第34.5話 忘れ得ぬ少女へのレクイエム(story of Ciel the failed brave)(※イラストあり)
閑話休題。今回は再びシエル×フィオナ。
この話は23.5話の続きです。
「ほ、本当に、お前があのフィオナ・スプリングフィールドなのか?」
一族郎党が皆殺しにされた時、なんと遺体の内の半分しか王国には戻ってこなかった。残りの半分は魔術によって消失してしまったのか、現場には影も形も見当たらなかったのだ。消失した者の中に、確かにフィオナの名前があったことを、シエルは微かに覚えていた。
だからといって、見つかっていない者が生きているかもしれないなどという都合の良い未来を、彼は想像したりはしなかった。
なぜなら、もし彼らのうちの誰かを殺し損ねたら、犯人に関する情報が第三者に知れ渡ることになるからだ。そんなこと、犯人が許容するはずがない。
だから、彼は目の前の少女がフィオナ・スプリングフィールドであるとは俄かに信じることはできなかったのだ。
「疑い深いわね。あなた、前にあたしと会ってるじゃない? それなら分かると思うんだけど」
「そうは言ってもだな、六年前のお前と、今のお前では、あまりに違いすぎる……。前はそんなに背は高くなかったし、それに……」
「大人しかった?」
「あ、ああ、そうだ。昔のお前は引っ込み思案で、いつも姉達の後ろに隠れているような子供だった。それと比べたら、あまりにも違いすぎるからな……」
彼は言いにくそうにそう言う。フィオナは、なぜ彼が口ごもっているのか理解していた。
この六年間、どこで何をしていたかは知らないが、家族を殺され、当の本人はこんなボロボロの服を着ていれば、心中を察するのも当然だ。
彼女は今までどれほどの苦難と向かい合ってきたのだろうか? そんな苦難に立ち向かうため、彼女は強くなるより他に方法はなかったはずだ。シエルはそれを考えると、むやみやたらに彼女を問いただす気にはならなかった。
フィオナはそんな彼の気持ちを理解していた。世間一般じゃどうしようもないダメ勇者と言われていた彼だが、その実とても優しい心根の男であったことを、彼女は改めて思い出していたのである。
「あなたは、変わっていないのね」
「ああ、俺はあの時と同じ、腑抜けで馬鹿な男のままさ」
シエルは自嘲気味に笑う。すると、今度はフィオナが少し怒ったような口調で言った。
「そんな風に言わないで。あなたを信じた人がいたのよ? あなたが自身を否定したら、その人たちの想いまで否定することになる。そんなこと、あたしは許さない。お姉ちゃんたちの想いまでは、あなたに否定して欲しくない」
フィオナはキツイ視線をシエルに向ける。
「……悪かった。この六年ですっかり後ろ向きになってしまってな」
そう言って、彼は初めて優しい笑顔をフィオナに向けた。こんな顔をしたのは、一体いつ以来だろうと彼は思ったが、敢えて言葉に出すことはしなかった。
「ところで、どうして今になって俺の元に出てきてくれたんだ? 隠れていたのは理由があったからだろうに」
「時が来たからよ」
「時が来た?」
シエルは不可解な回答に対しておうむ返しで尋ねる。それに対し、フィオナが答える。
「あたしたち『鉄の翼』は王家へ復讐するための準備をこれまで整えて来た。そして、ついにその準備が完了したの。今こそあたしたちはアルカディア王家の報復を完遂するのよ」
仰々しくそう言うフィオナにシエルは目を丸くする。あまりにとんでもないことをあっさり言った彼女に向ける言葉が出てこない。
「鉄の翼」。それは世間を騒がしている危険な集団であると彼は認識していた。長く続く戦争のせいで、国内では閉塞感が漂い、方々で不満が噴出していることは周知の事実だ。
組織の頭であるカイル・アシュクロフトはそんな人々の不満を利用し国家転覆を考えているとのことだが、彼はそんなカイルの考えには到底賛同できないと思っていた。
