二話 時を忘れた町
永遠の命。
冷静に考えればバカバカしいことこの上ない物を、古今東西の権力者たちは血眼になって追い求めてきた。
成功した例はない。いずれも非業の死を遂げている。
あるいは、僕が知らないだけで、永遠の命を手にした者がいるのかもしれないけど、常識で考えればいないと思う。
とにかく、永遠の命は存在しない。求めるだけ無駄だ。
ただし。
永遠に続くものがあると言ったら、信じる?
変な夢を見ていた……気がする。
内容は覚えていない。夢なんてそんなものだ。起きれば、文字通り夢か幻のように消えてしまう。
寝起きで頭がはっきりしないまま、僕はうっすらと両目を開けて。
「うわ!」
驚いて声が出た。
知らない少女が僕の顔を覗き込んでいたんだ。
知らない少女? 確かに詳しい素性は知らないけど、昨夜僕が連れてきた子だ。
寝起きだから戸惑った。端正な顔が間近にあって、照れたのもある。
「おはよう」
思考がクリアになったので、僕は朝の挨拶をした。
「おはよう……」
少女も挨拶を返してくれた。
言葉は通じるみたいで一安心だ。英語で話せって言われても困る。
「えーっと……僕は速峰春真。君は?」
「……四季」
「シキ? どんな字を書くの?」
「四つの季節。春夏秋冬の意味の四季」
「シュンカシュウトウ? って何?」
言葉は通じても、四季の言っている意味が理解できない。
季節は分かる。一月とか二月とかだ。
季節って四つあるの? 十二ヶ月だから十二じゃなくて?
シュンカシュウトウって何? 僕の知らない言葉だけど一般常識なの?
脳内が疑問符で満たされるけど、それを解決するのは後回しにしよう。
「なんで倒れてたのかとか、聞きたいことはたくさんあるけど、その前にシャワー浴びてくればどう? 結構汚れてるし、洗い流してさっぱりするといいよ」
「エッチ」
「エッチなことはしないよ。するなら昨晩のうちにやってる」
気を失っていたし、なんでもやりたい放題だ。
言い訳も用意できる。怪我がないか確かめるために服を脱がすとか、お姫様抱っこをした時に不可抗力であちこち触るとか。
僕はそこまで非人道的な人間じゃないつもりだ。
「ごめんなさい」
四季は謝ってくれた。素直な子だな。
「いいよ。気にしてないから。むしろ、勝手に家に連れ込んだし、怒られても仕方ないって思ってた」
「助けてくれた?」
「一応ね。でも、他にもやりようはあるでしょ。女の子に連絡するとか。同性同士なら安心だろうし」
「救急車は?」
「キュウキュウシャ? って何?」
「……うん、分かった。私、シャワー浴びる」
またしても僕の理解できない言葉が飛び出したけど、四季は説明を諦めた。
シャワーを浴びると言っているので、お風呂に案内する。
「着替えはどうする? 僕のシャツでよければ貸すけど、女物の服は持ってないんだよね。下着なんてもってのほかだ」
持っている方がまずいよね。僕は変態じゃない。
「洗濯機と乾燥機は?」
「そこにあるよ。使い方は分かる?」
「平気。洗う。シャツだけ貸して」
「了解」
四季は、あまり口数が多いタイプじゃなさそうだ。
必要事項だけを簡潔に述べているし、僕も長々とは話さずにすべきことをする。
女の子が脱ぐ場面に立ち会うことはできない。興味はあるけどね。
脱衣所を出て服を用意する。白いシャツと、紺色のジャージの上下だ。ジャージは学校指定の物で、デザインは可愛くないけどしょうがない。
バスタオルも持って脱衣所に向かう。
浴室からはシャワーの音が聞こえる。スモークガラス越しに四季のシルエットも見えている。
ちょっとドキッとした。
「バスタオルと着替え、ここに置いておくね」
高鳴る心臓の音を誤魔化すように、大きめの声で話しかけた。
この場所にいたら変な気分になりそうだし、自分の部屋で待つ。
時刻は、朝の六時半だった。登校までには余裕があるけど、これからのことを考えると時間が足りないかもしれない。
四季がお風呂から出てくるのが七時としよう。朝食を食べて話を聞かせてもらって……今日は遅刻かな。
まあいいや。皆勤賞を狙うような優等生じゃないし、一度や二度遅刻しても問題ない。なんなら、学校を休む手もある。
今日の予定を考えていると、部屋の扉をノックする音がした。
四季がお風呂から出たようだ。
「はーい、どうぞ」
返事をすれば扉が開かれて、四季が入ってきた……
のはいいんだけどさ。
「なんでそんな格好!?」
四季は、僕が用意したジャージを着ていなかった。下着とシャツだけだ。
僕は、男子にしては小柄だから、シャツもさほど大きくない。四季は僕より小さいおかげで、ピチピチになっていたりはしないけど、足の付け根とかが際どい。
美少女があられもない格好をしていて、冷静でいるのは無理だ。
これはまずいよ。狼に変貌してしまいそうだ。
「興奮するの?」
「するよ! 僕が狼になったらどうするの!」
何これ? 何これ? もしかして誘っている? 食べちゃってもオッケー?
「分かった」
「何が分かったの!?」
「エッチ」
「そりゃ男の子ですから!」
「童貞」
「僕の反応が童貞臭いと!? 事実だけどさ!」
「ロリコン」
「違うよ! ロリコン疑惑だけは否定させて!」
四季はロリっぽい。制服を着ていなかったら、下手をすれば小学生にも見える。
胸なんかぺったんこだ。ブラジャーすらいらないんじゃない?
だからって、僕をロリコンにしないで。お願いだから。
「分かった」
「こっちは分からない!」
噛み合っているようないないような、頭の悪い会話になった。
動揺する僕をよそに、四季は一度部屋を出て行った。
かと思うとすぐに戻ってきて、今度はジャージを着ていた。
最初からこうしてよ。
「僕をからかうためだけに、あんな格好したの?」
「大事」
「際どい格好をしても襲わない紳士かどうかが大事? 紳士っていうかヘタレの気もするけど……って誰がヘタレだよ!」
「テンション高い」
「恥ずかしさを誤魔化してるの! 察して!」
「ロリコン」
「だから違う!」
突っ込み疲れて、僕はぜえぜえと荒い息をついた。
この子、一体なんなの? 不思議ちゃん?
「ここ、どこ?」
四季はどこまでもマイペースだ。僕はこんなにも動揺しているのに。
質問されたし、とりあえず答えておくかな。
「どこって、僕の家」
「そうじゃない。どこの町?」
「自分のいる町も知らないの?」
高校の制服を着ていたのに? 高校もこの町にあるのに?
「教えて」
「いいけど。ここはね」
僕は町の名前を告げる。
「時忘れ町」