係者であろう。彼に耳打ちしている。


「間違いないのか!? そんなことがあり得るか!?」

「間違いありません! 全国でパニックですよ! なにせ……」


 駆け込んできた人物が、衝撃の言葉を口にする。


「全国規模で新人類が覚醒しています! 数は数万とも数十万とも!」

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