武装組織など、所詮は大した主義主張もないくせに、自分自身の憂さ晴らしをするためだけに徒党を組むような烏合の衆でしかない。そんな人間を利用し、正義のかけらもない彼の利己的な国家建設などまるで現実味がない。誇大妄想も大概にしろとすら彼は思っていたのだ。
そんな胡散臭い組織に、あのフィオナ・スプリングフィールドが所属している。あまつさえ、彼女は真面目に国家転覆を考えている。彼女自身が、王家を支える忠臣の一族の出身だというのに。
しかし、シエルは彼女がなぜそんな想いを抱くのか、当然ながら理解していたのだ。
王家が、スプリングフィールド家を皆殺しにしたという噂は、事件発生当初からあったものだ。馬鹿な、あり得ない、とシエルは最初こそ思ったものの、それを否定できるほどの証拠も彼は持ち合わせていなかった。
実際、それほどシエルの失敗は重大な事態であり、それを主導したスプリングフィールド家の責任は大きいものであった。
「君はなぜ、あの組織にいるんだ?」
分かりきっていたが、彼は尋ねずにはいられなかった。
「そんなこと決まっているでしょ……? 家族を、大切な人たちを、皆殺しにしたやつらに、復讐するためよ」
フィオナはその憎しみを隠すことなく言う。やはり復讐か、と彼は思う。彼自身、そんな感情がなかった訳ではなかった。根本的な原因は自分であったとしても、それがペトラたちが無残にも殺される理由にはならない。だから当初彼は、彼女らを殺した犯人を見つけ出し殺してやりたいと思っていた。
だが、それをしたところで、彼に一体何が残ると言うのだろうか? そしてそもそも、そんなことをしたところでペトラは喜ぶだろうか?
彼女は、そんなことをしても決して喜びはしない。そう思ったからこそ、彼は復讐を思いとどまった。だからこそ、復讐よりも彼女らの御霊のために祈りを捧げようと、彼は思ったのである。
しかし、だからといって、彼が目の前の少女に、「復讐をしたってお姉さんは喜ばない」、と言うことは絶対的な正解なのだろうか? 彼は、それが正しいとは思えなかった。
片や、お世話になった人たちと、恋人。片や、血のつながりのある肉親。果たして、それは等価だろうか? 失った重みは、天秤は、彼と彼女は釣り合うのだろうか?
釣り合う、とフィオナに言う自信はシエルにはなかった。だからこそ間違っているかもしれないとは思いながらも、彼はフィオナを止めることができなかったのだ。
「それで、君は俺に何を求めるんだ?」
ようやく、彼は絞り出すようにフィオナにそう尋ねた。
「あたしを手伝って」
「俺に王を殺せとでも言うのか?」
「そうじゃない。殺すのはあたし。あなたは、その補助をしてくれればいい」
「簡単に言ってくれる……。もしそれが上手くいったら、俺だって同罪だ。直接手を掛けたかどうかは関係ない。殺す意思があれば、それはもう充分人殺しだ」
「じゃあ逃げるの? お姉ちゃんの恋人だったくせに、仇をみすみす見逃すの?」
フィオナの口調が詰問調になる。それでもシエルは冷静さを欠かないように努める。
「王が、王家が彼女らを殺したという証拠は、ない……。噂話だけで、人が殺せるか……」
フィオナの気持ちを考えれば、本当は彼は彼女を手伝ってやりたかった。だが流石に事が事だ。人殺しが怖い訳ではなく、証拠もないのに国家の元首を殺したとあれば、それこそとんでもないことになるとシエルは考えたのだ。そうなれば、フィオナだってきっと逃げきれない。きっと国民に捕まって八つ裂きにされるだろう。そんなことを、彼は許容できるはずがなかった。
「それじゃ、確証さえ持てればいいのね……?」
「なんだと? そんなこと、一体どうやって……」
「簡単なことよ。王様に、直接聞いてみればいいのよ」
軽い口調でフィオナはそう言う。シエルは、それこそ馬鹿げていると思った。尋ねたところで王が答える訳もないし、そもそも一体どうやって王の元へ行くと言うのだろうか? 彼は国を敗北に導いた大罪人だ。王の元へ行くどころか城の敷地を踏むことすらできないだろう。そんな人間に、どうやってそんなことができると言うのだろうか?
