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第4話 まっすぐなやさしさ(※イラストあり)

シャムロックはアルカディア王国の王女だった。

そんな彼女の真っすぐな優しさのお話。

挿絵(By みてみん)


 たまたま出会った少女が、実はこの国の王女様だった! こんな偶然あり得るだろうか!? ってかそういう大事なことは最初から言ってよ! うっかり失礼なことしてたら死罪だよ俺! だってこのセレスティアって人さっき実際俺のこと殺そうとしてたし!


「ちょっと驚き過ぎて思考が追いつきません」

「ですよね……。すみません、恩人であるあなたを騙すつもりではなかったのですが……」


 シュンとするシャムロック。


「別に怒っている訳じゃないよ。ただ、流石に最初に出会った女の子が王女様だとは思わなくてね」

「そう、ですよね……。でも、怒らないでいただいてありがとうございます。やはり、あなたはお優しいですね」


 ニッコリと笑うシャムロック。


「うーん、別にそんなことはないと思うけど。それよりも、さっきから君が人との接触を避ける訳がようやく分かったよ。王女様が歩いていたら住民が驚くだろうしね」

「はい、そうなんです。あまり騒動になるのも嫌だったもので……」


 今度は苦笑いするシャムロック。出会ってまだほんの少しだけど、彼女の表情の多様さは見ていてなかなかに面白い。すると、彼女は今度はさきほどから置いてけぼりを食らっている金髪の女性の方に向いて言った。


「セレスティア、先程の過剰防衛の件ですが、あなたがわたしのことを心配して下さるのは嬉しいです。ですがもう少し冷静にお願いしますね。いつものあなたならこんなことはしないはずです。この方が強力な魔術師であったからよかったものを、普通の方でしたら大変なことになっていましたよ」

「は、はい。本当に申し訳ございません……」

「分かってくださればいいのです。それよりもセレスティア、あなた眼鏡はどうしました? 最近はあれがないと遠くが良く見えないと言っていたじゃないですか」

「あ、すっかり忘れていました……。大慌てで出てきたもので」


 そう言ってセレスティアは胸ポケットからフレームの薄い眼鏡を取り出してそれを高い鼻の上にちょこんとのせた。そして俺のことを改めて見たその時だった。


「ま、まさか……」


 俺を見つめたまま表情が固まるセレスティア。まるであるはずのないものを見てしまったかのように、彼女の瞳は俺を見つめたまま瞬き一つしない。そして凍りついた表情のまま俺に近づく。俺は訳が分からず、助けを求めるようにシャムロックを見つめた。


「落ち着いてください、セレスティア。この方は、ハルカ様ではありません……」


 シャムロックのその言葉を聞きセレスティアはようやく我に帰る。そしてまじまじと俺の全身を見回した。


「すみません、あまりにも似ていたので、つい……」


 そう言って彼女は俺から視線を逸らす。その目には、うっすらと光るものがあったのを俺は見逃さなかった。

 シャムロックのみならず、この人まで俺が二人の知っている女性に似ていると言うのだから、俺はよほどその人に似ているのだろう。そしてその人がいかにここの人たちに慕われていたのかも痛いほどによく分かった。


 このまま俺がここにいては、二人が彼女のことを嫌でも思い出してしまう。ならば、俺はここにいない方がいいのかもしれない。せっかく助けてくれたシャムロックを悲しませたくないし、セレスティアという人も悪い人ではなさそうだから、二人の傷を抉ってしまうのなら、俺はここを離れるべきじゃないだろうか?

 だから俺は、何も言わずに踵を返した。すると俺の背中に向かってシャムロックが言った。


「ハルト様、いったいどこに行かれるつもりですか?」

「特に考えてはいないけど、とりあえず、ここじゃないどこかに行こうかと思っているよ」

「なぜです!? あなたはわたしの恩人です。わたしはあなたに恩返しをしたいのです!」


 真っすぐなシャムロックの言葉。彼女は本当に純粋で良い子だ。だからこそ、俺はこれ以上彼女に迷惑はかけられない。なぜなら俺は……


「シャムロック、黙っていたんだけど、実は俺、記憶喪失なんだ」

「記憶喪失……? それは本当ですか?」

「ああ。だからこれ以上一緒にいると、君に迷惑がかかってしまうと思う。だから……」

「あなた、それは事実ですか?」


 俺の言葉を遮り、セレスティアが驚きに満ちた表情で俺にそう尋ねていた。


「はい。自分の名前以外のことがどうにも思い出せないんです……」

「名前は確か、ハルト、というんでしたね?」


 俺は頷きを返事とした。


「生まれはどこの国ですか?」

「……すみません、詳しくは思い出せません。僅かに昔住んでいた所の記憶があるので、多分そこが日本という国であることは分かるんですが、それ以上のことはどうにも……」

「日本なんですか? それは本当ですか?」

「セレスティア、今ハルト様は何も覚えていないと仰っていたじゃないですか。そんな風に聞いてはハルト様が混乱するだけです。もう少し彼の身になってあげてください」


 セレスティアの詰問にも似た質問をシャムロックが遮る。彼女の言葉を受けて、セレスティアはハッとして「すみません」と謝罪の言葉を漏らした。


「ハルト様、記憶喪失というのは、確かに驚きました。ですが、それを聞いたからには尚更あなたを独りにはできません。わたしはあなたの助けになりたいのです!」

「ど、どうしてそこまで、俺のことを……?」

「だって、あなたはわたしの頭を撫でてくれたじゃないですか。それで、どれだけわたしの心が救われたことか……。その恩をまだわたしは返していないのです。ですから、あなたは独りで行くなどとはもう仰らないでください!」


