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1-2章


 岩の裂け目を抜け、岩のとっかかりに手をかけて昇ること半日。

 ついに外に出た。

 外に出た俺を待っていたものは、見たこともない荒涼とした世界だった。

 だが、俺は俺なりに納得していた。

 俺はどうやらこの「ジーメオン」なる魔族(?)の中に入ってしまったらしい。

 目の前のサハエルと名乗る美少女が、道行きがてら丁寧に色々説明してくれたのだ。

 彼女曰く、幻獣という名の強敵に頭を吹き飛ばされたのが原因で、記憶障害を起こし別の人格を作ってしまったのだろうとのこと。

 実際、ジーメオンという名については何となくそう呼ばれていた記憶があるし、言葉を使えたりする以上、ジーメオンとしての記憶も残っているはずである。その証拠に単語については色々と思い出し始めた。だが、ジーメオンの過去にまつわることだけがすっぽり抜けている。事実記憶は読み出せるが、エピソード記憶は読み出せない、と言うべきだろうか。

 それを前提に、原口太一としての記憶を思い起こしてみれば記憶喪失であっても母国語など言語は使えることが多いらしいし、その上で乖離性人格障害で多言語を使用する良く分からない人格が発生するというのも聞いたことがある。その二つの合わせ技もあるかも知れない。その場合、俺は乖離性人格障害、いわゆる多重人格と記憶喪失を同時に発症した患者の、副人格、ただし想像上の言語と記憶を持つ、ということになる。

 ならば俺は交代人格として主人格が復活し、統合されることを粛々と待てばいいのかも知れないが、少なくとも、俺には原口太一として二十九年間生きてきた記憶があり、幼児期の記憶はないにしても、両親がちゃんとビデオで残してくれていたし、いきなりポンと現れ出た存在ではない、という確信がある以上、そう簡単に主役の座を明け渡す訳にはいかないのだった。

 俺の感覚としては、俺はジーメオンであるより原口太一なのだ。

 一方で気になることはあった。

 ジーメオンという名もサハエルという名も、原口太一としての記憶の中に存在したのである。

 両方ともウェブ発の異世界転生系小説『勇者ミカエルの困惑』、通称「みかこん」に出てきた脇役の名前だった。俺は好きで商業出版されたシリーズ全巻もコミカライズも持っていたほどだった。

 ジーメオンは最初ミカエルのパーティの一員の魔族だったが、途中で裏切ってフェードアウトした雑魚。

 サハエルはミカエルの上司とも言える立場の人間だったはずである。

 だとすると、もしかして、実はここは俺の夢の世界で、異世界転生を無意識に望んでいた俺が、ただ単に夢を見ているだけなのではないか、という希望が出てくる。夢ならば、交代人格とか統合とかめんどくさいことを考える必要はなくなり一気に気持ちが楽になる。こんなことを夢見ていたのか、と多少自分が嫌になったとしても、だ。

 それでも念のため俺はこっそりと自分の脇をつねってみたが、痛みはあるが覚醒する気配はなかった。

 つまり夢かどうかは謎。

 いや、考え方を変えよう。

 仮にこれが夢だとしても、醒めない夢ならば現実と変わらない。

 とにかく俺はここでこの身体でしばらくの間は生きていくしかないようだ。


(……なんつーリアルな夢だよ……)


 俺はばれないようにこっそりため息をつき、それからちらっとサハエルさんの方を見た。

 今も俺の記憶を取り戻すためか、色々説明を続けてくれている。

 この荒涼とした大地がフレイヤ荒野という名称で、人類と魔族の棲息地を分断する要害として機能していること。人類と魔族は地下の大回廊と呼ばれる空間で行き来可能であること。地下の大回廊にはラドウィン要塞という石造りの城があり、魔族と人類双方の行き来を管理していること。

 説明を続けるサハエルさんは相変わらず美少女だった。薄暗い岩の中から太陽の下に出てきてもそれは変わらないどころか、肌の輝きが増したことで美少女っぷりに磨きがかかったような気がした。

 そんな美少女の説明を聞いても俺は相変わらずピンと来ず、でもサハエルさんはさっきからずっとめげずにやたらと世話を焼いてくれていて、申し訳ない気持ちになってきたのだが、よく見ればサハエルさんも俺の世話を焼くことがなんだか嬉しそうで、もしかしてジーメオンと恋人だったりするのだろうか。

 そう考えてみれば色々つじつまが合う。二人きりで旅をしていたらしいし、魔族と人間という種族を超えているが、そんなものは愛さえあれば関係ないよね。

 むしろあれである。恋人ならば、ちゃんとそのように接した方がいいのではないか、と思うのである。

 それに万が一サハエルさんが恋人でなかったとしてもこの機会に恋人になってしまえばなんの問題も無いはずだ。

 夢だったら楽しまないと! という浅はかな願望があったのは間違いない。

 目の前のサハエルさんはそう思えるくらいに魅力的だった。日本で教師という立場がある身なら当然自重するが、いまそんな枷はないのである。

 荒ぶる俺は意を決して、


「あのぉ」


 声が裏返った。

 サハエルさんがなんだか「来たわね!」という顔でこちらを見た。

 すごい勢いで近づいて、


「どうしたの!? もしかして何か思い出したの!? 何でも言って。それから芋づる式に記憶が蘇るかも知れないし!」


 キラキラした目でサハエルさんは俺の手を取った。

 手を取って、である。手袋をしてないわけだから、当然のことながら皮膚と皮膚の接触である。暖かなサハエルさんの体温を感じ、そして俺は気づいてしまった。

 違う。これは恋人的な感じじゃない。

 看護婦が患者に向ける感じとかそういう奴だ。

 納得した。納得したにもかかわらず、ひどくショックだった。

 気持ち的には完全に振られた感じだった。

 俺はすっかり落ち込んだ。

 だが諦めるしかない。

 俺はしどろもどろにただの勘違いで特に何かを思い出したわけではないことをサハエルさんに伝えた。

 サハエルさんは瞬間残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したようで、


「うん。でも大丈夫。きっと思い出すから。すぐだよすぐ。気になったことがあったら何でも聞くこと! お願いだからね」


 と逆に俺を励ましてくれた。

 俺の淡い恋はそうして終わり、それからサハエルさんの指示で、最寄りの町を目指すことになった。

 人類側の領域で、ドゥオリア王国のペジテ男爵領の周縁部にあるキドゥという町らしい。

 キドゥは魔獣が多数棲息するフレイヤ荒野と接しているため、フレイヤ荒野に接する人類側の町がすべてそうであるように、高い城壁を持つ要塞都市とのことだった。

 にもかかわらず辺りを見回してみても地平線があるばかりで城壁など影も形もなかった。

 俺は恐る恐る、


「……そこはどれくらい遠いんですか?」


 と聞いた。

 サハエルさんは荷物をまとめると鑓のように見える武器に結んでそれを肩に担ぎ、


「三日くらいかな?」

「……車……のわけないですよね。歩きで、ですよね?」

「歩きで、だね。ディゴスは逃がしちゃったから、ね。くるま……は聞いたことないなぁ。ディゴスみたいなものなの?」


 ディゴスというのは確かこの世界で馬のように扱われている動物のはずで、逃がしちゃったというのが良く分からないが歩くしかないようだった。原口太一時代も三日間歩き続けたことなど記憶にない。ハーフマラソンを五時間かけて歩ききったのが記憶の中での最大の距離だ。当然、いったいどれほど大変なのか想像できない。

 にもかかわらずなんの躊躇もなくサハエルさんは歩きだし、俺も諦めてサハエルさんに着いて重たい一歩を踏み出した。

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