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大人になる方法

作者: 桃原結乃

大人になる方法



人に頼るなんてよくわかんない。大人になる方法なんて考えたことも無かった。

だって、普通に過ごしていれば簡単に心も体も大人になれるもんだと思っていた。

あたしは強い子、聞き分けが良くて、真面目で優しくて元気で明るくて手のかからない子。

そうだと思っていた。否、そうでありたいと思ってきた。そうしていれば、いつかホントになって大人になれるって思ったから。それが当たり前だと思ったから。なんて、全部嘘だった。ホントは小さくて、弱くて、泣き虫で、甘えん坊、我侭なまだまだ大人になれない子供なあたし。

きっと、本当の自分も見えていないあたし。

それを隠したくて、全てを当たり前に出来るように頑張ってきた。塗り固めた結果。

塗り固められたものは所詮いつか剥がれ落ちる。

芯がしっかりしていなければ形や見栄えだけよくても意味が無い。

嘘はいつかばれる。積み重ねてきた嘘が増えていけばいくほど後からくるしっぺ返しは大きい。

嘘と同じ分だけのしっぺ返し。

しっぺ返しを食らったときに誤魔化そうとしても、もうムリ。周りは真実を知ってしまっているから。

誤魔化せなくなっているの。

あたしの場合は、その塗り固めてきた嘘が、大人になろうと思って過ごしてきた何年間かのあたし自身。

自分をきちんと見ようとしないで逃げてうまく誤魔化してきたあたし自身。

過去をずるずる引きずって、地面ばかり見て水溜りから空を見てきちんと本物の空を見てるつもりになっちゃてるあたし。

大人っぽい振りして、強がって良い人でどんなときでも「大丈夫だよ!」って笑っちゃってるあたし。

空を自由に羽ばたくにはなにが必要?

大人になるには、自分になるには何が大事?

頼らないこと?

嫌いなものを無くすこと?

親から独立すること?


なんなんだろう・・・。


「大学入学おめでとう。」

「ありがとう。父さん、母さん、貴緒も。」

あたしは、今日、大学生になった。

中学生とも高校生とも違う大人への第一歩だ。


家族でパーティーをしていた。

母さんは嬉しそうだし、弟の貴緒も嬉しそうだ。父さんは表情には出さないがとても嬉しそうだった。

小学生の頃は、小学生、中学生、高校生、大学生ってなるのが普通だと思っていたけど実は沢山の選択肢があったんだなぁ。って知った。

あたし、本当はやりたいことがあったから専門学校に行きたかったんだ。大学にしたのは両親の要望。

あたし逆らうの嫌だから、我慢した。

「涼香、これからも頑張るように。大学生になったのだからもう大人だ。これからは自分で決めて、自分の行動に責任を持つように。」

「はい。」

褒められたことなんて無い。いつも、上に行くことだけを求められた。成績が悪くて怒られたことは毎回のようにある。通知表で10だったときも、テストで満点を取ったり学年で一番だったときも、苦手な教科を頑張って成績が上がったときも褒められたことなんて一度も無かった。ホントは少しだけ褒めて欲しかった。あたしの好きなもの、得意なものを認めてほしかった。

褒められれば頑張ろうって思えるのに。

小学生の時も中学生の時も高校生の時もそれなりにうまくやってきた。勉強を頑張って、世間体を良くして、けど、あたしが本当のあたしでいられる場所なんて何処にも無い。

弟は比較的甘えん坊な性格で両親にも積極的になついていたが、あたしはそんなことはしなかった。弟もそれなりに大変だったから黙認していた。あたしは、ある程度の歳になった頃から甘えるなんて一切しなくなった。甘えることは恥ずかしいこと、駄目なことって自分に言い聞かせてきた。

甘えてごらん?怒られるに決まってる。「お姉ちゃんなんだから!」って。だって、あたしは、真面目で大人で、聞き分けが良くて大人な「涼香ちゃん」なんだから。

大学に入って数日、心のどこかに異変を感じながら、過ごしていた。それが何なのか良くわからない。

わからないようにそれをきちんと見てこなかっただけなのかもしれない。今まで何もかもうまくいっていたはずなのに。

何なんだろう、あたしの中にある、何か小さな黒いものは。お願いだから、邪魔しないで。

これからも、うまくいくはずなの・・・。

うまくいかせるの!

「っ・・・。」

「どうしたの?涼香。」

友達があたしの異変を感じとり心配そうにあたしの顔を覗き込んで尋ねてきた。

「ん・・・?なんか、くらっとして胸もドキドキしてるし・・・。」

変だ・・・。

胸がドキドキして体が熱い。しかも、変な耳鳴りまで・・・。今までこんなこと一度も無かったのに、不安に襲われる。

やめて、怖いよ・・・。

「保健室行ってくれば?」

「うん・・・。」

とりあえず、あたしはかばんを持つと教室を出てゆっくりと保健室へ向かった。

あたしの中で歯車がゆっくり狂い始めているの?