 優しくておっとりした少女が、ここまで声を荒げて俺の身を案じてくれていることに、俺は驚きを隠せなかった。

 俺にとって、哀しみにくれている人に手を差し伸べることは当たり前のことだ。泣いている女の子を前に何もしない男などいる訳がない。だから、俺が彼女にしたことは感謝をされるに値することだと俺は思っていなかった。しかし、王女いう立場である彼女には、もしかしたら俺のように気安く彼女に触れる人間はいなかったのかもしれない。もしそうなら、俺が彼女の頭を迷いなく撫でたことは、彼女にとっては全然普通のことではないのかもしれない。そんな普通のことが、彼女にとっては嬉しいことだったのかもしれない。

 俺は視線をセレスティアへと向ける。さっきまで少し厳しい視線を向けていた彼女だったが、今俺を見る目に厳しさは感じられなかった。

 俺は再び視線をシャムロックへと戻そうとすると、彼女は俺の両手をその可憐な両の手で握りしめ、こう言ってくれた。


「さあ、お疲れだと思いますのでひとまず城に行きましょう。少し休めば、記憶も戻るかもしれませんしね」


 俺を安心させるように天使の様な笑顔で微笑むシャムロック。俺は込み上げてくるものを堪えながら、なんとか絞り出すように応えた。


「ありがとう……。君がそう言うと、本当に記憶が戻るような気がしてくるよ」

「ふふ。さあハルト様、男の子に涙は似合いませんよ。気を取り直して、城に参りましょう」


 出会って間もない俺なんかを心から気遣ってくれる彼女の労わりの言葉。もはや、これ以上彼女の好意を拒む理由も見当たらない。俺は素直にこう言った。


「分かった。君の言う通り城に行かせてもらうよ」

「はい!」

 

 彼女はとても嬉しそうに言った。しかし、そこで俺の中に一つの疑問が浮かんだ。


「あ、でも、本当に俺が行って大丈夫なの? さっきも言ったけど、前の勇者に俺がそんなに似てるなら、城に行ったら大混乱になるんじゃ……」

「う、うーん、それは……」

「それは一理あると思います。そもそもハルカが亡くなったことは国民には秘匿されていますし、不用意に彼を城に連れていって誰かに見つかると混乱を招くことは容易に想像出来ます」


 そう言うセレスティアは難しい顔をしている。シャムロックも深刻な表情で悩んでいる。


「あの、すいません、なぜ勇者の死を国民に秘匿する必要があるんですか?」


 悩んでいるところ申し訳ないのだが、俺はどうしても気になったので尋ねてみた。


「それは、ハルカがこの国においてあまりにも多大なる影響力を持つ方だからです。勇者が亡くなったとあれば、国内が混乱状態に陥ることは必至です。ハルカの死を秘匿することは、それを防ぐための苦肉の手なのです……」


 セレスティアは実に辛そうな表情でそう応えてくれた。

 今のセレスティアの答を聞いて、初めてシャムロックとセレスティアに出会った時の二人の余裕のなさの理由がようやく分かった気がする。大切な人が亡くなり、しかもその事実を隠さなければならない。それはいったいどれほどの精神的な負担となるだろうか? 記憶のない俺でもそれが容易いことではないことくらいはよく分かるつもりだ。

 俺がいれば二人に辛い思い出を蘇らせてしまうだろう。それは嫌だ。でも、それ以上に苦悩している二人を見捨てることはもっと嫌だ。何か俺にできることはないだろうか? 自分すら分からない人間が何をぬかすと言われても、俺は彼女たちの力になりたいと思ったんだ。


「俺に何か、できることはありませんか?」

「ハルト様? いいんですよ。あなたはお客様なんですから、この国の問題は我々だけで……」

「でも、事実を知ってしまった以上見過ごすことなんてできないよ! なんだっていいんだ。俺にできることがあれば、なんだってするよ」


 どうしてそこまでの言葉が出たのかは分からない。ここは突然意味も分からず放り出された世界のはずなのに、全く馴染みなんてない場所のはずなのに、俺はこの世界が自分と無関係とは思えなかった。それに、シャムロックもセレスティアもきっと良い人たちだ。彼女たちを見捨てることは、俺にはどうしてもできなかったんだ。


「一つだけ、あなたにしかできないことがあります」


 セレスティアが人差し指を立てながらそう言う。


「これを聞いて、あなたは私のことを無謀だと思うかもしれませんが……」

「思いませんよ。どんな無茶なことだって、俺にできることなら何でもやってみせますから」


 俺は少しの躊躇いもなくそう宣言する。そう、今の俺は本当に何でもやるつもりだった。しかし、そう覚悟を決めたはずの俺にとっても、彼女の言葉はあまりにも突拍子もないことだったんだ。


「分かりました。それでは、私は……あなたに女装をしていただきたいんです」


 セレスティアは確かに、俺にそう言ったのだった。

セレスティアの意図は?

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