七十三話 悲しみの中での覚醒
如月。僕の親友と同じ名前を騙るこいつを許せない。
如月が死んで、なんでこんな奴が覚醒しちゃったんだ。
悲しい。悔しい。色んな感情が湧き上がってくる。
負の感情を抑え込まない。全部表に出してやる。
殺しはしないけど、再起不能になるまで叩き潰す。
ムカつくから潰したい。身勝手な欲望だ。人として最低で、怪物のように醜い。
醜いからこそ、僕は強くなれる。ようやく、春に覚醒できる。
春夏秋冬の春に。
「葉月さん、卯月さん。あいつは僕が倒します」
「倒しますって、速峰の力じゃ」
「できるんだよ。僕は春だから。如月を従える春だ」
ゆっくりと歩みを進める。
姉と冬将が、この男と戦っているけど、譲ってもらうために。
タイミングを見計らって……今だ!
懐に飛び込み、全力で顔面を殴りつけた。面白いように吹っ飛んで行く。
「春ちゃん!?」
「春真……お前は……」
姉も冬将も、急に強くなった僕に驚いていた。
そりゃ驚くよね。僕も自分の力に驚いている。予想以上の力だ。
今の僕は強い。十二月はもちろん、姉や冬将よりも強い。
そして、多分、今この時だけの強さだ。
「お姉ちゃんは下がって。冬将も。春に覚醒したての僕じゃ、自分の力を制御し切れる自信がない。巻き込みたくないから、ここは僕一人でやらせて」
ある程度は感覚的に理解できる。戦闘経験など碌にないし、完全に自己流になるけど、春の力なら戦える。
見た限り、十二月たちも同じだ。
軍人である卯月や神無月は、正式な戦闘訓練を受けているし、それを土台とした戦い方を。訓練を受けていない人は、自己流でやりやすい戦い方を。
前者が上のようで、そんなことはない。
時間をかけて培った力は、十二月や春夏秋冬の超常の力には及ばない。
すなわち、軍人であるこの男――偽如月よりも、春の僕が上だ。
殴り飛ばした偽如月は、殺意を込めて僕を睨んでいる。
「雑魚ほどイキがるのが好きだな。殺すぞ」
「殺せるものならね」
偽如月は、憤怒の表情を浮かべつつ、ナイフを一本取り出した。
刃渡りは十センチちょっとで、大きくはない。携帯性を重視してあるっぽいね。
「軍隊格闘術って知ってるか? 軍人は、万が一肉弾戦になった場合に備えて、格闘術を学ぶ。どこでも銃火器を乱射できるとは限らないからな。俺はナイフ格闘を得意としている。関節技も得意だな。殴る蹴るは、あんまり得意じゃない」
「なるほど。殴る蹴るの戦い方をしていた今までは、手加減していたって言いたいんだね。ここからは本気でやるし、ビビれって」
自分の得意分野をペラペラ話す必要はない。
ただの威嚇行為だ。ビビッて動きが悪くなれば、相手の思うつぼ。
とはいえ、こいつが強いのは間違いない。自分の欲望だけで行動するせいで、並の十二月よりも力がある。春夏秋冬に匹敵、あるいは凌駕するほどだ。
対峙した時間は短くても、理解している。舐めてかかれば負けるってね。
ナイフも脅威だ。
一般人が使うナイフなら問題ない。刃を直接つかみ、握り潰すこともできる。
軍人が使うんだし、普通のナイフじゃないだろう。僕は武器に造詣が深くないけど、特殊な素材を用いているとか、技術の粋を集めて作ってあるとか?
