第33話 彼女の実力
果たしてシャムロックの実力の程は…
今起こっていることが信じられなかった。
次々と倒れていく「鉄の翼」。銀色の剣士が流れるような速さで城内を駆け回り、向かってくる敵を悉く斬り伏せていく。
これがあのシャムロックなのか……? 普段の物腰の柔らかな彼女のイメージと、今の彼女の姿がリンクしない。
「ば、馬鹿な……?」
目の前の光景にシエルも驚きを隠さない。
シエルが出るほどでもないと踏んだ取り巻きたちが、シャムロックに勝負を挑んだのがほんの五分ほど前。今やその多くがシャムロックの刀のサビとなっていた。
圧倒的とはまさにこのことだ。彼女の戦闘力は俺やアオイに迫るものがある。こんな強さを秘めているなんて、一体誰が考えるだろうか?
「お、お前は、一体、何者だ……?」
シエルが思わずそう尋ねたのも頷ける。こんな光景を素直に信じろという方が無理というものだ。
「あら、わたしをお忘れですか? いいでしょう。改めて自己紹介させていただきます」
そう言って彼女は、驚愕の表情を浮かべたままのシエルの前に躍り出る。そして剣を鞘に収め、こう言った。
「わたしは、アルカディア王国第一王位継承者、シャムロック・ルツ・アルカディアと申します。わたしの命よりも大切な親衛隊並びに騎士団が命の危機に瀕しているこの状況に居ても立っても居られず、わたし自ら出向いた次第でございます」
その瞬間、シャムロックの目つきが変わる。普段の彼女らしい柔和なものではなく、憎むべき敵を射殺さんとする鋭い眼となる。そして彼女は、再び剣を抜き、切っ先をシエルに向けて言った。
「彼女たちを傷付けたあなたを、わたしは絶対に許しません。あなたが誰であるかはもはや関係ありません。今のあなたは、わたしにとって倒すべき敵です。絶対に容赦はしない。覚悟しなさい、シエル!」
彼女の一言一言が、津波のように彼を飲み込んでいく。シャムロックの表情は、今や鬼神のそれだった。いくらシエルであっても、彼女に敵うことは並大抵ではないと思われた。
今のシャムロックであれば、シエルを止められる。その内に俺たちがあっちに駆け付けることができれば、一気に形勢は逆転する。そうなれば、この戦いは勝てるかもしれないと俺は思った。
「ハルト!」
アオイが俺の元にやって来る。敵が粘着質に張り付いていたせいで彼女はかなり息があがっているようだったが、どうやらその敵を彼女はほとんど退けてしまったらしい。相変わらず、彼女の実力にも底がないと俺は改めて思った。
アオイは俺と背中合わせの状態になる。その状態で彼女が言った。
「敵の数が減ってきたわ。もうちょいこいつらを蹴散らせたら空間跳躍であっちに行けるわ」
「うん。それよりも大丈夫? かなり辛そうだけど……」
「そりゃ、これだけ集中狙いされたらキツいわよ……」
俺たちが話している間も敵はこちらに魔力弾を飛ばして来る。俺はくるりとアオイと入れ替わり、それをフェロニカで弾き飛ばす。
「さんきゅ。それよりも、姫様が戦えたなんて、あんた知ってた?」
「まさか……。俺だって初耳だよ」
「だよね。シエルと互角以上にやりあってもらえるのはありがたいけど、もしものことがあったら大変よね……。早く助けに行かない、と!」
アオイが凶器を向けてくる「鉄の翼」をローレライで殴り飛ばす。実際、アオイの言う通りだ。いくら強いと言っても、何かの間違いで怪我をする可能性は十分にあるし、最悪命を落とす可能性だってある。もし、王女である彼女にもしものことがあれば、この国に与える影響は計り知れない。それにそんなことになったら、俺だって耐えられる自信はない。俺にとって彼女はそれ程までに大切な存在なんだ。
俺は再び意識を城内に向ける。シャムロックが走り、シエルに突っ込んでいく。シエルも決死の表情で彼女の攻撃を受ける。スピードで勝るシャムロックだったが、やはり性別の差か、パワーではシエルを上回ることはできていないようだった。
「お姫様ふぜいが、しゃしゃり出るんじゃない!」
「そんなことは、関係ありません!」
それはまさに死闘だった。互いが一歩も譲らない。
かつて、シエルはその特性を活かし、護りを固めて持久戦に持ち込む戦術を得意とした。だがその反面、彼はその特性に頼りきり、攻撃面はあまり群を抜いた技を持っていた訳ではなかった。
決して訓練を怠っていた訳じゃない。単純なことだ。彼には魔術や剣術で歴代の勇者に並ぶほどの才能がなかっただけだったのだ。それでも、彼は必死に努力を重ね、アルカディア王国では彼の右に出る者はいないほどの実力者となった。だが、彼がそこまで上り詰めることができたのは、単純に訓練を重ねたからというだけではない。
「やはり、やつは”先読み”の能力を使っています! ほんの一瞬先の姫様の攻撃を読み、寸での所で交わしているのです!」
セレスティアが憎々しげにそう言う。そうなんだ。彼の真骨頂は二つ目の特殊能力にある。”先読み”。ある意味、それが彼という人間のほとんど全てと言っても過言ではなかった。
読めるのは、ほんの一瞬先の未来だ。それより更に先を読むには、魔力を貯める時間が必要なのだ。だが戦闘においてそんな時間をもうけることは実質的には不可能だ。故に彼が読めるのはほんの一瞬先にしか過ぎない。それでも、類まれなる運動神経を持つ彼にはそれで十分だったのだ。
