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第3話 早とちりで殺されたら堪ったもんじゃないよ

「落ち着いたかな?」


 乱れた呼吸を整え、再び俺の方へと向き直ったシャムロックに対して俺は尋ねた。


「はい。ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」

「いいって。気にしないでよ」


 この世界を救うために遣わされた「勇者」が死んだ。

 勇者がこの国の住人にとってどれ程の存在だったのかは分からないが、彼女があれだけ辛そうな表情をしているのを見ると、勇者の死はやはりかなりの大事おおごとであることだけは間違いないようだ。どうやら俺はとんでもないタイミングでこの国に来てしまったらしい……。


「何かお詫びがしたいので、これからわたしの家まで行きませんか?」


 シャムロックは頑張って笑顔を作っている。健気で良い子なんだなと俺は思った。しかし、俺はそこでふとある疑問が浮かんだ。


「あれ、じゃあここは君の家じゃないの?」


 俺の問いに対し、僅かに慌てた様子でシャムロックが答えた。


「じ、実はここはわたしの知り合いが所有している家なんです! 普段は誰もいないので、たまにわたしが使わせてもらってるんです。それに今は、一人になりたかったというのもありますし」


 彼女の答はなんとも煮え切らないところがあるが、一人になりたい気分というのは俺にもよく分かる。もしかしたら、彼女はここのお風呂で一人泣き腫らしていたのかもしれない。

 それにしても彼女一人のために家を貸してくれるその知り合いって人も結構すごいけど。


「そっか。じゃあ折角だし君の家に行こうかな。あ、でも大丈夫? 俺が勇者にそっくりなら、俺を見たらご家族がビックリするんじゃない?」

「た、確かにそれはそうですね……。で、でも大丈夫ですよ! 裏口からこっそり入りますので!」


 そういう問題なの? と疑問は覚えたものの、せっかくのお誘いを断るのも悪い気がするし、正直彼女が心配というのもあるので、このお誘いは受けておいた方がいいかもしれないと俺は思った。

 俺自身が記憶喪失であるという根本的問題はまったく解決してはいないものの、とりあえずこの国の住人であるシャムロックと出会えた以上路頭に迷うことはなくなったはずだ。今はひとまず彼女のお言葉に甘えて、俺の問題は少しずつ解決していくことにしよう。

 と言うことで、俺は彼女の好意に甘えることにした。


 無人の屋敷を二人で出る。そしてそのまま丘の下の街を目指すのかと思いきや、シャムロックは街ではなく人気のない裏路地のようなところを歩き始めたのだ。しかもやたらと人の視線を気にしているように俺には思えた。


「あの、なんでコソコソしてるの……?」

「こ、コソコソなんてしてませんよ! わたしは至って普通です!」


 銀色の綺麗なツインテールを揺らし、その大きな胸をいっぱいに張ってシャムロックが言う。またしても怪しさ満点だが、どうにも彼女からは危険な香りがまったくしないので、多分危ない目には遭わないだろうと俺は直感的に思った。

 彼女の後について更に歩いていくと、どんどん周りの建物が減少していっているのが分かった。ずいぶん辺鄙へんぴなところに住んでいるんだなと思いつつ歩いていると……


「あれ、あれはセレスティア……」


 彼女の視線の先には金髪ショートカットの女性の姿があった。もしかしてあの人がシャムロックの家族なのだろうか? その人は白のブラウスに赤いマント、そして赤いミニスカートといったいでたちで、まるでゲームに出てくる魔法使いのような格好であった。

 その人はキョロキョロと辺りを見回していたが、やがて俺たちの姿を見つけると、なぜかその表情を急変させた。俺がいきなりの彼女の変化に驚いていると、彼女は俺たち、というか俺に向かって大声でこう叫んだのだ。


「そこの者、その方にいったい何をしている!?」


 綺麗な見た目に似合わないドスの利いた声。俺はなぜそんなことを大声で尋ねられたのか理解できず呆然と立ち尽くしていると、金髪ショートカットの女性は突如としてこちらに向かって走り出していた! しかも、理由は少しも理解できないが、どうやらその人はかなり怒っているようなのだ。

 彼女は俺たちから若干離れたところに立ち止まると何もない所から杖の様なものを取り出し、俺に向けてそれを構え、またしても俺に向かって叫んだ。


「その方から今すぐ離れなさい! 離れないと攻撃しますよ!」

「攻撃って、そんな物騒な! 俺は別に何も……」


 そう言って、一歩得物を構える彼女に近づこうとすると、


「抵抗するつもりか!? それなら容赦しない!」


 彼女は大声でそう言いながら、手に持っている杖を一度天高く掲げ、そして大きく振り下ろした。


「エアロ・ブラスト!」


 なにやら彼女が呪文の様なものを叫ぶと、杖の先端から猛烈な風が巻き起こった。そしてそれはまっすぐこちらへと向かい、


「うおおお!?」


 俺を直撃し、俺は空高くに投げ出されてしまった!