まあ、油断は禁物ってことだ。
偽如月は、ナイフを構えたまま、前傾姿勢で突進してくる。
真っ直ぐぶつかってくるかと思いきや、僕の前から姿が消えた。
背後に回り込んだんだ。十二月の人間離れした身体能力ならではだ。
無言のまま、猛スピードでナイフを振り回す。その攻撃は、直線的なだけじゃなく、曲線を描き、あらゆる角度から迫ってくる。
格闘技なんて習っていない僕にできるのは、酷く単純な動きだけだ。
ナイフの軌道を見て、避ける。言葉にすれば、たったのこれだけ。
偽如月の攻撃は、性格とは裏腹にきちんとしている。冬将なんかは、力任せに暴れるだけなのに。
ナイフが得意だって豪語していたのも、あながち嘘じゃないだろう。覚醒していない僕だと、一瞬で殺された。
覚醒したから避けられている。
偽如月からすれば、理不尽極まりないだろうね。訓練して得た力が、ポンと覚醒した僕に及ばないんだ。
ナイフ以外に、殴ったり蹴ったりもしている。
腕をつかもうともしている。関節を極めて、へし折ろうとでもしているのかな。
全部無駄だよ。
僕は春。春としての力があるだけじゃなく、睦月、如月、弥生を従える存在だ。
偽如月は、一応如月なんだ。上位者の僕とは致命的に相性が悪い。そういう風にできている。
猛スピードでナイフを振り回していた偽如月は、通じないと悟ったのか、一旦距離を取った。
お互いに言葉を発さず、睨み合う。
僕が圧倒的に有利ではあるけど、避けるのに必死で攻撃するのは難しかった。迂闊に殴ろうとすれば、腕を斬られるかつかまれるかしそうだ。
このまま続けても、負けはしない。
どうやって勝とう? 姉や冬将に、僕にやらせてって頼んだはいいものの、勝ち方が分からないという情けない状態だ。
無傷で完勝しようとか、甘い考えを持つのが間違っているかな。
手足の一、二本は覚悟しよう。春に覚醒した僕なら死ぬことはない。
今度はこっちから突進する。さっきぶん殴ったみたいに、全力で顔面を狙った。
姉たちと戦っていて隙があった先ほどはともかく、落ち着いていれば大振りのパンチを食らうほど弱くない。
偽如月は、カウンター気味にナイフを一閃し、僕の右腕を手首から肘の辺りまでバッサリ斬り裂いた。
熱い痛みが走るけど、気にしない。我慢できる。
左の拳を握り、殴る。偽如月の腹部に吸い込まれるように直撃した。骨が折れる嫌な感触が伝わってくる。
「ごぁ!」
偽如月は、血反吐混じりの息を漏らす。
構わずにキックだ。右足の爪先で、顎を砕くつもりで蹴り上げる。太ももにナイフが突き立てられるけど、これも気にしない。
「ああああああっ!」
体が浮き上がっている偽如月を滅多打ちだ。
倒し切らなきゃ、こっちがやられる。右腕は使い物にならないし、右足の傷も深い。出血が多くて頭がクラクラする。
手足には静脈があるんだっけ? ここを刺されたり斬られたりすれば大出血で、最悪は命にかかわるはずだ。
僕なら死なないけど、戦闘を継続する余力はない。ここで決めろ!
呼吸を忘れて、無事な左手と左足で攻撃する。偽如月は反撃もままならない。
いける!
散々殴って蹴って、もう十分だろうとなったところでやめる。
偽如月が動く気配はない。完全に沈黙し、気を失っている。死んではいないと思うけど。
終わった。不格好で無茶苦茶な戦い方だったけど、僕が勝ったんだ。
安心すると同時に、傷の痛みや疲労感が襲ってきた。立っていられなくなってふらつく。
「春ちゃん!」
僕を抱きとめてくれたのは、姉だった。
冬将、葉月さん、卯月も駆け寄ってきている。
「無茶な戦い方をして! 一歩間違えたら死んでたよ!」
「ごめん、お姉ちゃん。だけど、こいつが許せなかったんだ。僕の親友の名前を騙るこいつが」
許せないという気持ちがあったおかげで勝てた。
これだけの力を発揮できるのは、今回が最初で最後だ。
「速峰は、長月に治療してもらいなさい。夏帆さんも一緒に戻ってください」
「了解。このまま戦いを続けるのは、僕もキツイしね」
葉月さんの指示には、素直に従っておく。やせ我慢もできない。
十二月の屋敷を出たばかりなのに、すぐにとんぼ返りだ。
長月は、治療しても治療してもキリがないね。怪我ばかりして申し訳ない。
「凄かったぜ、春真。見直した」
「ありがとう」
冬将が褒めてくれるほど格好よくはなかったけど、勝てたからよしだ。
「こいつの処理は俺たちが引き受けよう」
「卯月さんは、こいつをどうするつもりですか?」
「どうすればいいか分からんというのが正直な意見だ。殺すのも手だが、新しい如月が覚醒するだけだ。より危険な如月が覚醒する可能性もある。どうするか考えなければな」
「そうね。頭の痛い問題がどんどん出てきて嫌になるわ」
葉月さんは、こめかみを押さえていた。連戦連戦の上に、リーダーとしても気苦労が多いし、疲れている。
僕も早く治療してもらって、手助けしよう。
「お姉ちゃん」
「うん。長月さんのところに戻るんだよね。歩ける? 私が抱えよっか?」
「右足は痛いけど、歩けないほどじゃないよ」
僕と姉は、二人で屋敷に戻る。
如月との戦いは一段落しても、外の兵士は町に残っているはずだ。途中で出くわさないといいけど。




