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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第3章 明日への一歩
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七十三話 悲しみの中での覚醒

 如月(きさらぎ)。僕の親友と同じ名前を騙るこいつを許せない。

 如月が死んで、なんでこんな奴が覚醒しちゃったんだ。

 悲しい。悔しい。色んな感情が湧き上がってくる。

 負の感情を抑え込まない。全部表に出してやる。


 殺しはしないけど、再起不能になるまで叩き潰す。

 ムカつくから潰したい。身勝手な欲望だ。人として最低で、怪物のように醜い。

 醜いからこそ、僕は強くなれる。ようやく、春に覚醒できる。

 春夏秋冬の春に。


葉月(はづき)さん、卯月(うづき)さん。あいつは僕が倒します」

「倒しますって、速峰(はやみね)の力じゃ」

「できるんだよ。僕は春だから。如月を従える春だ」


 ゆっくりと歩みを進める。

 姉と冬将(ふゆまさ)が、この男と戦っているけど、譲ってもらうために。

 タイミングを見計らって……今だ!

 懐に飛び込み、全力で顔面を殴りつけた。面白いように吹っ飛んで行く。


「春ちゃん!?」

春真(はるま)……お前は……」


 姉も冬将も、急に強くなった僕に驚いていた。

 そりゃ驚くよね。僕も自分の力に驚いている。予想以上の力だ。

 今の僕は強い。十二月(じゅうにつき)はもちろん、姉や冬将よりも強い。

 そして、多分、今この時だけの強さだ。


「お姉ちゃんは下がって。冬将も。春に覚醒したての僕じゃ、自分の力を制御し切れる自信がない。巻き込みたくないから、ここは僕一人でやらせて」


 ある程度は感覚的に理解できる。戦闘経験など碌にないし、完全に自己流になるけど、春の力なら戦える。

 見た限り、十二月たちも同じだ。

 軍人である卯月や神無月は、正式な戦闘訓練を受けているし、それを土台とした戦い方を。訓練を受けていない人は、自己流でやりやすい戦い方を。


 前者が上のようで、そんなことはない。

 時間をかけて培った力は、十二月や春夏秋冬の超常の力には及ばない。

 すなわち、軍人であるこの男――偽如月よりも、春の僕が上だ。

 殴り飛ばした偽如月は、殺意を込めて僕を睨んでいる。


「雑魚ほどイキがるのが好きだな。殺すぞ」

「殺せるものならね」


 偽如月は、憤怒の表情を浮かべつつ、ナイフを一本取り出した。

 刃渡りは十センチちょっとで、大きくはない。携帯性を重視してあるっぽいね。


「軍隊格闘術って知ってるか? 軍人は、万が一肉弾戦になった場合に備えて、格闘術を学ぶ。どこでも銃火器を乱射できるとは限らないからな。俺はナイフ格闘を得意としている。関節技も得意だな。殴る蹴るは、あんまり得意じゃない」

「なるほど。殴る蹴るの戦い方をしていた今までは、手加減していたって言いたいんだね。ここからは本気でやるし、ビビれって」


 自分の得意分野をペラペラ話す必要はない。

 ただの威嚇行為だ。ビビッて動きが悪くなれば、相手の思うつぼ。

 とはいえ、こいつが強いのは間違いない。自分の欲望だけで行動するせいで、並の十二月よりも力がある。春夏秋冬に匹敵、あるいは凌駕するほどだ。

 対峙した時間は短くても、理解している。舐めてかかれば負けるってね。


 ナイフも脅威だ。

 一般人が使うナイフなら問題ない。刃を直接つかみ、握り潰すこともできる。

 軍人が使うんだし、普通のナイフじゃないだろう。僕は武器に造詣が深くないけど、特殊な素材を用いているとか、技術の粋を集めて作ってあるとか?


