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第28話 宴のはじまり

 最初の攻撃から、既に二時間が経過していた。だが、状況は驚くほど進展がなかった。途中、俺の「聖なる加護(ホーリーガード)」やミナトの「ナパーム」など、状況に変化を与えられそうなものがあったにも関わらず、俺たちは未だに敵を倒すことができないでいた。

 もし、敵がもっと積極的に俺たちに攻撃を仕掛けてきていたなら、もっと容易くやつらを壊滅させることができていただろう。だが、実際はそうではなかった。


 妙だと思った。いくらなんでも、敵が攻撃をしなさすぎだ。これだけ防戦一方なら、いつもならとっくに撤退しているはずだ。にも関わらず、今日に限って敵が退かない理由は何なのだろうか?


『セレスティア、もうそろそろいいんじゃないでしょうか? あなたが今考えていることを教えてもらってもいいですか?』

『ハルト、ちょうど今、あなたに話そうと思っていたところでした。はっきり申し上げますと、今起こっている同時攻撃は、我々を欺くための囮だと思います。本気で市街地を破壊したいなら、こんなのんびりとした攻撃などしてくるはずがない……』


 ちなみにこの会話は、俺たち二人にしか聞こえていない。いくら囮だったとしても、もし味方の油断を招くようなことがあれば、思わぬ反撃を食らう可能性がないとは言えないからだ。


『やっぱり、そうですよね……。とすると、やつらの本当の狙いはなんなんでしょうか?』


 これほどの大規模攻撃を三カ所同時に行うからには、それ相応の狙いがあるはずだ。だとしたら、彼らが本当にやりたかったことは……


『それは恐らく、カイル・アシュクロフトの解放にあるのではないかと、私は思っています』


 カイル・アシュクロフト、それは今まさに戦っている「鉄の翼」の最高指導者の名前だ。今やつは囚われの身だが、あの時、学校立て篭もり事件で例の少女・・・・がその名を口に出していたように、武装組織にとって彼は今でも指導者のままなんだ。だから敵が彼を自由にするために、刑務所を襲撃することは十分考えられることなんだ。


『刑務所の警備は、言わずもがなとても厳重です。ですが、この混乱では多少の乱れが生じないとも限らない。それに、これだけ王国各地に騎士団を拡散させられていれば、駆け付ける人数もどうしても減ってしまいます。この期に乗じる可能性は十分あるかと思うんです』

『確かに。ですが、今から味方をあっちに向けるのは、間に合いますかね……?』


 俺がそう尋ねると、(脳内にではあるが)セレスティアがまた少し悪そうな微笑を俺に向けた。どうやら彼女は、俺とは違って全くのんびりなどしていなかったようだ。彼女は言った。


『既に、セオグラード中央刑務所には兵を向けてあります。あちらにも、警戒を強めるようにと指示を出しました。今のところ、抜かりはありません』

『いつの間に……。流石はアルカディア王国の頭脳ですね』


 俺がそう言うと、セレスティアは眼鏡を中指でクイっと上げて見せた。どうやら満更でもないらしい。


 三カ所にこれだけの部隊が集い、万全を期して刑務所の守りも固めた。この状況で武装組織にできることなど何もないはずだ。この調子なら、敵が降参するのも時間の問題なんじゃないだろうか?


「ハルト」


 そんな事を考えていると、俺は不意にアオイに話しかけられた。


「現状だとあたしたちが圧倒的優勢。街の人達の避難もあらかた完了して、怪我人も回復術師(ヒーラー)が手当てしてかなりの人数が治療を終えたわ」

「そっか、それは良かったよ」


 俺はアオイの報告に胸をなでおろす。


「それにしても、こんな状態いつまで続ける気かしらね? 骨のあるやつもいないけど、こうやって隠れられるのが一番面倒だわ。あんた、さっきの『聖なる加護(ホーリーガード)』もっかいやってみたら?」

「そうだなあ、もうそれしか手はないか……」

「大変だろうけど、それやってさっさとあいつらあぶり出しちゃいなさい。……はあ、こういう時にリアがいれば、敵を一掃できるところなんだけどね」


 確かに、リアの魔術の威力は親衛隊内でも図抜けているし、そもそも攻撃の範囲が広いのが大きな強みだ。掃討作戦で彼女がいるのといないのでは作戦の効率も段違いになってくる。

 こっちに来るのは物理的に無理だとしても、セレスティアの方には彼女は行った方がいいんじゃないだろうか? 騎士団が出払っているせいで、臨時でリア達が城の守りを固めている訳だけど、やっぱり膠着状態を打破するには彼女の力が必要だ。ここは進言してみてもいいかもしれない。


