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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第2章 後退、復活、再度前進
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三十一話 改めて、前に

 僕の部屋には、僕自身を含めて三人が集まっている。

 久しぶりに再会した四季(しき)と、十二月(じゅうにつき)の一人である葉月(はづき)(よう)さんだ。

 正直、気まずい。四季と葉月さんが敵同士なのもあるけど、僕はレ○プ未遂を起こしたばかりだ。合わせる顔がない。


 僕が葉月さんを襲いかけた事実は、忘れるわけじゃないけど一旦横に置こう。

 罪はいずれ償うとして、現状をなんとかしないと。

 とはいえ、何から聞いたものか。


「葉月さん。僕は多分、全部を思い出した。如月(きさらぎ)のことも紺屋(こうや)さんのことも、四季のことも十二月のことも。だから聞きたいけど、如月と紺屋さんは無事?」


 最初は僕の親友二人の状況を尋ねた。

 僕は如月と戦い、右腕をちぎられて大怪我を負った。

 あれは痛かったけど、今は治っているし気にしない。

 ちぎれた腕を治すなんて、常識で考えれば不可能だ。長月(ながつき)って人は治せるって聞いたし、治してくれたんだと思う。


 問題は、傷付いた僕が気を失ったあとだ。

 弥生(やよい)に覚醒した紺屋さんは、如月と戦おうとしていた。

 二人が本気でぶつかり合えば、どちらかが死ぬかもしれない。

 無事かどうか知りたかった。


「二人とも元気よ。軽く戦いはしたけど、禍根は残ってないわ。仲良くしてるし、私たちともうまくやってる。速峰(はやみね)のことだって嫌ってないわよ。昨日、速峰が食べたおかゆがあったでしょ。あれは弥生が作ったの」


 二人が元気だとの答えが返ってきたので、まずは一安心だ。

 おまけに、紺屋さんがおかゆを作ってくれたとまで分かったし、凄く嬉しい。

 如月も紺屋さんも、十二月になっても僕の親友だ。

 一番知りたいことは知れた。次の質問は。


「葉月さんが学校にいたのは、僕を監視するため?」

「そうね。私たちに深くかかわっていたし、記憶を封じるにも限界があったわ。私は詳しく知らないけど、人間の記憶って複雑に絡み合ってるらしいの。特定の記憶だけを消すことはできないし、消そうとすると完全に真っ白になって廃人まっしぐらよ」


 だから、消すのではなく封じる方向で対処した。

 封じて終わりにもならず、いつ記憶が戻ってもおかしくない。非常に不安定な状態だった。

 僕を見張る役目に抜擢されたのが葉月さんで、生徒に扮して監視していた。

 こういうことだ。


「僕を殺さなかったのは?」

睦月(むつき)の指示ね。四季をおびき寄せたいって。他にも理由はあるらしいけど」

「で、狙い通り四季がやってきたわけか。四季は、どうして僕がピンチだって分かったの? そもそも、よく無事だったね?」


 四季に話を振ると、葉月さんに警戒の眼差しを向けつつ説明してくれる。


「学校で襲われた時、私はやられかけた。そこで、とある人が助けてくれた。怪しいし、信用していいか迷ったけど、傷が深くて頼らざるを得なかった。速峰春真(はるま)の様子を教えてくれたのも彼女」


 彼女ってことは、女性なのか。

 ただの人間じゃない。師走(しわす)霜月(しもつき)に加え、怪物になった生徒たちにも囲まれていた四季は、絶体絶命のピンチだった。


 僕が助けようとしても無理だ。何もできずに殺されていた。

 あの状況で助け出せるなら、最低でも四季と同程度の力がある。

 葉月さんは、四季を助けた人物に思い至ったようだ。


神無月(かんなづき)ね。師走と霜月の二人を出し抜いて助けた上に、速峰の状況まで把握してるとなると、他に考えられないわ。十二月はお互いの居場所が分かるから、私が速峰の近くにいるって分かったんでしょ。それを、速峰のピンチと考えた」

「正解」

「分からないのは二つね。私たちの仲間である神無月が、どうして四季を助けたのか。覚醒しているなら私たちも気付くはずなのに、どうして気付かなかったのか」

「それは私も知らない。十二月は私の敵だし、力を借りるのも本当は嫌だった」

「助けてもらったのに、酷い言い草ね」

「背に腹はかえられなかった。死ぬよりはマシ」


 四季は葉月さんに言葉に反応しつつ、臨戦態勢を取っている。

 今すぐにでもドンパチ戦いを始めそうな様子だ。


「戦うのはやめてね。僕の部屋を荒らされるのも困るけど、葉月さんと戦ってもらいたくない。理由はどうであれ、僕の様子を見守って、助けてくれた人だ」

巨乳(あくま)に籠絡されるとは、ロリコンの速峰春真にあるまじき失態」

「これも懐かしいね。ロリコンじゃないけど」


 四季は平常運転で何よりだ。

 傷が深いと言っていた割に、今は傷一つないし治っている。

 僕の知る四季のままだ。


「四季は、十二月は敵だし、殺すって言ってた。でも、葉月さんは悪い人に思えない。生徒たちを怪物にしたのは許せないけど、事情があったと思ってる」


 事情があれば、何をしてもいいとは言わない。

 僕が葉月さんを襲おうとした件も、変な状態にさせられていたって事情がある。

 事情があっても罪は罪だ。許されないことは許されない。

 許されないとして、じゃあ許されない罪人を四季が殺すのはいいの?

