第25話 慈しみの女神(※挿絵あり)
「アオイ!?」
俺は急いでアオイの元へと駆け寄り、彼女の身体に触れた。だが、気を失っているのか、アオイは何も反応を示さない。
木材が刺さったところからは絶え間なく血が滴っている。木材はそれほど太くはないものの、内臓がダメージを負っている可能性は非常に高いと思われた。このまま放っておけば出血多量で命を落としかねない。だが、木材を抜けばさらなる大量出血につながりかねず、俺には手の打ちようがない……。
この状況で俺は一体どうしたらいい? 敵はすぐにでももう一度攻撃を仕掛けてくるかもしれない。だがこのままではアオイが死んでしまうかもしれない!
どうしたら……? 目の前の少女を救うために、俺は、一体どうしたらいいんだ!?
その時、俺の脳裏にあの日のシャムロックが過った。シャムロックはあの時確かにこう言っていた。
--あなたの持つ魔力回路は規格外で、自ら魔力を作り出し外界に放出する能力を持っているのです。
そうだ、俺は気付かないうちに魔力を外界に放出しているんだ。そのお陰で、シャムロックは魔力の補充をすることができたんだ。
その仕組みはある意味、回復魔術師が回復魔術を施すのに似ているのではないだろうか?
ならば、俺にも彼らと同じ様なことができるかもしれない……。俺は意を決した。
回復魔術など、俺は今まで一度も使ったことはない。だが、俺の能力をもってすれば、それも可能かもしれない。……いや、可能にしなければならない! そうでなければ、俺はアオイを救うことが出来ないんだ!
相変わらず俺の記憶は戻っていない。自分が誰なのかも分からないままだ。それでも、俺は自身の魔術のとんでもない底力を既に理解していた。
自分の力を信じろ! 俺の魔術に限界はない! 俺がアオイを救ってみせる!
俺は目を閉じ、騎士団の回復魔術師が回復魔術を発動させている場面を思い描く。俺はそんな場面をこれまで何度も見てきた。ならば、それがどんな魔術だったかも解析できるはずだ!
俺は回復魔術発動のための仕組みを解析することに意識を集中させる。そしてなんと、俺は驚くほどの早さでそれを読み解くことに成功してしまったのだった。
俺はこう宣言した。
「回復魔術、運用開始!」
今の俺ならアオイを救える。その確信の元、俺は動き出した。
俺は木材に触れないようにアオイの身体を抱きしめた。そして今理解したばかりの回復魔術を行使すべく、頭に浮かぶままにこう唱えた。
『慈しみの女神よ、どうかかの者を、そなたの癒やしの息吹で包みたまえ……』
すると、俺の身体から光が発せられた。そしてアオイの身体をその光が包み込んだのだ。
「……なんだ、これは?」
その瞬間、俺は目を疑った。俺には、アオイを包むその光が、まるで女の子が人を抱きしめているような形に見えたんだ。しかも、俺はその女の子に見覚えがあった。
俺は直接その子に会ったことはない。だが、俺は彼女のことを確かに知っていた。俺はその名前を呼んだ。
「まさか、ハルカなのか……?」
俺が問いかけても、その光は何も答えなかった。そもそも、俺から発せられた光がハルカであるわけがないのに、俺はどうしてその光がハルカに思えてしまったのだろうか……?
