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0-2章

 丸一日かけて降りた大地の裂け目の底に想定通り幻獣はいた。

 小さな城ほどの大きさで六本の足を持ち、鋭い牙と爪を持つそのあまりに巨大な獣は、身体を丸めるように眠っていた。

 まさしく怪物だった。

 銀色の毛の周囲からはおぞましい瘴気が立ち上っている。

 あらゆる生命を憎悪し、捕食し、絶滅するために生まれた災厄の獣。五百年に一度、星の核から生まれあらゆる生命を食い尽くしたあと最終的に自らを食って世界から生命を根絶すると言う。これまで幻獣が生まれる度に魔族の勇者が戦い、無数の死の果てに斃してきたと言う。


(これが幻獣なのね……)


 その姿に、サハエルはおぞましさと恐怖と、なぜか美しさを感じた。死の象徴故の錯覚なのかも知れなかった。

 サハエルが今まで見てきた数多くの魔獣よりも段違いに大きい。魔獣の最高峰である竜がかわいく思えるほどだ。

 巨大な身体の周りには魔獣とおぼしき死骸が転がっていた。すべて食べかけ、だった。

 つまり幻獣は既に一度目覚め、食事をし、そして今寝ている、ということらしい。

 幻獣は発生前と発生後では戦闘力がかなり違うという。したがって、定期的に発生する幻獣は発生前に最大の一撃でダメージを与え、そのまま不完全な状態で滅ぼすのがセオリーだと教わっていた。

 だが、今回は、


「起きちゃってるわね」


 とサハエルは寝ている様子の幻獣を隠れて見ながらため息をついた。


「そのようだな。残念ながら」


 実際のところはサハエルに驚きは無い。なぜなら、この裂け目の底にたどり着く前に、食われたとおぼしき魔獣の死骸を何度も見たからだ。

 幻獣の起動は確実に来る未来予想図の中に存在した。降りていく途中で心の準備も出来た。

 もっとも到着した今まさに幻獣が寝ているのはチャンスだ、とサハエルは考えている。

 一撃を確実に食らわせられる、という意味では起動前と差は無いはずだからだ。

 サハエルは、背中に回していた聖鑓に触れる。

 聖鑓は頼りになる相棒だ。

 だがそれ以上に今頼りにしているのは、とサハエルはジーメオンを振り返る。するとまさにジーメオンもこちらを見ていて、思わず目が合ったサハエルは慌てて


「ど、どうする? あたしから行っていいかな?」


 とごまかした。


「了解した。そなたに続けて撃てるように私も魔術の準備を始めておこう」

「分かったわ」


 あっさりと先攻が決まった。

 ジーメオンは続けて、


「あとひとつ。戦闘中、私が怪我をしたように見えても気にする必要は無い、ということを伝えておく。私には再生の魔術がかかっている。多少の傷ならば自動で回復する。これまでの旅ではそのような機会は幸い無かったが、幻獣との戦いではそういうこともあると思い伝えておく。万が一にも私を気にしてそなたが怪我することが無いよう、注意してもらいたい。見たところそなたには再生の護りはないようだからな」

「へぇ……便利ね」

「うむ。だが他人にかけることはできぬのだ。すまぬ」

「気にしないで」

「くれぐれも注意してもらいたい。あらゆる生命に対する根源的な憎悪故に幻獣は危険だが、その攻撃力がなければ、ここまで恐れられていないというのも事実なのだ」

「大丈夫。知ってるわ」

「しかし、私もそなたも幻獣と会うのは初めてでーー」

「大丈夫だって言ってるでしょ。しつこい」


 サハエルはなおも言いつのろうとするジーメオンを手を振って黙らせ、それから腰にぶら下げた虚ろ釜を起動した。

 サハエルが腰に下げている虚ろ釜は聖鑓に接続され聖鑓とその持ち主に膨大なエネルギーを供給する特別な虚ろ釜だ。『はんぶっしつ』なるものを原動力にする天使庁にも七機しか存在しない聖遺物であり、通常の虚ろ釜とはまったくレベルが異なる代物で、聖鑓とセットでバラキエルと名付けられている。

 注ぎ込まれたエネルギーを特殊な呼吸法で闘気と呼ばれる戦闘用の力に変える。

 サハエルは数呼吸で闘気を練り、それを巡らせるとたちまち力で満ちてくるのが分かった。サハエルの全身と聖鑓が光り始める。

 これが『勇者』。

 こうなってしまえば巨大な魔獣とも対等以上に戦える。

 あらゆる攻撃はその皮膚にまとった鋼鉄以上の硬度の闘気の膜ーー光帯に阻まれ、そしてその光帯は意志によって収縮伸張することができる。つまり筋肉として機能する外骨格となるのだ。

