四十八話 強くなりたい
第3章開始です。
外と戦うための作戦は、たいして複雑じゃない。
人数も手段も限られるし、複雑にしようがないとも言える。
僕は戦力外で何もできない。金属バットを持って戦場に立ったところで、一瞬で殺されるのがオチだ。戦力になるどころか邪魔でしかない。
他のメンバーは、長月と水無月以外は戦闘タイプらしい。戦う力はある反面、搦め手のような真似は苦手だ。
かろうじて、神和がテレパシーを使えるくらいかな。
これも届く距離は短いと言っていた。集中力も必要だし、乱戦になれば使う余裕もないって話だ。
携帯電話の下位互換なんだよねぇ、とは神和本人の弁だ。
じゃあどうするか。
まず、町は水無月の結界で守られている。彼女の結界だけではなく、他の方法も使っているものの、多少なら手を加えることもできると言っていた。
侵入者を察知できるようにしておけば、攻め込まれた時に対処しやすい。
外が攻め込んでくるなら、水無月の結界に引っかかる。察知したところでこちらも戦いに赴く。
食糧の供給も断たれていたけど、これは睦月たちが戦っているからだ。
十二月のリーダーと戦っているのに、呑気に食糧を供給したりしない。
このまま供給を断ち、餓死を狙う。もしくは、こちらが攻めるのを待ち構える。
外の方針がこれなら攻めてこないはずだ。
食糧の備蓄はあるし、数日程度では餓死しない。様子を見る時間もある。
外がどのように判断するかと思っていたら、水無月から結界に引っかかったと報告があった。
時刻は深夜零時だ。
普段なら寝ている時間になっての襲撃にも、僕たちは慌てていない。
長月は冷静に発言する。肉体派のメンバーが多い中、彼は頭脳派だ。
「予想の範囲内だ。連中からすれば、朝や昼よりも、夜の暗がりに紛れる方がやりやすい。相手は暗視スコープでもなんでも装備が充実しているからな」
兵器や装備の話になると僕はついていけないけど、夜でもしっかり見える装備があるってことだ。
こちらは住人の多くが寝ているし、騒ぎに気付いて起きたとしても暗くてよく見えない。
混乱している間に殺せばいい。
「結界を抜けるにはしばらくかかる。迎撃準備を整えるぞ」
「こっちの兵は?」
長月に質問したのは四季だ。
四季にも思うところはあるだろうけど、協力体制を取ってくれている。
「動かしている。個々の強さはともかく、数だけは向こうよりも多い」
「霜月が大勢殺していたのが、まさかここで役に立つとはね。皮肉な話だわ」
「気分のいいものじゃないですがね」
「私も如月に同感だけど、やむを得ないと考えましょう。兵は必要よ」
葉月さんが言っている兵ってのは、あまり楽しくない話だけど、異形の怪物だ。
僕が初めて遭遇した時は、ただただ恐ろしいだけだった。なんでこんな奴がいるんだって脅えた。
今は、怪物も町の住人だって知っている。
全員死んでいて、死者が動いているだけとはいえ、兵士扱いして戦わせてもいいかとなると……まあ、しょうがないけどね。
甘いことを言っていたら全員死ぬ。使えるものは使わなきゃいけない。
戦えない僕には反対する資格もない。反対して、自分だけ責任を逃れようとするのは卑怯だ。
異形の怪物を外の連中にけしかける。この作戦に賛成した。
数はかなり多くて、町全体を合わせれば二、三千人はいるって話だ。
攻めてきている外の人間は、水無月曰く三百人ほどだ。後詰めがいるかもしれないけど、今把握している限りなら一個中隊程度しかいない。
敵の三百人全員が戦う力を持つとは考えにくい。輸送兵とか衛生兵とかもいるんじゃないかと見ている。
戦車や、偵察用のドローンも多少あるものの、大半は歩兵だ。
つまり、数ではこちらが圧倒的に上になる。
大勢の怪物をけしかけるとか、やっている真似は悪そのものだね。
自分たちを正義だと主張する気はないにせよ複雑だ。
複雑な気持ちでもなんでも、敵がきたなら戦うだけだ。
「どこまで足止めできます? 僕ですら、逃げようと思えば逃げられるのに、武装した軍隊に通じますか?」
「なんとも言えんな。いきなり覚醒状態、つまり異形の怪物になって接近するわけではない。人間形態のままだ。人間を相手に躊躇せず引き金を引けるかどうか」
「楽観的な考えは捨てましょう。躊躇しないって考えておくべきよ」
葉月さんの意見に全員が賛同する。
町に攻め込んできているんだし、相手は精鋭だと思われる。