あたしは、どうなってしまうんだろう。


「すみません。」

恐る恐るドアを開け中を覗き込む。

「どうしたの?」

出てきたのは、白衣を着た人のよさそうなおばちゃんだった。

「あの・・・」

理由を話すと、先生はひとまず座って、お茶を飲むよう勧めてくれた。

冷たいお茶が少しだけ心を安心させた。

先生はあたしの顔をじっと見ると話をきりだした。

「自律神経失調症って知ってる?」

その言葉にあたしはきょとんとし、首を横に振る。

「自律神経失調症・・・ですか?」

初めて聞く名前だった。

「うん。ストレスからくるんだけどね。そのせいで、自律神経のバランスが崩れて身体の調子が崩れちゃうの・・・。」

「ストレス・・・ですか?」

あたしはただ呆然と聞いていた。崖から突き落とされたような気分だった。

あたしがストレスに押しつぶされるなんて・・・情けない。

「東雲さんだったわね。学校の敷地内にカウンセリングルームがあるんだけど行ってみたら?今の時間なら空いてるし。」

「はぁ。」

あたしは、ただ頷いた。

だって、今のあたしは解決する術を持っていないから。

「場所はココの校舎の隣。」

「わかりました。」

あたしは落ち着くと保健室を出てカウンセリングルームへ向かった。今日の授業はもう無いし、良いか。

「こんにちは。」

少しだけ緊張しながら、扉を開けると優しそうな若い女の人がいた。

「こんにちは。浅海先生から聞いてるわ。私は工藤です。」

「あ、あたしは、東雲涼香です。」

慌てて挨拶すると工藤先生はクスッと笑いあたしに席を勧めた。

あたしはそこに座ると先生もノートと鉛筆を持つと横に座った。

「東雲さん、どうしたのかな?」

先生の裏表の無い優しい微笑みにあたしの心が一瞬ぐらついた。

「あたしは・・・あたしは・・・」

こんなはずじゃなかったのに・・・あたしは、ただ、いつも通りにやってきただけなのに。父さんにも、母さんにも頼らないで、嫌なことがあっても誰もにも八つ当たりはしないで、父さんや母さんや貴緒の愚痴を聞いて、いつもの大人な優しい、「東雲涼香」をやってきただけなのに・・・。

あたしは何がいけなかったの?

「う・・・あぁぁぁぁぁぁ・・・」

大きな声をあげて大粒の涙を流した。久しぶりだった。

先生はその間、黙ってあたしを見つめていた。

泣いている人を蔑んだりしないとても優しく温かい目。泣いている人間になんでそんな優しい目をしてくれるんだろう。

「ど・・・も・・・すみませんでした。」

落ち着くと先生に謝った。

「どうして謝るの?泣きたいときに泣けばいいのよ。」

「・・・はい。」

あたしは、大きくなってから泣いたことが無い、否泣けなかった。

泣くと親から怪訝な目で見られた。弟のまえで泣くわけにもいかなかった。

泣くなんて恥ずかしい、みとっもないと思うようになった。

大きくなって泣くなんて駄目な子だって。

あたしは強い子でいなくちゃいけない。

あたしは、泣いても良いんですか?

泣いても誰も蔑みませんか?恥ずかしくもみっともなくもないですか?

「先生・・・あたし、どうしてこうなったのか、わからないんです。普段やってきたことをそのままやってきただけなのにどうしてこうなるのか・・・」

「きっと、知らない間にストレスをためすぎちゃったんだね。普段やってきたことって何かしら?きいても良い?」

ストレス・・・。

何であたしがストレスを溜めなきゃならなかったんだろう。あたしは大丈夫なのに・・・。

「先生・・・あたし、少し自分について考えてみてもいいですか?あたし、本当に全然わからないんです」

「良いわよ。またいつでもいらっしゃい。」

「はい。」

あたしは部屋を出た。

こんなことになったって言ったら、皆なんて言うんだろう。

笑い飛ばす?それとも・・・怒る?

キャンパスをとぼとぼ歩く。もう、どうしたらいいのかわからない。

治るの?治らないの?

「涼香?」

前方から声をかけられ顔を上げる。

「亮クン。」

いとこの亮クンだった。亮クンは少し離れたところに住んでいる。

今年の春、偶然同じ大学に入った。同じ年だったが異性だったから、祖父母の家に行ったとき少し話す程度であまり仲良いと言う感じではなかった。

「何?帰り?」

「うん・・・。」

あたしは無理やり笑顔を作る。そんなあたしを亮クンは眉をしかめジッと眺めた。

「元気ねぇな。おし!!」

何かをひらめいたかと思ったらあたしの腕を掴んで学バスの方向に歩き出した。

「ちょ・・・亮クン授業は!?」

「サボリだ、サボリ。たまにはそれも大事だろ。」

引っ張られるままに学バスに乗り込んだ。

駅に着くと喫茶店に入った。

「あたしそんな気分じゃないんだけど・・・調子悪いなら早く帰って明日からまた元気の学校行けるようにしなくちゃ。亮クンだってサボっていいの?」

「良いから、良いから。で、どうしたんだ?泣いてたんだろ?」

ズバリと指摘されあたしは顔が赤くなった。

「目・・・赤くなってた?」

「いいや、勘。しかも、笑顔作るの下手すぎ。目が笑ってないしな。」

あたしってば、バカ。

ため息を一つつくと、しぶしぶ話した。

「あたしね・・・自律神経失調症なんだって。だから、関わらないほうが良いよ。」

関わったらたくさん迷惑がかかるから。

迷惑をかけるくらいならあたしは一人で頑張りたい。

「なんでだよ。俺だって高校時代そうだったし。」

亮クンはムッとした顔をしていた。

「え。」

初めて聞いた。あたしは、全然知らなかった。

きっと、知ったところで「大変だね、頑張れ!」って言ってただろう。本人の気持ちもきちんと知らないで。きっと、辛い思いは経験した人しかわからない。経験しないで応援してもきっと、心に伝わりはしないだろう。「頑張れ!」なんて応援は簡単に出来るけど、言われた側はそれがプレッシャーになる事もある。

もし、今の私が、気持ちがわかっていない人から「頑張れ!」って言われたらきっと辛い。それを心から言われていないのならなおさら。

わかってくれる人はきっと、「頑張れ!」なんて言わないだろう。

その人は、本当に欲しい言葉を知っているから。

「俺も最初はびっくりしたよ。今は落ち着いたけどな。」

ニッと笑顔を見せられる。心の底からの笑顔だった。あたしは、今まで心の底から笑ったことなんてあっただろうか。

心から笑うのはどんな気分なんだろう。

優しい気持ちになれるのかな?

