第30話 戦場の姫君
あれから何度か「鉄の翼」の妨害にあったものの、俺たちはそれぞれの力をフル活用し、なんとか一人も脱落することなく城へと辿り着いた。
魔術を妨害していた結界の内部に侵入できたことで、セレスティアの通信魔術が使用可能となり、リアとの通信も再び可能となった。だが、肝心のリアは俺たちと悠長に会話をする余裕はなさそうだった。
脳内に映る彼女は、なんとあの男、元勇者シエルと対峙していたのだ。リアの周りには、同じく親衛隊の内の一人であるカミラ・ブラッドフォードと数名のアルカディア騎士団員しかいない。彼女が危機に晒されているのは一目瞭然だった。
いくら敵の数が多かろうと、俺たちの行く手を阻むことはできない。だが、今俺たちの前に立ちふさがっている人物はそうではなかった。
目の前の女は、胸元がざっくり開き、今にもトップが見えてしまいそうなほど過激なドレスの様な衣装を身に付けている。それは、武装組織の一員というより、どこぞの国のお姫様といった感じである。長い金髪は艶やかであり、手入れがよく行き届いているように思える。そしてその顔は彫りが深く、十人中十人が美しいと思うであろうほど整っており、その金色の瞳はキラキラと輝きを放ち俺たちをまっすぐ見つめていた。
「な、何よ、あいつ……」
この戦場に明らかに似つかわしくない人物の登場に、露骨に嫌悪感を表すアオイ。すると、その女が言った。
「わらわの美しさに嫉妬しておるのか? 薄汚いメスザルよ」
「はあ!? ってかそもそもあんた誰よ!?」
「見て分からぬか? わらわは『鉄の翼』の誇り高き魔術師である。名を、アイギス・ワイズマンと申す」
アイギスと名乗った女は、自分のペースを全く崩さずに言葉を紡ぐ。
「見て分かる訳ないでしょ! そんなエロいカッコして戦うつもり!?」
「エロいとは、実に低俗なり。流石はメスザル」
「な!? こんの、変態女があああ!?」
「落ち着けってアオイ!」
即行で挑発に乗るアオイ。駄目だ、このままでは敵の思うつぼだ。吠え続けるアオイをセレスティアに任せ、俺はアイギスと相対する。フードなどでその身を隠す大方の「鉄の翼」とは違い、呆れるほどに堂々と煌びやかな格好でいるのは、ただの馬鹿なのか、それともとんでもなく胆が据わっているのか、正直今は掴めていない。だが、相対しているだけで分かることがある。それは、目の前の魔術師は、”とんでもなく強敵である”ということだ。
今まで、「鉄の翼」にここまでの魔力を有する魔術師は、例の少女の他にいなかった。恐らく、彼女はこの戦いのために温存していた隠し玉なのだろう。格好に油断したら痛い目を見るのは間違いない。
「そんなにわらわのことを見つめて、もしかして、わらわに惚れてしまったのかの?」
「悪いけど、あなたは私のタイプじゃないわ」
「あら、つまらないですわね。そなたのかんばせ、わらわはそこそこ好みなのだがの。人形のように美しい。まあ、わらわより少し劣るがの」
アイギスが笑う。口元を袖で隠しており、その仕草は上品と思えるものだった。
「くだらないお喋りはここまでよ。いいからそこをどきなさい」
「おや、随分と無粋な物言いだこと……。流石は、腐った国家が連れてきた勇者だけのことはあるわ」
俺を見るアイギスの目が、まるで薄汚い物でも見るような目に変わる。彼女の言葉からも分かる通り、彼女のアルカディア王国に対する嫌悪は相当なようだ。俺は思わずこう尋ねた。
「あなたは、いや、あなたたちは、どうしてそこまで私たちのことを憎むの?」
だが、アイギスは俺への嫌悪感を隠さずに、ハッキリとこう言った。
「ふん、ほんの少し前にここに来た様な部外者には関係のないことですわ。わらわは、そなたたちを殺すために、今までこの爪を研いできた。そなた如き小娘に、遅れをとることなどあり得ない」
