10オブザデッド
キホンテキニイキノコレナーイに搭載されている遊撃艇が、次々と出撃していく。キホンテキニイキノコレナーイの乗員席に座る有志たちは、窓に張り付いて、死地に赴く戦士たちを見送る。
「無茶だぜ! あんな数でデスバハムートの大群に!」
次〇大介によく似たギャンブラー、大巣浪流が叫ぶ。
「誰か連中を連れ戻さねぇと!」
「やめなさい!」
眼鏡をかけた司書のゆうゆうが、大巣浪流を制止する。いつもは理知的で冷静なゆうゆうの荒げた声に、何人かがびくりと肩を震わせた。
「みなさんもわかっているでしょう? これ以上の犠牲を払わずに、あの星に降下するなんて無理です。これは……必要な犠牲なんです」
乗員席を、重たい空気が支配する。そう、わかっていないものなどいない。ある者は怒りに身を震わせ、ある者は嗚咽を漏らし、またある者は敬礼と共に死地への旅路を見守る。
「ハハッ、キミとはもっと語り合いたかったよ……」
発進した遊撃艇の先頭を行くミッキー・マウスを見つめ、てぃーばくんが呟いた。彼の見た目は夢の国のねずみである。ちなみに注意書きをしておくと、夢の国のねずみの見た目をしているのはてぃーばくんだ。その彼が、ミッキー・マウスという名前をしている何者かと言葉を交わしているからめちゃくちゃややこしいのだ。なんでこのふたりが同じ班になったんだ! くそう!
まあ、ミッキー・マウスという存在がなにか元ネタがあるのかどうかはさっぱりわからないけれど。ひときわまばゆい光を放つミッキー・マウスの遊撃艇は、そのまま搭乗型デスバハムートの大群へと突っ込んでいったのだった。
「ハハッ、長生きしたバチが当たったね!」
今年で90歳になるという、某テーマパークのキャラクターにそっくりの別人(声もそっくり)がミッキー・マウスだ。てぃーばくんではない。ミッキー・マウスだ。彼の駆る遊撃艇はそのまま敵の密集地帯に突っ込んでいき、野暮ったい機銃掃射でデスバハムートを次々と撃墜していく。
『みんな、まだ無事かい!』
宝条とキム姉が叫ぶ。
『まったく眠たいことを聞かないでくださいよ。こんな状況で無事なわけ……ぎゃあああああっ!』
その直後、S原の断末魔が通信機ごしに響いた。S原は肥満体型で嫌味っぽい声の、人を小馬鹿にしたような態度が目立つ教授だ。パワハラ・アカハラの常習犯であり、生徒を苦しめるための試験問題集を常に持ち歩いていたが、もはや地球には彼の『生徒』は残っていない。だからこそ彼はこの宇宙船なろう号に乗り込む決意をしたのだ。『張り合いのない毎日ですよ』と寂し気に語るS原の姿は、もうどこにもない。宇宙をたゆたう残骸と消えたのだ。
『え、S原先生ーっ! うわあああああーっ!』
部隊の中で唯一、遊撃艇に乗っていないフライングトースターが叫び、デスバハムートに突撃していく。彼は翼の生えたポップアップトースターだ。彼の姿もまた爆炎の中へと消えていく。チン、という音がして、こんがり焼けたデスバハムートが煙の中から漂ってくるが、しかし、その中にフライングトースターの姿はない。『画面の焼き付きを防ぐことくらいしか能がないんですけどね』と、いつも照れたように笑っていたあの内気なトースターは、最期の最期に立派な仕事をやり遂げたのである。
『俺は待っていましたよ! この時をね!』
そう言って、《エックスプローダー》ジョージ~君はついに帰ってきた、この爆裂道に祝hk……ゲフンゲフン~の遊撃艇が、デスバハムートの大群へと突撃する。彼は自爆こそが芸術だと考えており、カッコいい自爆をする機会を虎視眈々と狙っていた。地球から持ちこんだ大量のトリニトロトルエンを遊撃艇に積み、この瞬間の命の輝きを迸らせる。あまりにも長いので名前がどこかわからないが、彼はジョージだ。職業はウルトラスーパーミラクルスーサイドエックスプローダーである。
操縦桿を握るジョージの手は震えていた。それは、生まれて初めてその望みを叶えられる歓喜から来るものか、あるいは死を前にして初めて覚えた恐怖から来るものかはわからない。わからないまま、彼の機体は爆炎の中へと消えた。ラーメンの麺をシャッシャってやるアレを胸に抱いたまま、宇宙の藻屑と消えた。
ラーメン屋のしんつぁんは、中肉中背の薄毛の男性だ。彼もまた、遊撃艇で次々とデスバハムートを撃墜した後、包囲網を脱出することができずに撃墜された。新たな星でラーメン屋を開くという夢と、『なんくるないさ!!』 沖縄弁を喋るという彼の断末魔はそれだった。ごめんな、他に沖縄弁が思いつかなかった。でもまあ、なんくるないさ!
