第40話 あの日の誓いをその胸に。
俺がシエルに回復魔術を施している間、アルカディア城のヒーラーが怪我をした隊員の救護に当たった。その中には当然、俺の大切な仲間も含まれていた。
幸い、ミナトとリアの怪我の程度は比較的軽かった。二人はヒーラーの手当てを受けると、もうあとは自然治癒に任せて良いほどに回復した。
アオイとシャムロックは、外傷のみならず、魔力の消費量が尋常ではなかったことで、ヒーラーの治癒だけではとてもではないが、全快は無理そうなレベルに至っていた。そんな身体で、俺に魔力供給をしてくれたのだから、俺は彼女たちにいくら御礼を言っても足りることはない。
そして、一番心配すべきなのはセレスティアだった。彼女はメリッサの闇魔術の必殺技、「ダーク・ブレイカー」をマトモに受けてしまっていた。あれは食らった人間の体内の魔力を悉く破壊し、魔力を生み出す身体の器官を傷付ける危険な魔術なんだ。あれを食らってしまった以上、今の彼女は自ら魔力の生成を満足に行うことができなくなってしまっていたんだ。
「セレスティア! しっかりして!」
担架で運ばれていくセレスティアを、ミナトが泣きながら追いかける。自分を助けるために身を呈してくれた彼女のあまりに痛々しい姿に、ミナトは泣くばかりであった。
「大丈夫ネ。彼女はきっと助かるヨ。セレスティアが帰ってくるまで、いい子にしてないとダメデスよ」
ミナトを励ましてくれたのはリアだった。普段はおちゃらけている彼女も、こう言う時にしっかりお姉さんが出来るのは流石だ。
「ハルト殿、シエルの容態はどうだ?」
フィオナ・スプリングフィールドについて整理がついている訳はないだろうが、王様は努めて冷静な様子で俺にそう尋ねた。
「傷は、なんとか、塞がりました……。ですが、目を覚ますかどうかは、なんとも、言えない、です、ね……」
目眩がして、俺は倒れこんでしまいそうになる。だが、そんな俺を支えてくれたのは……
「ハルト、大丈夫?」
自身も大怪我をしているはずのアオイだった。アオイは右手を痛めているのか、白い布で腕を吊り下げていたので、左手一本だけで俺の身体を支えてくれていたんだ。
「あ、アオイ? そんな、怪我なのに、ダメだよ、すぐに、どくから……」
「き、気にすることないわよ! い、いつも、邪険に扱ってるから、遠慮してるんでしょうけど、こういう時くらいはいいのよ……。あんたは本当に、頑張ったんだから」
そう言って、珍しくアオイは俺に笑みを見せた。この身体は疲れ果てていたけれど、師匠にそんな風に労ってもらったとあれば、多少の疲れも吹き飛んでしまうというものだ。
俺はそれからヒーラーの治療を受け、一応は一人で歩けるぐらいには回復した。
そして、自らの命を賭けて俺たちを守り、今は生死の境を彷徨っているシエルを、俺たちは沈痛な面持ちで見送ったのだった。
フィオナが見せた映像の通り、刑務所は「鉄の翼」の襲撃に遭い、収監者もろとも建物が木っ端微塵となっていた。中には脱走した犯罪者もいたらしく、何人かはまだ見つかっていないとのことだ。
王様はあの後、すぐさま刑務所に騎士団を向かわせた。だが、到着した頃には、やつらはすっかりその場から姿をくらましてしまっていた。
カイル・アシュクロフトが脱獄したことは、すぐに国民の知るところとなった。一度は奴が逮捕され、ようやく平和が訪れると期待していた国民の失望は大きかった。今回の騒動でただでさえ動揺が広がっていただけに、一刻も早くやつを逮捕しなければ、より一層不安が広がるのは間違いない。俺は改めて、「鉄の翼」の掃討に全力を尽くすことを誓った。
そして、城内に波紋を呼んでいるのは、やはりフィオナ・スプリングフィールドについてであった。フィオナが生きていたことは、本来であれば歓迎すべきことだ。だが、スプリングフィールド家の娘が反アルカディアを掲げる武装組織に所属しているとあれば、当然ながら話は変わってくる。
この様子では、彼女の処遇についての議論は当分決着することはないだろう。
あまりに色々なことがあったが、かくして、ようやく激動の一日が終わりを告げた。多くの被害と、数多の課題が、俺たちに重くのしかかる。それでも、俺たちの活躍で守られた人々も沢山いた。彼らは、そんな俺たちにわざわざ御礼を言いに来てくれた。それを聞けただけでも、頑張った甲斐はあったんじゃないだろうか。
そしてそれから、五日が経過した……。
俺はかつて、この世界で初めて目覚めたあの場所にいた。
