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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第2章 後退、復活、再度前進
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三十話 戻る記憶

 僕の体調も完全に治ったので登校する。

 単に治っただけじゃない。なんというか、様々な悩みから解き放たれた気分だ。

 実に清々しい気持ちでクラスに入り、クラスメイトたちに挨拶をする。

 男子も女子も、僕を心配してくれる人が多かった。

 みんなの気持ちは嬉しい。人気者は辛いな。

 ただまあ、こう言っちゃなんだけど、おまけなんだよね。


 僕が気になっているのは葉月(はづき)さんだ。フルネームは葉月(よう)さん。最初は変な名前だと感じたけど、いい名前に思えてきた。

 珍しい黒髪もいいね。黒は不吉な色にも見えるのに、葉月さんだと悪い印象を持たない。

 葉月さんは今日も美人だ。胸も大きいし文句をつけようがない。最高の女性だ。

 僕の女になる相手としてはふさわしい。


「葉月さん、おはよう」

「お、おはよう。元気になったのね」

「葉月さんのおかげだよ。でさ、看病してくれたお礼をしたいんだ。放課後、僕の家にきてもらえないかな?」

「うぅぅ、早速なのね。ここで承諾すると、長月(ながつき)が言ってたように……」

「お礼を受け取ってもらいたいんだ」


 遠慮して、お礼を受け取らないって言われるかと思った。

 お礼が欲しいなら、昨日の時点で申し出ているはずだ。

 何も言わず、恩に着せることもしなかったのは、遠慮しているからに違いない。

 お礼をいらないって言われたら、多少押し付けがましくても渡そう。きっと喜んでもらえる。


「困っている時はお互い様だし、特にお礼をしてもらう必要はないわ」

「そう言わずに受け取ってよ。葉月さんに喜んでもらえるお礼があるんだ。とっておきのお礼だよ」


 僕が抱いてあげるってお礼だね。

 葉月さんにとっては、どんな高価な代物よりも嬉しいお礼になる。

 いやあ、僕に惚れている女の子を抱いてあげるなんて優しいな。立派だな。


「も、もし……もしもだけど、私が断ったら?」


 葉月さんに断られた時のことは考えていなかったな。

 遠慮するかもしれないとは考えたけど、本心では望んでいるんだし、僕が押せ押せでいけば承諾してもらえると思った。


 葉月さんがどうしても拒否するならしょうがない。

 僕を心配してくれた人は他にもいる。クラスメイトの美央(みお)さんとかね。

 美央さんにお礼しようかな。


「他の女子を舐めるように見てる。私が断れば、強姦事件の一丁上がりか。それはいくらなんでも後味が悪いし」


 葉月さんは悩んでいる。

 遠慮する気持ちとお礼を欲しい気持ちがせめぎ合っているんだ。

 謙虚なのは美徳だけど、それで断られたら悲しい。


「遠慮しなくていいんだよ?」

「わ、分かったわ。放課後にお邪魔する」

「ありがとう」


 やっとOKしてもらえた。

 葉月さんも薄々勘付いているんだろうね。女性が自分から抱いて欲しいと言い出すのは恥ずかしいんだ。

 ふしだらな女だと思われたくないから、形だけは遠慮するし抵抗する。

 周囲の目もあるね。僕ほど素晴らしい男は、美央さんたちにも好かれているし、彼女たちも僕に相手をして欲しいと願っている。

 葉月さん一人が抜け駆けすると、周囲に悪く言われてしまう。


 波風を立てたくないから、自分は何も望んでいませんという体裁を取る。

 でも、本心ではバッチこい状態だ。餌を前にした犬がお預けを食らっているように、必死に耐えている。

 僕がすべきは、葉月さんの罪悪感を取り除いてあげることだ。


 僕がお礼をしてあげる、抱いてあげると強く言えば、ちょうどいい理由になる。

 男の甲斐性として、受け入れてあげるよ。僕がお願いするから、優しい葉月さんは応じてあげるだけだ。

 僕に頼まれたからしょうがない。これを言い訳にしていいよ。


「分かったとは言ったものの、困った事態になったわ。速峰(はやみね)の魔の手から逃れようと思えばできるけど、すると別の女の子を襲う。弥生(やよい)に会わせるわけにもいかないし、だからって私を好きにさせるのは嫌だし……長月、よくもやってくれたわね」


