第36話 メリッサ
シエルを襲った少女の正体とは…
それはあまりにこの場に不釣り合いな人物であった。
俺たちの目の前には、幼いワンピースを着た少女がいる。だが、その少女の身体のいたるところには、生々しい血が付着している。
一体、この少女は何だ……? どこから現れ、そしてなぜシエルを襲ったんだ?
俺は少女の足元に倒れているシエルを見やる。シエルは深手を負いながらも、まだ意識があった。だが身体に力が入らず、立ち上がることができないようだった。
彼の周りには血だまり。出血量は相当なようだ。このままにしておけば、彼の命が危ないことは間違いないだろう。
彼のせいで多くの人が傷ついたことは疑いようのないことだ。だが、彼が負わされてきた傷の大きさも、俺は理解したつもりだ。このまま彼が死ぬのを黙って見ていることは俺の本意ではなかった。だが、彼を助けようにも、目の前の少女があまりに得体が知れなくて、むやみに攻撃を加えることができなかったんだ。
「君は何者だ? なぜシエルを攻撃した?」
まともに会話ができるとは期待していなかったが、俺は少女に率直に疑問を投げかけた。すると、意外なことに、少女はその見た目に反し、実にはっきりとした口調で俺に返答をよこしたのだった。
「初めまして勇者さん。私の名前はメリッサといいます。以後、お見知りおきを」
少女はワンピースの裾を持ち上げながら、やけに愛想のいい態度を俺に向けてきた。しかし、こんな明らかに異常な状況でそんなことをするものだから、俺にはかえって彼女が不気味に思えた。そして彼女は言葉を続けた。
「私が彼を攻撃した理由は、彼が我々『鉄の翼』を裏切ったからです。お父様から大切な兵士を預かっておきながら、怒りに任せて首を切ったり、自分の用事が終わった瞬間戦いを放棄しようとしたりと、彼の行動は目に余るものでした。そんな彼は、もはや必要がないと思いませんか?」
メリッサと名乗った少女は、他愛もないことでも話すかのように俺にそんなことを言った。しかも、返り血を浴びたその顔を最大限に笑顔にさせてだ。その様は病的ですらあった。
……いや待て。それよりももっと重要なことを彼女は言わなかったか? 彼女は、シエルが誰から兵士を預かったと言ったのか? 俺には「お父様」と聞こえたような気がしたのだが……
「お父様って、一体誰のことだ……?」
それに対し、またしても彼女はあっけらかんとして答えた。
「そんなこと、カイル・アシュクロフトに決まっているじゃないですか? 私はお父様の娘、メリッサ・アシュクロフトなんですから」
あまりにあっさり、少女はそう宣言した。衝撃の告白に、俺だけでなく、そこにいる誰もが驚愕した。
彼女があの、「鉄の翼」の創始者の娘だと? あんな可愛らしく、幼い少女に、反アルカディアを掲げる武装組織を束ねる男と同じ血が流れているのか? 俺は一瞬、そんなまさかと思いそうになった。だが、血に染まった少女の笑顔をもう一度見ると、少女はカイルの残虐な意志をありありと引継いでいるように思え、俺はすぐに彼女がカイルの娘であることに納得してしまったのだった。
「……お、お前が、カイルの娘、だと……?」
「シエル!?」
メリッサの言葉に、倒れたままのシエルが反応を見せる。
「お前の名前は、メリル、ではなかったのか……? しかもなぜ、あの時から、その顔は、まったく変わっていないんだ……?」
「メリル?」
俺が疑問を口にすると、メリッサはどうでもいいことに応えるように言った。
「ああ、そんなの偽名に決まっているじゃないですか。あなたはいつまで経っても馬鹿なままなんですね。ま、ベッドの上で一度も私をイカせられなかったあなたじゃ、その程度がお似合いなんでしょうけど」
「な!?」
急に何を言い出すんだこいつは!? ベッドの上だと!? こんな年端もいかない少女が、シエルと……?
「あなた、いつも勝手にイってしまいましたよね。小さな女の子相手なんだから、少しくらい自重するべきだと思いましたけどね」
俺は言葉を失っていた。この子、さっきからとんでもないことを次から次へと……。すると、呼吸を大いに乱しながらもシエルが言った。
「もう、六年も前の、ことだし、お前は、小さな女の子というわけじゃ、ないだろうが……。それにお前は、俺を裏切った……。俺を騙し、アルカディア王国を敗北させたんだ……」
それに対し、メリッサは彼を嘲笑うかのようにこう言った。
「そんなの、あなたの自爆ですよ。私は最初からあなたを騙すつもりで近づいたのです。あなたが馬鹿みたいに私に本音を話してくれるものだから、全部をプレセアのお偉いさんに話してあげたんです。もちろん、その方たちとも、ベッドの上でお話をしたのですけどね」
「こ、この淫乱女め……」
シエルは憎々しげに彼女を睨みながら言った。
そんな二人を他所に、俺は全然話についてくことができないでいた。二人の話を聞く限りで分かったことは、六年前にシエルはこの子と深い関係を持っていたらしいということだ。だが、当時シエルはペトラ・スプリングフィールドと付き合っていたはずなのだが……。
その時ふと、俺はあの時のリアの言葉を思い出した。
――この男は、恋人がいながら他の女と関係を持ったのデス! 国民の模範であるはずの勇者という立場でありながらネ!