「俺は高校のとき、部活とバイトと成績との重圧に耐え切れなくなった。何でも神経質に真面目に取り組みすぎてな。頑張んなくちゃいけない。もっと、もっときちんとこなさなくちゃいけないってな。」

そういえば、亮クンは変わった気がする。昔から根が真面目な性格をしていたが、いつの頃からだろう、その中に固さがなくなった気がする。

それに、雰囲気が柔らかくなった。

昔は、関わるな。って感じがしていたのに。

気づいたら亮クンはあたしより一歩も二歩も成長してた。身長だけじゃなくて心が・・・。

「あたしね、なんでストレスが溜まってこんなになってるのかわからないの。高校まで全然平気だったのにいきなり、こんな・・・」


また、ぼんやりと視界が滲んだ。

言いたくなんか無かったのになんでだろう。

あたしは誰にも言わないで一人で抱えて頑張っていくつもりだったのに。

言葉も涙もどうして溢れるの?

「じゃあさ、涼香、今までのこと教えてくれねぇ?」

「うん・・・」

あたしは、今までのことを一通り話した。大学に入ってからのことだけを話した。心のどこかで少しずつ、だけど、確実に大きくなっていった黒い不安なもの。

それは未来に対する不安とプレッシャーだった。もう、見ないふりなんて出来ないんだ。

入るまではワクワクして光り輝いていたのにだんだん不安になっていった。

怖かったんだ。いろんな人から話を聞けば、聞くほど今までの生活とは違うものばかりで、いきなりそんなこと言われてもうまくこなせるか心配だったんだ。

高校までと違って全て自分で決めなくちゃいけなかった。時間割も教室も自分の居場所も。

お先真っ暗な感じで手探りだった。

気づいたら周りから取り残されていた。

見渡したら皆、先を歩いていた。

父さんにも母さんにも相談できなくて、学校に行って帰るだけでいっぱいいっぱい。

ほかの事に目を配る余裕なんて無かった。

亮クンはうんうんと頷くと一言。

「環境に慣れてない。その上、独りで頑張りすぎ。」

「・・・・。あたし、就職して無くて良かったかも。」

就職してたらあたしどうなっていたんだろう。

就職なんて大学とはもっと違う。

あたしきっと、もっとついていけなくてクビになっていたかもしれない。

そう思ったら、少しだけ怖くなった。あたしは、卒業した後就職できるのだろうか?

「はは、まぁ、そう言う事はひとまず置いといてだな。まずは、環境に慣れろ。とは言ってもこれはすぐできるもんじゃねぇな。誰かにサポートしてもらえ。」

「甘えるのは・・・嫌。」

はき捨てるように言うと亮クンの顔が少し険しくなった。

「甘えるんじゃない。頼るんだ。お前独りじゃ両手に抱えきれないんだろ。だから、手助けしてもらうんだよ。頼ることも必要なんだぜ。」

そんなこと・・・初めて知った。

「迷惑かかっちゃうかもしれないよ?」

「皆迷惑だなんて思わないさ。ギブアンドテイクなんだから。因みに言う言葉は『ごめんなさい』じゃない。『ありがとう』だ。」

『ありがとう』・・・。なんて優しい響きなんだろう。

今まで、あまり使ったことの無かった言葉。

「涼香は友達沢山いるだろ。思い切ってカミングアウトしてみ。力になってくれっから。後家族にも。俺もさ、ちゃんと、家族に話したんだ。驚いていたけど、わかってくれた。家族は一番近い存在だから。一番お前を心配している。」

亮クンは笑顔だった。あたしは逆に気分が落ち込んだ。

『家族』には言えない。怒られる。馬鹿にされる。あたしがこんな風になったことを知ったら「家の恥だ。」と言うだろう。

小さな頃から父親はあたしに対して特に厳しくて、勉強も外での振舞いも少し間違えるとすぐに怒鳴るようなそんな人だった。長女だったせいかあたしにばかり。貴緒が、あたしなみに怒られていたという記憶はあまり無い。

あたしは怒られることが恐怖になっていって親の言うことを聞くようになった。

小さい頃の親の顔は笑顔より怒った顔しか記憶に無い。

起こられた事しか記憶に無い。

何でだろう。本当はそれ以上に良い記憶が沢山あるはずなのに思い出せない。

両親が喧嘩をするときも大抵あたしのこと。

怒鳴る父さん、あたしを庇い、感情的になる母さん。家の何処へ逃げてもその声が消えることは無い。

あたしも嫌だけど、貴緒にも聞かせたくなんか無かった。

あたしのせいで喧嘩している両親、貴緒はどう思う?

大きくなると貴緒は自然とあたしを庇ってくれるようになった。

両親と貴緒の怒鳴り声。

あたしは・・・どうしてここにいるの?

なんで、あたしのことで喧嘩するの?

あたしはいない方が良い存在だったの?

