七十四話 撤退
僕と姉が十二月の屋敷に戻り、それを見た時、愕然としてしまった。
立派な屋敷の半分が、瓦礫の山になっている。攻撃されたんだ。
長月は無事だった。屋敷に非難していた町の住人が怪我をしているようで、一生懸命に治療している。
四季と神無月も無事だ。満身創痍だった四季は、ある程度治っている。
不思議なのは、兵士の姿が全然見えないことだ。四季たちが戦い、全滅させたにしても、遺体が転がっていてもよさそうなのに。
「四季、神無月さん」
「速峰春真と夏帆? 怪我をしたから戻ってきた?」
「そうだよ。お姉ちゃんは付き添いね」
四季は、僕を見て事情を察していた。
深々と斬り裂かれている右腕は、上着できつく縛って止血してある。それでもあふれる血が指先から滴り落ちているし、一目見て重傷だと分かるだろう。
僕の怪我はいいとして、屋敷がどうなったのかも教えてもらいたい。
「これ、どうなってるの?」
「外の連中に攻撃された。ただ、理由は分からないけど、すぐに撤退した」
「撤退?」
意味不明だ。新人類を殺さず、ちょっと攻撃しただけで撤退する必要はない。
四季たちを恐れた? ずっと戦ってきて、今さら?
「新しい如月がやったみたいに、遠くからミサイルを撃ち込む?」
発言したのは姉だ。一理あるね。
屋敷は水無月の結界で守られている。いや、守られていた、かな。
人払いの結界と似たような仕組みだ。完全に隠せるわけじゃないけど、簡単には発見できないようになっている。
それを発見したので、軽く攻撃しておいてから一度引く。遠くからバンバン攻撃して全滅させる。
あり得そうな話だし、今にもミサイルが飛んでくるかと警戒してしまう。
「何もないと思う。私たちも警戒していたけど、何もなかった」
「本当に撤退したの?」
「多分」
油断はできないけど、とりあえずは安心していいのかな。
僕は傷の痛みで辛いし、警戒しなくていいのは助かる。
「治療してもらいたいけど、割り込むのもなあ」
「春ちゃんは重傷だし、優先的に治療してもらえない?」
「死ぬほどの怪我じゃないよ。しばらく待つ」
もしも襲われた時のことを考えるなら、戦力になる僕を優先してもらうべきだ。
だからって、割り込むのは気が引ける。傷付いて苦しんでいるのはみんな同じだし、僕だけ特別扱いしろとは言えない。
座って休んでいよう。半壊している屋敷は、いつ崩れ落ちるか分からないから入れないので、外で地面に座る。
「あつつつ」
座ろうとすれば傷が痛んだ。姉が手を貸してくれて、なんとか座る。
「速峰春真の足の傷は、刃物で刺されたみたいに見える。右腕も出血が酷い。何があった?」
「如月の偽物と戦ったんだよ。色々あって、春に覚醒してね。勝ったけど、無傷とはいかなかったんだ」
「他のメンバーは?」
「偽如月は倒しても兵士はいるし、戦ってると思う」
冬将、卯月、葉月さんの三人だ。僕たちと一緒に町にきた卯月はともかく、冬将と葉月さんは戦いっぱなしだね。凄いよ。
「わたしも行くべき?」
「神無月は残ればいい。屋敷が襲われないと決まったわけじゃないし、戦力を残したい。私が行く」
「小春ちゃん……じゃなくて、四季ちゃんも休もうよ」
「私は平気。夏帆は、弟についていてあげて。弟を守るのは姉の役目。私じゃなくて夏帆がすべき」
僕のお姉ちゃんを自称していた四季は、役目をバトンタッチすると言っている。
寂しげな顔をしていたのは気のせいかな。
僕と姉、神無月の三人が残り、四季は戦いに行った。
これまで、確か五人の十二月を殺している。五人分の力を奪い、強くなっているはずだ。
それがいいか悪いかは置いておいて、四季なら負けないと信じよう。
四季が去り、長月は治療で忙しいので、僕たち三人で休憩する。
「太陽が沈むね」
姉が言った通り、時刻は夕方に差し掛かっている。仮初の太陽は西の空に沈もうとしていて、夜が近付く。
僕たちが町に戻ってきた時は朝だった。結構な時間、戦っていたんだ。
美しい夕焼けは、血の色にも見えた。一日でどれだけの人が死んだことか。
もうじき夜になる。夜の暗闇は、果たしてどちらを有利にするかな。
十二月や春夏秋冬は、数日程度なら眠らなくても活動できる。人間である兵士はそうもいかない。
連戦で疲れ果て、眠気や空腹に襲われているだろう。僕たちが襲撃すれば、休むこともままならず、浮足立つかもしれない。
あるいは、交代するのかな?