その力を、今も彼はフル活用している。スピードも技術もシャムロックが上なのに、彼女がシエルに攻撃を食らわせられない理由がそれだ。
彼女はそれは分かっているのだろうが、どうにもできないというのが正直なところなのだろう。
埒が明かないと思ったのか、シャムロックは一度シエルから距離を取った。そしてその位置から彼に言った。
「流石ですね。あなたのその力、分かっていても崩すのは一苦労です」
「ふん。俺はこの力で今までやって来たんだ。簡単に崩される様なら、勇者としてやっていくことなど……」
「ですがそれはもう過去のことです。あなたにはもう勇者の資格はありません。それに実力も、残念ながら今の勇者様と比べると数段劣りますね。スプリングフィールド家は、やはり見る目がなかったのでしょうね」
「なんだと……?」
シャムロックの思わぬ挑発にシエルが凄む。だが、一方のシャムロックは涼しい顔のままだ。
「たかが小娘に、一体何が分かる?」
「いいえ、あなたのことは分かりませんし、それにあまり分かりたくもないですね。ですが、今の勇者様のことなら分かります。彼女は強いだけじゃない。日々の努力を欠かしませんし、戦術も豊富です。そして本当にお優しい方です。あなたにはないものを、彼女は沢山持っているのです。もし彼女が六年前から今と同じ実力を持っていたなら、選ばれたのはあなたではなく彼女だったでしょう。あなたを選んだ結果、誰一人幸福になれた者はいないのですからね」
シャムロックの挑発は尚続く。スプリングフィールドや、彼の勇者時代のトラウマを抉るのはなかなか勇気がいることだ。だが、今のシャムロックに一切の迷いがない。彼女は確実に彼の急所を狙っている。
ついに限界に達したか、彼やスプリングフィールドを否定し続けるシャムロックをシエルは睨みつけ、声を荒げた。
「黙れ! これ以上余計なことを言うのなら、いくら王女であろうと斬る!」
「斬れるなら、最初からやっているはず。我々やペトラさんにしたように、平気で人を裏切るような人は、一生ハルカ様には近づけない!」
「黙れと言っている!!」
シエルの怒声が響き渡る。ついに彼の我慢も限界を突破したようだ。彼はシャムロックに向かって猛進する! 彼のあまりの剣幕に俺は恐怖する。だが、それでも彼女の表情は変わらない。瞬間、彼女の姿が消える! 今いたはずの場所に彼女がいない! 一体どこにいったんだ!? と思っていると……
「こちらです」
「な……!?」
突如シエルの背後に彼女が現れ、彼の背中に一太刀入れてみせたのだ! それでも、彼は寸での所でそれが致命傷になるのを回避した。
「な、なぜ、急に俺の背後に……?」
「さて、なぜですかね? まあ、あなたのような力のない方にはお分かりにならないと思いますが」
「い、言わせておけば!」
またしてもシャムロックの挑発に乗るシエル。かつて彼が勇者だった頃も、彼には血気盛んな一面があったらしい。それが原因で、騎士団上層部と対立し、意志疎通が上手くいかなかったという話もあるくらいだ。シャムロックは巧みに彼の性格を利用し、こんな戦術を取っている。この状態でそこまで冷静でいられる彼女に俺は驚愕するより他に無かった。
「はあああああ! ……な、なに!?」
またしても、シエルの剣筋は空を描く。そして彼の死角に現れたシャムロックは、シエルに容赦のない一撃を食らわせる。
「うぐあああ!?」
彼の肩を彼女の刃が切り裂き、血が吹き出る。斬り落とすまではいかなかったが、傷を負ったことで攻撃が鈍くなる可能性は十分にある。これは大きな一撃だと俺は思った。
「き、貴様……」
「すみません。わたしも、あまり人を怒らせることは好きではないのですが……」
「貴様、まさか、時間を止められるのか……?」
俺たちはその言葉に思わず耳を疑う。
「さて、何のことでしょうか? そんなことができる人がいるとは思いませんが」
「シラを切るな。思考をかき乱し、先読みを使わせなくしただけで、あそこまで後ろを取られることがある訳がない……」
シエルは右腕を抑えている。指の隙間から鮮血が滴り落ちる。どうやら、シャムロックの優勢は間違いなさそうだ。これならいける! シャムロックが本当に時間を止められるのかは分からないが、今なら絶対にいける! 俺にはそう確信に近いものがあった。
「さて、その怪我ではもう厳しいはずです。降伏するなら命はお助けします。ですから、剣を置いてください。さもなければ……」
だが、その時だった。
「待て王女よ! こいつの命がどうなっても構わないのか!?」
「鉄の翼」の取り巻きがシャムロックに見せたもの、それは、顔を痣だらけにし、ぐったりとしてしまっているセレスティア専属メイドのフランチェスカさんだった。彼女の服は無残にもビリビリに破られ、所々肌が露出してしまっていた。
「フランチェスカ!? な、なんてことをするのですか!?」
「静かにするんだ王女! これ以上反抗するようなら、こいつの命の保障はしないぞ。そうだな、殺す前に、好きなだけ犯してやってもいいな。これだけスタイルの良い女を犯せるなんて、最高だろうからな!」
「こ、この、外道が……」
ゲスな笑みを浮かべる「鉄の翼」。
卑劣な要求に、シャムロックは立ち尽くすしかなかったのだった……。
卑劣な「鉄の翼」!
シャムロックは一体どうする!?
続きます!




