第24話 動揺する少女
「ほら、遅いわよ。早く来なさいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
本日は休日。俺はアオイと二人で休みを利用してアルカディア王国の東部にあるクラグイエという街の大規模なショッピングモールにやって来ていた。このショッピングモールは衣服や食べ物、更には可愛らしい小物など色々なものが揃っている。
ちなみに、ここに来たいと言い出したのはアオイだ。俺は服とか小物に関しては疎く、こういった所には興味がなかったのだが、アオイが俺に荷物持ちをしてほしいと言いだしたので、急遽彼女と一緒にここへやって来たという訳だ。
別に俺が彼女の荷物持ちを買って出る必要などない訳だが、「来てくれたら、訓練の後マッサージしてあげる」と彼女が言うものだから、ホイホイそれにつられてしまった、というのがここに来た理由だ。
今はむしろ弟子である俺がよくマッサージをさせられているだけに、師匠からの直々のマッサージは期待せざるを得ない。ってか俺これでも一応勇者なんだからもう少し敬意を払ってくれたって……ブツブツ。
「……何さっきから呟いてるのよ?」
「へ? べ、別に、俺は何も……」
「ふーん、まあいいわ。それよりも、ちょっと口開けなさい」
「え? な、なんで?」
「いーから。ほらっ」
何が何やら分からないが、俺は言われるがままに口を開ける。すると、
「ほいっと」
アオイが何かを俺の口の中に投げ入れた。急なことに驚くのも束の間、口の中に一気に甘い香りが広がる。俺は香りにつられてそれを咀嚼した。
「あ、これ美味しい」
「でしょ? これさっきそこのお店で買ったチョコレートよ」
「いつの間に……」
「まあ、沢山荷物持ってもらってるお礼ってやつ? これ食べて少し元気出しなさい」
アオイは僅かに顔を赤くさせているような気がしたが、すぐにそっぽを向いてしまい、その表情を見ることができなくなってしまう。
なんだかんだで、アオイはやっぱり優しいと俺は思う。なかなか素直に気持ちを伝えてくれることはないけれど、端々で感じる彼女の本質的な部分は、とても温かいものばかりだった。だからこそ、俺は彼女の指導を受け続けることができるのだろうけど。
「な、なに笑ってるのよ? あたしの顔になんかついてる?」
「いや。なんと言うか、いつもありがとうね」
俺が急にそんなことを言うと、アオイは実にさっきとは比較にならないくらい狼狽してしまう。
「な、何よ急に!? ちょ、チョコレートの一個くらいで、大袈裟なのよ、あんたは……」
「チョコレートもだけど、普段から色んなことを教えてくれて、俺は本当に感謝してるんだ。だから、ありがとう」
俺は別に彼女を困らせる意図はなく、本当に心から彼女に対して感謝を言いたいと思っただけだった。だが、俺の礼に対し、アオイはすっかり顔を真っ赤にさせてしまった。
「お、お礼なんていいわよ! あ、あたしはあんたの師匠なのよ! そんな、み、みずくさいこと言わなくていいのよ!」
それはこの一ヶ月あまり彼女と同じ時を過ごしてきた俺でも見たことがないくらいの狼狽っぷりだった。照れるにしたって、少し今日のアオイはおかしいように俺には感じられたんだ。
俺はアオイのことが心配になり荷物を置いて彼女に近づこうとした。すると……
「あ、アオイ……」
アオイが涙を流していることに、俺は気がついたのだ。俺は驚いて尋ねた。
「ど、どうしたの!? お、俺、泣かせるようなこと言った!?」
「な、泣いてなんてない! 泣いてなんて、いないわよ……!」
「アオイ!?」
不意にアオイの身体が揺らぐ。俺は慌てて彼女の身体を支えた。
すると彼女はハッと我に帰り、反射的に俺を振り払った。
「ご、ごめん……」
俺が謝ると、逆にアオイは更に動揺した顔で言った。
「あ、いや、そういうつもりじゃ、なくて……」
いつも明朗な彼女とは程遠い今日のアオイ。どうしたらいいのか分からないのか、彼女は視線を彷徨わせることしかできないでいた。
しばらくして彼女は涙を拭い、なんとか絞り出すように口を開いた。
「あ、あんたはいつだって真面目で、別に好きでこの世界に来た訳でもないのに、訓練にも嫌な顔一つしないし、命がけで戦いに臨んでる……。だから、感謝しないといけないのは、むしろこっちの方なのに……」