宝条とキム姉も、ギリギリまで強烈な粘りを見せたが、撃墜されていた。二人に見えるが一人。本人はずっとそう言っていたが、やはり彼らは二人だったのかもしれない。しかし、爆炎の中で、宝条とキム姉は真の意味でひとつになることができた。
39歳の魔女っ娘ヒルデンブルグは、弾切れのあとも粘り続け、コクピットを開けてデスバハムート達に魔法を撃ち続けた。やがて推進部も破壊され、魔力も切れた段になって、彼女はコクピットに座り込み、一杯のビールを片手に微笑んだ。最後に彼女が見た者は、こちらに向けられる巨大なデスバハムートの砲口、そしてそこから迸る暗黒の光だった。
「みんな死んでしまったな」
遊撃艇の中で唯一生き残ったミッキー・マウスは、わずかな余命を前に紅茶を片手に呟いた。眼前には死が迫っている。あと少しでタイムリミットだ。こんなときにできるのは、そう、紅茶を飲むぐらいのことだ。
「すまなかったな水筒、こんなところにまで付き合わせて」
「良いんですよ。私は戦いではなんの役にも立てない。だから、こうして最期に水筒としての使命を全うできて、本当に良かった……」
ミッキー・マウスの手には、水筒が握られている。
彼の遊撃艇はヒルデンブルグのそれと同じように推進部が破壊された状況で、ただ慣性の法則のみにしたがって宇宙空間を進んでいた。彼にできるのはもはや紅茶を飲むことくらいだったが、それでも彼は満ち足りていた。勝利への活路は既に仲間たちが開いていた。ミッキー・マウスの遊撃艇は、敵の母艦に向けてまっすぐ突っ込んでいく。艦橋で慌てふためく猫の姿は、ネズミの彼にとってはたまらなく愉快な光景だった。ミッキー・マウスは口元を歪めて微笑み、そして爆炎の中へと消えた。
「大気圏に突っ込むぞ、衝撃に備えろーっ!」
キホンテキニイキノコレナーイ号は、そのままにゃんんひゃんにゃ~ご星へと突っ込んでく。しかし、入射角が思いのほか鋭く、すさまじい衝撃が乗組員たちを襲った。
あまりにも無茶をさせすぎたキホンテキニイキノコレナーイ号の機体は、大気圏との摩擦熱で少しずつ装甲が剥がされていく。
宝条とキム姉に代わり操縦桿を握っていたゆうゆうは、まず腕力が足りず、そのままガラスを突き破って大気へと放り出された。宇宙の闇に消えるさなか、その眼鏡もパリンと割れた。
てぃーばくんもまた、即座にミッキー・マウスと同じ場所へと旅立つことになった。彼は持っていた詳説日本史Bがそのまま顔面に当たり、その直後、ゆうゆうの放り出した分厚い本のカドが後頭部に当たって死んだ。「
さちはらは割れた窓ガラスから放り出され、職業は藻屑だったが、そもそも藻屑になることすらできず大気圏の摩擦熱で燃え尽きた。しかし藻屑というのがあくまで比喩表現であるならば、それはきっと宇宙の藻屑になったのかもしれない。藻屑って何回言わせるんだよ!!
ゆりもまた宇宙へと放り出された。意思の強そうな目が印象的な女子高生だった。ゆりは最期まで、首にかけていた愛する彼女のペンダントを放さなかった。ゆりは死ぬ間際、同じように船外へと放り出される小さな少女を見つけ、その手を取った。
ようじょのまみ☆は、宇宙の暗闇へと消える寸前、自分の手を取ってくれたゆりを見た。ゆりの口は『恐くないよ』と呟いていた。
様々な犠牲を払いながらも、キホンテキニイキノコレナーイ号はにゃんにゃんにゃ~ご☆星の地表部へと不時着する。
「生きてる奴はいるかホネ!」
小説家の佐伯庸介が叫ぶ。船内から次々に返事があった。
その中で、床に転がっている焙じ茶のペットボトルには、誰も気づくことはなかった。せっかく生き残った焙じ茶も、ここで改めて死んだ。だが、中からこぼれ落ちた焙じ茶の香りは、こんな状況だというのに、芳しくて、いい香りをしていた。地球の、日本の懐かしき匂いだった。
***死亡者***
宝条 キム姉
ヒルデンブルグ
しんつぁん
S原
フライングトースター
しんつぁん
《エックスプローダー》ジョージ~君はついに帰ってきた、この爆裂道に祝hk……ゲフンゲフン~
ミッキー・マウス
てぃーばくん
水筒
ゆうゆう
さちはら
ゆり
まみ☆
焙じ茶




