十話 前に進む
「同棲生活?」
「同棲じゃなくて同居ね。如月と紺屋さんも一緒に住むんだ。四季に相談せずに決めちゃったけどいい?」
学校が終わり、僕は四季と一緒に帰宅中だ。
如月と紺屋さんはいない。二人は自分の家に帰り、必要な物を運ぶ。
ベッドなどは一人じゃ運べないし、業者に頼むから、時間もかかると思う。
二人がくる前に、四季に事情を説明すれば、不服そうな顔をしていた。
「危機感がない。速峰春真が襲われるかもしれない」
「あー……それは考えてなかったな」
四季が二人に危害を加えることばかり考えて、二人が僕に危害を加えるとは全然考えなかった。
友人たちを信じていたって言えば聞こえはいいけど、深く考えなかっただけだ。
僕がバカだった。
四季の懸念も理解できる。
「紺屋宵は、あからさまに速峰春真を狙っている。貞操の危機」
「そっち!?」
「如月は、女に興味がないから、代わりに男を」
「ないから!」
「私も入れて、四人でくんずほぐれつの乱交」
「絶対にやらない!」
別の意味で僕がバカだった。
四季の懸念は理解できないね。したくもない。
「真面目な話をしようよ。僕は、二人と一緒に暮らして、様子を見れればいいなって思った。注意して見ていれば、怪物にならずに済むかもしれない」
四季の情が移ってくれるって話は内緒にしておく。言えば逆効果だろうし。
「見ていてどうにかなる問題じゃない。紺屋宵はまだしも、如月は手遅れ」
「それでもだよ。昨日、四季も言ってたけど、僕には力も覚悟もない。どっちも持たないから、中途半端な方法しか選べなかったんだ」
四季の味方をして、一緒に戦うことはできない。
四季の敵になり、如月を救う方法を探すこともできない。
これらをやりたい気持ちはあるけど、命を懸けて、身の危険を顧みず、なんて強い決意じゃない。
なりふり構わずに、四季や如月のために行動はできないんだ。
自分は誤魔化せない。僕はこういう人間だ。
かといって、何もしないのも嫌だった。
自己満足だけど、少しでも動こうとしている。如月や紺屋さんから同居を申し出てくれたのは、渡りに船だった。
結果がどうなるかは知らない。多分、どうにもならないと思う。
どうにもならないとしても、せめて舞台には上がらせて。傍観者じゃなくてサブキャラでいさせて。
最後はおそらく、いつものセリフを言うよ。
しょうがない。
「速峰春真は愚かしい」
「その通りだね」
「私に任せておけばよかった」
「それもその通りだね」
「でも、人間味があっていいと思う」
「そうかな?」
「お姉ちゃんとして、弟の願いを叶える。如月はギリギリまで様子を見る。すぐには殺さない」
「ありがとう」
今のうちに殺しておく方が楽だけど、ギリギリまで待ってくれると言っている。
四季なりに譲歩してくれたんだ。
「でさ、他にできることはないかな? たとえば、例の変死事件の犯人を見つけるとか。十二月の一人なんでしょ?」
如月を救う手段を、僕も四季も持ち合わせていない。
だったら、同じ十二月ならどうかなって考えた。
四季は十二月を殺すと言っているし、遅かれ早かれ戦わなきゃいけない相手だ。
今すぐに見つけても、先延ばしにしても、たいして変わらない。
他力本願になるけど、四季に手伝ってもらって変死事件の犯人を見つけ、情報を聞き出す。これが僕にできる精一杯かなって。
「髪の毛が黒なのが特徴だって言ってたよね? 目立つし印象にも残りやすいし、見つけやすいんじゃない?」
「隠れてる」
「そりゃそうだろうけど、隠れ住むにも限界があるよね。水や食糧を確保しなきゃ生きられないし、お店とかには顔を出すと思うんだ。黒髪の人間に心当たりがないか聞いて回れば、知っている人もいないかなって。それとも、十二月になったら飲まず食わずで生きられるの?」
「人による」
「じゃあ、お店に顔を出してる可能性はあるね。聞いて回ろうよ」
「やるとしても私一人。速峰春真がいても邪魔」
戦闘面で僕が邪魔になるのは事実だ。
でもさ、他のことなら力になれるよ。
「こういっちゃなんだけど、四季一人で聞いて回れる? 口がうまいタイプじゃないし、社交的なタイプでもないよね」
「私の色仕掛けで一発」
「ぷっ……あはははは!」
色仕掛け。よりにもよって、ロリ体型の四季が色仕掛けだってさ。
紺屋さんならできるけど、四季じゃ無理だ。僕が怪物と戦う以上に無理だ。
笑い過ぎて息が苦しい。
僕が呼吸困難に陥っていると。
ドグワッシャッ!