『セレスティア』

『何でしょうか?』

『状況も状況だし、そっちにリアを連れてきたらどうですか? こういう時は、彼女の力が必要じゃないでしょうか?』

『……そうですね、あまり彼女を城から遠ざけたくはないのですが、こうなっては仕方がないかもしれませんね……』


 セレスティアは考え込む素振りを見せる。しばらくして、彼女が口を開く。


『やむを得ません、ここはリアたちを呼びましょう。リア、聞いているのでしょう? 城の守りは他の騎士団員に任せて、あなた達はこちらに来てください』


 暇を持て余していた彼女のことだ、こう言われれば真っ先に飛んで来るに違いない。俺はそう思っていた。だが、予想外なことが起こった。いくら待てども、リアが返事を寄越さなかったのだ。


『リア? 聞いているのですか? 来るか来ないかはとにかくとして、まずは返事くらい……』


 そう言いかけて、セレスティアの様子が変わった。何か異常が起こっていることは明白だった。少ししてセレスティアが緊迫した口調で言った。


『リア達との回線が途切れています……。私は何も操作していないのに、なぜ……』

『それってそんな珍しいことなの? 通信機の回線が切れるなんてあたしの世界じゃよくある事だし、ちょっとした接触不良とかじゃないの?』

『いえ、確かに通信が途切れることはあり得ることですが、今はいくら繋ぎ直そうとしても、全く繋がらないのです……。こんなこと、今までなかったのに……』


 珍しくセレスティアが焦っている。なぜ急にリア達と通信ができなくなったのか? 考えられる状況はいくつかあるだろうが、どれもあまり歓迎すべきものではない。


 まず一つは、リア達が通信魔術の届かない遠方にいることだ。だが、これはあり得ないだろう。なぜなら俺たちの方がよっぽど遠くにいるにも関わらず、こうしてちゃんと通信ができているからだ。


 とすると、考えられる状況はもう一つ。それは、彼女達が通信をできるような状況にない、ということだ。ではそれは一体どんな状況か? 携帯電話で考えると分かりやすい。携帯電話の電波が届かない場所にいれば、当然ながら通話はできない。

 電波が届かない状況とは、山の上にいるとか地下にいるとか単純に電波が届きにくい環境ということが考えられるが、今リア達がいるのはアルカディア城だ。決して電波の届かない場所ではない。それではなぜ、リア達に電波が届かないのか?

 それはやはり、電波を受信するための何らかの妨害があると考えるのが自然ではないだろうか……?


 電波妨害など、当然自然現象的に発生するものではない。そこには明確な意図、ある意味では悪意というものが存在する。つまりは、俺たちとリア達が会話をすることをよしとしていない人間がいるということに他ならないんじゃないだろうか?


 ……ではそれはどんな人間か? 俺たちとリア達を分断することで得をする人間とは、一体どんなやつで……いや、そんなこと、わざわざ考えるまでもないんじゃないのか……?

 リアが俺たちから分断され、支援を仰げなくなる。その隙に乗じるとしたら、そいつの、目的は……


「まさか!?」


 今、リア達の身にとんでもなくまずいことが起きようとしている! 俺はその瞬間確信した!

 だから俺は思わず声を荒げてこう言った。


『セレスティア! すぐにあなたは城に向かってください!』


 この状況、やはりリア達が何らかのトラブルに巻き込まれている可能性が高い! それはつまり、城に何か良くないことが起きているということだ!


『は、ハルト!? し、しかし、私がここを離れる訳には……』

『そんな悠長なこと言っている場合じゃないです! 早くしないと、リア達が……』


 この時、セレスティアの元に一人の使者が現れた。相当に焦った様子で、事態が切迫していることが容易に推し量れた。使者がセレスティアに耳打ちをする。すると、みるみる彼女の表情が青ざめていくのが分かった。いても立っても居られなくなったのか、アオイが尋ねた。


『ど、どうしたのよ……? 一体何があって……』

『やつが、現れたんです……』


 彼女の言葉は消え入りそうなほど小さく、俺たちは聞きとることができなかった。俺は高鳴る鼓動を抑えつけ、なんとかセレスティアに問うた。


『やつとは、一体誰なんですか?』


 だが彼女は口を動かしていはいるが、なかなか言葉を発することができないでいる。


『セレスティア! 落着いてください! 一体、誰が、どこに現れたんですか!?』


 すると、呼吸を乱しながらも彼女はなんとか言葉を絞り出した。


『……シエル、です』

『え!? シエルですか!?』

『……はい。し、シエルが、我らの城に現れたのです! し、しかも、「鉄の翼」の大軍勢を引きつれて……!』


 彼女の言葉に、俺たちは驚愕するより他になかったのだった……。

続きます!

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