第29話 ウォー・ヘッド
シエルの突然の襲撃に戸惑うハルトたちは…
『な、なぜシエルが、城を襲ったりするのですか!?』
声を荒げるラウラ。そんな妹を必死に抑えるクラリス。だが彼女も表情はかなり青ざめている。状況が明らかにマズイことは容易に推し量ることができた。
俺もセレスティアも、「鉄の翼」による刑務所襲撃ばかりが頭にあり、城が攻撃されるという事態を想定していなかった。いや、決して全く想定していなかった訳じゃない。実際、城の守りが手薄になるのを危惧し、セレスティアはリアたちを城に残したんだ。だが、そこに元勇者シエルが敵を率いてやって来るなんて、一体誰が想像するだろうか?
使者によれば、シエルは「鉄の翼」の先頭に立ち、アルカディア城に押し寄せたとのこと。城を警備する騎士団が迎撃を行ったが、あまりの敵の数の多さに防戦一方となり、城内に押し入られる一歩手前の状態までいってしまっているらしい。そして危機を感じたリアが、その使者にセレスティア宛ての伝令を任せたとのことだった。
『どうするのですか、セレスティア!? 我々では、あまりに遠すぎて救援に行けません! このままでは、城が敵の手に落ちてしまいます!』
『落着いてってラウラ! そんなことみんな分かってるわよ! とにかく、私たちは早くリアさんたちを助けに行かないと……』
しかし、助けに行くとは言っても、ここからセオグラードまで馬車でどんなに飛ばしても半日はかかる。いや、待って……。
「アオイ!」
「分かってるわよ! 今集中してるから少し黙って!」
既にアオイはアルカディア城へ跳躍すべく、魔力探知を開始していた。だが、すぐにその表情が曇りを見せる。
「ちょ、ちょっと、なんで!?」
「どうしたの!?」
「ま、魔力探知ができないの! 城の周りに、ジャミングの様なものがかかっていて……」
何度繰り返すも、やはりアオイの魔力探知は上手くいかない。どうやら、セレスティアの通信が妨害されているのと同じ様に、アオイの空間跳躍も妨害されているらしかった……。
これは非常にマズい状況だ。このままでは城が武装組織に突破されるのも時間の問題だ。そうしたら、城の人達や、シャムロックにも危険が及びかねない……。くそっ! いくら色んな魔術を使えたって、肝心な時に役に立たないならこんなもの何の意味もないじゃないか! リアたちを助けたいのに、シャムロックや王様たちを救いださなければならないのに、俺はこんなところで手をこまねいていることしかできないのか!? 俺の力では、どうすることもできないのか!?
『み、みなさん、どうか、落着いてください』
うなだれる俺たちに対し、顔は少し強張ってはいるものの、努めて冷静な声でミナトが言った。
『ミナト……』
『城に行けないのなら、無理して城まで跳ぶ必要は、ないと思います』
『え……? ど、どういうことよ……?』
ミナトの言葉の意味が分からず、アオイが尋ねる。すると、遠慮がちながらも、ミナトははっきりとした口調で答えた。
『よく、考えてほしいんです。城は妨害があって行けない。それなら、城の近くにはいない、わたしたちの所まで、みなさんが跳べばいいと、わたしは思います……』
『そ、そうか! ……ああ、もう! あたしの馬鹿! あたしよりも年下の子がこれだけ冷静なのに、何やってんだあたし!』
アオイはそう言いながら自身の頬を両手で叩いた。それで気合が入ったのか、アオイは明朗な声で言った。
『ミナト、あんがと。あんたの冷静さが役に立ったわね』
『お、お役に立てて、良かったです』
アオイの感謝にミナトは照れたような表情を浮かべた。
アオイは、一度咳払いすると、頬を赤くしたまま、再び魔力探知に取りかかった。城の周りは避け、今度は狙いをセレスティアに定める。そして……
「捕まえ、た!」
アオイが右手を握りしめた。俺やクラリスをはじめとした五人はアオイの左腕を掴む。アオイの身体が浮き上がり、俺たちもそれに引っ張られる。そしてそのまま一気に空間を跳躍する! 俺達親衛隊は、他のアルカディア騎士団にクラグイエを任せ、セオグラードへと向かったのだった。
跳んだ先には、焦った様子のセレスティアがいた。彼女は俺たちの姿を見つけると、一瞬だけ僅かに安心したような表情を浮かべたが、すぐにその顔を引き締めて言った。
「来てくださってよかった! すみません、らしくもなく、慌ててしまって……」
「いえ、気持ちは分かりますので。でも、俺たちが来たからには大丈夫です! 早く城に向かいましょう!」
俺たち第一分隊とセレスティアをはじめとした第二分隊が合流し、さらに他のアルカディア騎士団の一部も合流する。使者によると、城を襲撃している武装組織は今までで最大の規模らしい。一体どこにそれほどの人間がいたと言うのだろうか?