町にいるのは全員恐ろしい怪物だから、絶対に躊躇するなとか命じられている可能性も高い。
相手としても死にたくないし、自分の命を守るためにも敵は殺す。
「さて、俺たちも行きますか」
「死なないでね、如月」
「心配すんなって、俺は十二月のナンバーツーだぜ」
「俺よりは弱いがな」
「冬に覚醒してるからって強気になってるが、俺も負ける気はない」
「味方同士で争わないの」
如月と冬将の言い争いを、葉月さんが注意した。
こちらの十人で出撃するのは六人だ。
十二月からは、如月、卯月、葉月さん。神和もだね。
ここに四季と冬将を加えたメンバーになる。
僕は問題外で、戦闘向きじゃない水無月と長月は残る。紺屋さんは僕たちの護衛として残ってもらう。
僕以外の九人は、全員で戦う作戦も考えていた。戦力の逐次投入は愚策だし。
相手の人数が多くて、戦力を分散する余裕がないなら全員で突撃した。
今攻めてきているのは少ない。
外は一枚岩じゃないし、むしろ議論が紛糾しているからだろう。
僕は政治に詳しくないけど、とにかく面倒臭いらしい。
トップが鶴の一声で決定するわけにもいかなくて、ああでもないこうでもないって議論が続く。
どんな意見が出ても反対する人は絶対にいるし、反対意見を押し切れば独裁だとか暴走だとか言われる。責任を追及する声も出て、トップの座から引きずり下ろそうとする。
問題への対策を話し合っていたはずが、いつの間にか断罪目的にすり替わる。
有事の際に一致団結なんて夢のまた夢だ。
足を引っ張り合って、あわよくば自分が権力を握って、とか。
全体の利益も考えないではないものの、自分第一で動く人も少なくない。
本当に面倒臭い話だ。
この辺は、外の記憶を持つ長月や葉月さんからの受け売りだけどね。
話を聞いてパニック映画を思い出したよ。勇敢な主人公たちと、自分のことしか考えないやられ役のサブキャラを。
現実は正反対なんだなって感じた。
自分のことしか考えない人間の方が、むしろ権力を握っている。
勇敢な人間に命令を下す立場になっている。
全員がそうだとは言わないし、結局は人によるのかな。
とにかく、緊急事態ですら迅速な行動ができない。協力もできないし、行動の遅さには定評があると聞く。
それにしては、今回は異例の早さだ。
話がまとまらないうちに、一部の強硬派が突っ走った結果だと見ている。
だから相手の戦力も少ないんだ。何千何万という人数を投入できなかった。
外が一丸となって町を滅ぼせ、新人類を殲滅しろ、とはなっていない。
僕たちにとってはありがたい話だ。付け入る隙になる。
怪物となった町の住人に、如月たち六人が加われば、なんとか勝てると考える。
「なるべく殺さないようにね。人質がいれば今後の交渉も有利になるわ」
葉月さんが言って、戦場に向かった。
残された四人は、僕の家で待つしかできない。
春に覚醒できれば。戦う力を得られれば。
何度考えたことか。
僕の気持ちを察した紺屋さんは、そっと手を握ってくれる。
「お気持ちは分かりますけれど、待ちましょう。如月さんたちでしたら平気です」
「そうだね」
「眠っても構いませんよ。気が高ぶって眠れないでしょうけれど、いざという時に動くためにも休んでおく方がいいです。私が一緒にいますので」
「……じゃあ、悪いけど」
紺屋さんの言う通りだと思った。
眠れるとは思えなくても、ベッドで横になって目を閉じているだけでもいい。
僕が起きていて何ができるわけでもなし、気を張っていても疲弊するだけだ。休んでおく方がいい。
「長月は休まないんですか? 水無月は?」
「俺たちは十二月だぞ。数日程度であれば、眠らなくても行動に支障はない。皐月などは、睡眠が一切不要なほどだ」
皐月レベルとはいかなくても、一般的な人間よりは丈夫で睡眠の重要性も低い。
便利だね。
「俺たちは起きているが、声は聞かないふりをしてやる。安心しろ」
「声?」
「弥生と愛し合うのでは?」
「ボクも聞かないふりする。これでも卯月や文月から教わっている。赤ちゃんはコウノトリさんが運ぶんじゃないと知っている」
「ふしだらです! はしたないです!」
長月や水無月の言葉に、紺屋さんから突っ込みが入った。
僕も一つ突っ込ませてもらおう。
「子供に何を教えてるのさ。誰か止めなよ」
「俺たちに何を期待している。変態しかいない集団だぞ」
「睦月や葉月が例外。変態が基本になると、もはや変態が常識。って卯月が言ってた」
「卯月さんが戻ってきたら、一度注意しなければなりませんね」
