三十話 戻る記憶
僕の体調も完全に治ったので登校する。
単に治っただけじゃない。なんというか、様々な悩みから解き放たれた気分だ。
実に清々しい気持ちでクラスに入り、クラスメイトたちに挨拶をする。
男子も女子も、僕を心配してくれる人が多かった。
みんなの気持ちは嬉しい。人気者は辛いな。
ただまあ、こう言っちゃなんだけど、おまけなんだよね。
僕が気になっているのは葉月さんだ。フルネームは葉月葉さん。最初は変な名前だと感じたけど、いい名前に思えてきた。
珍しい黒髪もいいね。黒は不吉な色にも見えるのに、葉月さんだと悪い印象を持たない。
葉月さんは今日も美人だ。胸も大きいし文句をつけようがない。最高の女性だ。
僕の女になる相手としてはふさわしい。
「葉月さん、おはよう」
「お、おはよう。元気になったのね」
「葉月さんのおかげだよ。でさ、看病してくれたお礼をしたいんだ。放課後、僕の家にきてもらえないかな?」
「うぅぅ、早速なのね。ここで承諾すると、長月が言ってたように……」
「お礼を受け取ってもらいたいんだ」
遠慮して、お礼を受け取らないって言われるかと思った。
お礼が欲しいなら、昨日の時点で申し出ているはずだ。
何も言わず、恩に着せることもしなかったのは、遠慮しているからに違いない。
お礼をいらないって言われたら、多少押し付けがましくても渡そう。きっと喜んでもらえる。
「困っている時はお互い様だし、特にお礼をしてもらう必要はないわ」
「そう言わずに受け取ってよ。葉月さんに喜んでもらえるお礼があるんだ。とっておきのお礼だよ」
僕が抱いてあげるってお礼だね。
葉月さんにとっては、どんな高価な代物よりも嬉しいお礼になる。
いやあ、僕に惚れている女の子を抱いてあげるなんて優しいな。立派だな。
「も、もし……もしもだけど、私が断ったら?」
葉月さんに断られた時のことは考えていなかったな。
遠慮するかもしれないとは考えたけど、本心では望んでいるんだし、僕が押せ押せでいけば承諾してもらえると思った。
葉月さんがどうしても拒否するならしょうがない。
僕を心配してくれた人は他にもいる。クラスメイトの美央さんとかね。
美央さんにお礼しようかな。
「他の女子を舐めるように見てる。私が断れば、強姦事件の一丁上がりか。それはいくらなんでも後味が悪いし」
葉月さんは悩んでいる。
遠慮する気持ちとお礼を欲しい気持ちがせめぎ合っているんだ。
謙虚なのは美徳だけど、それで断られたら悲しい。
「遠慮しなくていいんだよ?」
「わ、分かったわ。放課後にお邪魔する」
「ありがとう」
やっとOKしてもらえた。
葉月さんも薄々勘付いているんだろうね。女性が自分から抱いて欲しいと言い出すのは恥ずかしいんだ。
ふしだらな女だと思われたくないから、形だけは遠慮するし抵抗する。
周囲の目もあるね。僕ほど素晴らしい男は、美央さんたちにも好かれているし、彼女たちも僕に相手をして欲しいと願っている。
葉月さん一人が抜け駆けすると、周囲に悪く言われてしまう。
波風を立てたくないから、自分は何も望んでいませんという体裁を取る。
でも、本心ではバッチこい状態だ。餌を前にした犬がお預けを食らっているように、必死に耐えている。
僕がすべきは、葉月さんの罪悪感を取り除いてあげることだ。
僕がお礼をしてあげる、抱いてあげると強く言えば、ちょうどいい理由になる。
男の甲斐性として、受け入れてあげるよ。僕がお願いするから、優しい葉月さんは応じてあげるだけだ。
僕に頼まれたからしょうがない。これを言い訳にしていいよ。
「分かったとは言ったものの、困った事態になったわ。速峰の魔の手から逃れようと思えばできるけど、すると別の女の子を襲う。弥生に会わせるわけにもいかないし、だからって私を好きにさせるのは嫌だし……長月、よくもやってくれたわね」