 ウキウキしながら授業を受けた。

 興奮しているのを見抜かれたのか、男子生徒は僕を怖がっていたね。

 少し前にも僕を怖いって言っていた人だ。


「今日の速峰は、以前にも増して怖い。人の道を踏み外した恐ろしさがある」


 はいはい、モテない男の嫉妬、お疲れ様だ。

 相手にする価値もない発言だしスルーした。

 人の道を踏み外した? 僕が間違えるわけがないじゃないか。


 そして、待ち望んだ放課後になる。

 葉月さんと二人で学校を出て、僕の家に行く。隣を歩く彼女は緊張気味だった。


「緊張しなくても大丈夫だよ。全部僕に任せて」

「え、ええ……こんなの速峰じゃないわ。短い付き合いだけど、欲望まみれの人間じゃないのは分かってるのに」

「まだ緊張してる? 僕に任せてくれればいいんだよ。気持ちよくしてあげる」

「あ、ありがと」

「実は僕も初めてなんだけどね。でもうまくできるよ。自信あるんだ」

「弥生なら喜んで相手をするでしょうに、なんで私? 人生ってままならないわ」


 葉月さんは、薄っぺらい板状の何かを操作していた。

 手のひらサイズであまり大きくない。何に使う物なんだろ?


「それは何?」

「ちょっとしたおまじないというか、心を落ち着かせるための物よ」

「ふうん」


 よく分からないけど、緊張をほぐしたいなら止めない。

 初めてなら緊張もするよね。

 葉月さんが初めてだって直接聞いたわけじゃなくても、絶対に初めてだよ。

 だってさ。


「僕以上に魅力的な男がいる? いや、いない」

「い、痛いわ。これ、元に戻った時にどうなることやら」

「他の男じゃ葉月さんを幸せにできない。僕じゃなきゃダメだ。つまり、葉月さんも初めて。確定的に明らかだね」

「論理が飛躍しているし無茶苦茶だし……こっちの記憶を消した方がいいんじゃない? 覚えていたら、恥ずかしさで死にたくなるわよ」

「あははははは!」

「速峰が壊れてる……」


 家に近付くごとに、気分が高揚してくる。自然と笑いも出る。

 実に楽しみだ。めくるめく世界へと旅立つんだ。

 スキップしそうになる足を懸命に抑え、葉月さんと歩調を合わせて歩く。

 葉月さんも待ち遠しいだろうに、ゆっくりと歩いているのは照れているのかな。

 緊張していて時間が欲しいのかもしれない。

 だったら、僕も待ってあげるべきだよね。なんて優しい僕なんだ。


「絶対に、自分に都合よく解釈してるわね。性欲を解き放つだけで、なんでこうなるの? 長月ぃ」


 葉月さんは、さっきも使っていた板状の物をいじっている。

 落ち着かない時って、手慰みで何かをいじりたくなるよね。そのせいだろう。


「あ、長月から……えっと、『女を抱きたいという欲求が高まっているが、常識や倫理も残っているため、レ○プしてもいいとは考えない。よって、抱くのに都合の悪い事実は思考から消し、都合のいい妄想の世界にふける』? アホか!」

「アホ?」

「こ、こっちの話よ。速峰がアホなんじゃないわ」


 そりゃそうだよ。僕はアホじゃない。

 葉月さんが頭を抱えていたけど、そうこうしているうちに、家に到着した。


「さあ、中に入って」

「お、おじゃましまーす……」


 おっかなびっくり足を踏み入れる葉月さんを、僕の部屋に案内する。

 まだ緊張しているのか、体が強張っていた。

 緊張をほぐしてあげなきゃね。

 葉月さんの肩に手を回し、半ば強引にベッドに座らせる。


「ふしゅぅ、ぶしゅるぅ」

「キモ」


 おっと、つい鼻息が荒くなっちゃった。自重しないと。

 クールで紳士的に振る舞おう。

 とはいえ、そろそろ我慢の限界だ。押し倒したい衝動を抑え切れない。

 もうヤっちゃっていいよね?


