第5話 何でもやるって言ったよね?(いや、確かにやるとは言ったけどさ…)(※挿絵あり)
セレスティアの発言の真意は…?
「あなたに、女装をしていただきたいんです」
「はい……………………は?」
「も、物凄い溜めが……」
俺の表情の変化に慌てるシャムロック。だが彼女以上に俺は混乱していた。女装? Why? なぜ俺が今のこの状況で変態趣味に走らないといけないの?
しかし肝心のセレスティアは至って冷静だった。彼女は真面目腐った表情で言った。
「決して私はあなたに変態になって下さいと言っているわけではないのです」
「そう言っている時点で、その認識はありますよね……?」
「そんなことはありません! 私はあなたに、亡くなられたハルカの代わりに、勇者代行として活動していただきたいと思っているんです」
勇者代行? それは俺にとって予想外の依頼だった。
「あなたに着ていただきたい服はこちらです」
そう言って彼女は、さきほど杖を何もない所から出現させたように、女性の衣装の様なものを取り出した。紺色を基調としたアンダーウェアに、ミニスカート、そして白色のマント。更に銀色のブーツ銀色のアームカバーと、それはまさに、
「これはハルカが着ていたものです」
勇者の衣装そのものだったんだ。
「あなたには、これを着ていただきたいんです」
「えっと、それは、なぜ……?」
「さきほど、勇者の死は国民を混乱させないために秘匿事項になっていると申しましたね。もし、勇者の死がなかったことになれば、国民の士気は削がれることはない。それに、我が国に勇者がいることで隣国プレセアとの和平交渉を優位に進めることができるはずです。だから今はどうしても、王国にとって不利益な事態は防ぎたいのです……」
そう言うセレスティアの表情はかなり厳しい。国のためとはいえ、大切な人が死んだことを隠さなければいけないのは、彼女にとってもとんでもないストレスになっているに違いない。
しかし、それはそれとして……
「気持ちは分かるのですが、これしか方法はないんですか……?」
「はい。これしかありません」
「俺にこのミニスカートを履けと……?」
「あなたは女性的な顔立ちなのでとても似合うと思います」
「似合いませんよ! マズいですってこれは流石に! だって、もしスカートがめくれでもしたら、男の象徴が、露わになんてことに……」
ああ、そんなこと想像しただけで恐ろしい。ほら、シャムロックだって顔が真っ赤だ。そしてなんか凄いモジモジしている。それに比べてセレスティアはそんな様子を億尾にも出していない。ってかあなたも女の子なんですからちょっとくらい照れてくださいよ!
「そんなに下が気になるようでしたら、戦闘中はあなたに女体化の魔術をかけましょう。そうすれば、あなたも気にならないでしょうから」
「いやいやいや! それは今度は別の意味で気になりますよ! 女体化ってことは、つまり、俺のは……」
「そうです、男性器がなくなって、胸が膨らみますね。でもそれだけです。瑣末なことですよ」
「いや全然瑣末じゃないですよ! ってかハッキリ言い過ぎです! それは既に男としてのアイデンティティを完全に失うってことじゃないですか!?」
いくら記憶のない俺でも、男として生を受けたからには守りたいものぐらいある。それを一時的とはいえ失うなんて考えただけでゾッとする。でも、だからといって男のまま女性用のショーツを履くのはあまりにも危険だ。間違いなくはみ出る……。
というかそもそもなんで俺が女装をしないといけないの? いや、確かに俺にできることなら何でもするとは言った。でも、これは俺にできることの範疇を凌駕しているんじゃないだろうか……。
「セレスティア、それはいくらなんでも厳しいのではないですか? ほら、ハルト様だって困惑されていますし」