アイギスが取り出しのは、俺のフェロニカと同じくらいの大きさの剣だった。それは雷のようにギザギザとした形状をしており、極めて殺傷能力が高そうな得物であった。
見た目に似合わず、彼女は剣士だったのかと、俺は素直に驚いた。
アルカディア王国とプレセアとの長引く戦争で、お互いの国の多くの人間が傷付いた。彼女の言動から察するに、もしかしたら、彼女もそういった人々の内の一人なのかもしれない。
だがそうだとしても、俺はアルカディア王国の勇者だ。私情は挟んでいられない。それに今は仲間たちがピンチなんだ。彼女たちを見捨てるほど、俺たちは薄情じゃないし、これしきの相手を突破出来ないほど柔でもない。
俺もフェロニカを抜く。それに倣い、各々もその手に武器を出現させる。
「来るか、勇者ハルカよ!」
アイギスを囲むように、「鉄の翼」が集結する。どれも、今までの雑魚とは違う、確かな実力を持った魔術師であった。
「勇者の相手はわらわがする! お前たちは他の者を倒せ!」
アイギスの指示に首肯し、一気に飛びかかる「鉄の翼」。
「来ますよ! 全員心してかかりなさい!」
セレスティアの号令に対し「おお!」と威勢のいい声を上げるアオイ達。かくして、激戦の火ぶたが切って落とされた!
俺は不敵な笑みを浮かべているアイギスと相対する。彼女の実力は未知数だ。まずは相手の手の内を探ろう。俺はそう思い、フェロニカを構えた。すると不意にアイギスが言う。
「先程は暴言を吐いてしまったが、やはり剣を持つそなたは実に勇ましく、そして美しい。そなたが、勇者などでなければ、わらわの愛玩具にしたものを……」
そう言って、アイギスがそのギザギザの剣を俺に向けた。そしてそれが合図だった。アイギスが走りだす! それとほぼ同時に俺も地面を蹴り、刃を振るった。
ガキッ! と、剣が交差する金属音が鳴り響く。あれだけ重そうな衣装を纏っているのに、彼女はかなりの俊敏さを誇っている。そして、あの物腰からは考えられないほどの重い一撃を俺にお見舞いした。
だが、所詮はそこらの剣士と比較すれば実力はあるという程度のことだ。油断する訳ではないが、俺が絶対に勝てないと、膝をついてしまいたくなるほどの剣の実力は持っていないと、俺は思った。それでも、他にどんな力を使って来るかが分からない以上、下手に動くのは危険だ。だから俺は、まずは彼女の攻撃を見極めることにしたのだった。
しばらく、アイギスと俺は互いの剣を激しく衝突させ合った。飛び散る火花。重い攻撃に手がしびれる。だがそれもほんの一瞬だ。スピードで俺が彼女に遅れを取ることはない。
「はああ!」
「ぐっ!?」
ずっと余裕を見せていたアイギスに初めて動揺の様なものが見える。俺がスピードを上げたことに驚いているようだ。しかしこの程度で驚かれては困る。俺は更にギアを上げていく。
「くっ! そなた! 何て! 速さ! なのかしら!」
確実に押しているのは俺だった。それでもアイギスはそのスピードに付いてくる。あと一歩で彼女に傷を入れられそうな気がするのに、それがなかなかできないことがもどかしい。このまま剣の勝負だけでは埒が明かない。やはり魔術を織り交ぜていく必要がありそうだ。
俺は攻撃方法を切り替えるために、一度彼女から距離を取ることにした。
「おや、やめてしまうのか? せっかく、そなたの華麗な剣技を堪能していたというのに……。それにしても、そなたの剣の腕は本当に凄い。このわらわが、剣の勝負で何もできないとは」
実力的にも、俺が明らかに勝っていたと言うのに、なぜかアイギスは楽しそうにそんなことを言う。なんだ? まさか何か策があるのか? でなかったら、この状況で笑うことなんてできないはずなんだが……。
「ふふふ、まあそう構えるでない。わらわは単純に、そなたの美しさに見とれてしまっていただけぞ。いいぞ、尚更そなたのことが欲しくなってきた。くくく」