「慈しみの勇者」として名を馳せていた彼女が、俺に幻を見せたのだろうか? 俺には結局、その理由は分からなかったのだった。
そんな事を考えているうちに、光を受けたアオイの傷は徐々に癒え始めていた。そのスピードは驚異的なものだった。腹の方へと目をやると、アオイを貫いていた木材が徐々に実態を失い、光となって霧散していった。そして同時に腹の傷が塞がり、出血も止まった。
傷が治ったアオイの呼吸が、次第に安定していく。どうやら、命の危機は回避できたようだった。
「よ、よかった……」
回復魔術を終えると、俺は足がふらつき、危うく倒れそうになってしまう。
アオイを救えたのはよかったが、体力の消耗もそれなりのようであった。
すると次の瞬間、アオイがゆっくりとその目を開いたのだ。
「あ、あれ、あたし、いったいどうして……って、あんた! 何やってんのよ!?」
目を覚ますなり絶叫を上げて困惑するアオイ。まあ、目が覚めたらいきなり俺に抱きしめられていたら驚くのも当然だけど。でも、今はそれよりも……
「良かった、本当に、良かった……」
「ちょ、ちょっとあんた、まさか、泣いてるの……?」
「だって、アオイが、もう死んじゃうんじゃないかと思って……。このまま何もできなかったらどうしようって思ったら、怖くて仕方なくて……」
こんな危険な場所で呑気に泣いている時間なんてないのに、俺の目からは涙が絶え間なく溢れ出し、止めることができなかったんだ……。俺は子供みたいに泣きじゃくりながら、アオイにくっついたまま離れることができなかった。
「ご、ごめん、心配かけたわね……」
さすがに情けなく泣き続ける俺を見かねたのか、アオイは俺の頭を撫でてくれた。俺はそんな彼女が愛おしくて、より強く彼女にすがりついたのだった。
しかし、俺は今これ以上こんなことをしている場合ではなかったことを思い出した。敵はまたいつ攻撃してくるか分からないのだ。俺は止む無く、不安定なままの心に鞭打ち、なんとかアオイから離れ、こう言った。
「ありがとうアオイ、もう大丈夫。散々甘えといて悪いけど、今はそれどころじゃなかったんだ。説明している時間がないから、今はとにかく、一度安全な場所へ行こう!」
「え? え!?」
俺は動揺し続けているアオイの手を引いて走り出す。疲れてはいるが、今は気にしてなどいられない。
すると、近くで破壊音が響き渡った。どうやら、またしても何かが破壊されたようだ。
「え!? ちょ、ちょっと今の何よ!? 一体何が起こってるのよ!?」
「俺にも分かんないよ! 今言えるのは、無差別に街を破壊する危険な人物がいるってことだけだ!」
「そいつが、街を破壊してるってこと!?」
「そう! そいつの正体はまだ分かんないけど、俺たちがやるべきことは、当然分かるよね?」
俺は走りながらアオイの顔を見た。アオイは、もうさっきのような泣き顔は浮かべていなかった。代わりにアオイは、いつものような挑発的な表情でこう言った。
「あんた、誰に物を言ってんの……? あたしはあんたの師匠よ。目の前で街を破壊されて、黙ってなんていられるわけないわ! 絶対に犯人を捕まえてやる!」
アオイは手に槍・ローレライを出現させる。それに倣い、俺もフェロニカをこの手に握りしめた。
アオイは目を瞑り右手を宙にかざす。俺はそんな彼女の左腕を握った。魔力探知自体はミナトが最も得意としているが、アオイもその手の魔術は全く負けていない。敵を捜し出せれば、一気に敵の元へ跳躍できるのも彼女の能力の凄いところなんだ。
しかし、アオイが魔力探知に取りかかってすぐ、とある声が俺たちの脳内に直接鳴り響いた。それはセレスティアの声だった。この魔術は彼女の得意技で、何キロ先であっても特定の相手と脳内でやり取りができるという代物だった。しかも、目をつぶれば相手が今どんな状況にあるのか視ることもできるんだ。
俺とアオイが目を閉じると、セレスティアが忙しなく駆け回っている様子が脳内に浮かびあがって来た。そしてそこで彼女が言った。
『親衛隊各員に告ぎます! 現在「鉄の翼」による攻撃が、確認されているだけで王国内の三カ所で同時に発生! 多数の負傷者が発生しているとのこと!』
セレスティアの言葉を聞き、思わず俺とアオイは同時に顔を見合わせた。
「こ、攻撃が同時に三カ所って、ヤバすぎでしょ……」
「今までで一番の規模だな。やっぱりさっきの攻撃はやつらだったか……」
すると、セレスティアが更に言葉を続けた。
『現在アルカディア騎士団の多くが出撃しています! 親衛隊は非番の人間も出撃して下さい!』
『こちら香月あおいと勇者ハルカよ! もう既にクラグイエのショッピングモールで敵と遭遇! 早く作戦指示出してちょうだい!』
焦っているせいか、アオイが喧嘩腰になっているのはあまりよろしいことではないが、流石に状況が状況だ。今は仕方あるまい。それに対し、セレスティアはこう返した。
『落ち着いてくださいアオイ。しかし、そういうことでしたら話は早いです。作戦行動は三カ所で展開されていますので、親衛隊も何人かごとの隊に分けようと思います』
そして、セレスティアが作戦内容を話し始めたのだった。
続きます!




