第2話 ハルカ
7/2 細かいところの編集を行いました。内容には変更ありません!
「すみません! お待たせいたしました!」
背後から聞こえるのは、例の少女の声。俺はそちらの方へと振り返ると、綺麗な銀髪を左右で結わえ、驚くべきほどに大きな碧眼の美少女がそこにはいた。
胸元を強調するような服と実際に大きい胸、そして少し幼さを意識させるニーハイがギャップがあって、より彼女の魅力を引きたてているように思えた。
俺はさきほど見てしまった少女の裸が一瞬脳裏を過ったが、なんとか平静を装うことに成功していた。しかし、どうやらそんな俺はあまりに能天気すぎたようだった。
というのも、不埒な妄想に浸りそうになっている俺とは一線を画すような真剣な表情を、彼女がしていたからだ。
「ど、どうしたの?」
「まさか、こんなことが……」
俺の問いには答えず、彼女は大きな目を更に大きくして俺に走り寄った。そして、
「え? な、なにが……ってええ!?」
彼女は俺に接近し、俺の顔に両手を伸ばしたのだ。その表情は驚きで満ちていた。
「ちょ、ちょっと、何やって……」
俺が心底動揺していると、彼女はハッとし、大慌てで俺との距離を取った。
「す、すみません! あなたのお顔があまりにもわたしの知っている方に似ていたので、つい! 本当に、申し訳ございません!」
「べ、別に謝らなくてもいいよ! ちょっと驚いただけだから」
彼女があまりに必死に謝るので、俺は少し心配になってしまった。確かに驚きはしたが、俺は決して不快感を覚えるようなことはなかったからだ。
「それよりも、本当に俺に似ている人が君の知り合いにいるの?」
「え、ええ。確かにいました、ね……」
俺の問いに対し、彼女は引っ掛かりを覚えるような返答を寄越した。煮え切らない応えに、俺は尚更心配になって尋ねた。
「……あの、大丈夫? 俺、何か変なこと聞いちゃったかな?」
「……い、いえ、なんでもありません」
一瞬反応が遅れたものの、少女は努めて冷静な雰囲気で応えた。
「そ、それよりも、道案内をしますので、早く行きましょう! えーと、あなたのお名前はなんと仰るのですか?」
「え? な、名前かぁ……」
名前を聞かれてビビる俺。いきなり彼女に実は記憶喪失なんです、とぶっちゃけてしまうのは躊躇われた。こんなに親切な少女に、これ以上面倒事を負わせる訳にはいかない。何もできなくたって、それくらいの意地ぐらいは持っていたいと、俺は思っていたのだ。
しかし、その時思いがけないことが起こった。さっきまで何を思い出そうとしても「記憶」は微塵も思い出されることはなかったのに、その時に限って、「記憶」が俺に微かに顔を覗かせたのだ。
そして俺は、その中からとうとう自分の名前を引っ張り出すことに成功していたんだ。
「俺の、名前は……」
名前は……”ハルト”だ! そうだ、間違いない! 苗字は未だ思い出せないけど、俺がハルトという人間であることは間違いないとハッキリ断言できる!
俺は決してもう失わないよう、俺自身がこれ以上路頭に迷わないように、彼女に向かってその名を告げた。
「ハルトだ。よろしく頼むよ」
「ハルト様、ですか。素敵なお名前ですね。わたしはシャムロック……シャムロック・ルツ・アルカディアと申します。よろしくお願いしますね、ハルト様」
シャムロックはそう言って俺に笑顔を向けた。その笑顔が俺にはあまりに眩しすぎて、思わず目眩を起こしてしまいそうだった。
しかも彼女は俺のことを「ハルト様」と呼んだ。記憶がないせいで過去のことは分からないが、少なくとも今まで様付けで呼ばれたことはなかったような気がする。こんな美少女に様付けなんて、これは一体どんなご褒美なんだろうか?
ああ、様付けのせいですっかりのぼせあがってしまったけど、それよりも彼女の名前、聞き流すにはあまりに荘厳ではなかっただろうか?