ウキウキしながら授業を受けた。
興奮しているのを見抜かれたのか、男子生徒は僕を怖がっていたね。
少し前にも僕を怖いって言っていた人だ。
「今日の速峰は、以前にも増して怖い。人の道を踏み外した恐ろしさがある」
はいはい、モテない男の嫉妬、お疲れ様だ。
相手にする価値もない発言だしスルーした。
人の道を踏み外した? 僕が間違えるわけがないじゃないか。
そして、待ち望んだ放課後になる。
葉月さんと二人で学校を出て、僕の家に行く。隣を歩く彼女は緊張気味だった。
「緊張しなくても大丈夫だよ。全部僕に任せて」
「え、ええ……こんなの速峰じゃないわ。短い付き合いだけど、欲望まみれの人間じゃないのは分かってるのに」
「まだ緊張してる? 僕に任せてくれればいいんだよ。気持ちよくしてあげる」
「あ、ありがと」
「実は僕も初めてなんだけどね。でもうまくできるよ。自信あるんだ」
「弥生なら喜んで相手をするでしょうに、なんで私? 人生ってままならないわ」
葉月さんは、薄っぺらい板状の何かを操作していた。
手のひらサイズであまり大きくない。何に使う物なんだろ?
「それは何?」
「ちょっとしたおまじないというか、心を落ち着かせるための物よ」
「ふうん」
よく分からないけど、緊張をほぐしたいなら止めない。
初めてなら緊張もするよね。
葉月さんが初めてだって直接聞いたわけじゃなくても、絶対に初めてだよ。
だってさ。
「僕以上に魅力的な男がいる? いや、いない」
「い、痛いわ。これ、元に戻った時にどうなることやら」
「他の男じゃ葉月さんを幸せにできない。僕じゃなきゃダメだ。つまり、葉月さんも初めて。確定的に明らかだね」
「論理が飛躍しているし無茶苦茶だし……こっちの記憶を消した方がいいんじゃない? 覚えていたら、恥ずかしさで死にたくなるわよ」
「あははははは!」
「速峰が壊れてる……」
家に近付くごとに、気分が高揚してくる。自然と笑いも出る。
実に楽しみだ。めくるめく世界へと旅立つんだ。
スキップしそうになる足を懸命に抑え、葉月さんと歩調を合わせて歩く。
葉月さんも待ち遠しいだろうに、ゆっくりと歩いているのは照れているのかな。
緊張していて時間が欲しいのかもしれない。
だったら、僕も待ってあげるべきだよね。なんて優しい僕なんだ。
「絶対に、自分に都合よく解釈してるわね。性欲を解き放つだけで、なんでこうなるの? 長月ぃ」
葉月さんは、さっきも使っていた板状の物をいじっている。
落ち着かない時って、手慰みで何かをいじりたくなるよね。そのせいだろう。
「あ、長月から……えっと、『女を抱きたいという欲求が高まっているが、常識や倫理も残っているため、レ○プしてもいいとは考えない。よって、抱くのに都合の悪い事実は思考から消し、都合のいい妄想の世界にふける』? アホか!」
「アホ?」
「こ、こっちの話よ。速峰がアホなんじゃないわ」
そりゃそうだよ。僕はアホじゃない。
葉月さんが頭を抱えていたけど、そうこうしているうちに、家に到着した。
「さあ、中に入って」
「お、おじゃましまーす……」
おっかなびっくり足を踏み入れる葉月さんを、僕の部屋に案内する。
まだ緊張しているのか、体が強張っていた。
緊張をほぐしてあげなきゃね。
葉月さんの肩に手を回し、半ば強引にベッドに座らせる。
「ふしゅぅ、ぶしゅるぅ」
「キモ」
おっと、つい鼻息が荒くなっちゃった。自重しないと。
クールで紳士的に振る舞おう。
とはいえ、そろそろ我慢の限界だ。押し倒したい衝動を抑え切れない。
もうヤっちゃっていいよね?