アオイはそう言うと、俺の方とは反対の方を向いてしまった。
向こうを向いてしまったアオイは、相変わらず洟をすすっている。俺はどうすればいいのか分からず、その場で佇んでいることしかできなかった。すると今度は、彼女が涙声で叫ぶようにこう言った。
「あーもー、なんであんたそんないい奴なのよ! あんたがどうしようもない軟弱野郎だったら、さっさとあんたのこと嫌いになれたのに……!」
だが、すぐにまた声は勢いを失っていく。
「なんで、なんであんたは、そんなに、そんなに優しいのよ……? あたしに、優しくなんて、しないでよ……。あんたを見てると、あたしは、あたしは……」
アオイはもうそれ以上何も言わなかった。彼女はただ向こうを向いたまま、肩を震わせているだけだったんだ。
通行人が、俺たちを何事かとジロジロ見てくる。中にはアオイを泣かした俺を非難する様な視線を浴びせる人もいた。
それでも、俺はその場から動けなかった。彼女に何か言葉を掛けなければならないはずなのに、俺の足は凍りついたように全く動かなかったんだ。
これまで、アオイは照れ隠しをすることはあっても、ここまで感情を露わにすることはなかった。そんな彼女の、初めての吐露。俺はいつも強い彼女とは違う一面にただひたすらに動揺してしまっていたのだった。
……いや、本当にそうなのだろうか? 俺は本当にそのことに動揺しているのだろうか? 俺は、彼女のこういう一面を知っていたのではないだろうか?
いやまさか、そんな訳はない! 俺とアオイはつい一ヶ月くらい前に初めて会ったばかりで、俺はまだ彼女について奥深くまでは知らないはず……。なのに、なぜ、俺の頭は彼女のことを理解できてしまうのだろうか……?
俺は、なんとかその場から動きだし、肩を震わせる彼女に手を伸ばそうとした。頭の中はグチャグチャだが、それでも俺は彼女を落ち着けてあげたいと思ったんだ。
だが、その時だった。それはあまりに唐突な出来事だった。
平和だったこのショッピングモールに突如として現れた殺意の波動を、俺は敏感に感じ取っていたんだ。
「……あれは」
不意にフードを被った人間が俺の視線の先に現れる。その見た目は、この明るいショッピングモールでは明らかに異質であった。
俺は瞬間的に、やつは危険だと思った。あんな格好をする人間は、それほど多くない。俺はそんな人間が誰かを知っていたんだ。
「あ……」
やつと視線が合う。フードで隠れているはずのその獣の様な視線が、一瞬だけ、確かに俺の視線と交錯したんだ。
その瞬間、やつは手にロッドを出現させた。そして、間髪容れずに、あろうことか、ショッピングモールのど真ん中で魔術を発動させたのだ!
魔術発動のため詠唱の時間はない。それでも、それは確かに高威力の砲撃だったんだ!
『危ない!』と、俺はすぐにアオイに伝えようとした。だが、その隙すら与えないほどの速度で、それはこちらを襲った。
俺の目の前を魔力弾が通り抜けていった。ショッピングモールの露店や、近くにいた客達を巻き添えにして、あらゆるものをなぎ倒していったのだった!
「アオイ……!?」
一瞬にして、目の前は瓦礫の山と化していた。
近くにアオイの気配が感じられない。俺はアオイが今の攻撃で吹き飛ばされてしまったのだと悟った。
「アオイ、どこだ!?」
俺は必死にアオイを捜す。辺りには、破壊された露店の残骸や、壊れた商品の山、そして怪我をして倒れ込んでいる人々の姿があった。その恐ろしい光景に、俺は震えあがった。それでも俺は懸命にアオイを捜した。そして、しばらくして、俺はようやくアオイの微かな魔力を感じ取ることができた。
「アオイ!」
元の場所から十メートルほど行ったところに、アオイは倒れていた。何かにぶつけたのか、彼女は頭から血を流してしまっていた。これはまずいと俺は思った。早く出血を止めてあげなくてはと思った。しかし、その程度の怪我が霞んでしまうほど、事態は更に恐ろしいことになっていたのだ。
「嘘、だろ……?」
なんと、アオイの腹には、壊れた露店のものと思われる木材が突き刺さっていたのだった!
アオイの運命は…