――しかも問題はそれだけじゃないネ! その男が関係を持った女は、実はプレセアのスパイだったのネ! この男が情報を漏らしたせいで、王国は戦争に大敗して、多くの人が犠牲になったのデス……
そうか、シエルが関係を持った人間というのが、このメリッサのことなんだ! しかも、よりにもよってメリッサはプレセアに極秘情報を漏らしたんだ。シエルは見事にこの女に騙されたということだ。
「もしかして、あんたはカイルの指示でシエルをたぶらかしたのか?」
俺がそう尋ねると、メリッサはニヤリと笑った。そしてその気味の悪い笑顔のまま言った。
「その通りです。さすがはこの男よりもずっと優秀な勇者ハルカ! この人は本当に扱いが簡単で、私がプレセアのお偉いさんから仕入れた情報を提供してあげたら、簡単に私の言いなりになったんです」
そして、彼女は唐突にシエルを蹴り飛ばした。仰向けに倒れるシエル。そしてなんと、メリッサはあろうことか、倒れているシエルの顔面にまたがったのだ!
「な、なにしてるんだ!?」
俺は彼女の突然の痴態に大いに動揺する。
「何って、冥途の土産に、このロリコン男に懐かしい匂いでも嗅がせてあげようと思ったんですよ。大好きな私のあそこの匂いを嗅いで、今度こそ本当に昇天させてあげるんです!」
メリッサはそう言って、ゲスな笑い声をあげる。そして執拗に自身の股をシエルの顔に擦り付けた。どうやらシエルは彼女によって口と鼻を塞がれており、尚且つ魔術で手足の自由を奪われているらしく、全く抵抗ができないようだった。
まさかこのまま窒息死させるつもりか!? 俺はシエルを助けるべく、フェロニカを構えて二人の方へと走り寄った。
「やめろ!」
俺が剣を振るうと、メリッサは華麗にバック宙をきめて刃から逃げおおせた。
「おっと! 私に攻撃を加えるのなら、あなたのお仲間が酷い目に遭いますよ?」
「ぐ……」
メリッサの言葉に、俺は引き下がらざるを得ない。この状況、圧倒的に不利なのは俺の方だ。シャムロックたちが「鉄の翼」の人質になっている以上、俺はやつらの言いなりになるしかない。
「ふふふ、あなたがいくら歴代最強であろうともこの状況では何もできませんね! お父様の望みを叶えるためにはあなたがどうしても邪魔なのです。だからここで、私があなたを殺してあげます!」
そう叫びながら、メリッサは俺に二本の刀を向けた。
もはや俺は手足をもがれた格好になってしまった。最後の手段として、「聖なる加護」で敵の一掃を狙うという手もあるにはある。だが、もし失敗した場合、今度こそ彼女たちの命はないだろう。そのリスクを冒してまで攻撃を仕掛ける勇気を、残念ながら俺は持つことができなかったんだ……。
もはや、俺に残された手はないのか……? 黙ってあの女の刀に切り伏せられろというのか……? このままみんなを残して死ぬわけにはいかないのに、またみんなで笑いあう日を迎えたいのに、俺はここで終わってしまうのか……。
俺は悔しさのあまり奥歯を噛み締めた。そして、メリッサは俺に向かって走り出した。
全てが終わる。俺は、そう思った。
「こんなところで諦めるなんて、あんたらしくないんじゃない?」
聞き覚えのある声。俺はハッとして、俯いていた顔を上げた。
「アオイ!?」
槍を構えたアオイが、メリッサの刀を防いでいた。
「な、なぜお前が!?」
驚愕するメリッサ。だが、それだけでは終わらない。
誰かの絶叫が響き渡る。声の主はそのまま窓を突き破り、遥か下の方まで落ちていった。
振り返ると、ハンマーを振り切ったゴスロリ衣装の少女、ミナトがそこにはいた。ミナトは珍しく、怒りを露わにして言った。
「……ハルカさんを傷つける人は、わたしが、許しません!」
「ミナト!? 君までどうして!?」
「どうしてもありません」
気づくと、「鉄の翼」たちは光の鎖で縛りあげられていた! もちろん、そんな芸当ができるのは……
「セレスティア!」
「遅くなりまして申し訳ありません。雑魚を一掃するのに時間を要しました。状況がよくわかりませんが、今度の敵はそのちびっ子ですか?」
セレスティアは眼鏡をくいと上げながら、メリッサをちびっ子呼ばわりする。当の本人は怒りを露わにして言う。
「ここにきてとんだ邪魔が! もう少しで勇者を亡き者にできたものを!」
地団太を踏むメリッサ。だが既にシャムロックたちは解放された。今や残るはメリッサだけだ! 全員の攻撃を受ければ、彼女とてひとたまりもないはずだ。
だが、意外なことに、彼女はすぐに冷静さを取り戻したようだった。彼女は不敵な笑みを浮かべ、そしてまたしても俺に向かって走り出したのだ!
人質がいない今、躊躇うことなど何もない。俺は彼女を迎撃すべくフェロニカを構えた。
「ふふ、掛かりましたね!」
剣が交わるその瞬間、メリッサはそんなことを言った。その瞬間、俺の身体を言いようのない脱力感が襲った。そして俺の意識は、一瞬にして真っ暗になってしまったのだった……。
ハルトに何があったのか?
続きます!
しつこいようですが、Twitterでまた人気投票でもやろうかと思うので、よろしければお願いいたします笑
@Himari2657




