14オブザデッド
死神とは、死にゆく人を苦しまないようにトドメを刺す存在だと言う。物理的な、あるいは科学的な手段であっても、それの牙を食い止める方法はない。
では死神に狙われた者はどうすればいいのか? どうすることもできやしない。なぜなら、死とは人間に与えられた絶対不可避の運命なのだから。
とまあ、そんな言葉を提督は思い出していた。通信で「死神が現れた」という報告を受けたため、だ。
「仮に死神がこの船に取り憑いているのだとしたら、わたしたちのやろうとしていることは、すべて無駄なのかな」
「私にはなにも言えませんけれど、そうですね」
真紅の宇宙服を着たエンジニア、くらりはジェイムズ・P・ホーガン著『星を継ぐもの』を開いたまま、提督に微笑みかける。
「もし提督が、そんなことを本気で思っているのだとしたら、それこそ、すべてが無駄になってしまうでしょうね」
「…………そう、だよね」
提督は、うん、と小さくうなずいたあとに、なにかを確かめるようにもう一度、うなずいた。
「こんなことを漏らすなんて、艦長失格だね。ごめんね。でも、うん、なんか元気出たよ。わたしは振り返らないし、立ち止まらない。死者は悼んで、でもそれ以上悔やんだり、迷ったりしない。だって、この船の提督なんだからね」
「ええ」
くらりは薄く微笑む。
「提督。私達はみんな、提督と地球人類の味方です。それを、お忘れなく」
「うん、ありがとう」
立ち上がった提督は、静かに歩き出す。誰ひとりお供を連れず、ただひとり、ワープ装置へと向かって。
ワープ装置の前には、死神が座していた。
なぜあえてこのタイミングにこの場所なのか。それは簡単な理由だ。このまま第二の星の近くに釘付けにされてしまえば、自分たちは簡単に死に絶える。
食料も水も、もう残りは心もとない。旅から行って帰ってくるのが精一杯だ。時間を無駄にしている余裕はない。この航海では、時間は地球の命に等しいのだ。そう、スマブラをしているときに、Switchの残りバッテリーが心もとなくなってしまうように──。
「来たよ、死神」
『人か』
「なんか前回とちょっと話し方が違くない?」
『あれは長文会話するのに不都合があるのでやめた。あと、読みづらいし書きづらいし』
「そっか……」
闇をまとう巨大なワニといった風貌の死神に、提督はコホンと咳払いをする。
「あー、えーっと……。そこをどいてほしいんだけど。次の星に向かえないから」
『断る。行ったところで、お前たちは苦労するだけだ。あがいてあがいて、その結果死ぬ。ならばここで死んだほうがいいだろう』
「いやいや、別に、苦労するのは嫌いじゃないっていうか……」
提督はうめいた。死神はその言葉を黙って聞いている。
「だいたい、苦労するのが嫌なら、ゾンビであふれた世界で生き残っていないで、ちゃんとあっさり死ぬっていうか、そっちのほうが楽じゃない? っていうか。なんでまあ、人間ってそういうのに対して、めちゃくちゃ抗う苛烈さがあるんだよね」
星を継ぐ者じゃないけど、と口の中でつぶやく。
死神は静かにこちらを睥睨してきた。
『だが滅ぶ。お前たちがなにをしようが、地球はもう、おしまいだ』
「いやでもスマブラができるようになれば」
『もうできない。あるいは空中回避が暴発して、復帰は全部失敗する』
「困るなあ…………」
提督は腕組みをしてうなる。果たして復帰が全部失敗するスマブラはスマブラと言えるのだろうか。桜井さんがそんな調整するはずないのに……。わたしは桜井さん信者なところがあるし、ファミ通のコラムも追いかけてきたので、桜井さんに絶対の信頼を寄せているのだ。そう、今回の宇宙オブザデッドのテーマは信頼です。(改めて)
『滅ぶべきだ。お前たち人間は。今ここで。もう十分だろう』
「ていうか、わたしが言いたいのはね」
提督は指を突きつけた。
「もうだめだーって思ったら、自分でそう思うから。別に他人からとやかく言われる筋合いはないってこと。やれる以上はやらせてよ。それが意地ってもんでしょ。死神はそりゃ、強くて偉くて、死そのもので、すごいのかもしんないけど。人類の歴史っていうのは、死を克服してきた歴史なわけだよ。医療がどれだけ人間の死を延命してきたか。わかる? はいこれで死でーす、って言ってきたものも、今じゃ死じゃないってのもあるでしょ。だったら、これがそのひとつかもしれないじゃん」
『だが』
「だが、じゃないんだって! 大丈夫! 死なない! 住める星を見つけて、地球に帰る! 地球からたくさんの人を連れて、その星へ向かって、その後に繁栄して再び文明を取り戻します! いつかスマブラができるほどに発達した人類は、桜井さんを生み出し、そしてスマブラSPECIALが誕生するんです!」
『わかった』
「わかった、じゃなくて! って………………え!?」
提督は目を瞬かせた。そのまま、じっと死神を見つめる。死神は闇の中に赤い眼だけを浮かべたまま、寡黙に提督の視線を引き寄せていた。
おそるおそる、提督が問い返す。
「えと……ワープ装置、使わせてくれるの?」
『よかろう。そこまで言い切るのならば、愚かな人の子よ。やるだけやってみるといい。どんな苦難も、困難も、大難も、艱難すらも、乗り越えてみせると豪語するのなら。そして、その苦しみの果てに“死”を決して恨まずにいると言うのなら』
なんか難しい言葉を使いだした……。今のわたしの脳みそに、そんな雰囲気のある言葉を並べないで欲しい……。
「わかんないけど……とりあえずあの、あと9話、がんばってみます」
『しかし、人類の滅びについては、棚上げするとしても。今まさに死にゆく存在に対して、牙を剥くことは構わぬな』
「いや、あの、ええー……? できればそれもやめてほしいんですけど……。まあ、どっちかしか駄目って言うなら、仕方ないかなあ、的な……」
『よかろう』
死神はずいと一歩こちらに向かって近づいてきた。その巨体に、提督はさすがに動揺を隠せない。いやいや、デカイよね。デスバハムートはこんなものじゃなかったけど。
「しかし死神さんも、ずいぶんとこう、お仕事熱心だよね。宇宙船の中にまでついてきてさ。その上に命を奪うなんて、罪深い仕事じゃないの? ねえ」
その言葉には応えず。
『では頂く。ここから先は、お前たち次第だ、人の子らよ。見事、生き残ってみせよ──』
「あ」
ぱかり、と大口を開けて。
死神はばっくん、と提督を飲み込んだ。
そして、死神の姿はかき消える。
もうそこには、なにものの姿もない。
あとには、無だけが遺されていた。
***死亡者***
提督




