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第37話 そして、悪魔が笑った。

 一体何が起こったというのだろうか? 身体の自由がまるで利かない。

 まるで、外から自分の身体を見ているかのような感覚。客観的な視点で、俺は自分のことを見つめていたのだった。


 俺の手はフェロニカを握りしめている。そして視線の先には、驚愕の表情を浮かべているアオイとミナト。

 瞬間、俺は駆け出していた。もちろん、それは俺の意図したことではない。腕を振り上げることも、剣を振るうことも、全ては俺の意識の外で、この身体が勝手にやったことであった。


「アオイ! 避けなさい!」


 不意に、セレスティアのものと思しき怒声が響き渡る。そして次の瞬間には、跳ね飛ばされていくアオイの姿をこの目が捉えていた。

 ……跳ね飛ばされる? なぜ? どうしてアオイが跳ね飛ばされたりなんてするんだ……?


「ハルカ様、一体どうされたのですか!? どうか、正気を取り戻してください!」


 倒れたアオイの身体を支えながら、シャムロックがそんなことを言っていた。正気だって? 正気を取り戻すも何も、俺はいつだって正気だ。今だって、この目はしっかりみんなの様子を捉えている。今の俺に、おかしいところなんて少しも……


「はあああああ!」

「ハルカ! 止まりなさい!」


 いや、待て! こんなの、どう考えたっておかしいだろ!? なぜ!? 俺はなぜ、みんなに向かって(・・・・・・・・)剣を振り上げているんだ!?

 どうしてアオイが突き飛ばされ、シャムロックとセレスティアが絶叫を上げているんだ!?


『気づくのが随分遅かったようですね』

『誰だ!?』


 俺の脳内に直接響く声。いや、それすらももはや疑わしい。今はありとあらゆる感覚が嘘なのではないかと思えてしまうほど、宙を彷徨っているかの如く、俺には何の実感もなかったのだった。


『混乱するのももっともです。今、あなたのあらゆる感覚を支配しているのは、この私なのですからね』


 俺は声の主に意識を集中させる。すると、あの憎たらしい幼女の不敵な笑みが脳裏に浮かんできた。そう、それは紛れもない……


『お前はメリッサか!?』

『その通りです! 今あなたの身体を操っているのはこの私なのです』

『なんだって!?』


 俺の身体は休む間もなく仲間たちを追い回す。そしてその鋭利な殺意を容赦なく彼女らに浴びせかける。

 止めなければ! このままでは、シャムロックたちを俺が(・・)殺してしまうことになる!


『あはは! このままだと、大切なお仲間はあなたによって粉微塵になってしまうでしょうね!』

『この! 早く私から出ていきなさい!』

『はあ? この状況で、私に命令? ……勘違いするなよ小娘。今のお前は私に逆らうことなどできはしない。私に歯向かうことが、いかに愚かなことであるか、その身をもって味わいなさい!』


 瞬間、メリッサが操る俺が魔力を収束させる。そして、ここにいる全員に対し魔術を発動させた。


「メテオ・ストライク!」


 放たれる火球! それらは容赦なくアオイたちを襲う! 響く絶叫。俺は、みんなが傷ついてく様子が見ていられなくて、目を逸らそうとした。だが、それはメリッサが許さない。メリッサは俺の意識を強制的に外に向けさせる。


『も、もうやめてくれ! これ以上みんなを傷つけないでくれ!』


 必死に懇願する。だが、この女はそんなこと少しも意に介さずに俺を嘲笑った。


『はあ? それが人にお願いする態度なの? そんな風に言うなら、そろそろここにいるやつら殺しちゃおうかな』


 やつがそう言うと、フェロニカを構えた俺が倒れているシャムロックに向かって歩き出した。

 まずい! このままだとシャムロックが殺されてしまう!


『それだけは、それだけはやめて! 何だってする! 何だってするから、命だけは助けてください!』


 もはやなんだって投げ捨てるつもりだった。シャムロックたちを助けるためなら、俺のすべてを失ってもいいと思った。だが、それでもメリッサは首を縦には振らなかった。むしろ、より一層俺を馬鹿にしたような笑いを俺に向けた。


『あははははははははははは! 実に無様ね! 面白くて腹がよじれそうだわ! でも、駄目。あなたたちを殺すことはお父様の望み。それを叶えるためには、なんだってして……』


 しかしその瞬間、メリッサの言葉が突如として途切れた。俺は何が起こったのかわからなかった。

 見ると、メリッサが苦しそうにもがいているのが分かった。何だ? 何が起きている? 俺は何もしていないのに、どうしてやつが……?

 すると次の瞬間、俺の目には信じられない光景が目に入った。


『あが、がが……』


 メリッサが、何者かに首を絞められている。だが、そんなことはあり得ない! ここは俺の精神世界のようなもののはずだ。そこに、俺とやつ以外が現れるなんて理屈に合わない。俺はすっかり混乱していた。

 ぼやけていたその人物の姿が、やがて鮮明になっていく。俺は更に驚愕した。なぜなら、その人物は俺と全く同じ格好をしていたからだ。


『ど、どうして、俺が……?』


 俺がそう呟くと、メリッサの首を絞めたままのその人物が、ふと俺に向かって振り返ったのだ。


『う、嘘だろ……?』


 俺は言葉を失っていた。だが、それは確かに幻ではなかった。その人は、その人物は、確かに俺の目の前にいた。俺はその人物の名前を呼んだ。


『ハルカ……?』


 呼ばれた人物は、少しだけ笑ったような気がした。しかし次の瞬間にはその人物のシルエットは光となって霧散していた。俺の世界が光で満たされる。そしていつしか、俺は身体の自由を取り戻していた。


