七十二話 親友の名
「俺の新しい名前は――如月。十二月の如月だ」
こいつが如月? 新しく覚醒した如月?
僕の親友が死に、こんな奴が覚醒した?
「お前が……お前なんかが、僕の親友の名を騙るな!」
新しい如月が覚醒するのはいいよ。他の十二月だって何人も覚醒している。
複雑な心境ではあるけど、覚醒した人が悪いわけじゃない。仲間としてやっていければいいと思う。
こいつはダメだ。こんな奴が、力に酔いしれている奴が如月を名乗るのは、認めない。
「騙るも何も、俺は事実如月だ」
「その名前を……!」
「速峰、落ち着きなさい」
激昂しかけた僕を、葉月さんが止めた。
今すぐに飛びかかり、殴ってやりたい気分を抑える。
如月……いや、この男と話すのは、葉月さんだ。
「あなたが新しい如月なのは理解したわ。十二月の気配を確かに感じるし、嘘ではないでしょう。水無月や弥生の可能性もあるけど、だったらその名前を名乗ればいいだけよね。如月だと名乗る意味はないし、おそらく事実」
葉月さんは冷静に考察していた。
ただし、気を許しているわけじゃない。この男は危険だ。
「あなたは、私たちの味方なの? 敵なの?」
「どっちでもない。最強の力を手に入れた俺は、好きにやるだけだ。ムカつく奴がいればぶっ殺すし、いい女がいれば奪う。俺の邪魔をするなら殺す」
「欲望の権化ね」
「せっかくの最強の力だ。楽しまなきゃ損だろ?」
さっきから、繰り返し「最強」を主張している。
覚醒したばかりだから、詳しい事情を知らないのかな。
如月は、十二月の序列二位だ。十二月の中では上位の強さを持つ。
でも、睦月の方が上だ。春夏秋冬にも勝てない。この男は決して最強じゃない。
霜月は失ったものの、こちらは七人いる。
一番弱い僕が言うのは、虎の威を借る狐になるけど、戦えば確実に勝てる。
理解しているのかいないのか、相変わらず嫌な笑みを浮かべつつ話す。
「俺こそ聞きたいな。おたくらは、俺の敵か? 味方か? ああ、男はいらね。女四人は、俺に服従するなら生かしてやるよ」
「服従は真っ平だ……って言ったら?」
当たり前だけど、葉月さんは服従する気がなさそうだ。姉や四季、神無月も同じだろう。
僕だって、こんな奴にみんなを渡したくない。
「冬将、卯月さん」
「言われるまでもねえな。仮に葉さんが服従するって言い出しても、俺が無理矢理止めてやる。ぜってえ反対だ」
「十二月としてよりも、同じ軍人として唾棄すべき思想だ」
全会一致で、この男には従わないとなった。
外に出すのも避けたい。外に出れば、本人の言葉通り好きにやる。犠牲者が大勢出る。
ここで倒しておくべきだ。
「身の程知らずっつうかなんつうか、ちょっと強いからってイキがってるバカしかいない。俺の邪魔をするなら、敵と認識する。殺すぞ」
表情が一変し、鋭い目つきになった。
この男は戦おうとしていて、みんなも受けて立つ気だ。もちろん僕もね。
「速峰……いえ、神無月。あなたは、四季を連れて長月のところに戻って」
「了解」
葉月さんが命じて、満身創痍の四季は撤退する。
戦力的には、神無月よりも僕が付き添う方がいいけど、葉月さんは僕の気持ちを汲んでくれたみたいだ。
親友の名を騙る奴と戦いたい。倒したい。撤退したくない。
言葉には出さなくても、顔に出ていたかな。
こちらは五人だ。冬将と姉に、十二月の卯月と葉月さん、そして僕。
五対一は卑怯だけど、わざわざ一人で戦ってあげる義理はない。この先も戦いは続くし、なるべく消耗しないように勝ちたい。
「やれやれ、マジで身の程知らずだな」
「身の程知らずはどっちだ……よ!」
先手を仕掛けたのは冬将だった。覚醒済みの冬の力を発揮し、一気に接近する。
僕じゃギリギリ目で追えるか追えないかってレベルの動きで、顔面に向けてパンチを繰り出した。
冬将が本気で殴れば、一般人なら即死だ。十二月だって無事じゃ済まない。
瞬間移動じみた動きに、鋭く重い一撃だ。冬将は殺す気で殴ったと思う。
にもかかわらず、この男は余裕を持って反応し、受け止めてしまった。
「な? 身の程知らずだろ?」
「んにゃろ!」
冬将は連続で殴りかかる。相手も黙って殴られるわけはないし、拳と拳がぶつかり合う。
昔、四季と師走も素手同士でガチンコの殴り合いをしていた。見ていた僕は、どちらも人間離れしていると感じたものだ。
今の二人は、当時の四季と師走よりもずっと強い。更地となった町中に、拳が衝突する音が響き渡る。
割って入る隙がないと思っていれば、葉月さんが加勢した。
二人で組んでいただけあって、コンビネーションがうまい。冬将の邪魔をしないように攻撃している。
形勢は互角だけど、なんで互角なの?