 さらに聖鑓は闘気をチャージすることで特殊な攻撃が可能になる。

 高熱を纏わせたり、闘気を矢のように飛ばしたり、魔族の魔術のような攻撃が可能になるのだ。

 サハエルは背負っていた聖鑓を構えた。

 すでに闘気は充分チャージされ鑓全体が光り輝きはじめている。

 サハエルはこれまでの旅の途中も魔獣に対して効果的だった『炎属性』を選択した。聖鑓も虚ろ釜と同じくオーバーテクノロジーで作られた機械である。無数のスイッチがびっしりと手元に配置され、さまざまな効能をもたらすことができるのだ。それぞれの組み合わせの効果は、『鑓の勇者』に選ばれたときにさんざん学ばせられる。


「待て。それは悪手だ」


 ジーメオンの声が聞こえてきたが遅かった。

 サハエルはすでに『炎の聖鑓』を起動しており、聖鑓の周辺には炎が渦巻き、生きているように蠢いて焼き尽くす対象を探している。


「文句はあとで聞くわ!」


 サハエルは物陰から躍り出ると、寝ていてもなお小山のように巨大な幻獣にわずか五歩でたどり着き、躊躇無く聖鑓を突き立てた。

 ヒットの瞬間、爆発音と同時に凄まじい衝撃と熱波がサハエルの顔を叩く。

 光帯が軋みながらサハエルを熱から護る。

 サハエルは確かな手応えを感じていた。

 最強だ。

 あたしは最強だ。

 これが人類の守護者の実力。

 虚ろ釜と聖鑓からなるバラキエルは天使庁の聖遺物である。人は天使庁から聖遺物を貸し与えられ、勇者と呼ばれるようになる。個人の能力が高くなければ候補にさえなれないから、サハエルの戦闘力は抜きんでてはいるがあくまでそれは人としての範囲の中で、の話に過ぎない。あくまで聖遺物を使用してはじめて人という枠を超えることができる。

 人類は千年ほど前にこの地に降り立った際に伴ってきた兵器を使うことでしか、魔族と対抗することは不可能なのである。バラキエルだけでなく、火槍と呼ばれる金属の矢を撃ち出す兵器も、今の技術では創り出すことはできない。矢弾は量産できるが、肝心の撃ち出す機構が再現不可能なのだ。

 だから人類は増えても戦力は増えない。

 繁殖力に於いて人類が勝っているにもかかわらず、人類が魔族を圧倒できない最大の理由がそれだった。

 だが、逆に言えば『勇者』と呼ばれる自分たちは魔族を圧倒できる。

 自分たちは魔族とも対等に戦える決戦兵器。

 目の前の炎を前にこれがその証拠だ、とサハエルは胸を張った。

 凄まじい熱を伴った炎が幻獣を包み込んで、荒れ狂っていた。幻獣があまりに巨大であるため、まるで森林火災の現場にいるように目の前は全て炎の壁だ。

 それが突然消えた。

 炎が消えた後に何事も無かったように幻獣が座っていた。微睡みは消え、遥か頭上からサハエルの身長ほどもある憎悪に満ちた眼窩がサハエルを見据えていた。

 サハエルの背中に冷たいものが走る。

 今まで感じたことの無かった恐怖が脳髄を埋め尽くした。

 サハエルをその硬直から解き放ったのはジーメオンの冷静な声だった。


「幻獣は目覚めの際、炎で自らの胎胞を焼くという。炎は言わば幻獣にとって母なる存在。炎以外の属性もまた幻獣はカットされる。幻獣は物理ダメージの蓄積によって倒すしかないのだ。このようにーー『ボルトム』」


 言葉と同時に、巨大な幻獣のさらにその上の空間に、模様で埋め尽くされた円陣ーー発砲紋が刻まれた。

 発砲紋が光を放ち、中心から衝撃波が放たれ幻獣を撃つ。

 着弾の瞬間、衝撃波が破裂した。

 凄まじい爆音が起こり幻獣の表皮が大きく弾け、幻獣は鋭い声を上げた。黒い血が飛び散り、サハエルの頬にぴちゃりと着く。

 幻獣も不快だったのだろう。今度こそ小さな城ほどの大きさの巨体を揺るがせて立ちあがった。それからジーメオンを敵と認識したようにうなり声を上げた。

 その声だけで世界が暗転したように感じられた。

 世界の敵。

 生きとし生けるものの敵。

 だが、ジーメオンはまったく臆した様子もなく手を幻獣に向け、呪文を唱える。

 その幻獣を囲むように新たな発砲紋が複数刻まれた。

 続けざまに。

 撃つ。

 撃つ。

 爆発音が連続で響き渡り、矢傷を負った幻獣が怒りの咆吼を上げながら血煙をかき分けながらジーメオンに躍りかかった。


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