外には兵士がいるし、その人たちと交代して休むんだ。屋敷を襲撃しておきながら撤退したのは、交代するため?
そのまま戻ってこなければいいのに。
つらつらと考え事をしながら、夕焼けの空を眺めていた。
やがて夜が訪れる。街灯もないし、屋敷は半壊状態だから、明かりが碌にない。
暗い中で、住人たちはぐったりとうなだれている。保存食を食べている人もいるけど、おいしくなさそうに詰め込んでいるだけだ。
食べなければ体力がもたない。でも、数分後には攻撃されて死ぬかもしれないのに、食べる意味があるのだろうか。そんな悩みを抱えた雰囲気だ。
食べる元気がある人はまだマシで、何も食べない人も多い。
みんな限界だ。ヒステリーを起こして泣きわめく元気すらない。生気を失った表情をしている。
「春ちゃん、ご飯はどうする?」
「僕はいいよ。春なら食べなくてもなんとかなるし」
食糧は残り少ないそうなので、僕は遠慮しておいた。水だけもらう。
水を飲んでいると、やっとのことで僕が治療してもらえる番になった。
「治してもキリがない……」
働き詰めの長月は、疲れた声を漏らしていた。
「すみません」
「お前が悪いわけではないのは知っている。謝る必要はないが……ふぅ」
「大丈夫ですか? 長月さんが倒れるのはダメですし、休んだ方が」
「言われずとも、休ませてもらう。俺の力も万能ではないし、延々と使い続けることもできない」
愚痴りつつも、自分の仕事はきちんとこなすのがさすがだ。
治療が終われば、僕も加勢しに行こう。姉と神無月はこっちに残ってもらい、長月たちの護衛をしてもらおうか。
二人に提案しようとしたけど、その前に意外なことが起きる。
戦っていたはずのメンバーが戻ってきたんだ。
冬将、卯月、葉月さんに加え、途中で出て行った四季もいる。
全員無事なのは嬉しいけど、戻ってくるなんてどうしたんだろ?
「葉月、どうなっている? なぜ戻ってきた?」
質問したのは長月でも、僕や姉、神無月も同じ疑問を抱いていた。
葉月さんの答えはというと。
「それが、変なのよ。町に残っていた部隊が撤退したの。新しく攻めてくる気配もないわ」
「隠れている可能性は? 今は夜だ。闇に紛れて隙をうかがっているかもしれん」
「個人単位ならあっても、ほぼ全部の部隊が撤退したと考えていいわ。私たちも外に行くか悩んだけど、さすがに無謀だと判断したの」
「賢明な判断だ。にしても、全部隊が撤退だと? 考えが読めん」
「私もよ。戦力を整えるためかとも考えたわ。ただ、それなら新しい部隊が攻めてくると思うのよね。あいつらが休んでいる間、私たちも休めるし、こちらの体力も回復してしまう。こんな簡単なことに気付かないとは思えなくて」
葉月さんと長月で、あれこれ考察していた。
僕たちも考えるけど、考えても答えは分からない。
せっかくのチャンスだし、休もうってことになった。特に、葉月さんと冬将は碌に休んでいなかったから、泥のように眠った。
治療してばかりで疲労困憊の長月も眠り、残りのメンバーは見張りをする。
唐突に訪れた安息の時間だ。このまま何事もなく、朝日を拝めるといいな。