「今回の作戦に参加すればそれもできるわ。あたしたちの力があれば、あなたが王様の元へ行く事は十分可能よ」
「……一体、お前たちは何をするつもりなんだ?」
「城を落とすわ」
「な!? お、おい! お前正気か!?」
フィオナは何の躊躇いもなくそう言った。まるで近くのコンビニに買い物にでも行くくらいの感覚で、彼女は城を落とすと言ってのけた。彼は流石にフィオナの正気を疑った。
「カイル・アシュクロフトたちに何を言われたかは知らんが、あまり自分の力を過信しない方がいい。妄想と願望くらい、分けていた方が身のためだぞ」
「あなたこそ視野が狭すぎると思うわ。あたしたちの志に賛同する人間が、世界にどれくらいいると思っているの? 既に準備は整っているのよ。人員も、武器も、魔術も、決して騎士団に負けることはないわ……」
鬼気迫るフィオナの様子にたじろぐシエル。果たして、彼女の言っていることは本当に妄想と言えるのだろうかと、自信に満ち溢れたフィオナを見ていると、彼自身は徐々にその自信を失っていってしまったのだった。
「知りたいと思わない?」
「な、何をだ……?」
「とぼけないでよ。そんなの、王家があたしたちを皆殺しにしようとしたという事実に決まっているじゃない! あたしたちなら、王を揺さぶり、事実を問いただすことができる。協力してくれれば、あなたは真実を知ることができる。あなたの恋人が、最期に見た景色を知ることができるのよ」
その言葉に、シエルの心は大きく揺さぶられた。ペトラが最期に見た光景。もし、彼女が王家に殺されたと言うのなら、彼女にとってこれほど辛いことはないだろう。彼女が信じた人に裏切られ死んだのなら、彼は事実を知るべきではないだろうか? 無知なままでは、本当の意味で彼女らの御霊に寄りそうことはできない。いつしか彼はそう思い始めていたのだった。
「だからお願い! お姉ちゃんの心を癒やすためにも、この作戦に協力して! あなたがこの作戦に加わってくれれば、あたしたちが城を落とせる可能性は格段に上がる。そうすれば、真実に近づくことができるの! だから……」
フィオナはいつしか涙を流していた。強がって、大人ぶってはいたものの、家族のことを強く思えば、色んな感情が溢れ出してくることは自然の道理だ。それを見て、シエルの心は決まった。「鉄の翼」に協力して、苦しんでいる目の前の少女の心を救う。そして、ペトラを本当の意味で癒やすために、真実を知る。
そのために彼は、全てを犠牲にしてでも、この作戦に協力することを決めたのだった。
「分かった」
「ほ、本当!?」
「ああ。だから、もう泣くな」
「う、うん……」
フィオナは泣き笑いの表情でシエルを見つめる。シエルは、今のフィオナに、ペトラの面影を重ねた。しばらくして、彼が言った。
「それじゃ、『鉄の翼』とやらの所に連れていってくれ。作戦を成功させるために、ある程度は俺の言うことを聞いてもらうからな」
「分かってる。あなたがいれば怖いものなしよ。さ、早く!」
フィオナがシエルの手を引く。まるで遊園地に連れて来てもらった子供の様だと彼は思った。
フィオナはよほど嬉しいのか、彼を置いてどんどん先の方に走っていってしまう。その姿を見て、彼は独り呟いた。
「ペトラ、本当にこれで、良かったんだよな……?」
自分のことはいい。自分はどうなっても構わない。それでも、ペトラの妹を誤った道に彼自身が導こうとしているのではないかと、彼は思った。それでも、彼はペトラの最期を知りたかった。彼をこの世に唯一繋ぎとめてきたものが、彼女という存在であったのだから。
「シエル! 早く早く!」
「ああ! 今行く!」
フィオナの呼びかけに彼が答える。そして彼は、再び一歩を踏み出したのだった。
次回は本編です。