「葉月さ」
「やっぱりダメ!」
「ぶぼ!」
く、首があっ! 僕の首が折れた! グギョって音が鳴った!
葉月さんにのしかかろうとしたら、照れた彼女は手を突き出して、僕の顔を押し返したんだ。
で、グギョって音が! すっごく痛い!
だけど、今の僕は、首が折れた程度じゃ止まらないよ。
「て、照れ屋さんだね。そんなところも素敵だよ」
「ひぃっ! だ、誰か! 誰か助けて!」
「はっづきさーん!」
「いやあああ!」
葉月さんに飛びかかったら、僕の部屋の窓ガラスが割れた。
誰かが飛び込んできたみたいだ。
現れたのは幼い容姿をした美少女だった。
「四季! よくきてくれたわ! お願い、助けて!」
シキ? 人の名前?
僕は、その名前に覚えが……
あ、また頭痛がし始めた。せっかく治ったと思ったのに。
「あなたは葉月葉?」
「ええ、葉月よ! 十二月の一人であなたの敵! なのは百も承知だけどお願い助けて! 犯される!」
「どんな状況? 私は速峰春真を助けにきた」
「今助けて欲しいのは私なの!」
「待って。話をすり合わせたい。私は、十二月が速峰春真を襲おうとしていると聞いた。十二月の中でも一、二を争う巨乳の女が、速峰春真の貞操を奪うって」
「誰から聞いたか知らないけど、この状況で私が襲おうとしてるように見える?」
「見えない」
葉月さんは、突如現れたシキという女の子と話している。
二人の会話には気になる部分がいくつもあった。
ジュウニツキとか敵とか。
シキの名前も気になる。
式? 指揮? 士気? 死期?
いや、違う。
四季だ。
『四つの季節。春夏秋冬の意味の四季』
彼女の言葉がよみがえってくる。
いまだにシュンカシュウトウの意味は理解できないけど。
「四季!? 無事だったの!?」
「無事。生きている」
「よかった……って、葉月さん! 葉月さんは敵だよ! 十二月だよ! なんで忘れてたの!? というか、僕は何を……」
昨日から今まで、自分の行動を振り返ってみると……
僕、ナニを考えていた? 葉月さんにナニをしようとしていた?
「……葉月さん」
「な、何? 正気に戻った?」
「戻りました。大変申し訳ないことをしてしまい、どうお詫びをしていいのか……といいますか、僕を殺してもらえませんか? 生きていてはいけない男です」
「戻ってくれたならいいのよ。速峰がおかしくなったのは私たちの責任だしね。特に長月」
「僕がスケベだから悪いんです。僕の心の奥底にあった欲望が顕在化したんです。後生ですから介錯を」
長月が何をしたのか知らないけど、操られていたわけじゃない。
僕の言動は、僕が望んだことだ。間違いなく僕自身が持っていた欲望だ。
「恥ずかしい……死にたい……」
「私は気にしてないから、自分を責めないで。無事だったわけだし」
「無事だからいいとかって問題じゃないです。未遂でも、やらかしそうになった事実は消えません」
とにかく平身低頭あるのみだ。
たとえ葉月さんが許してくれたとしても、僕は自分を許せない。
最悪な男だ。僕がこんな人間だったなんて。
「速峰春真はどうなってる?」
「私を襲いそうになったことを後悔してるみたいね」
「よく分からないけど、葉月葉の力なら、速峰春真ごとき簡単にあしらえる。殺すのも気絶させるのも楽勝。形だけの抵抗しかしなかった時点で、合意しているのと同じ」
「長月が変な治療を施したせいだし、私も責任は感じてたのよ。責任を取ろうかなとも思ったけど、土壇場になればやっぱり嫌だなって。でも乱暴はできないし、四季がきてくれて助かったわ。ありがとう」
「速峰春真を助けにきたのであって、葉月葉を助けにきたんじゃない」
「葉月さんでも四季でもいいから、僕を殺して」
喧々囂々と言い合う状態がしばらく続いた。
混沌極まりない。