家族を壊すようなことを運ぶ存在ならいなくなってしまいたい。

あたしは皆に笑顔を運んであげられないなら消えてしまいたい。

溢れる涙、落ちるけど届くことの無い思い。

「やめてよ、あたしのことで喧嘩しないで。あたしは、良い子でいるから。いなくなるから。二人が喧嘩しないように。あたしは、強くなるから。真面目に頑張るから。争わないで、喧嘩しないで。全部全部あたしが悪いの。悪かったの。」

ずっとずっと、そう思ってた。そう思うことしか出来なくて、自分の思い、弱さ全て押さえ込んで我慢して覆い隠すことで過ごしてきた。

そうすれば、誰も争わなくなる。

だから、きっと、いつの間にか真面目でしっかりもので、親の言うことをきちんと聞く「東雲涼香」という形が作られたのかもしれない。

次の日、あたしは思い切って友達にカミングアウトした。

「皆、聞いてくれる?あたし実は・・・。」

あたしの真剣な表情に皆、黙って聞いてくれていてくれた

皆、あたしが思っていた以上に心配してくれていたのだ。

「わたしもそうだったよ!何かあったらいつでも相談してよ。」

「いつでもメール大歓迎だよ!!」

「ありがとう。」

皆の言葉にあたしは少しほっとした。

まだ、友達になって間もないのにあたしを心配してくれるなんて嬉しかった。

同じような子が沢山いたこと。

それを克服できた人たちが沢山いると言うことに。

おかげで、何でも言い合える友達が増えた。新たな友達も沢山増えた。

そして、そのことに関して情報交換をするようになった。

今までじゃ気づかなかったこと沢山知った。

亮クンとも前以上に仲良くなった。

「何かあったら相談しろよ!」っていつも笑顔で言ってくれて、あたしも、心を許せるようになった。

だけど・・・、家族には言えなかった。

だから、こっそり病院に行っていた。

ある日、病院に出かけようとしたとき、部屋の前で母さんが険しい顔してあたしの前に立っていた。

「涼香。」

母さんに見つめられ驚き、息をするのを忘れてしまった。

「母さん・・・」

「あなた・・・」

バレタ・・・オコラレル・・・。

あたしの中で何かがガラガラと音を立てて崩れていくような気がした

「ごめっ・・・なさい。」

家族の前で絶対流さなかった涙。

母さんは驚いた顔であたしのところにかけよって来た。

あたしが悪いの。こうなったのは全てあたしの責任だから。

「あたし・・・」

もう隠せない・・・。

ポツリポツリ理由を話した。

母さんは泣いているあたしを黙ってみていた。

「そう・・・そんなことだろうと思ったけど、あなた自分自身で気づかなかったの?はたから見ればすぐわかったわよ。」

あぁ・・・ばれていたんだ。

一生懸命隠して頑張ろうとしていたのに隠すのもヘタだなんて・・・。

皆に迷惑かけてばかりであたしってなんて駄目な子なんだろう。

ごめんなさい、あたし悪い子ね。怒らないで。

母さんをぼぉっとした目で見ていた。

あたしって、何なんだろう・・・?

