第8話 君の気持ち良いトコロ
アオイを抱きしめたハルトは…
「ちょ、ちょっと!? あんたなにやってんの!?」
暴れるアオイ。それでも俺は彼女を離さない。彼女と俺は初対面のはずだ。でも、心の奥底からせり上がってくる彼女を愛おしいと想う気持ちを止めることができない。彼女は俺を振り払おうと必死にもがく。
「あんた、ホントにもういい加減にしてよ!」
『大丈夫だよ』
「な、何が大丈夫なのよ!? この状態全然大丈夫なんかじゃ……」
アオイの言葉を遮るように俺の口が言葉を紡ぐ。
『大丈夫。あおいは何も心配しなくていいんだよ。あなたのことを独りになんてしないから。だから、安心していいんだよ』
自分でも信じられないくらいの優しい声が発せられていた。それはまるで自分の言葉とは思えないものだった。
分からない。一体この気持ちはなんなんだろうか? この子を抱きしめたくなるほど、記憶を失う前の俺はこの子と深い関係だったのだろうか? どちらにせよ、これだけ嫌がっている相手を抱くなんて人としてどうかしている。こんなことをしてしまったら、俺はここにいられなくなってしまうんじゃないか? セレスティアだって、俺に邪気がないと思ったから勇者代行を任せようと思ったんだ。そんなやつが、いきなりセクハラまがい、というか完全にセクハラなことをしたら自分の判断が間違っていたと思うに決まっている。
そんなネガティブな思考が俺の頭の中を埋め尽くす中、アオイが予想外の反応を示した。
あれだけ暴れていたアオイの抵抗が緩んだ。そしてなんと、彼女は俺の背中に手を回してきたのだ。
すると、俺の中でアオイに関する「記憶」が渦巻いた。そして俺は、更にあり得ない行動に出ていた。
俺は抱いているアオイの耳に吐息を吹きかけた。
「ひゃあ!?」
驚いて身体を震わせるアオイ。それがお気に召したのか、俺は更に彼女の耳を執拗に攻め立てた。
「あ、いや、やめ、てよ! ちょ、ちょっと、それ、以上、は!?」
俺は気付くと彼女の耳を甘噛みしていた。彼女の身体の痙攣がより激しくなる。周りに多くの人がいるにも関わらず、彼女はより強く俺の身体にすがりついてくる。そこが彼女の感じるポイントであることは明らかだった。俺はしばらくの間彼女の耳を弄んだ後、ようやく彼女の身体を解放した。
地面にへたり込むアオイ。ひくひくと身体を震わせ、すぐには立ち上がることができないでいる。会議室が騒然とする中、声を上げたのはセレスティアだった。
「み、皆! あまりマジマジ見るんじゃありません! とにかく全員この部屋から退出してください!」
大慌てで全員をはけさせようとするセレスティア。一方向こうで顔を真っ赤にしている若干カタコトの女性。
気まずそうな人々が部屋から出されていく中、ようやくアオイが立ちあがった。
これは怒られる。俺はそう思っていた。しかし予想に反し、彼女はもう俺のことを睨んではいなかった。
「…………」
彼女は何も言わずに俺を見つめている。その目は、どこか切なそうな、そんな印象を覚えるようなものだった。
「ご、ごめん、こんなこと、するつもりじゃ……」
「あ、あたしこそ……。あんたは、気にする必要、ないわよ」
アオイは一度俺の肩に手を触れた後、そのまま俺の方には振り返らないまま部屋を後にした。俺は自分の起こした行動に戸惑い、そしてなぜ彼女が俺の暴走に対して怒りを見せなかったのかが理解できず、呆然と彼女が出ていった方を見つめることしかできなかった。
ふと、肩に誰かの手が置かれる。我に返った俺が振り返ると、そこには明らかに怒った様子のセレスティアの姿があった。
「あ、あの、これは、ですね……」
「いきなりあなたはなんて破廉恥な真似を! こんなの、シャムロック様が見ていたらと思うと、考えただけで恐ろしい……」
俺はこのまま彼女に殴られるんじゃないかと思った。いやむしろ殴ってほしかった。だって、自分で起こした行動とはいえ、これはいくらなんでも恥ずかしすぎる。穴があったら入りたいくらいだったからだ。
それでも彼女は俺を殴ったりはしなかった。彼女はしかめていた眉を緩め、はあと大袈裟に溜息をついたのだ。
「あ、あの、怒らないんですか?」
「はあ……。怒りたいのは山々ですが、あの状態のアオイは我々の手には負えないでしょうから、それをなだめてくれただけよしとしましょう。他に方法はあったとは思いますが……」
「ホントすみません……」
「まったく……。それにしても、よく瞬時に彼女の弱点が耳だと分かりましたね? そんなこと私だって知りませんでしたよ」
うーん、そう言われても別に俺もあそこが彼女の「弱点」だと思ってやった訳じゃないんだよね。なんというか、ここを攻めれば彼女が喜ぶんじゃないかという思いが瞬時に頭を過ったというか……。なんにせよ、今の行動の理由を俺は言葉にできそうもなかった。俺の失われた記憶が蘇れば、少しは分かるのだろうか? まあでも、こんなことをしでかすような記憶というのも、物凄く怖くはあるのだけれど……。
「いやあ、実にビックリしましたヨ! まるで二人がセックスでもしているかのようで、ワタシも興奮してしまいましたヨ!」
「リア! あなたはなんてことを言うんですか!? ここは神聖なる会議室ですよ! そんなところで、低俗な言動はこの私が許しません!」
まだ興奮醒めやらないのか、顔に赤みが残っている女性、リアが俺たちの元へとやって来ていた。へそ出しルックの露出度の高い服装と、なんの躊躇いもなく放送禁止用語を言う辺り、彼女はなかなか前衛的な人のようだ。
「へーい、セレスティア、あんまり興奮しないネ。えっと、確かキミは、ハルト、でシタっけ?」
「あ、はい。勇者代行を務めさせてもらうハルトといいます。すいません、いきなりお見苦しい物を見せてしまって……」
「Oh! 全然気にすることないネ! 今城内はとっても暗いatmosphereなので、それくらい派手にやってもらった方が気分がスッキリするネ!」
HAHAHAとリアは豪快に笑った。俺の沈みかけていた気持ちも、彼女のお陰で幾分かはましになったのは間違いない。
それにしても、なぜ俺がアオイにあのようなことをしたのかは結局分からずじまいなのであった。
いきなり予想外の行動に出たハルト。彼の記憶に隠された秘密とは?