「葉月さ」

「やっぱりダメ!」

「ぶぼ!」


 く、首があっ! 僕の首が折れた! グギョって音が鳴った!

 葉月さんにのしかかろうとしたら、照れた彼女は手を突き出して、僕の顔を押し返したんだ。

 で、グギョって音が! すっごく痛い!

 だけど、今の僕は、首が折れた程度じゃ止まらないよ。


「て、照れ屋さんだね。そんなところも素敵だよ」

「ひぃっ! だ、誰か! 誰か助けて!」

「はっづきさーん!」

「いやあああ!」


 葉月さんに飛びかかったら、僕の部屋の窓ガラスが割れた。

 誰かが飛び込んできたみたいだ。

 現れたのは幼い容姿をした美少女だった。


四季(しき)! よくきてくれたわ! お願い、助けて!」


 シキ? 人の名前?

 僕は、その名前に覚えが……

 あ、また頭痛がし始めた。せっかく治ったと思ったのに。


「あなたは葉月葉?」

「ええ、葉月よ! 十二月(じゅうにつき)の一人であなたの敵! なのは百も承知だけどお願い助けて! 犯される!」

「どんな状況? 私は速峰春真(はるま)を助けにきた」

「今助けて欲しいのは私なの!」

「待って。話をすり合わせたい。私は、十二月が速峰春真を襲おうとしていると聞いた。十二月の中でも一、二を争う巨乳(あくま)の女が、速峰春真の貞操を奪うって」

「誰から聞いたか知らないけど、この状況で私が襲おうとしてるように見える?」

「見えない」


 葉月さんは、突如現れたシキという女の子と話している。

 二人の会話には気になる部分がいくつもあった。

 ジュウニツキとか敵とか。


 シキの名前も気になる。

 式? 指揮? 士気? 死期?


 いや、違う。

 四季だ。


『四つの季節。春夏秋冬の意味の四季』


 彼女の言葉がよみがえってくる。

 いまだにシュンカシュウトウの意味は理解できないけど。


「四季!? 無事だったの!?」

「無事。生きている」

「よかった……って、葉月さん! 葉月さんは敵だよ! 十二月だよ! なんで忘れてたの!? というか、僕は何を……」


 昨日から今まで、自分の行動を振り返ってみると……

 僕、ナニを考えていた? 葉月さんにナニをしようとしていた?


「……葉月さん」

「な、何? 正気に戻った?」

「戻りました。大変申し訳ないことをしてしまい、どうお詫びをしていいのか……といいますか、僕を殺してもらえませんか? 生きていてはいけない男です」

「戻ってくれたならいいのよ。速峰がおかしくなったのは私たちの責任だしね。特に長月」

「僕がスケベだから悪いんです。僕の心の奥底にあった欲望が顕在化したんです。後生ですから介錯を」


 長月が何をしたのか知らないけど、操られていたわけじゃない。

 僕の言動は、僕が望んだことだ。間違いなく僕自身が持っていた欲望だ。


「恥ずかしい……死にたい……」

「私は気にしてないから、自分を責めないで。無事だったわけだし」

「無事だからいいとかって問題じゃないです。未遂でも、やらかしそうになった事実は消えません」


 とにかく平身低頭あるのみだ。

 たとえ葉月さんが許してくれたとしても、僕は自分を許せない。

 最悪な男だ。僕がこんな人間だったなんて。


「速峰春真はどうなってる?」

「私を襲いそうになったことを後悔してるみたいね」

「よく分からないけど、葉月葉の力なら、速峰春真ごとき簡単にあしらえる。殺すのも気絶させるのも楽勝。形だけの抵抗しかしなかった時点で、合意しているのと同じ」

「長月が変な治療を施したせいだし、私も責任は感じてたのよ。責任を取ろうかなとも思ったけど、土壇場になればやっぱり嫌だなって。でも乱暴はできないし、四季がきてくれて助かったわ。ありがとう」

「速峰春真を助けにきたのであって、葉月葉を助けにきたんじゃない」

「葉月さんでも四季でもいいから、僕を殺して」


 喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合う状態がしばらく続いた。

 混沌極まりない。

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