「しかし、今彼にハルカの代わりを務めていただかないと、いずれハルカの死は国民に知れ渡ります。和平交渉にも必ず影響を及ぼすでしょう。今しかないのです。今しかプレセアとの和平を成功させることはできないのです。そのためなら、多少の無理は突破しなければなりません……。それに、彼の魔術は人並み外れています。もしかしたら、ハルカ以上かもしれません」
セレスティアが俺の方に向き直る。その目は真剣そのものだ。生半可な覚悟じゃない。そしてそのまま、大きく頭を下げた。
「ハルト、恥を承知で申し上げます。あなたはハルカの衣装を着て、国民の前でハルカとして振る舞ってください。そして、このアルカディア王国の繁栄を取り戻すため、プレセアとの和平交渉に協力して下さい! どうか、お願いします!」
セレスティアが頭を下げるのを見ると、シャムロックも同じく深々と頭を下げた。
「わたしからもお願いします。無茶なお願いなのは分かっています。でも、わたしたちはどうしてもこの国に平和を取り戻したいのです! だから、なにとぞ、よろしくお願い致します!」
二人の決死の願い。それは確かに無茶なお願いだ。でも、俺に絶対にできないことじゃない。しかもこれは、前勇者に瓜二つであり、なぜだかは分からないが強力な魔術を持つ俺だからこそできることだ。
俺がこの要望を拒否すれば、二人の心はいったいどうなってしまうのか? 考えただけで恐ろしい。
それに、シャムロックは王女だ。この国の人にとって彼女は雲の上の存在のはず。そんな人が、俺なんかのために頭を下げている。国を守るために必死になっている。そんな少女を見捨てろというのか? そんなこと、俺にはできない。
もう一度、二人の少女に視線を移す。二人が頭を上げる気配はない。改めて、願いの強さを痛感する。ならば、俺の答は一つしかない。ついに俺は意を決した。
「分かりました。俺、やります」
「本当ですか!?」
「ええ。男に二言はありません」
俺がそう宣言すると、二人が目が同時に輝くのが分かった。かなりキツい役目を引き受けてしまったけれど、二人のその表情を見るとこれで良かったんだと思えた。二人が泣いている姿なんて見たくはないのだから。
「本当にありがとうございます、ハルト様」
シャムロックが俺の手を取る。彼女の目はすっかり潤んでおり、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「あなたの勇気に感謝致します。今日からあなたが私たちの勇者です」
「なんだか照れますね。でも、俺はどうして魔術を使えるんでしょうかね?」
「あなたの以前いた日本とこの国では次元自体が異なっています。あなたのように異なる次元、異なる世界から来られた方は時々そういうことがあるんです。元々魔術の才能はあったけど、元いた世界には”魔力”が存在していないせいで魔術を発動できなかったのですが、この世界には魔力が溢れていて、眠っていた才能が一気に開花する、といった具合です。実際、亡くなられた勇者ハルカも日本にいた時は普通の女子高生でしたが、こちらの世界では類まれな魔術の才能が開花し立派な勇者として活躍されたのです」
なるほど、魔術を発動させるには”魔力”というものが必要なのか。酸素のない場所では火が起きないのと同じ様に、魔力のない場所では魔術は発動しないということか。それにしても、ここと日本は次元自体が違うというのは流石に驚いた。俺はなぜ、突如として異世界に来てしまったのだろうか……。
「それではハルト、早速ですがこれを着てください」
「はい……………………え?」
「ま、また凄い溜めが……」
俺の視線の先、セレスティアが手に持っているのは勇者の衣装だ。確かに俺はあの衣装を着ると言った。しかし、それには心の準備が不可欠だ。だってあれを着るのは男としてのプライド等俺を構成する成分の幾分かを捨て去らないといけないからだ。デパートの洋服屋で服を試着するのとはわけが違う!
