三十一話 改めて、前に
僕の部屋には、僕自身を含めて三人が集まっている。
久しぶりに再会した四季と、十二月の一人である葉月葉さんだ。
正直、気まずい。四季と葉月さんが敵同士なのもあるけど、僕はレ○プ未遂を起こしたばかりだ。合わせる顔がない。
僕が葉月さんを襲いかけた事実は、忘れるわけじゃないけど一旦横に置こう。
罪はいずれ償うとして、現状をなんとかしないと。
とはいえ、何から聞いたものか。
「葉月さん。僕は多分、全部を思い出した。如月のことも紺屋さんのことも、四季のことも十二月のことも。だから聞きたいけど、如月と紺屋さんは無事?」
最初は僕の親友二人の状況を尋ねた。
僕は如月と戦い、右腕をちぎられて大怪我を負った。
あれは痛かったけど、今は治っているし気にしない。
ちぎれた腕を治すなんて、常識で考えれば不可能だ。長月って人は治せるって聞いたし、治してくれたんだと思う。
問題は、傷付いた僕が気を失ったあとだ。
弥生に覚醒した紺屋さんは、如月と戦おうとしていた。
二人が本気でぶつかり合えば、どちらかが死ぬかもしれない。
無事かどうか知りたかった。
「二人とも元気よ。軽く戦いはしたけど、禍根は残ってないわ。仲良くしてるし、私たちともうまくやってる。速峰のことだって嫌ってないわよ。昨日、速峰が食べたおかゆがあったでしょ。あれは弥生が作ったの」
二人が元気だとの答えが返ってきたので、まずは一安心だ。
おまけに、紺屋さんがおかゆを作ってくれたとまで分かったし、凄く嬉しい。
如月も紺屋さんも、十二月になっても僕の親友だ。
一番知りたいことは知れた。次の質問は。
「葉月さんが学校にいたのは、僕を監視するため?」
「そうね。私たちに深くかかわっていたし、記憶を封じるにも限界があったわ。私は詳しく知らないけど、人間の記憶って複雑に絡み合ってるらしいの。特定の記憶だけを消すことはできないし、消そうとすると完全に真っ白になって廃人まっしぐらよ」
だから、消すのではなく封じる方向で対処した。
封じて終わりにもならず、いつ記憶が戻ってもおかしくない。非常に不安定な状態だった。
僕を見張る役目に抜擢されたのが葉月さんで、生徒に扮して監視していた。
こういうことだ。
「僕を殺さなかったのは?」
「睦月の指示ね。四季をおびき寄せたいって。他にも理由はあるらしいけど」
「で、狙い通り四季がやってきたわけか。四季は、どうして僕がピンチだって分かったの? そもそも、よく無事だったね?」
四季に話を振ると、葉月さんに警戒の眼差しを向けつつ説明してくれる。
「学校で襲われた時、私はやられかけた。そこで、とある人が助けてくれた。怪しいし、信用していいか迷ったけど、傷が深くて頼らざるを得なかった。速峰春真の様子を教えてくれたのも彼女」
彼女ってことは、女性なのか。
ただの人間じゃない。師走と霜月に加え、怪物になった生徒たちにも囲まれていた四季は、絶体絶命のピンチだった。
僕が助けようとしても無理だ。何もできずに殺されていた。
あの状況で助け出せるなら、最低でも四季と同程度の力がある。
葉月さんは、四季を助けた人物に思い至ったようだ。
「神無月ね。師走と霜月の二人を出し抜いて助けた上に、速峰の状況まで把握してるとなると、他に考えられないわ。十二月はお互いの居場所が分かるから、私が速峰の近くにいるって分かったんでしょ。それを、速峰のピンチと考えた」
「正解」
「分からないのは二つね。私たちの仲間である神無月が、どうして四季を助けたのか。覚醒しているなら私たちも気付くはずなのに、どうして気付かなかったのか」
「それは私も知らない。十二月は私の敵だし、力を借りるのも本当は嫌だった」
「助けてもらったのに、酷い言い草ね」
「背に腹はかえられなかった。死ぬよりはマシ」
四季は葉月さんに言葉に反応しつつ、臨戦態勢を取っている。
今すぐにでもドンパチ戦いを始めそうな様子だ。
「戦うのはやめてね。僕の部屋を荒らされるのも困るけど、葉月さんと戦ってもらいたくない。理由はどうであれ、僕の様子を見守って、助けてくれた人だ」
「巨乳に籠絡されるとは、ロリコンの速峰春真にあるまじき失態」
「これも懐かしいね。ロリコンじゃないけど」
四季は平常運転で何よりだ。
傷が深いと言っていた割に、今は傷一つないし治っている。
僕の知る四季のままだ。
「四季は、十二月は敵だし、殺すって言ってた。でも、葉月さんは悪い人に思えない。生徒たちを怪物にしたのは許せないけど、事情があったと思ってる」
事情があれば、何をしてもいいとは言わない。
僕が葉月さんを襲おうとした件も、変な状態にさせられていたって事情がある。
事情があっても罪は罪だ。許されないことは許されない。
許されないとして、じゃあ許されない罪人を四季が殺すのはいいの?