 もはや、ハルカと思われた人物の姿はどこにもなかった。後には、ゲホゲホとせき込んでいるあのロリババアの姿だけがあった。女は俺の姿を見つけると、弱弱しいながらも憎たらしい言葉を吐いた。


『い、一体どんな魔術を使ったか知らないが、ツメが甘かったわね……。さて、私を痛めつけてくれた落とし前をつけさせてもらって……』


 だが、何を言っても、俺にはもう何の影響もなかった。メリッサは慌てるが、そんなことは俺の知ったことではなかった。


 さすがの俺も、散々コケにされて、みんなを傷つけられた恨みを忘れるわけがない。吐き気を催す邪悪とはまさにこの女のことを言うのだなあと、俺は思っていた。


『おい』

『な、なんだ……?』

『なんだじゃない。あんた、この状況わかってんの?』

『す、少し有利になったからって調子に乗るな! 見てなさい! 今すぐに、もう一度あんたの意識を乗っ取って……』


 メリッサは再び魔術で俺の支配権を得ようとする。俺はそれを例外なくはじき返した。ありとあらゆる魔術を無効化し、逆に彼女のコントロールを奪った。

 支配権を失い、まともに動けなくなるメリッサ。俺は倒れているメリッサの顔面を踏みつけた。


『いやあ!? なんでえ!? どうして、お前なんかにこの私があ!?』

『あんた、まだこの状況がわかってないの? このまま頭を踏み抜くけど、それでもいいの?』


 俺は本気でそう言った。それが伝わったのか、ようやく彼女は顔を青ざめさせた。


『ま、待って! あ、謝るから! 謝るから、さっきしたことは許して!』

『はあ? それが人にお願いする態度なの? 許してほしいなら、それ相応の態度があるんじゃないの?』

『ひっ!? ど、どうすればいいのよ? そ、そうだ! わ、私の身体を好きにしてもいいわ! 私、結構女性ともベッドを共にするのよ。だから、あなたは私を好きにしていいから、それでなんとか』


 あまりにどうしようもない物言いに、俺はあきれて声が出なかった。こんな屑女に騙されたとは、シエルもツキのない男だよ……。


『はあ、もういいよ……』

『そ、それじゃ、助けて……』

『助けるわけないでしょ。だってあなたはカイル・アシュクロフトの娘。あなたを生かしておいていいことなんて一つもない。だから悪いけどサヨナラ』


 慈悲など与えない。俺はやつの意識を消失させようとした。だが、やつも今まで数多の修羅場を乗り越えてきただけはある。俺の攻撃の溜めの一瞬の隙をつき、やつは俺の意識から抜け出したのだ! しかも、逃げる瞬間俺の魔力をごっそり抜き取っていったのだ!


「ぐ……」


 体力を奪われ俺は身体のバランスを崩す。そんな俺を、傷つきながらもまだしっかりとした足取りのセレスティアが受け止めてくれた。


「よかった、正気に戻られましたか」

「セレスティア……。傷つけて、ごめんね……」

「あなたのせいではありません。皆も怪我は負っていますが命は無事です。状況は好転しました。ですが、あの女も本当にしつこい……」


 セレスティアが見つめる先、そこにいたのは、シエルだった。だがその様子は明らかにおかしい。まるで何者かがその身体を糸でつって操っているかの如く、彼は脱力したまま立ち上がっていたのだ。


「勇者、絶対にお前を許さない!」


 怒りに目を血走らせた女が叫び声をあげる。それと同時に、操り人形のシエルも咆哮を上げた。それはまるで大気まで揺らすほどの叫びだった。


「シエルまで操るなんて、なんてやつだ……」


 俺だけに留まらず、かつて深い関係を有し、更にはつい数分前に刀で瀕死の重傷を負わせたシエルまで乗っ取ってしまうなんて……。

 やはりやつは、「(くろがね)の翼」の創始者の娘だ。その狡猾さと残虐性はカイルの引けを取らない。


 しかしこの状況はあまりにマズい。普段の俺ならともかく、今の俺はメリッサにごっそり魔力を奪われ立っていることすらやっとの状態だ。アオイたちが満足に戦えない今、俺が残っているみんなを引っ張らなければならないのに、俺がこの状況ではどうにもならない……。


「ハルト、今のあなたでは満足に戦えない。あなたはシャムロック様達を連れて早くここから脱出してください」


 セレスティアが俺にそう耳打ちする。


「しかし、あなたもリアも、ミナトもかなり消耗が激しいです。今のシエルとまともにやり合ったりしたら……」


 しかし、俺がそう言いかけると、セレスティアはわざとらしくため息をついた。


「あなた、随分と我々のことを侮っておられるようですね?」

「べ、別にそういうわけじゃ……」

「だったら、少しは我々のことを信じてください。これ以上あんな女の好きにはさせませんので」


 そう言って、セレスティアたちは前に出る。するとメリッサはとある行動に出た。メリッサが指を鳴らすと、突如としてシエルは俺たちから視線を逸らし、後ろにいる王様の方へと振り返ったのだ!

 俺は瞬間的にしまったと思った。しかし、そう思った時には既に遅すぎたのだ。


「ドレイン・シールド!」


 メリッサが黒色の魔術を発動させる。それは、やつが俺にもかけた「操り人形の魔術(マリオネット)」と同じ、光魔術の対をなす闇の魔術だったのだ!

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