 まあ、油断は禁物ってことだ。

 偽如月は、ナイフを構えたまま、前傾姿勢で突進してくる。

 真っ直ぐぶつかってくるかと思いきや、僕の前から姿が消えた。

 背後に回り込んだんだ。十二月の人間離れした身体能力ならではだ。

 無言のまま、猛スピードでナイフを振り回す。その攻撃は、直線的なだけじゃなく、曲線を描き、あらゆる角度から迫ってくる。


 格闘技なんて習っていない僕にできるのは、酷く単純な動きだけだ。

 ナイフの軌道を見て、避ける。言葉にすれば、たったのこれだけ。

 偽如月の攻撃は、性格とは裏腹にきちんとしている。冬将なんかは、力任せに暴れるだけなのに。

 ナイフが得意だって豪語していたのも、あながち嘘じゃないだろう。覚醒していない僕だと、一瞬で殺された。

 覚醒したから避けられている。


 偽如月からすれば、理不尽極まりないだろうね。訓練して得た力が、ポンと覚醒した僕に及ばないんだ。

 ナイフ以外に、殴ったり蹴ったりもしている。

 腕をつかもうともしている。関節を極めて、へし折ろうとでもしているのかな。

 全部無駄だよ。

 僕は春。春としての力があるだけじゃなく、睦月(むつき)、如月、弥生(やよい)を従える存在だ。

 偽如月は、一応如月なんだ。上位者の僕とは致命的に相性が悪い。そういう風にできている。


 猛スピードでナイフを振り回していた偽如月は、通じないと悟ったのか、一旦距離を取った。

 お互いに言葉を発さず、睨み合う。

 僕が圧倒的に有利ではあるけど、避けるのに必死で攻撃するのは難しかった。迂闊に殴ろうとすれば、腕を斬られるかつかまれるかしそうだ。


 このまま続けても、負けはしない。

 どうやって勝とう? 姉や冬将に、僕にやらせてって頼んだはいいものの、勝ち方が分からないという情けない状態だ。

 無傷で完勝しようとか、甘い考えを持つのが間違っているかな。

 手足の一、二本は覚悟しよう。春に覚醒した僕なら死ぬことはない。


 今度はこっちから突進する。さっきぶん殴ったみたいに、全力で顔面を狙った。

 姉たちと戦っていて隙があった先ほどはともかく、落ち着いていれば大振りのパンチを食らうほど弱くない。

 偽如月は、カウンター気味にナイフを一閃し、僕の右腕を手首から肘の辺りまでバッサリ斬り裂いた。

 熱い痛みが走るけど、気にしない。我慢できる。

 左の拳を握り、殴る。偽如月の腹部に吸い込まれるように直撃した。骨が折れる嫌な感触が伝わってくる。


「ごぁ!」


 偽如月は、血反吐混じりの息を漏らす。

 構わずにキックだ。右足の爪先で、顎を砕くつもりで蹴り上げる。太ももにナイフが突き立てられるけど、これも気にしない。


「ああああああっ!」


 体が浮き上がっている偽如月を滅多打ちだ。

 倒し切らなきゃ、こっちがやられる。右腕は使い物にならないし、右足の傷も深い。出血が多くて頭がクラクラする。

 手足には静脈があるんだっけ? ここを刺されたり斬られたりすれば大出血で、最悪は命にかかわるはずだ。

 僕なら死なないけど、戦闘を継続する余力はない。ここで決めろ!


 呼吸を忘れて、無事な左手と左足で攻撃する。偽如月は反撃もままならない。

 いける!

 散々殴って蹴って、もう十分だろうとなったところでやめる。

 偽如月が動く気配はない。完全に沈黙し、気を失っている。死んではいないと思うけど。


 終わった。不格好で無茶苦茶な戦い方だったけど、僕が勝ったんだ。

 安心すると同時に、傷の痛みや疲労感が襲ってきた。立っていられなくなってふらつく。


「春ちゃん!」


 僕を抱きとめてくれたのは、姉だった。

 冬将、葉月さん、卯月も駆け寄ってきている。


「無茶な戦い方をして! 一歩間違えたら死んでたよ!」

「ごめん、お姉ちゃん。だけど、こいつが許せなかったんだ。僕の親友の名前を騙るこいつが」


 許せないという気持ちがあったおかげで勝てた。

 これだけの力を発揮できるのは、今回が最初で最後だ。


「速峰は、長月(ながつき)に治療してもらいなさい。夏帆(かほ)さんも一緒に戻ってください」

「了解。このまま戦いを続けるのは、僕もキツイしね」


 葉月さんの指示には、素直に従っておく。やせ我慢もできない。

 十二月の屋敷を出たばかりなのに、すぐにとんぼ返りだ。

 長月は、治療しても治療してもキリがないね。怪我ばかりして申し訳ない。


「凄かったぜ、春真。見直した」

「ありがとう」


 冬将が褒めてくれるほど格好よくはなかったけど、勝てたからよしだ。


「こいつの処理は俺たちが引き受けよう」

「卯月さんは、こいつをどうするつもりですか?」

「どうすればいいか分からんというのが正直な意見だ。殺すのも手だが、新しい如月が覚醒するだけだ。より危険な如月が覚醒する可能性もある。どうするか考えなければな」

「そうね。頭の痛い問題がどんどん出てきて嫌になるわ」


 葉月さんは、こめかみを押さえていた。連戦連戦の上に、リーダーとしても気苦労が多いし、疲れている。

 僕も早く治療してもらって、手助けしよう。


「お姉ちゃん」

「うん。長月さんのところに戻るんだよね。歩ける? 私が抱えよっか?」

「右足は痛いけど、歩けないほどじゃないよ」


 僕と姉は、二人で屋敷に戻る。

 如月との戦いは一段落しても、外の兵士は町に残っているはずだ。途中で出くわさないといいけど。

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