「冬将と葉月さんが二人がかりで互角とか、どうなってるの?」
僕の疑問には、姉も卯月も答えられなかった。
序列二位の強さじゃない。葉月さんはまだしも、冬将と互角の勝負ができるのはおかしい。
「一度下がって!」
声を張り上げたのは姉だ。
冬将と葉月さんが下がり、姉が前に出る。
僕と卯月も続いた。三人で攻撃だ。
自分で戦ってみて分かる。僕じゃ足元にも及ばないし、異様なほど強い。
悔しいけど、僕は足手まといだ。卯月や葉月さんですら邪魔になる。
三人は離れて、姉と冬将が協力して立ち向かう。
「ふう、だから身の程知らずなんだっての。お前ら、なんにも分かってないな」
戦いの最中に会話をする余裕まであるのか。
「覚醒したばかりの俺の方が分かってるぜ。十二月ってのは、永遠の命を求めた結果誕生した。永遠の命だ。人類が追い求めた夢であり、欲望だ。仲間のためとか平和のためとか、綺麗事を口にしているようじゃ本来の力は発揮できない。そっちの女は、俺を『欲望の権化』っつったよな? だから俺は強いんだよ」
とんでもない暴論だった。
要するに、富、名声、名誉、女、みたいな欲望を持てと言っている。それらを持てば持つほど、十二月は強くなれるって。
正しいのか間違っているのかは知らないけど、そんなのが十二月のあるべき姿だとは思いたくない。
大勢死んだ。みんな、仲間を大切にし、平和に暮らしたいと望んでいた。
みんなの気持ちを踏みにじる、最低最悪な現実になってしまう。
パニック映画とは正反対って言えばいいのか。
冷静で思慮深い判断を下し、人々を助けたり化け物に立ち向かったりする主人公が弱くなり、負ける。愚かで身勝手な行動を取るサブキャラが強くなり、勝つ。
現実は映画みたいにうまくいかないし、厳しいのは分かるけど、あんまりだ。
僕たちがやってきたことはなんだったんだ。
許せない。ユルセナイ。
――プツン、と。
何かが弾けた気がした。
「ああ……やっと分かったよ」
「速峰?」
「僕がどうして春に覚醒できなかったのか、やっと分かった」
僕が望んだ全兎は、みんなだ。
如月や紺屋さんがいてくれて、四季や十二月とも仲良くして、学校のクラスメイトとも。
だからって、凄惨な殺し合いはしたくない。意見がぶつかり合うことはあるし、時には喧嘩もするけど、殺し合いは違う。
甘ったれた理想を追い求めていたのが僕だ。
しょっちゅう言われていたように、脳内お花畑だ。
親友の名を騙るこいつの言葉が正しいなら、春に覚醒できないわけだよ。十二月も春夏秋冬も同じだ。
姉や冬将は優しいけど、僕ほど甘ったれていない。僕の理想が、春への覚醒を阻害していた。
僕は、映画の主人公みたいに勇敢じゃないし、頭がよくもない。
ただ、能力を別にするなら、望んでいたものは映画の主人公と同じだ。みんなを助けたいと願っていた。
僕の願いは、ことごとく叶わなかった。外に出た時に睦月たちの死を知り、町に戻ってきた時は如月の死を知った。恋人の紺屋さんも失った。
僕の望んだ全兎の数が減れば減るほど、強くなった。
この上なく、残酷だ。
そして、今、望んでいるのは。
親友の名を騙るこいつを――




