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第35話 辿り着いたその先には…

再び本編。

シエルが王様に迫る!

「俺に聞きたいことだと?」


 シエルの問いに、王様が眉をしかめる。

 彼の問い、それが何か俺は理解していた。そしてそれは、シャムロックもリアも同じなのだろう。俺が彼女らに目配せすると、彼女らは俺に小さく頷いてみせたのだった。


 彼が尋ねること、それは間違いなく、「スプリングフィールド家を殺したのは王家なのか?」ということだろう。シャムロックはそんなことはないと言った。だがあの時、シエルはそのことにかなり自信を持っている様だった。


 王家が臣下の一族郎党を皆殺しにすることなどあり得るのだろうか? 確かに、シエルの失敗によって国が被った損害はあまりに甚大だった。だが、スプリングフィールド家は決して、自らの勝手な判断で勇者を選定したわけじゃないはずだ。にも拘らず、その責任を全て押しつけられるなんて、もしそれが本当だとしたらあんまりなことだと思う。


 とは言っても、俺はこの国の勇者だ。王様とはそれほど接点はないものの、俺はもう多くの人々と関わりを持ってきた。出会ってきた人は本当に素敵な人ばかりだった。そんな人たちがいるこの国の元首が、自らは責任を負わず、全てを臣下に押し付けて殺すとは思えなかった。

 

 俺が心配しているのは、例え王様が事実無根だと否定したところで、シエルが簡単に引き下がるのか、ということだった。

 彼が性根から腐った人間ではないことは、さきほどの「鉄の翼」への行動で分かったつもりだ。誰かが血を流す様な展開にならないことだけを、俺は願っていた。


「なんだ? せっかくわざわざここまで来たんだ、遠慮なく聞け」

「……では、陛下にお聞き致します。六年前、私が勇者の座を退いた後、あなたの忠臣であるスプリングフィールド家が何者かによって惨殺されたことを、あなたはご存知ですか?」


 シエルは硬い表情のまま尋ねる。すると、尋ねられた王様はすぐにその表情を曇らせた。そして、絞り出すようにこう言った。


「そんなこと、知らないわけがないだろう……? 王家を献身的に支えてきた彼らの死を、俺が忘れるわけがない……」


 そう言う王様は苦悶の表情を浮かべている。やはり、この出来事は王様にとっても相当なダメージだったんだろうか? もし殺した張本人が王家だというのなら、果たして王様はこんな表情をするだろうか? 俺にはどうもそうは思えなかった。やはり、犯人は別にいると見て間違いないと、俺は確信に近いものを抱いたのだった。

 しかし、質問をしたシエルの表情には一切変化が見られなかった。彼は王様の変化など気にした素振りも見せず、尚も質問を続けた。


「なるほど。では、質問を変えます」


 シエルは躊躇いなく言う。そして彼はついに核心へと迫った。


「彼らを殺すように指示したのは、貴方ですか?」


 その瞬間、またしても王様の様子が変わった。目の前の不届き物を噛み殺すかのように、王様からは恐ろしいほどの殺気が溢れ出していたんだ。


「今、貴様、何と言ったか……?」

「殺したのは貴方ですか? とお尋ねしました、陛下」

「貴様!! よりにもよって俺がスプリングフィールドを殺したなどと言うのか!?」


 まるで嵐の中に投げ込まれたかのような気分だった。とんでもない威圧感に、俺の全身の毛が逆立つ。シャムロックも恐怖のあまり表情を引きつらせ、リアも必死に震える腕を抑えているようだった。

 だがそれでも、シエルの様子は変わらなかった。王様の目の前にいるというのに、少しも動揺していないなど、俺には到底考えられないことだった。


「はい、そのようにお尋ねいたしました」

「お前ごとき偽りの勇者が、よくもぬけぬけとそんなことを!」

「陛下、それは今は関係ありません。それに、勘違いされているのなら申し上げますが、シャムロック王女も、騎士団の命も、全て我々の手の中にあるのです。あなたに選択肢はありません。それとも、大切な臣下を犠牲にしてここから一人逃げますか? もしそうされるのなら私は止めません。どうぞご勝手にお逃げください」


 そう言って、あろうことか彼は窓を指し示したのだ。そんな彼に、俺は唖然とするより他に無かった。

 いくら勇者を追われた身といっても、王様をここまでコケにするなんて、彼のメンタルは一体どうなっているのだろうか……? 目的を達成するためなら何だってするという、彼なりの意思表示だとでも言うのだろうか……?

 シエルのその態度を受け、王様は半ば呆れ気味に溜息をついた。そして今度は怒鳴らず、落着いた口調で言った。


「ふん、今までのお前なら、この程度の威圧でも尻尾を巻いて逃げ出していただろうに。心臓の毛でも栽培しているのか?」

「あなたのやり口はある程度熟知しておりますので。そんなことより陛下、申し訳ないのですが今はあまり談笑している時間はありません。申し訳ありませんが、俺の質問に答えてください」


 シエルがそう言うと、王様はまた大きく溜息をついた。そして憎々しげにシエルを見ながら口を開いた。

 

「ぼさけ小童こわっぱが。暖簾のれんに腕押しとはこのことだ。相変わらずお前は可愛げがない。昔からお前は俺の機嫌を取ろうとしたことは一度もなかったな」

「陛下、話を逸らさないでいただきたい! 俺もこれ以上冷静でいる自信はありません!」


 シエルが苛立ったように言う。すると王様は、僅かに唇のはたを吊り上げた。


「ふん、貴様はハナから冷静などではなかろう。無理やり抑えつけようとも血気盛んすぎるお前は既にボロを出している。しかし、まあよかろう。今回は貴様に免じて特別に答えてやる!」