って轟音が響いた。
「何か文句でも?」
「ございません!」
こっわ……四季がコンクリートの地面を踏み抜いて穴を開けていた。
守ってくれるはずのお姉ちゃんに殺されてしまう。
僕も命は惜しいので、フォローの言葉を口にする。
「し、四季の色仕掛けなら間違いないけど、性欲を持つ人ばかりじゃないよね。性欲を持たない男性もいるし、持っていても女性には通じない。何よりも、僕が四季に色仕掛けをしてもらいたくない」
ということにしておく。身の安全のために。
「あと、黒髪ってキーワードで聞いて回ると、如月を思い浮かべるかもしれない。如月もお店は利用するし、黒髪で目立つしね。だから如月も仲間に加えようよ。三人で、なんなら紺屋さんも入れて四人で聞いて回るんだ」
理由は、四季が探している人がいるとでもしておけばいい。二人なら手伝ってくれそうだ。
如月が一緒だと犯人も探しやすい。
聞く時には、「この人以外で黒髪の人を知らないか?」でいける。
変死事件の犯人が見つかればラッキーだ。
犯人以外の十二月が見つかってもいい。事件を止めるのが目的じゃないしね。
見つからなくても、四季と如月が協力していれば、情が移りやすい。僕の目的が達成できる。
咄嗟に考えたにしては、悪くない案だと自負している。
「速峰春真の案は悪くない」
「でしょ」
「問題は一つ。速峰春真は、如月や紺屋宵を危険に巻き込んでもいい?」
「確かに、変死事件の犯人を追いかけるのは危険だけど……」
「そうじゃない。十二月が、同類の如月や紺屋宵を狙って、近寄ってくる可能性がある。囮というか餌というか、そんな役目にしてしまう」
「……考えてなかった」
僕ってとことん思慮が浅い。一生懸命に考えているつもりなのに、肝心な部分に思考が及んでいない。
力がない分、頭を使おうとしているけど、うまくいかないね。
「私は歓迎する。十二月と戦うために、囮がいてくれるとありがたい。如月や紺屋宵が死のうと覚醒しようと知らない。死ねばそれでいいし、覚醒すれば殺す。速峰春真はいい?」
「あんまりよくないね」
二人に協力を依頼するのはやめておくべきかな。
だとしても、待っていて解決する問題じゃない。四季の言葉が事実なら、如月にはあまり時間が残されていない。
「四季はケイサツなの? 事件を捜査する人がケイサツなんでしょ?」
「違う」
「ケイサツってことにしておくのは?」
四季はケイサツで、変死事件を追いかけている。解決しようとしている。
如月と紺屋さんには、こうやって説明するんだ。
僕は四季を手伝おうとしていて、二人にも手伝ってもらいたいってお願いする。
変死事件を追いかけるし危険だ。最悪は命も危ない。
ここまで説明すれば、嫌なら断る。
ただの人探しなら気軽に手伝えるけど、変死事件だ。自分が死ぬかもしれないってなれば、簡単には手伝わない。断られたらしょうがないよ。
もしも手伝ってくれるなら、その時はお願いする。
危険な行為をしている自覚があれば、いざという時の心構えもできるし。
責任転嫁しているとも言えるけど、人探しだって嘘をつくよりマシだと思う。
「どう?」
「さっきも言った。私は歓迎する。囮がいてくれるとありがたい」
「じゃあ、これでいこうか」
方針はあらかた決まった。二人がなんて答えるか分からないけど、こればかりは聞いてみなきゃ。
「速峰春真」
決まったところで、四季が僕を呼んだ。
「どうしてここまでする?」
「どうしてって、如月も紺屋さんも友人だし、死んで欲しいとは思ってない。四季も大切だよ」
「命懸けで守る覚悟はない。十二月や先兵と戦う覚悟もない。もちろん力もない。速峰春真は、結局力も覚悟も持っていない。違う?」
「違わない」
「どうして?」
「正直、僕もよく分からない。四季が納得できる答えになる自信はないけど」
僕が思っていることを伝える。
「力も覚悟も、一朝一夕で身に着くものじゃない。身に着けたつもりでいるなら大間違いだ。付け焼き刃の力や覚悟じゃ、すぐにほころびる」
一刻の猶予もない状況下に放り込まれてしまえば、こんなにも呑気なことは言っていられない。
たとえば、怪物が町中に溢れ出して、映画の世界みたいになるとかね。
力だの覚悟だの、ウジウジグダグダ言っている場合じゃない。
時間がないから、すぐにでも戦わなきゃいけないんだ。戦わなきゃ死ぬ。
力や覚悟を身に着けるのは、少し落ち着いてからでいい。
今は、多少なりとも余裕がある。
如月にはあまり時間が残されていないし、のんびりはできないけど、今日明日にでもなんとかしなきゃってほど切羽詰まってはいない。
「だから、僕は少しずつやっていく。今の僕には、力も覚悟もないけど、少しずつね。どうしよう、どうしようって考えて停滞していたら、そこで終わりだ」
停滞しているうちに如月は怪物になる。四季と戦い、殺し殺されの展開になる。
そうなってから、もっと早くに行動しておけばよかったって後悔しても遅い。
少しずつでいい。僕は前に進む。
前に進むスピードが遅過ぎて間に合わなかったら、まあしょうがない。
前に進んでいるつもりで、横や後ろに逸れちゃっても、まあしょうがない。
立ち止まっているだけじゃ意味がないんだ。
疲れ果てて、立ち止まって休みたい時は休めばいいけど、僕は疲れ果てるほど頑張っていないからね。これで立ち止まると、ただの怠け者だ。一番よくない。
「速峰春真」
「何?」
「自慢の弟」
「褒めてくれてるの? ありがと」
僕の答えは、四季のお気に召したようだ。
まだサブキャラになりたてだし、何も持たないけど、少しずつ。
僕は前に進む。