数ヶ月、あまり泣かなくなったもののカウンセリングは受けていたし体も調子が悪くなったり良くなったりだった。

カウンセリングではいつも工藤先生が優しく話を聞いてくれた。

こればかりは心の問題だからいつ治るという期限は無いらしい。もしかしたら一ヵ月後かもしれないし、五年先かもしれない。


貴緒には、きちんと話した。二個下の貴緒は親身になって聞いてくれた。あたしが買った自律神経関係の本も貴緒は一生懸命読んでいた。

「ねぇちゃん。俺は味方だよ。だから、俺には隠さないでよ。」

「ごめんね、貴緒。こんなお姉ちゃんで・・・。」

「ばぁか、何言ってんだよ。ねぇちゃんは普段からちゃんとやってきたんだぜ。少なくとも俺は知ってる。俺はいつだってねぇちゃんを見てきたんだから。」

普段は、生意気であたしの言うことなんか聞かない貴緒。

けど、あたしのことを実はしっかり見ていてくれた人なのかもしれない。

一人でも理解してくれる家族がいてとても気が安らいだ。

その間、父さんにも、ばれ「運動不足」だと言われ毎日散歩に出るようになった。


夏休み中に新たな出会いがあった。

友達の紹介でセラピストさんを知った。

アロマのセラピストさんだった。

あたしのことを親身になって聞いてくれた。

今まで、一つのことにしか熱心に興味を持てなかったあたしにとって新しく興味を持てた一つだった。

アロマテラピーにバッチフラワーレメディ。

友達は、ヒプノセラピーというのも教えてくれた。

自立神経失調症になってから新たに興味が持てるものを持った。

きっと、そのままだったらセラピーにも興味が持てなかったし、セラピストさんとの出会いも無かっただろう。

少しずつ良くなっていったけど、動悸になっていたこととか少し忘れられなくて電車とか乗ったり遠いところに行くのに多少ドキドキして微妙に避けるようになっていた。

そのときはまだ、蓋をしていた。

本当のことを・・・。

二年生に上がる頃には良くなり始めバイトを始めた。

新しいプレッシャー、接客。早退が多くて皆に迷惑をかけて、だんだん行きたくなくなった。

それでも、行かなくちゃ、頑張んなくちゃ、最後までいなくちゃって必死で奮い立たせて、頑張った。

「う〜ん。」

「どうしたの?」

バイトの友達に聞かれあたしは焦って首を横に振った。

「なんでもない、なんでもないよ!!」

ホントは少しだけクラクラしてた。

でも、今日はダメ!なんとしてでも最後までいるんだから。

「レジ入んなきゃ。」

友達が入り、サポートをする。だんだんお客さんが増えてきてもう一台のレジを開けあたしが一人でレジをすることになった。

人が列を作る。一人でレジ、サッカーをこなす。

まだ、慣れていないせいか迷う、失敗しそうになる。

だんだん、お客さんがイライラしているんじゃないかって感じるようになった。

列も終盤に近づいた頃、足が震え始めた。

手もブルブルと震え、じょじょに、苦しくなっていく呼吸。

タスケテ・・・

喋るのもままならなくなって限界を感じたときやっとのことで出た言葉。

「変わってください。」

店長は、そのまま早退させてくれた。

自転車に乗り風に吹かれているとポツリと水滴が頬に当たった。雨かと思い、空を見上げたけど空はきれいな夕焼け空だった。

なんだろう。

一つ、また一つとあたしの頬に当たる。

ゆっくりと手で頬に触れる。

やっと、わかった。

涙だったんだ・・・。

きちんと仕事を全うできない自分に対して悔しくてずっとずっと、泣いていたんだ。

悔しいよ、腹立つよ、なんで、あたしこうなの?

そのまま、涙をこらえて家に帰ると自分の部屋に飛び込んだ。

「・・・っく・・・ひっ・・・」

部屋の片隅で声を押し殺すように泣く。

「涼香、何泣いてんのよ。どこか痛いの?」

母さんが入ってくる。

「あ、あのね・・・」

恐る恐る話す。

「そう、今は何とも無いのね。なら良いわ。でもね、涼香、あまりこうだと向こうに迷惑かかるからやめなさいよ。」

きっぱりそういうと母さんは出て行った。

あたしも、わかってた。そんなこと。

だから、やめようかなって思ってた。

父さんや母さんに言ったら「辞めたらダメだ」って言われそうな気がして言えなかった。

それに、去年の「東雲涼香」に戻ってしまいそうだった。

そのバイトも辞めてしまった。


あたし、何も変わってないじゃない!

いろいろ考えても試行錯誤しても成長してない!変わってない。

こんなんじゃ全然ダメ。

昔みたいに戻らなくちゃ!

今度は両親に「就職ができない」と言われた。そんなこと、自分自身が一番わかってる。自分だって就職できないんじゃないか。ってずっと思っていた。あたしはこのまま駄目な子になってしまうのではないか、と・・・。

しばらくすると、父さんはあたしに聞いた。

「涼香、なぜまたバイトを始めないんだ?」

あたしはずっと黙ってた。

正座した足の上に両手の拳を力強く握って、潤んだ瞳を見せないように俯いて口をきつく真一文字にぎゅっと閉じて聞いていた。

あたしの本音を言えるわけなんて無かった。

告げたら「甘えている!」と怒られそうな気がして。

あたしは昔から自分の本音を言わなかった。

言葉は凶器だから。

他人に対しても自分に対しても凶器となる諸刃の剣。

いつだって、怒られているときはただ、黙ってきた。

黙っていれば、怒られている時間が短くて済むし、余計に怒らすことも無いことをあたしは知っている。

あたしがもし、正しいことを言っても聞き入れてもらえない、もっと怒らせるって事ぐらい小さな子供の頃からわかっいたことだから。

今回の事だって働くことが面倒くさいわけじゃない。

親のすねを一生かじって生きていこうなんて気持ちは、毛頭無かった。

だってあたしは、独り立ちしたいって思っている。

あたしは、何も考えていない危なっかしい子供に見えるかもしれない。

だけど、本当はもっと前から、自分の意見持ってるよ。

それが、甘いものかもしれないけど。

頭ごなしの怒らないで、「子供だから」って頭から拒否しないで、聞いて欲しい。

あたしだって、働きたい。稼ぎたい。

そしたら、欲しい物だって買える。父さんや母さんにだってお金の面で苦労をかけることはなくなる。

だけど、一回そうなってしまったからまた一歩踏み出すのが怖いんだ。

スタートラインで見えない道に怯えてしまっているの。誰にもわからない未来に怯えてる。

あたしが今欲しいものはお金じゃ買えないもっと大事なもの。

それが何なのか確かめたいんだ。

バイトを辞め気が抜けたのか今度は風邪をひいた。

こう次から次へといろいろなことが起こると休む暇も無い。

だるいまま学校へ行った。

全然授業が頭に入ってこない。

友達と喋っていてもだるい。

大好きなイラストも描く気になれない。

「ごめん、やっぱ帰る。」

まだ一時限残っていたがだるさでそれどころでは無かった。

「お大事にね。」

友達と別れ独り学バスに乗った。その瞬間、よくわからない不安感、動悸にみまわれた。

自分が自分じゃないみたい・・・。助けて・・・助けてよ・・・。

「涼香?」

いきなり声をかけられ丸めていた背中から少し顔を上げた。

「・・・りょうクン。」

「大丈夫か・・・?」

「わからない・・・。」

首を横に振る。

叫びだしたいような気分に駆られる。

亮クンの服の裾をぎゅっと握っていた。

不安な気持ちのまま駅に着き電車に乗った。

「っ・・・。」

まただ・・・。

また、来た。

「涼香!?」

「なんか、おかしいの、苦しくて、あたしがあたしじゃないみたい。」

言葉をやっとのことで吐き出す。

涙が出そうだった。

あたしこのまま死んじゃうのかな?

怖いよぉ、嫌だよ。

もっと、やりたいこと沢山あるのに!

「飲み物持ってるか?飲み物飲んで深呼吸して落ち着け。」

亮クンがあたしの背中を軽くリズムよくさすりながらあたしの顔を覗き込んだ。

「う・・・うん。」

言われるままにお茶を飲み深呼吸をする。

「大丈夫か?」

「ごめん。」

「ばぁ〜か。ありがとうだろう。」

亮クンが笑うから、つられて少し笑った。

あたしは、良くなっているの?ひどくなっているの?