「今回の作戦のために、密かに人数を集めていた可能性はありますね」
走りながら、俺の隣でセレスティアが言う。
「でしょうね。カイルが逮捕されたというのに、まだそれだけの人数が集められるんですね……」
「はい、正直言って驚きました……。もし城をやつらに占領されるようなことがあれば、我々にとって計り知れない大損害となります……。しかもそれが、あの罪人によって引き起こされるなんて……」
セレスティアは憎々しげに言う。やはり、彼女のシエルアレルギーは相当のようだ。まあ、こんな状況になっているのだから彼女の気持ちは当然ではあるが。
しかし、どうしてシエルは「鉄の翼」と組み、こんなことを始めたのだろうか? やはり、彼はアルカディア王国を恨んでいたのだろうか? 申し訳ないと思っていると言った彼の言葉は、やはり嘘だったのだろうか……?
「なんにせよ、シエルを見つけ出したら絶対叩きのめしてやるわ! こんなことして、タダじゃ済まさないわよ!」
「まったく、です!」
「ま、まあ、気持ちはわかるけどとりあえず落ち着いて……。なんだかんだで、やつは元勇者だ。かなりの実力者なのは間違いない。みんな、決して油断はしないようにね」
俺たちは城へと走る。徐々に城をはっきりと目視できるようになったころ、「鉄の翼」と思われる人間が十人ほど、俺たちの進路上に現れた。どうやら、ここで足止めをしたいらしい。
「ほー、命知らずが沢山いたものね」
「ここで会ったが、百年目、です!」
殺気を隠すこともせず、アオイがローレライを、ミナトがシャリオヴァルトを構える。だが、ここで接近戦を得意とする二人の体力を使わせるわけにはいかない。シエルは抗魔術特性があると聞く。シエルと戦闘になった場合、魔術主体の攻撃では彼にまともにダメージを与えることはできないだろう。その時のためにも、打撃攻撃に強い二人を俺は温存しておきたいと思った。だから俺は右手で二人を制した。
「は、ハルト?」
「ここは俺たちが。この程度、一瞬で仕留める!」
俺の魔力は、初めて魔術を使った時と比べると段違いになっている。どれもこれも、アオイの訓練によって実戦経験を積んだお陰だ。そのかいもあって、俺の魔術は日に日に強くなっている。それはつまり、俺の技のバリエーションも、どんどん増えているということだ。俺の得意技も、もう次の段階にいけるはずだ。
俺はフェロニカを振りかぶる。すると、上空に数多の光のミサイルが出現した。
矢じりでは、一人を集中攻撃することはできても、大勢を一度に相手をすることはできない。だが、これは違う。それぞれのミサイルが、平等に全員に降り注ぎ、誰も逃すことはない。俺は高らかに宣言した。
「いくぞ! 核弾頭を食らえ!」
俺はフェロニカを振り下ろす。すると、頭上の核弾頭は一直線に敵めがけて発射された。そのスピードは、優に音速を超えた!
危険を察知しミサイルが発射される前に逃げた者もいたが、十人ほどの敵のほとんどが一瞬にして光の中に消えた。
「残りがこっちに来るわ!」
「無駄なことです! 食らいなさい! ウインド・スラッシュ!」
なんとか俺の攻撃を避けた敵にセレスティアが的確に鋭利な風の刃を食らわせる。彼女の動きには全く隙がない。攻撃に怒りを込めながらも、根っこの部分は冷静さを保っているのが彼女の凄いところだ。
倒れた敵に向かい、彼女が更なる攻撃を仕掛ける。
「これでトドメです! ゴッド・ブレス!」
強烈な風が吹き荒れ、敵を全て飲みこんでいく。そして、風は竜巻となり、全てを空へと舞い上げていく。
「母なる大地に還るがいい!」
そして、神の息吹を浴びたものは、砂塵の中に消え、その姿を跡かたも残すことはなかった。
「戦いを挑む相手を間違えましたね。これが、アークライトの力です」
俺たちは武器を収める。後には静寂だけが残った。その圧倒的な姿に、誰も言葉を漏らすことはできなかったのだった。
二人の怒りが炸裂!
果たして一行は、アルカディア城を救えるのだろうか?