小高い丘からは、セオグラードの街並みが一望できる。赤い屋根の家々は、俺にとってすっかり馴染みの光景となっていた。
俺はこれまで沢山の戦いに参加したが、「鉄の翼」はまだまだ活動を緩める気配はない。むしろ、カイルが戻ったことで、やつらの勢いは尚更強くなってきている。
早くこの世界に平和をもたらし、ハルカを静かに眠らせてあげたいと思っていたが、当分はそれができそうもないことが、俺にとっては非常にもどかしい。それでも、彼女が守ろうとした世界を、俺はなんとしてでも守り通すつもりだ。彼女が大好きだった人たちは、今は俺も大好きなのだから。
「ハルト様!」
「シャムロック? こんな所までどうしたの?」
「実は、ちょうどハルト様が出ていくのが見えたので、こっそり後を付いてきてしまいました」
シャムロックはそう言って、可愛らしく舌をペロッと出す。王女でありながら、彼女は相変わらず城を抜け出すのが上手い。
彼女は小走りで俺の元へと来ると、俺の横に立って同じく眼下の街並みを見渡した。
「そう言えば、あの日も俺たち、丘の上からこの街並みを見たよね」
「ええ。懐かしいですね。あの時からずっと、あなたはとてもお優しい方でしたね」
「そ、そうかな……?」
俺は思わず頬を紅潮させてしまう。
「そ、それよりも、シエルと戦っていた時に、まさか君が剣を持って現れるとは思っていなかったよ。城内は誰も知らなかったみたいだし、一体いつ訓練なんてしてたの?」
「それは、秘密です……。こっそりやらないと止められてしまいますからね」
シャムロックはそう言って苦笑いを受けべている。それは確かにそうだろう。本来であれば、王女が戦うなんて前代未聞のことだ。しかも、よりにもよってあれだけ危険な場面でだ。俺だって知っていたら絶対に止めていただろう。
「いつも助けられてばかりで、申し訳ないと思っていたんです。王族だからといって、守られるだけというのはおかしいです。だからできることなら、わたしもハルト様たちと一緒に戦いたいと、常日頃から思っていたんです」
彼女はまっすぐ俺を見つめている。
「だから、これからもわたしは、ハルト様たち親衛隊の方々と一緒に戦うつもりです。魔力が不足しがちなので、ハルト様にはご迷惑をおかけしてしまう可能性はありますが、なんとしてでも、皆様のお役に立ちたいのです。だから、お願い、できないでしょうか……?」
そう言う彼女の目からは、確かに強い意志が感じられた。
正直、彼女の体調を考えれば、あまり気乗りする話ではない。それでも、あれだけの能力を彼女が持っているのなら、彼女が戦力になるのは間違いない。セレスティアがいつ戦線に復帰できるかわからない以上、彼女が戦いに加わってくれればそれは非常にありがたいことだ。
「でも大丈夫なの? この前もそうだったけど、もしかしたら命を落とすかもしれないんだよ? 王様が、そう簡単に納得するとは思えないんだけど……」
「大丈夫です! お父様は、わたしが全力で説得します。それに、自らが命の危機を経験した以上わたしの意見を無下にするとは思えませんし」
シャムロックはどうやら自信があるのか、胸を張ってそう言った。彼女の胸がかなり立派なせいで、少し目のやり場に困ったことはここだけの内緒だ。
「ま、まあ王様がいいとおっしゃるなら、俺が反対する権利はないよ。でも、これだけは覚えていて……。俺にとって君は、本当に大切な人なんだ。君が傷ついたり、大変な目に遭うことは、俺にとって本当に辛いことなんだ……。だから、俺は君を全力で守る。だから君も、俺を頼って。魔力が不足したらすぐに言って。怪我をしたらすぐに報告して。それを守ってくれるなら、俺はもう君を止めないよ」
俺は思わずまくし立てるようにそう言った。するとシャムロックはよっぽど面白かったのか、思わず噴き出してしまった。
「やっぱり、ハルト様はお優しい方です。わたしは、あなたと出会えて本当に良かったと思っています。ハルト様がそうしてほしいと望まれるのなら、わたしはそれに従います。決して、約束を破るようなことはいたしません」
シャムロックは優しく笑って俺にそう言う。その笑顔は、俺にとってあまりに破壊力がありすぎて、思わず顔をそらしてしまうほどだった。いつもそうだけど、この子は無自覚に人を恋に落とそうとするのだから、本当にズルいと思う……。
俺は気を取り直し、シャムロックに向き直る。すると……
――チュ
またしても、シャムロックが俺の頬にキスをしたのだ!