夏休みは散歩を毎日こなした。

少しでも良くなるため。良くなりたい。って思った。

早く、一分でも、一秒でも早く良くなりたいって思った。

十月になりまた気合を入れて学校へ行った。数週間後・・・。

「ん?」

朝になるとなんか胃が痛い・・・。

学校行けば平気なのに。

学校は行きたいのに、なんで気分が悪くなるんだろう。

皆が待ってるのに!

数日が経った。電車の前に立つと吐き気がする・・・。

イヤダコワイ・・・。

気づくとあたしは駅のホームから逃げ出していた。

逃げて逃げて、行き着いた一つの公園。

小さな小さな誰もいない孤独な空間。

あたしは、ベンチに腰を下ろした。

家に帰る?帰れるわけ無いじゃない。

「世間に出てから通用しない」と言われたこの心、身体、いったい何処に行けばいい?

あたしは、大人になりたいの、こんな風になるために成長して、大学生になったわけじゃない。

普段出来ていたものが出来なくなる。

行動範囲がどんどん狭くなる。

今まで行けていたところが行けなくなる。

あたしはいつか引きこもってしまう?それは駄目だよ。でも、それはいけないことなの?

沢山の疑問が浮かんでは消える。

心が制御できなくなる?

それから何をするでなく公園で過ごし帰宅時間に合わせ帰った。こんな日が何日も続いた。


リストラされちゃって、言い出せないサラリーマンもこんな気分なのかな。なんて思った。

きっと、家族の笑顔や言葉を考えるとなかなか言い出せないんだ。

今までの自分はなんだったんだろうって考えて。

家に帰ることなくいろいろ自分を責めるんだ。

いけない事だって、何か変えなきゃいけないって悩んで悩んで悩み続けて、突破口はすぐそばにあって意外と簡単

なことなのに、それが一番大きな壁となって立ちはだかる。

自分が、もっと強ければ、しっかりしていれば簡単な壁なのに。

それがどうしても出来なくて、違う突破口はないかと結局、堂々巡りをしてしまう。


「行ってきます。」

「はい、行ってらっしゃい。」

母さんの明るくハキハキした元気な声。

あたしはこの声が大好き。元気に気合入れて出かけられる。あたしも笑顔になれる。

元気な「行ってらっしゃい!」にはこんなすごい効果があること、今まで気づかなかった。

それなのに、元気に受け入れられるのに今は心苦しい。

あたしがちっぽけすぎて、そんな、楽しく元気に返す余裕なんて全然無い。

だって、あたしは、学校に行ってないから。

正直に「あたし、電車が怖くて学校に行ってないの!」って言えればいいのに・・・。

言えない自分が小さい。

本当は、近所の公園で毎日毎日、時間つぶしてるんだよ。

何してるでもなく、秋のぽかぽかした日差しに照らされながら、学校に行けない自分、言い出せない自分を悔いてずっとずっと、責めてる。

だから、あたしは母さんからそんな風に元気に送り出してもらえるような子じゃないの。あたしは嘘つきよ?ズルイ子なの。

だからそんなにあたしに笑顔を見せないで。

叱ってよ。嘘をついて、ずるくて皆の誠意ある行動をことごとく裏切る子だって。

涙でぼんやりと視界が滲む。あたし、泣いちゃいけない。

笑顔を作り母さんのほうを向く。

ダイジョウブアタシハゲンキ・・・。

小さな小さな、今のあたしに背いた呪文。

「任せて!行ってくるね!」

玄関が閉まると胃を抑えた。

今日は・・・ダイジョウブ?