「よろしく。えっと、シャムロック、ル、ツ……?」
「シャムロック・ルツ・アルカディアです。長い名前なので、シャムロックで大丈夫ですよ、ハルト様」
「うぐ……。あ、あのさ、君はどうして俺のことを様付けで呼ぶの? あと、その名前は、やっぱりここはヨーロッパの国だったりするのかな?」
色々聞き過ぎかなとも思ったが、これだけの疑問を滞留させておくのはさすがに身体に悪い。
「ヨーロッパ、ですか……? ええとですね、さっきわたし、あなたに似た方が知り合いにいると言いましたよね?」
「うん」
「その方は、”ハルカ”という名前だったのですが、わたしは彼女のことを『ハルカ様』と呼ばせていただいていたので、その名残が出てしまったんだと思います」
彼女の今の説明に対し、なるほど、と思ったのはほんの一瞬でしかなかった。
正直なことを言わせてもらうと、今のシャムロックとの会話で俺の中で滞留していた疑問が倍増してしまっていた……。
そのハルカという人を、なぜシャムロックは様付けで呼んでいたのだろうか? そして彼女はヨーロッパ的な名前なのに(シャムロックはヨーロッパにピンときていないが)、恐らく日本人であると思われる"ハルカ"なんて人が、なぜここにいたのだろうか?
「えっと、シャムロックはどうしてその人のことを様付けで呼んでいたの?」
俺はとりあえず一番手っ取り早く解決出来そうな疑問から投げかけてみる。それに対し、シャムロックが答える。
「実はその方、この国の”勇者”を務められていた方なんです。ですからわたしも、その方のことは敬意をこめて『ハルカ様』と呼ばせていただいておりました」
アカン、全然手っ取り早くなかった……。
勇者? はい? それってゲームか何かに出てくるアレのこと? ああ、駄目だ、思考が全く追いつかないのだが……。
こんな状態でいくら考えたところで答えなど出そうもない。俺はギブアップの意味も込めて、両手を上げてこう言った。
「ごめん、実は俺ここの国の出身じゃないんだ。だからその、”勇者”とやらも良く分からないし、そもそも外国の人に会ったのも初めてだから、まるで理解が追いつかないと言うか……」
「あ、そうだったんですか! すみません、色々と勝手に話を進めてしまって……」
ということで、シャムロックは俺に順を追って説明を行ってくれた。
「勇者」とはこの国(アルカディア王国と言うらしい)を救うために、他の国からやってくる傭兵みたいなものらしい(傭兵なんかよりは当然格は上だが)。そしてこの国が戦争をしているプレセアという国との和平交渉を妨害するとある武装組織と戦うことが主な任務のようだ。
そしてこの国の勇者は今はハルカという名前で、日本出身の少女だったそうな。
まあ、とりあえず深い所までは理解が追いつかないが概略だけは分かった。
「それで、その人のことを『ハルカ様』と呼んでいたのか。そして彼女に似ている俺のことを『ハルト様』と。……え、俺って女の子に似てるの?」
「え、えーと、い、嫌ですよね? あなたは男の子なのに、そんなことを言われるのは……」
シャムロックは苦笑いを浮かべる。その笑顔がどこか引きつっているように見えるのは勘違いだろうか? 俺は首を横に振って答えた。
「別に嫌ってわけじゃないけど、なんだか不思議だよ。全然知らない国にいるはずなのに、俺とそっくりの女の子がこの国にいるなんて。それで、そのハルカっていう子はどこにいるの? よかったら一度会わせてもらえないかな?」
もしかしたらその子なら俺に関して何か知っているかもしれない。そしてあわよくばここから多分俺の生まれ故郷であると思われる日本に帰る手立てを教えてもらえるかもしれない。そんな淡い期待を抱きつつ、俺はシャムロックにそうお願いした。だが……
「それは……」
予想外なことに、シャムロックは今にも泣き出しそうな表情に変わってしまったのだ。目は真っ赤で、今にも涙が零れ落ちそうなほどに、彼女は動揺を見せたのだ。俺は驚いて尋ねた。
「ど、どうしたの!? 俺またマズイこと聞いちゃった!?」
「ごめん、なさい……。あなたは、何も悪くないんです……」
シャムロックは必死に涙を堪え、胸に両手をあてている。俺は少ない情報の中で必死に原因を推測した。そしてしばらくして、俺は一つの答に辿り着いた。
よく考えてみろ。彼女はさっき、俺に似ている人が彼女の知り合いに確かに”いた”と答えた。それはすなわち、今はもう、いないということなんじゃないだろうか……?
そう考えれば、彼女が俺の顔を最初に見た時の過剰な反応も頷ける。
だとしたら、これ以上の言葉はあまりに無神経すぎるだろう。俺は彼女を傷つけたくない。だから俺はとある行動に出た。
俺は、彼女の頭に手を置き、そして彼女の頭を優しく撫でたのだった。