第32話 銀色の剣士(※イラストあり)
「これ以上は進ませないネ! ゾンネ・ブリッツ!」
鬼気迫る表情のリアがロッド「ディートリント」から強烈な閃光を放つ。すると眩い光が辺りを包み、アルカディア城を蹂躙しようとする敵の目を潰しにかかろうとする。
「何度やっても無駄だ。『魔術封じ』!」
だが、かつてこの国で誰よりも強い存在であった男、シエルは自身の固有スキルである抗魔術属性により、高ランクの魔術師であるリアの魔術すらもあっさりと無効化してしまった。
リアの得意技は炎魔術による連続攻撃だ。素早い身のこなしから繰り出される火球の嵐は大方の人間であれば簡単に避けれられるものではないはずだ。だが今のリアでは、周りの「鉄の翼」には攻撃が通じたとしても、シエル自身にはその攻撃を通す手段は無いに等しい状況となっていた。
アルカディア城を守る親衛隊第三分隊の主柱であるリアのお家芸が通じないのであれば、シエルの足止めはかなり難しいものになってしまうのは当然のことと言えた。
「君も本当に懲りないな、リア。俺に君の攻撃は通じない。さっきから言っている通り、降服し捕虜となるのなら命の保障はしよう。もちろん、シャムロック王女たちの命もだ。俺は無駄な殺生はしたくない。だから早く、武器を置くんだ」
シエルは極力声色を柔らかくしてそう言った。だが、それでもリアは一歩も退く様子はない。リアは憎々しげにシエルに吠えた。
「う、うるさいネ! 誰が、お前なんかに、投降なんてするデスか!? 防がれたって、何度だってやって……」
しかしそんなリアをある人物が制止した。それは同じく親衛隊所属のカミラ・ブラッドフォードだった。彼女は長い髪の毛をポニーテールにした長身の女性であり、いつもその高い身長と同じくらいの長い剣を携えている武人であった。カミラは魔術は不得手だったが、その代わり剣術に関しては親衛隊内でもトップを争うほどの腕前であった。
「リア、もうあなたは下がっていなさい」
「カミラ!? ワタシの邪魔は止めるネ! あいつはアナタ一人では倒せないネ!」
「ロクに攻撃を通せない今のあなたには言われたくないです。魔術しか能がないあなたより、純粋に技を磨いてきた私の方が有能であることをあなたに見せてあげます。あなたは、そこで指をくわえて私の活躍を見ていなさい!」
そう言って、カミラはシエルの前に躍り出た。実際、シエルにまともに攻撃の通らないリアの代わりにシエルの進行を止めていたのはこのカミラであった。しかし、カミラもシエルの猛攻を受け、既に全身傷だらけであった。それでも彼女は、武術に秀でているブラッドフォード家のプライドか、どんなに痛みがあっても決して立ち止まることはなかった。
『カミラ! これ以上はいくら君でも無理だ! このままでは、本当に命を落とすぞ!』
俺は正直、逃げることは恥ではないと思った。命あっての物種だ。シエルが捕虜の命を救うというのなら、投降することもやむを得ないと思ったくらいだったからだ。だが、カミラを首を横に振った。
『ハルトさん、あなたは優しいからそう言ってくださると思いますが、王家を護る家柄に生まれた者として、王家を見捨てて生き長らえられることは、私の存在価値を否定することと同義なのです……。だから、私は退けません! 例え彼に敗れ、命を落とすことになったとしても!』
カミラの覚悟は、俺ぐらいでは揺るがすことはできなほど強固なものだった。リアもそんな彼女を前にして、もはや唇を噛んで下を向くことしかできないでいた。
今すぐ駆け付け、彼女たちを助けたいのに、このまま見殺しになんてできないのに、何もできないことがもどかしくて仕方がなかった。
アオイも、すぐにでも「あおいの糸」で、リアたちの元へ跳躍したいのだろうが、さっきからアオイをしつこく狙う敵にその猶予を与えてもらえないでいる。恐らく奴らも、俺たちのことをかなり研究しているのだろう……。
カミラが長剣を構える。命の保障をすると言ったシエルも、死を覚悟し向かってこようとするカミラを前に、その表情を一段と厳しくした。もはや、手心を加えるつまりはないことを、その表情が物語っていたのだった。
「はああ!」
カミラが長剣を振るい、シエルの持つ剣と交差する。彼はかつて歴代の男性の勇者が愛用していた剣「テオドゥルフ」を所持していたが、勇者の任を解かれてからはそれを手放していた。だから、彼が持っているものは至って普通の剣士の剣であった。それでも、かつて勇者として戦場を駆けていた彼はカミラの剣を少しも恐れることなく受けている。四年以上のブランクがあったはずなのに、やはり彼の実力は相当なものであった。
真正面からの魔術攻撃が通じない以上、勝負を決するのは純粋な剣技のみだ。だが、カミラは既にかなりの傷を負っている。ほとんど無傷の状態の彼とでは、こちらの分が悪いのは明らかだった。
「ずあああ!」