「い、今は流石に……。それにこんな所じゃ他の人に見られますし……」
「ハルト、あなたはこれからこの服で国民の前に立つのですよ。それに今はもう少しの猶予もありません。あなたには少しでも早く勇者代行の役目に慣れていただかなければならないのです。なので、今すぐこれを着用して下さい!」
な、なんたる強引な!? でも彼女の言っていることも理にかなってはいる。勇者の死が露見するにはもう既にあまり時間はないはずだ。それに、今ここであの格好を恥ずかしがっているようじゃ人前なんて出ていけるはずがない。
圧倒的正論を前に俺には反論の余地がなかった。
俺はチラッとシャムロックを見る。なぜだか知らないけど目をキラキラさせて俺のことを見つめていた。
この子は俺にいったい何を期待しているのだろうかね……。
「……分かった、着ます」
「よくおっしゃいました! それでは、私がお手伝いしますので」
「ええ!? いいですよ! 着替えくらい一人でできますって!」
「いえいえ、これが意外と難しいんです。特に男性であるあなたには尚のこと。あ、その前にまず女体化の魔術をかけましょう。そうすれば恥ずかしさも消えるでしょうからね」
「ちょっと待って!」という俺の懇願など華麗にスルーし、セレスティアが呪文を唱えた。その瞬間、俺は身体の自由を完全に失った。ありとあらゆる感覚が吹っ飛び、まるで宇宙空間にいるみたいに身体の重みを感じることができなくなった。
「終わりましたよ。目を開けてください」
不意にセレスティアの言葉が鼓膜を震わせる。瞬間、身体に全神経が通った様な感覚に見舞われた。一瞬の立ちくらみの後、俺は自分の身体に起こった変化をまざまざと見せつけられることとなった。
「あ……ああ……」
目線の先には、さっきまで断崖絶壁だったはずの部分に二つの小高い丘がある。俺はそこにゆっくりと両の手を持っていく。
むにゅっと、俺の手が胸の膨らみに沈んでいく。これは紛れもない、いや別に実際揉んだことなんてないけど、これは、これは……
「おや、結構バストがありますね。これはハルカよりも大きいかもしれませんね」
やっぱりおっぱい!?
「あ、結構綺麗な形ですね。ちょっと触ってもよろしいですか?」
「ストップ、シャムロック! 普通に触ろうとしないで!」
「あ、ご、ごめんなさい! 見た目が完全に女性なので、ついうっかり」
「ほ、本当に女になっちゃったの!? ってか声も心なしか高い!?」
喉に手を触れると、そこにあったはずの突起物がない。元々高めの声だったけど、これは完全に女性のそれだった。
「可愛いですよハルト様! お似合いです」
シャムロックは喜色満面だ。男としては可愛いというのは嬉しくもなんともないはずなのに、なぜだか満更でもないのは俺の頭まで若干女性化しているということなのだろうか?
いや、それよりももっと大事なことがある。おっぱいがあるのも十分問題だけど、男のプライド、というかソウルであるアレ! アレはいったいいずこに……
「ない……俺のソウルが、ない!?」
「女性なんですからある訳がないです。バストと一緒に男性器は並び立たないものですから」
「ノー! 俺はこれからどうやって用を足せば!?」
「安心して下さい。女性も出す所は一緒です。そこも教えますからとりあえず服を脱いでください」
「脱げるか!? あなたは少しは恥じらいを覚えなさい! あとシャムロックはうっとりした目で俺のことを見るんじゃない!」
駄目だ、もう完全に二人のペースだ。まだ誰にも見られていない秘部が衆目にさらされてしまう。うう、これじゃお嫁に行けない……。
嫌がる俺の意思は全く考慮されず、俺は草場の影に連れていかれ、胸が大きくなったせいでピチピチになってしまっていた服をいとも簡単に脱がされてしまった。そして女性用の下着を渡され、それを泣く泣く着用することとなった。
「ハルト様……いや、ハルカ様、今は同じ女の子同士なんですし恥ずかしがらなくていいんですよ」
「うぅ……そんなの気休めにならないよぉ……」
ブラが上手くつけられず、シャムロックが背中のホックを止めてくれた。ってかホントに俺何やってんのかなあ……。
というか身体の劇的な変化のせいで気付いていなかったのだけど、俺の短めだった髪がボブカットくらいの長さまで伸びていたんだ。
「ウィッグでは戦闘中に取れてしまいかねないので髪も伸ばしました。これでますます女の子らしくなりますね」
「嬉しくない……」
セレスティアが俺の伸びた髪を櫛でとかす。その様子は心なしか楽しそうだった。
ハルトの男のプライドの行方は…?