また笑っている……。本当に分からない。ここまで堂々としている敵なんて俺は見たことがない。俺は更に集中力を高めようと、アイギスをキッと睨んだ。だが、その時だった。
「ハルカ! 危ない!」
「な、に!?」
突如として、左右から現れた二人の「鉄の翼」が俺の腕を掴んだのだ! アイギスにばかり意識がいっていた俺は、あまりに突然のことに反応が遅れ、あっさりと敵に拘束されてしまう。それでも、所詮は通常の魔術師に毛が生えた程度の力だ。これぐらい、すぐに振りほどいてやると思っていると……
「隙ありですわ」
「しまっ……!?」
気付いた時には、剣を振るうアイギスの姿が眼前にあった。俺は寸でのところで身体を真っ二つにされないように剣撃を交わすが、交わしきれず、切先が俺の右腕の皮膚を少し切り裂いた。それでも俺は左右の二人を「聖なる加護」で吹き飛ばし、なんとか命の危機を脱することに成功していた。
傷は負った。だが、これしきなら耐えられるレベルだ。
「まさか、あなたが仲間を使ってくるとはね。確かに良い作戦だったけど、二度目は通じないわ。もう今みたいに、上手くいくことなんて……」
「ふふ、その必要はないわ。たったの一度だけでも、そなたの隙を作れれば、それで良かったのだから……」
アイギスがニヤリと笑う。俺は何事かと思い、アイギスに切られた右腕を見る。
「なんだ、これは……?」
なんと俺の腕には、ハートで描かれた紋章の様なものが浮かびあがっていたのだ。
「まさか、これは呪詛か!?」
もしそれが呪詛であれば、俺は毒に身体を犯される羽目になる。そうなったら、回復魔術師の解毒が必要になってしまう。これは厄介なことになったと、俺が思っていると……
「違いますわ。それは呪詛などという、芸のない代物ではない。これは、そなたのような美しい人にこそ意味のある、もっと崇高なもの。ねえハルカ、何か感じないかしら? そなたの身体の奥底から、何かがせり上がってくる様な感覚を」
せり上がって来る? なんだそれは? 毒じゃないとしたら、一体何が俺の身体に……。そこまで考えて、俺は身体の異常を感じ始めていた。それは確かに、身体が麻痺したり、血を吐き出したりするようなものではなかった。でも、確実に、俺は身体から湧きあがる異常な感覚に犯され始めていたんだ。
「はあ、はあ、はあ……。な、何、これ……? 身体の奥が、熱くなって……ん? く!?」
俺は耐えきれずに膝から崩れ落ちそうになる。この妙な感覚は、実に生まれて初めてのことだった。
「どうやら上手くいったようね。この『ハッピー・デイズ』は女性の性的興奮を高める魔術。発情しているそなたも、本当に美しい。その切なそうな顔を、もっとわらわに見せてたもれ」
「は、発情……? 馬鹿な、何を、言って…………ん!?」
やっぱりおかしい。下半身だ。下半身の、ま、股の辺りが、ビリビリ、痺れて……。
「勇者というくらいだから、普段は女性らしい扱いは受けていないはず。だからこそ、その感覚は新鮮ですわよね? ふふ、ではそなたに、わらわがもっと刺激を与えてしんぜようか……」
「な、何……を!?」
なぜか、アイギスはその煌びやかな衣装を脱ぎ始めていた! ドレスを脱ぎ棄て、フリルのついた黒の大人っぽいブラとショーツが露わになる。しかも彼女はストッキングをガーターベルトで釣り上げており、そのセクシーさがより増している。しかし、これではさっきよりもより戦闘に不釣り合いな格好になってしまっただけではないか?
「馬鹿な、なんで服を……」
「ふふふ、これはそなたのためぞ。これを見て、そなたを更に興奮させてしんぜよう」
そう言って、アイギスは俺に向かって歩き出したのだった。
発情させられたハルトの運命は…