紺屋さんが奇妙な決意を固めていた。
十二月たちの変態性は置いておいて、僕たちはエッチな行為をする気はない。
みんなが命懸けで戦っている中、そういった行為はできないよね。
死ぬ前に、最期に二人で、ってのは映画だと定番だけど。
定番といえば……どうしよっか。なあなあで保留にしてきたものの、言っておくべきかな。
紺屋さんに付き添ってもらい、僕は自室で休む。
ベッドに入り、傍には紺屋さんがいる。いつだったかもあった状況だ。
如月や紺屋さんと同居し始めた頃だったかな。二人が覚醒する前だ。
たいして時間もたっていないのに、懐かしく感じる。
感傷に浸りつつ、紺屋さんに話しかける。
「ねえ、紺屋さん。こんな時にというか、こんな時だからこそというかさ」
「なんでしょう?」
「自惚れた発言というか、身の程知らずというか」
どうしても優柔不断で言い訳臭くなっちゃうな。
はっきり言おう。
「紺屋さんは僕を好き……なの? 親友としてじゃなく、男として?」
「好きです。愛しております」
言葉を濁すことなく、即答してくれた。
嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な心境だ。
なんで僕なんかを。紺屋さんほど魅力的な女性なら、いくらでもいい相手がいるのに。
「春真さんは、私をどう思っていますか?」
「ごめん、よく分からないんだ。好きなのは間違いないよ。四季も好きだし葉月さんも好きだけど、紺屋さんが一番好き」
四季は僕のお姉ちゃんを自称しているし、外見を別にするなら僕もお姉ちゃんみたいだなって思う。大好きなお姉ちゃんだ。
葉月さんは、親切で頼りになる人だし好きだ。もちろん外見だって魅力がある。
二人とも好きだけど、女性的な意味でなら紺屋さんが好き……だと思う。
「ただ、なんだろ……僕が葉月さんを襲おうとしたことは知ってる?」
「はい。長月さんが変にいじくったせいですよね」
「違う。あれは僕の中にあった欲望なんだ。僕はスケベで、葉月さんが魅力的な女性だから、エッチな行為をしたかった」
操られていたんじゃない。心にもない行動をしたんじゃない。
僕の中にあった欲望が表面に出ただけだ。
「自分が恥ずかしい。許せない。最悪な男だと思う。紺屋さんだって、美人だし胸も大きいし、好きなんじゃなくてエッチしたいだけなのかもって」
「構いませんよ」
「か、構わない?」
今度も即答した紺屋さんに驚いた。
軽蔑されて当然なのに、構わないって何?
「春真さんは、自分を許せないとおっしゃいました。葉月さんが許そうと、私があれは仕方なかったことですし気にしないでくださいと告げようと、春真さんは自分を許しません。それでいいと思います。春真さんは自分を許さないでください。それが春真さんの考えであり、決断です。ただし、私は春真さんを許します。春真さんを愛します。それが私の考えであり、決断です」
そっと。
紺屋さんの唇が、僕の唇に触れた。
キスだ。触れるだけの軽いキス。
「今はこれで。戦いの真っ最中ですからね。生き残り、四季さんや葉月さんと正面から勝負して、春真さんを振り向かせてみせます。時を忘れた町から、明日へ。春真さんと共に向かいたいです」
……強いなあ。
弥生に覚醒したからか、元々芯の強い人だったのか、紺屋さんは強い。
尊敬できる強さだ。
僕も強くなりたい。
力じゃない。戦う力も欲しいけど、そうじゃなくて強くなりたい。
四季に言われた。力と覚悟がないって。両方合わせて「強さ」になるって。
何かを成し遂げようとする覚悟に、実行できる力。
僕は何を持つ? 前に進むとか殺さない覚悟とか、偉そうな口ばかり叩いてきた僕は、実際のところ何を持っているんだ?
甘ったれた理想を実現しようとしていて、でも既に破綻している。睦月たちは外と戦ったし、今頃はおそらく死んでいる。
戦いに行った如月たちも、無事で帰ってきてもらいたいけど、もしかしたら……
「僕も、明日に向かいたい」
不意に出た言葉はこれだった。
睦月も言っていた。明日に向かってくれと。
仲間たちと一緒に、一人でも多くの人と一緒に。
時を忘れ、停滞していた町の時間は、よくも悪くも動き出した。
望むと望まざるとに関係なく、僕たちは時間の流れに逆らえなくなった。
流されて進むんじゃなく。
強くなって、自分の足で、自分の意志で。
一歩を踏みしめ、明日に向かいたい。