 これもよくない。こんなことを言い出すと、また脳内お花畑とか理想論者とか苦言を呈されるだろうけど。


「四季がやろうとしてる行為は、どう言い繕っても正当化できないよ」

「理解している。私は自分が正しいと主張する気はないし、人殺し呼ばわりされて忌避される覚悟もある。復讐され、殺されても構わない。全て覚悟の上。速峰春真とは違い、私は十二月を殺す覚悟がある」


 殺す覚悟、ね。

 誰かを殺すという行為だけを覚悟しているんじゃない。

 そんなものは覚悟と呼べない。ただの思考停止、身勝手な自己正当化だ。


 殺したあとに生じる様々な出来事を考慮し、たとえどうなったとしても十二月を殺すと覚悟を決めている。

 自分は正しい行為をしているとは主張しない。中途半端な覚悟じゃない。

 僕の言葉じゃ、四季は止められなかった。


「覚悟は結構だけど、私もここで戦うのは遠慮したいわ。負けはしないわよ。私は純粋な戦闘タイプなの。師走や霜月よりも強いわ」

「何番目?」

「そうね……四、五番目ってところだと思うわ」

「たいしたことない。私は強い」

「随分と自信ありげね」


 四季と葉月さんが睨み合い、火花がバチバチと散っている。

 二人の迫力に、部外者である僕の方が緊張して息を呑んだ。

 このまま戦闘開始か。そう思ったものの、意外にも四季の方が先に矛を収めた。


「この場は見逃してあげる。感謝して」

「素直に、勝ち目がないから戦わないって言えばいいのに」

「私はいずれ強くなる。十二月を殺す」


 捨て台詞を残して、四季は飛び込んできた窓から外に出て行った。

 行って欲しくなかったけど、もう一緒に暮らすつもりはないのかな。


「四季が行っちゃったのは残念だけど、葉月さんを少しは信用したんだよね。僕に危害を加えないって」

「どうかしら。殺す覚悟も殺される覚悟もあるけど、無駄死にしていいとは考えてないわよ。私と戦うのは得策じゃないと判断して、今は引いただけかもね」

「葉月さんは強いんだっけ?」

「そこそこね。一番は睦月で、二番は如月。この二人がツートップで、その下は団子状態になってるわ。私、弥生、卯月(うづき)文月(ふみつき)あたりが横並びよ」

「ピンとこないなあ」


 文月とは面識がないけど、残りの三人は知っている。

 葉月さんは強そうに見えないし、弥生になった紺屋さんや、水無月(みなづき)への変態的な愛情表現が印象的な卯月が強いとも思えない。

 でも、嘘をつく意味もない。実際に強いんだろう。


「ちなみに、速峰は文月も見ているわよ」

「え? いつ?」

「私とデートをした時よ。中華料理屋に行ったでしょ。あそこに、太ったキモい男がいたと思うけど、あいつが文月」

「でゅふでゅふ笑ってた人? アニメの絵が描かれたシャツを着てたっけ?」

「そいつね」


 ……あの人、強いんだ。人は見かけによらないというかなんというか。

 太っていたし、あの男が機敏に動き回って戦う姿は想像できない。

 十二月の特徴である黒髪にも気付かなかった。確か帽子を被っていたし、そのせいだ。


「ま、まあいいや。それよりも、僕に教えてよかったの?」

「分からないわ。速峰の記憶が戻ったことも誤算だし、睦月に注意されるかもね」

「大丈夫なの? 葉月さんが罰を受けて殺されるとか、僕は嫌だよ」

「殺されはしないわよ。この程度のミスで殺してたら、私たちは睦月を除いてとっくに全滅してる。素直に命令を聞かない連中が多くてね。睦月は口癖のように『禿げる、禿げる』って言ってるわ」


 苦労人だなあ。トップはそんなものかもしれない。


「葉月さんは、これからどうするの?」

「私のことばかり気にするのね。普通、自分の身を気にしない? 殺されないかとか、また記憶をいじられないかとか」

「そっちも当然気になるけど、僕の力じゃどうしようもないよ。勝てないし、抵抗もできない」

「大物なのか呑気なのか。睦月の指示を仰がなきゃ確かなことは言えないけど、私は当面学校に通うと思うわ。速峰を見張りたいし、四季も無視できないしね」


 話が終わって、葉月さんは立ち上がった。

 帰るつもりらしい。


「また学校で……って言っていいのかな?」

「いいんじゃない?」

「襲いそうになった件は、本当にごめんなさい。罪を償う方法は分からないけど、終わりにしていいとも思ってないし、僕にできることをするよ」

「何もなかったのに律儀ね。速峰をおかしくしたのは私たちなのよ。恨んでもいいと思うけど」

「僕がスケベなせいだよ」


 葉月さんにスケベな行為をしたいって欲望は、間違いなく持っていた。

 だからあんな真似をしたんだ。僕が悪くないとは口が裂けても言えない。

 自分を許しちゃいけない。


「言っても聞かないかもしれないけど、あまり気に病まないことね。また学校で」

「うん」


 葉月さんは帰って行った。

 四季とは違い、きちんとドアからね。常識人で助かるよ。

 咄嗟のことだったし仕方ないけど、四季は豪快に窓ガラスを割ってくれちゃってさ。片付けるのが大変だ。

 四季への文句を考えつつ、ガラスの破片を片付ける。


 文句以外に、これからのことも考えている。

 主に僕が何をするかだ。

 二人の親友を助けたいし、また親友同士に戻って笑い合いたい。平穏な日常生活を送りたい。

 できれば、四季も含めてね。


 ここに、葉月さんたち十二月のメンバーも加わってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

 あ、霜月は例外かな。変死事件の犯人とは仲良くできない。

 僕の甘ったれた理想を実現するために、改めて前に進もう。

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