ゆっくり、ゆっくり駅へ向かう。のどがからからになる。手が氷のように冷たい。

駅が見えた瞬間。

恐怖感があたしを襲う。

コワイ・・・。

恐怖があたしを支配しあたしは一目散に走った。あの公園まで・・・。

公園に着いたあたしを襲ったのは虚無感。

ナニヤッテンダロウ・・・アタシ・・・。

嘘ついて学校にも行けなくて。

後悔しかなくて。

ベンチに座ると涙がどっと溢れた。

「馬鹿だ・・・。あたし。」

でも、もうあたしだけじゃどうしようもなくて、どうしたら良いのかわからない。

理由をいろいろ付けてもそれは後からついてくる付属品でしかなくてホントの闇はきっともっと違う。

こんな風にならない、もっとしっかりした大人になりたいよ。

ポケットに入れた携帯からメロディが流れる。

名前は『佐倉亮』

「もしもし・・・。」

「お前、最近ちゃんと学校行ってないだろ?・・・泣いているのか?」

頑張って誤魔化したけど、やっぱり声でわかるらしい。

「ん・・・」

「今、何処にいるんだ?」

口調が荒くなる。

「えっと、青寺駅の近くの公園・・・。」

「わかった、青寺駅で待ってろ!」

乱暴に言うと切れてしまった。

何なんだろう。

あたしは青寺駅へ向かった。

駅で待っている間も涙が止まらない。

この涙は何を意味しているんだろう・・・。


数分後、改札口に亮クンが現れた。

ほっとしてさっき以上に涙が溢れる。

「おっ、おい!涼香?」

あたしは亮クンの腕を力強く掴むと俯いて泣いた。

「ごめ・・・でも、どうして?」

しばらくしてあたしが聞くと亮クンはあたしの腕を掴んだ。

「俺んち行くぞ!」

「え!?」

あたしは驚いて目を丸くした。

まぁ・・・確かにここにいても、することは何も無い。

「今日はお袋も姉貴もいるから。」

「亮クン学校は?」

「サボリだサボリ。こんなになってるいとこほっとけるかよ!」

そのまま引っ張られると電車に乗り亮クンの家まで来た。

「ただいま!」

亮クンがリビングに向かって声をかけると伯母さんが出てきた。

「早かったわね。あら、涼香ちゃんじゃない。話は亮から聞いてるわ。あがって。」

促されるままに靴を脱ぎリビングへ向かうと従姉妹の翠ちゃんがいた。

「久しぶり、すずちゃん。」

翠ちゃんは優しい笑顔を見せた。

「久しぶり。翠ちゃん。」

「座りなよ。」

席を勧められ、空いているところに座ると伯母さんがお茶を持ってきてくれた。

「お待たせ。」

二階にかばんを置いた亮クンもやってきた。

「で、どうしたんだ?」

「最近すずちゃんが、学校来てないって亮のやつ心配してたわよ。」

「あたし・・・怖くなっちゃって。電車やバス乗るのに・・・朝、胃が痛くて気持ち悪くなって。前期のときに電車とバス乗ってたら過呼吸みたいになっちゃって・・・」

高まる感情を抑えるように、少しずつ語る。

「あの時か・・・」

亮クンが呟く。あたしはそれに頷いた。

「それから行くのにドキドキしちゃって。はいたらどうしようって思うと足が進まなくって恐怖に駆られて・・・」

「叔母さんや叔父さんが知ってんの?」

翠ちゃんに聞かれて横に首を振った。

「なんで言わないの?すずちゃんは、親に気遣いすぎだと思うよ?」

「別に・・・気を使ってるわけじゃないよ。あたし怒られるのが嫌なだけ。」

あたしが弱い存在だから。自然と怒られないようにってしていったら、周りには親に気を使っている良い子に見えたのかもしれない。

「でもな、この事はちゃんと親に言ったほうが良いぜ。叔父さんも叔母さんも心配してるって。」

心配なんてしているの?

『何でそんな風になったんだ!情けない。お父さんや、お母さんの時代はもっと精神的に強くて・・・』とかって、怒らない?

「言えないよぉ・・・あたし怒られたくないもん。だから、少しでもちゃんとした大人になりたかったのに、こんなになっちゃって情けないよぉ、辛いよぉ。」

我慢してた涙がまたバタバタと落ちる。

「泣きたいときには我慢しなくて良いんだ。」

「涼香ちゃんは、親の前で泣いたことある?」

伯母さんの質問にあたしは顔を上げた。

「無いでしょ?涼香ちゃんは小さな頃からお父さんにもお母さんにも愛されてたよ?それに涼香ちゃん自身も親の要望にきちんと沿って歩いてきたよね?だからさ、きっと、大学生になった瞬間に大人扱いされて、涼香ちゃんも今までやってきたことが通用しなくなっちゃって戸惑っちゃったんだよね。今まで独りでよく頑張ったね。だから、そういう時は周りにいる人に『助けて』って言ってごらん?皆手助けしてくれるよ。そして、また一人で歩けるようになったら同じように困ってる人を助けてあげて。」

「涼香ちゃんは頑張りすぎなんだよ。自分を褒めたり、認めてあげたことある?私だって二十四になるけどまだまだ子供よ。そんな十九ぐらいで立派な大人になろうとしなくて良いんだよ。急いだって空回っちゃったら意味ないじゃない。」

翠ちゃんは軽く笑った。

大人になろうと思って、強くなりたくて走ってきた足は実はもう、独りじゃ歩くのも大変なくらいボロボロで、でも、一人で走ろうと必死になってた。

自分を褒めることも認めることもせずにもっと、もっと、まだ行ける!まだ、行け!と奮い立たせて走ってきた。

しかも、今までずっと守られてきていたからきっとどこかで変わりたくてウズウズしてた。

鳥カゴの中の鳥はしたくないの。

その中で出ようとして、羽がボロボロになってたことも知らなかった。

急がなくて良い、頑張ったね。と言われて初めて立ち止まって周りを見渡すことが出来る。傷ついてどん底まで落ちて光を見つけたときにあたしの悩んできたことは何かを学ぶためのものだったって思えるようになるから。

「俺たち大人になる最中なんだよ。さなぎから羽化しようとしてるんだ。なんかであったぜ、痛みを伴わない脱皮は無いって。それに、涼香は自分で変わろうとしてるじゃん。人を変えることは難しいけど、自分を変える事は簡単なんだぜ。」