「ちょおお!? シャムロック! 駄目だよ! そう簡単にお姫様がキスなんてしちゃいけません!」
俺が大慌てでそう言うと、シャムロックは首を横に振った。
「大丈夫です。こんなこと、ハルト様にしかしませんので。あなたはわたしの特別な方ですから……」
「と、特別……?」
顔を赤らめているシャムロックを見ていると、思わず変な妄想をしてしまいそうになる……。
いかんいかん! 俺は勇者で、この子は王女様なんだ! もしこの子に手なんて出しようものなら俺はクビ確定だ! そうなったらハルカの願いが達成できなくなってしまう!
俺は思いっきり首を振って気を取り直す。と、そんなことをしていると……
「ハルトお! 姫様あ!」
遠くからアオイが手を振っているのが目に入った。その横には控えめにお辞儀をしているミナトと、いつも通りハイテンションのリア、そして松葉杖をついているセレスティアの姿があったのだった。
「みんなまでどうしてここに!? ってかセレスティアは、もう出歩いて大丈夫なの?」
「何日もベッドで横になっていては身体が鈍ってしまいますので。魔力の補充に関してはフランチェスカも協力してくれていますので、今のところ問題はありません」
セレスティアはいつもの通りのシャキッとした様子でそう言う。だが、それに対してアオイが悪そうな表情で横やりを入れる。
「問題ないって言われても、その体たらくじゃねえ。今のあんたなら、前に戦った時よりも楽勝で勝てそうだわ」
「ほう? この私にケンカを売るとは、いい度胸ですね? あまり調子に乗るようだと、こっそりあなたの飲み物をブラックコーヒーにすり替えてしまいますよ」
「地味な嫌がらせはやめい!」
いつも通りのやり取りができているあたり、どうやらセレスティアは本当に大丈夫なのだろう。それでももちろん、無理をさせる訳にはいかない訳だが。
「今後、『鉄の翼』の攻撃はさらに激しくなることが予想されます。その時に、私がいないわけにもいかないでしょう。もちろん、足手まといになるようなら潔く下がりますが」
「足手まといなんて……。あなたは参謀として作戦指示を出してくれるだけでも十分な戦力なんですから、あまり自分を卑下するようなことは言わないでくださいね」
「おっと、まさか、あなたに怒られるとは……」
少しセレスティアは驚いた様子だったけど、すぐに俺に笑顔を向けた。
「ですが、あなたのそのお言葉は、ありがたく頂戴することに致します。早く完璧な形で戦線に復帰できるように、しっかり治療させていただきます」
「そうそう、それが一番いいよ」
「それにしても、まさかフィオナ・スプリングフィールドが生きているとは思わなかったネ……」
そういうリアはとても悲しそうな表情だった。それもそうだ。リアがかつて新米魔術師として戦闘に参加し始めた頃には、フィオナたちは普通に城にいたのだ。しかも彼女は、勇者を支える大事な役目を担う一族の娘だったのだ。そんな彼女が死んだと思っていたら実は生きていて、しかもあんな風に王様に対して憎しみをぶつけたとあれば、彼女がそんな表情になってしまうのもよく分かることだ。
「大切な家族を殺され、しかも、アルカディア城にも戻ってくることができなかったのですから、彼女が受けた苦しみは計り知れません。彼女をここまで追いつめてしまった責任は、わたしたち王家にもあります。わたしはなんとか、彼女には王国に戻ってきていただきたいと思っています。そのためには、どんな努力も惜しまないつもりです」
シャムロックは強い口調でそう言う。もちろん、それは俺も同じ思いだ。もし大いなる誤解があって、彼女が俺たちと敵対してしまっているのなら、俺は何度だって彼女に本当のことを伝え続けるつもりだ。同じ国の人間同士で憎しみ合うなんて、それほど悲しいことはないのだから……。
シャムロックの言葉に、全員が頷く。同じ目標に向かって、俺たちの心が更に強く結びついているのを、俺は改めて感じていた。
道のりは、まだまだ険しい。それでも、みんながいる限り、俺は決して立ち止まることはない。
あの日立てた誓いを胸に、俺は最後まで進み続けるだろう。
「よし! みんな、行こう!」
『おー!』
合わさる声、そして心。みんなの想いを噛み締めながら、俺は新たなる道を歩み始めたのだった。
これにて、シエル編終了です。
今後に関しては、構想を練ったりする時間をいただきたいので、しばらくの間お休みさせていただきますm(_ _)m
ただ、番外編やコメディ回は突発的に投稿するかもしれないので、その時はよろしくお願いします笑
物語自体はまだまだ続きますので、今後とも、「オーバードライブ女装男子!」をよろしくお願い致します!