「ハルト様!?」


 いきなりのトンデモ展開にシャムロックが絶叫する。俺はこの状況に明らかに混乱しながらも、このまま落下したらビルの屋上から飛び降りるのと同等の衝撃が俺を襲うであろうことをなぜか瞬時に理解していた。そうなれば俺は間違いなく助からないだろう。


「冗談じゃない!」


 こんな訳のわからない状態で、俺は何一つ悪くないのに殺されて堪るか! 俺は空中に身体を投げ出されながらも混乱する頭をなんとか落着かせる。すると、自然と俺の頭の中に言葉が流れ込んでくるのが分かった。それは、空を舞うための力、即ち、「魔術」と呼ばれるものであった。

 なぜそんなことが理解出来たのか、そしてそもそも、俺がなぜそれを体現できたのかは分からない。でも俺は確かに思い描いたままの力を行使し、この空を舞うことに成功してしまっていたのだった。


「す、凄い……」

「ば、バカな!? まさかお前も、風の魔術使いか?」


 シャムロックと金髪ショートカットの女性が同時に驚く。俺は世界に散らばる風を集め自身の浮力とし、そのままゆったりと地面に着地した。


「くっ、この化物め! しかしお前がいくら強力な魔術師だろうと負けない! 今度こそ立ち上がれないように……」

「ちょっと待ってくださいセレスティア!」


 またしても攻撃を加えようとしていたセレスティアと呼ばれた女性が、シャムロックの言葉で攻撃を思いとどまる。


「なんですか姫様!? そいつはあなたに危害を加えていた者ですよ! そんなやつはすぐに排除しなければ……」

「だから! まず話を聞いてください! その人はわたしに危害を加えてなんていませんよ! わたしはただその人とお話をしていただけです!」


 そうですよね? と同意を求めてくるシャムロック。俺は高速で頷きながら「そうです」と答えた。そしてセレスティアに向かって、「俺は何もしてません!」と大声で釈明した。セレスティアは俺とシャムロックの顔を交互に見る。そしてようやく状況を察したのか、自身が早合点していたことに気付いた彼女は顔を赤くさせて言った。


「こ、これは大変失礼致しました! 姫様が城を出ていかれたままいつまで経っても戻られないので、心配になってつい過剰になってしまって……。本当に、申し訳ございませんでした!」

「わ、分かってくれたなら俺はいいです」


 いきなり殺されかけたことに対して大いに抗議したいところではあったけど、これだけ申し訳なさそうにしている人に追い打ちをかけるのも趣味が悪い。俺はやむなくそう応えた。


「それよりも、さっきからあなたはどうしてシャムロックのことを『姫様』と呼んでいるんですか?」

「なに? もしやあなた、彼女のことを御存じないのですか?」

「はい。俺はさっきたまたま彼女と知り合っただけなので」

「す、すみませんハルト様! いつか言おうと思っていたのですが、タイミングを逃してしまっていまして……」


 シャムロックはやたらとアワアワしている。一体俺に何を言い忘れていたと言うのだろうか?


「わたしの名前、覚えていらっしゃいますか?」

「えっと確か、シャムロック・ルツ・アルカディア、だっけ?」

「はい。それでは、この国の名前はなんでしょうか?」

「えーと、アルカディア王国、だったかな。ん? アルカディアって……」


 俺はハッとしてシャムロックの顔を見る。シャムロックは苦笑いを浮かべながらこう言った。


「はい。黙っていて申し訳ございません。実はわたし、この国の王女なのです。なので、これからあなたが向かうのは、我々の城、アルカディア城なのです」


 あまりのサプライズに、俺が驚愕したのは言うまでもないだろう。

驚愕の事実…でもない?

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