そう、きっと、大人になるための試練を今受けてる真最中だと思うから。

「今日さ、父さん出張中だし、すずちゃん泊まっちゃえば。」突然の提案に涙が止まる。

「で、そのまま学校行っちゃえ〜。皆を少し心配させて成長しました!って見せんの、アリじゃない?」

翠ちゃんがニッと笑うからあたしもぷっと吹き出した。

「うん。今までやったこと無いことに挑戦してみよう!」

「そうそう、めいっぱいあがいてごらん、きっと、変わるよ。」

「とりあえず叔母さんには連絡しろよ!心配してるから。」

亮クンに諭されあたしは携帯を取り出すと深呼吸をして、家のダイヤルを押した。

「母さん?・・・うん・・・うん、あのね・・・」

あたしは母さんに理由を今までのことを全て話した。でないと、あたしが前に進めないから。

母さんは驚いていたが受け入れてくれた、今のあたしを。

今のあたしは、今までのあたしじゃない。大人じゃない。強くない。優しくない。真面目じゃない。一人じゃ何も出来ない。きっとそんなあたし。

あたしきっと、今まで自分が全然見えてなかった。見ようとしなかった。

周りに対していっぱいいっぱいで自分が見えてなかった、って言ったら言い訳かな。

でも、何年も自分やってきて自分が全然見えてなかったんだなぁ。って今更ながら思う。

心はきちんと信号出していたのにあたしが無理やり押し込んできたからこんな風になるまで気づかなかった。

それは、きっと悲しいこと、自分に気づいてあげられないなんて。

自分と向き合う余裕があればもっと早くに変わっていたのかもしれない。

けど、あたしはこれで良かったんだと思う。

あたし自身が気づけたから。

認められたから、弱さ、脆さを。

きっともう、あたし自身に嘘ついたりしない。

したくない。心から素直に自分のことが好きになれるはず。

無理しないで、困ったら帰ってきなさい。と母さんは言ってくれた。

あたしには、きちんと帰る場所はあったんだ。

涙がまた一筋流れる。

父さんは、真面目で一直線な人だからあたしの苦痛はわかってもらえないかもしれないけど、父さんは父さんなりにいろいろ考えてくれてる。

そんな風に考えられるようになった。全てあたしのためにしてくれたこと。

多少、空回ってるけど。それもご愛嬌なのかもしれない。

電話に変わった貴緒は言った。

「ねぇちゃん、前も言ったじゃん!困ってたなら頼ってよ。頼られないほうが悲しいんだぜ。黙ってたらわけわかんねぇじゃん。俺はいつだってねぇちゃんの味方なんだからよ!」

母さん、貴緒の声を聞いて、また少しだけ泣きそうになる。

「ご・・・ありがと。」

あたしは、電話越しにへへっと、笑った。

それから、あたしは、亮クンの家で一晩過ごすと学校へ行った。

亮クンもいたお陰か学校に行くことが出来た。

あたし、ホントはずっと、遠い所へ行くの必ず緊張していたんだ。

ミスは出来ないってずっと思っていたから。一緒にいてくれる人に迷惑はかけられないって思っていたから。

それを、ずっと認めることが出来なくて、いつも無理やり押し込めていた心。

きっとこのことが無かったら今も、無理やり押し込めて認められないままだった。

学校に行くと友達に心配され理由を話した。

友達も一生懸命あたしの話しを聞いて協力すると言ってくれた。


父さん、母さんあたし、大学に行った事後悔してないよ。おかげで、新しい道が開けそうだから。

あとね・・・、ごめんなさい。

素直にきちんと謝れないから心の中で勘弁してね。

あの頃は押し付けられて嫌々、両親のせいで大学行ってます。って気分だったけどそれは違ったんだよね。本当に嫌で、専門に行きたかったのなら、自分自身でお金を貯めて、逆らってでも行けば良かったんだよね。その勇気もやる気も無くて、親のせいだって言っていたのはただの甘え。駄々っ子と同じなんだよね。

あたし、これから本当に自分がやりたいこと見つけてみようと思う。だからね、後もう一つ言わせてね。

どうも、ありがとう。


久しぶりにバイトの友達からメールが来た。

あたしが辞めてからずっと、店長は心配してくれていたらしい。

たった、一ヶ月しかいなくてすごい迷惑をかけたのに。


少しだけ肩の荷が下りた気がした。

あたしには沢山、助けてくれる人がいたこと、どうして気づかなかったんだろう。

今までのあたしは、きっと「助けてもらう」ではなく「甘える」だったから気がつかなかったんだろうな。

大事なのは助けてもらった後の自分の態度。依存するのではなく、そこから一歩成長すること。


まだまだ、不安もあるし未熟だけど、いつか大人になったときにこのときのことがあったから今のあたしがある。って思えるような人間になれればいい。

過去の自分は確かに元気で健康的で何でもやりたいようにこなせたかもしれない。

けど、こういう状態になってみて精神面で沢山学ぶことがあったことは確かだった。

今までは何事もなくそのまま大人になれると思ってたから。

けど、それじゃいけないって、そのままじゃ心が大人になれないよ。って自分自身が与えた試練。

神様はその人がこなせるから試練を与えるんだって誰かが言ってた。

だから、あたしもクリアできるはず。クリアできたときにはきっと一回りもふた周りも大きくなれてるんだろうって信じてる。挫けそうになったときは助けてくれる人たちがいる。

あとは、自分の心の声をきちんと聞くこと。無理してボロボロなのに歩き続けたらまた一人で歩けるようになるまで時間がかかってしまう。休むことが大事なのかもしれない。

過去の自分なんて関係ない。過去を変えていくように今が少しでも良くなるように努力していかなくちゃ。過去の自分が「未来の自分って凄いじゃん。」って驚いちゃうような、過去の自分と勝負しちゃうくらいで行かなくちゃ。

過去を引きずって「昔は良かったなぁ。」なんてこれからの自分に対して失礼。

いつまでも後ろ見ていたら前へ進めないよ。

まだ、あたしたちは旅の途中だから。

まだまだ、始まったばかりなの。

きっと、傷ついた分だけ強くなれるから、今はのんびり見守っていて。

あたしが本当のあたしになれるように。


               終わり

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― 新着の感想 ―
[一言]  ども、近藤です。  おそらく実体験もあるのだろうと思います。良くなったり、悪くなったりの感じが、本物っぽいなあと。  だからあんまり軽率なことも言えないんだけど。近藤だって、良くなったり、…
2008/04/09 22:40 退会済み
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