 そう言って、王様はキッとシエルを睨みつけ、はっきりとこう宣言した。


「俺はお前の言うような指示を与えた覚えはない! 俺があいつらを殺しただと!? 馬鹿を申せ! どうして大切な部下を自分から手放す様なことをする必要がある!? そんなことをするのは愚か者のすることだ! 誰にそそのかされたかは知らんが、くだらん戯言に踊らされるなど、とても元勇者とは思えんな!」


 王様が玉座から立ち上がる。そして、目の前のシエルに向かって歩き出す。さすがのシエルも、そんな王様の行動に驚き、剣に手を伸ばした。だが王様は立ち止まらない。そしてついに、王様はシエルの目と鼻の先まで迫ったのだった。シエルは王様の勢いに気圧されながらも、なんとか言葉を紡ぐ。


「だが、世間では王家がスプリングフィールド家を殺したという噂がまことしやかに囁かれている……。火のない所に煙は立たないはずだ……」

「はっ! それこそ愚か者の発想よ! この戦乱の世で、我々に不利な情報を流す人間などゴマンといる。貴様のお友達がその最たるものよ! そんな時に流れる噂話など一々信じるとは、貴様の脳みそは空っぽなのか?」


 今後は王様は大きな声で笑い声を上げた。その姿に、俺だけでなく、「鉄の翼」も目を丸くしてしまっているようだった。


 実際、王様の仰っていることはぐうの音も出ないほどの正論だった。流石は、この戦乱の世でアルカディア王国を治めているだけのことはある。


 アルカディア王国に対する誹謗中傷など、隣国のプレセアに行けばいくらだって出てくるだろうし、アルカディア王国を陥れるためならある事ない事吹聴して回る人間なんて星の数ほどいるだろう。そんなものを一々信じていたらきりがない。


 冷静に考えれば、今回の場合王家がスプリングフィールド家を見せしめに殺す必要など欠片もないはずだ。勇者召喚を主導したのが彼らだとしても、最終的な判断を下したのは議会であり、王様なのだ。にも関わらず、スプリングフィールドだけを皆殺しにするなど理にかなっていないにも程がある。


 シエルは、王様の言葉に何も返す言葉がないようだった。かなり長い沈黙ののち、彼はようやく口を開いた。


「……確かに、あなたの仰る通りかもしれない。王家が彼らを殺したなどと、どうして俺は信じてしまったんだろうか……。しかしそうなると、一体誰が、彼らの命を……?」

「それは我々も調査した。だが、何も証拠が見つからなかった。情けない話だ。大切な臣下を無残にも殺されたというのに何もできなかったのだからな。だからシエル、お前は少なくとも、その点に関しては俺のことを無能と蔑む権利はあるぞ」

「無能だなんて……。俺がそんなことを言える訳がない。そもそも俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった……。はは、どうやら俺は逆恨みをしていたようだ。自分の責任を、あなた方に押し付けようとしていたんだ……。やはり俺は、どこまでいってもダメなやつなんだな……」


 彼は踵を返す。その表情は、哀しみで満ちていた。

 彼が今回起こした行動はあまりに罪深く、非難されるべきことだ。

 だが、その奥にあった彼の心を、俺は全て否定する気にはならなかった。

 彼は辛かったんだ。悲しかったんだ。期待に応えられない自分を精一杯支えてくれた人々を自分のせいで失ったことを悔やみ続けていたんだ。だから、彼は彼女らの恨みを果たすことに躍起になっていたんだ。


 しかし、現実はそうではなかった。王家はスプリングフィールド家を殺してなどいなかった。それならば、彼女らが死んだ責任はシエルにはない。それは彼にとって悪いことではないはずだ。それでも、彼は素直にそれを嬉しいとは思わないだろう。


 王様に復讐を果たすことが、彼がスプリングフィールド家に手向けることができる唯一の花だったのだとしたら、もう彼の手に花はなくなってしまった。彼にできることは、もはや何もないのであった。


 シエルが俺たちの横を通り過ぎていく。彼は「鉄の翼」には目もくれない。やはり、彼にとってやつらはただの使い勝手のいい手駒でしかなかったのだろう。それはそうだ、彼らとシエルでは、考え方にあまりに隔たりがあるのだから。


 彼はこれからどこに行くのだろうか? このまま俺たちの前から姿を消すのだろうか? これだけの騒動を起こしたのだから落とし前はつけてほしいところだが、あんな顔をしている彼に多くを求めても仕方がない。今は彼を見送り、残っている「鉄の翼」を何とかすることを考えよう。そう思い、俺はシエルから視線を外そうとした。

 しかし、その時だった!


「このままあなたを逃がすと、お思いですか?」


 突然の声。それはシエルのいる方から聞こえた。俺が急いで振り返ると……


「ぐああ!?」


 シエルが血しぶきをあげて倒れこむのが俺の目に飛び込んできたのだ!

 俺は驚愕するも、この眼はシエルを攻撃した人間をすぐに捉えた。


「お、女の子、だと……?」


 なんとそこにいたのは、ワンピースに身を包み、そのピンク色の髪の毛を左右で結わえた小さな女の子だったのだ。

 恐るべきことに、その小さくて可憐な両手には、禍々しい刀が二本握られていたのだ。そしてそれには、シエルのものと思しき血液がべっとりと付着していた。更に、シエルの返り血が、その真っ白で綺麗なワンピースをも紅く染め上げていたのだった。

謎の少女の襲撃により倒れるシエル。彼女の目的とは一体…?

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