これもよくない。こんなことを言い出すと、また脳内お花畑とか理想論者とか苦言を呈されるだろうけど。
「四季がやろうとしてる行為は、どう言い繕っても正当化できないよ」
「理解している。私は自分が正しいと主張する気はないし、人殺し呼ばわりされて忌避される覚悟もある。復讐され、殺されても構わない。全て覚悟の上。速峰春真とは違い、私は十二月を殺す覚悟がある」
殺す覚悟、ね。
誰かを殺すという行為だけを覚悟しているんじゃない。
そんなものは覚悟と呼べない。ただの思考停止、身勝手な自己正当化だ。
殺したあとに生じる様々な出来事を考慮し、たとえどうなったとしても十二月を殺すと覚悟を決めている。
自分は正しい行為をしているとは主張しない。中途半端な覚悟じゃない。
僕の言葉じゃ、四季は止められなかった。
「覚悟は結構だけど、私もここで戦うのは遠慮したいわ。負けはしないわよ。私は純粋な戦闘タイプなの。師走や霜月よりも強いわ」
「何番目?」
「そうね……四、五番目ってところだと思うわ」
「たいしたことない。私は強い」
「随分と自信ありげね」
四季と葉月さんが睨み合い、火花がバチバチと散っている。
二人の迫力に、部外者である僕の方が緊張して息を呑んだ。
このまま戦闘開始か。そう思ったものの、意外にも四季の方が先に矛を収めた。
「この場は見逃してあげる。感謝して」
「素直に、勝ち目がないから戦わないって言えばいいのに」
「私はいずれ強くなる。十二月を殺す」
捨て台詞を残して、四季は飛び込んできた窓から外に出て行った。
行って欲しくなかったけど、もう一緒に暮らすつもりはないのかな。
「四季が行っちゃったのは残念だけど、葉月さんを少しは信用したんだよね。僕に危害を加えないって」
「どうかしら。殺す覚悟も殺される覚悟もあるけど、無駄死にしていいとは考えてないわよ。私と戦うのは得策じゃないと判断して、今は引いただけかもね」
「葉月さんは強いんだっけ?」
「そこそこね。一番は睦月で、二番は如月。この二人がツートップで、その下は団子状態になってるわ。私、弥生、卯月、文月あたりが横並びよ」
「ピンとこないなあ」
文月とは面識がないけど、残りの三人は知っている。
葉月さんは強そうに見えないし、弥生になった紺屋さんや、水無月への変態的な愛情表現が印象的な卯月が強いとも思えない。
でも、嘘をつく意味もない。実際に強いんだろう。
「ちなみに、速峰は文月も見ているわよ」
「え? いつ?」
「私とデートをした時よ。中華料理屋に行ったでしょ。あそこに、太ったキモい男がいたと思うけど、あいつが文月」
「でゅふでゅふ笑ってた人? アニメの絵が描かれたシャツを着てたっけ?」
「そいつね」
……あの人、強いんだ。人は見かけによらないというかなんというか。
太っていたし、あの男が機敏に動き回って戦う姿は想像できない。
十二月の特徴である黒髪にも気付かなかった。確か帽子を被っていたし、そのせいだ。
「ま、まあいいや。それよりも、僕に教えてよかったの?」
「分からないわ。速峰の記憶が戻ったことも誤算だし、睦月に注意されるかもね」
「大丈夫なの? 葉月さんが罰を受けて殺されるとか、僕は嫌だよ」
「殺されはしないわよ。この程度のミスで殺してたら、私たちは睦月を除いてとっくに全滅してる。素直に命令を聞かない連中が多くてね。睦月は口癖のように『禿げる、禿げる』って言ってるわ」
苦労人だなあ。トップはそんなものかもしれない。
「葉月さんは、これからどうするの?」
「私のことばかり気にするのね。普通、自分の身を気にしない? 殺されないかとか、また記憶をいじられないかとか」
「そっちも当然気になるけど、僕の力じゃどうしようもないよ。勝てないし、抵抗もできない」
「大物なのか呑気なのか。睦月の指示を仰がなきゃ確かなことは言えないけど、私は当面学校に通うと思うわ。速峰を見張りたいし、四季も無視できないしね」
話が終わって、葉月さんは立ち上がった。
帰るつもりらしい。
「また学校で……って言っていいのかな?」
「いいんじゃない?」
「襲いそうになった件は、本当にごめんなさい。罪を償う方法は分からないけど、終わりにしていいとも思ってないし、僕にできることをするよ」
「何もなかったのに律儀ね。速峰をおかしくしたのは私たちなのよ。恨んでもいいと思うけど」
「僕がスケベなせいだよ」
葉月さんにスケベな行為をしたいって欲望は、間違いなく持っていた。
だからあんな真似をしたんだ。僕が悪くないとは口が裂けても言えない。
自分を許しちゃいけない。
「言っても聞かないかもしれないけど、あまり気に病まないことね。また学校で」
「うん」
葉月さんは帰って行った。
四季とは違い、きちんとドアからね。常識人で助かるよ。
咄嗟のことだったし仕方ないけど、四季は豪快に窓ガラスを割ってくれちゃってさ。片付けるのが大変だ。
四季への文句を考えつつ、ガラスの破片を片付ける。
文句以外に、これからのことも考えている。
主に僕が何をするかだ。
二人の親友を助けたいし、また親友同士に戻って笑い合いたい。平穏な日常生活を送りたい。
できれば、四季も含めてね。
ここに、葉月さんたち十二月のメンバーも加わってくれれば、こんなに嬉しいことはない。
あ、霜月は例外かな。変死事件の犯人とは仲良くできない。
僕の甘ったれた理想を実現するために、改めて前に進もう。