カミラがバランスを崩したほんの一瞬をつき、シエルは渾身の一撃を叩きこんだ。剣を握る力が弱くなっていたこともあり、カミラはその攻撃を防ぎきることができず剣を手放してしまった。
カミラの剣が落下し、地面を滑る。武器を失った彼女は完全なる丸腰だ。そんな彼女に対し、シエルは躊躇うことなく剣を振りかぶった。
死ぬ!? 殺される!? 通信を介しこの状況を見ていた誰もがそう思っただろう。実際、カミラももはやこれまでと思ったのか、その目を固く瞑っていたくらいだったからだ。
だから、ここでそんな音が鳴り響くことは当然誰も想定していなかった。
それはもちろん、剣を振るったシエルでさえ、まったくもって予想外なことだっただろう。
金属同士が激しく衝突する音が辺りに響き渡る。
そこにいる誰もが、もちろん俺も、あまりに驚くべきことに言葉を失っていた。
現れたのは剣士だった。だが、それは俺でも、ましてやカミラでもない。
銀色の美しい髪の毛を左右で結え、白っぽいワンピース型の衣装をまとい、両腕には銀色の鎧、そして右手には細身の剣が握られている。
「ば、馬鹿な……? なぜ、あなたがここに……?」
その人物の登場に、流石のシエルも驚きを隠せない。すると、そんな彼に向かってその人物は言った。
「シエル様、今は戦いの最中です。そんな風に、油断なさるのは……いただけませんね!」
怒声を上げ、その人物は剣を振るう。まだ混乱の収まらないシエルはその攻撃を受けると、衝撃を緩和するために後方へと下がった。
「ど、どうして、あなたガ……?」
「リア、大丈夫ですか? 怖い思いをさせてしまいましたね」
「そ、そんなことよりも、その、格好ハ……?」
リアの問いかけに、その人は苦笑いを浮かべる。
「あ、これですか? 戦士らしい格好と思って作ってみたんですが、少し違いましたかね? わたし、あまりお裁縫は得意ではなくてですね……」
しかし、そんな二人に対しシエルは声を荒げて言った。
「ちょっと待ってください! まだあなたは俺の質問に応えていない! それにお言葉を返すようですが、ここは今戦場の真っただ中です。仲良く談笑などしている場合ではないはずだ!」
シエルが最大限にその人物を睨みつける。すると、その人はリアに向けていた笑顔を消し、再び険しい表情をシエルに向けた。
もはや、その人物が誰かは疑いようもない。初めこそ、俺は他人の空似かとも思ったが、あれは絶対に違う。俺があの子を見間違えるはずはない。
ハルカの代わりでしかない自分を強く意識して落ち込んでいた俺を、優しい心で癒してくれた少女。数日前、不本意ながらも、ベッドを共にしたあの少女。魔力が不足し、俺が魔力の供給を行った少女。そして、そのお礼として俺にキスをしてくれた、あの愛らしい少女。そう、見間違えるはずはない! それは確かに俺の大切なあの子だ!
「シャムロック王女! ここはあなたの様な方が出てくるところではない! ふざけた真似はよして、早く自分の部屋に戻って、この戦いが終わるのを待っていてください!」
それはやはり、シャムロックであった。彼女は俺がこの世界で初めて出会った人だ。彼女は王女で、色んな人から慕われ、そして護られてきた。そして俺自身も、彼女のことは全力で護ってあげたいと思っていた。
その少女が、なぜか戦場に立っていた。しかも、鎧を纏い、剣をその右手に携えている。これは一体何の冗談だ? シャムロックが戦えるはずがない。だって彼女は、魔力が不足する病気なんだ。そんな少女が一体どうやって、かつての勇者と戦うと言うのだろうか?
『シャムロック!!』
俺はもはや、いても立っても居られなかった。
『あ、ハルト様! ご無事だったのですね』
シャムロックはいつもの笑顔で俺にそう言った。だが、その自然さが逆に俺を動揺させる。
『ご無事だったのですね、じゃないよ! どうして君がそんな所にいるんだ!? それに、その剣は、その鎧は何!?』
『ごめんなさい。このことを、あなたに黙っていたのは、謝ります……』
シャムロックが泣きそうな表情になる。あーもう、ここでそれは反則だって……。動揺していたとはいえ、思わず声を荒げてしまったことを俺は後悔せざるを得なかった。
『ですが、今はそうも言っていられません。我が城の……いや、心から大切な皆さんの命の危機だと言うのに、手をこまねいて見ているだけという訳には参りません! どこまで力になれるかは分かりませんが、いつも護っていただいている分、今はわたしが皆さんを護ると決めたのです』
彼女のその表情が、決意を秘めたものへと変わる。もはや、俺に彼女を止める資格などないことは明らかだった。
尚驚いたままのリアやカミラ、そして数名の騎士団員を背に、シャムロックは再びシエルたち「鉄の翼」と相対する。驚いた様子であったシエルも、彼女が本当に戦うつもりであることを理解すると、真剣な表情で彼女と向き合った。
窮地に駆けつけたのは、なんとシャムロックだった!?
続きます!




