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第23話 メモリーズ

 ここはセレスティアの私室。そして俺は、なぜかミニスカのメイド服を着させられている……。

 もはや訳が分からなかった。俺はただ風邪をひいている彼女の面倒を手伝おうかフランチェスカさんに聞いただけなのに、なぜこんなことになっているのだろうか……?


「どうして、俺がこんな格好しないといけないんですか……」

「いいじゃないですか? 似合ってますよ、かなり」


 セレスティアは、嫌な笑顔でそんなことを(のたま)った。

 ちなみにリアと別れ訓練場を後にした俺は、シャムロックの部屋へと向かい、彼女の体調のチェックを行った。どうやら俺からの魔力の供給は上手くいったらしく、体調の方はもう万全のようだった。俺は彼女に、今後もし同じ様なことがあれば彼女の部屋に行って魔力補充を手伝う約束をした。そして俺は今度はセレスティアの部屋にやって来たのだが……


「これってもはや、あなたの趣味なのではないですか……?」

「何をおっしゃいます。メイド服は家事をする人間の立派な正装です。何を恥ずかしがることがありましょうか?」

「あなたは間違いなく口から生まれてきたんでしょうね……」


 まったく、風邪をひいているという割には全然元気じゃないか。確かにまだ若干顔色が悪いのと、いつもの社長秘書風の格好ではなく寝間着姿というのはいかにも風邪患者という感じではあるが、彼女の言説には一切の歪みがない。体調が悪くても、やはりセレスティアはセレスティアなのだろう。


「はあ、もうこの格好でいいですよ……」

「流石はハルト。あなたの順応能力は目を見張るものがあります」

「そんなこと言われても全然嬉しくないですからね……。それで、俺は一体何をすればいいんでしょうか?」

「そうですね、ここ二日寝てばかりで掃除ができていません。なので、この部屋の掃除をお願いできればと思います」


 俺は一度部屋を見渡してみる。シャムロックの部屋ほどじゃないが、彼女の部屋もやはり広い。ただ、女性の部屋というより、やっぱりセレスティア・アークライトの部屋と言った方がいいだろう。可愛らしい小物などはほとんどなく、壁紙も至ってシンプルだ。ただ……


「この服はなんですか?」


 壁に何着かの衣装が掛けてあったのだ。騎士団の制服やら、俺が戦う時に着ている衣装など色々だ。


「それは私がデザインした服です。新しいアイデアがひらめくように、目に着く所に置いてあるのです」

「え!? 俺の衣装ってあなたがデザインしたものなんですか!?」

「はい。私衣装作りが趣味……いえ、戦闘に合う服装の研究に余念がないのです……」

「なんで言い直すんですか……? いいじゃないですか、コスプレ衣装を作るのが趣味でも」

「コスプレ衣装ではありません! 衣装は人の心を表すものです。服装の乱れは心の乱れ。なので、私は人々の手本となるような衣装を作っているのです」


 彼女は鼻息荒くそう言う。まあ確かに、彼女の言いたいことは分かる。服装が人の印象作りに大いに貢献しているのは言わずもがなだから。


「ちなみにですが、このメイド服はあなたが作りましたか?」

「もちろんです。フリルのついたアンダースカート、そして丈の短い黒の半袖のワンピースと白いエプロンドレスにレースのメイドカチューシャ。更に、決め手はやはり黒のニーハイとスカートの間の生足。この絶対領域が、やはり絶妙ですね」

「駄目だこの人……」


 ってか絶対領域という単語がこの世界にもあるのか? ってかメイド服って別にそこがメインじゃないからね! ってかやっぱりこの人コスプレ衣装専門なんじゃないの!?


「……こほん。余計なことを言い過ぎました。それでは、勇者をこき使うのも気がひけますが、部屋の掃除の方を、よろしくお願い致しますね」

「はーい」


 俺は敬礼のポーズを作って適当な返事を寄越した。

 実際問題、部屋はほとんど埃すらなく、俺の活躍の場は実に限られているらしかった。まあ、恐らくそれが分かっているからこそ、彼女は俺に部屋の掃除をお願いしたのだろう。手伝うと言う俺にしっかり仕事を与えつつ、一見すると面倒くさそうだが実はそれほど難しくはない仕事を斡旋する。いつもそうだが、彼女の絶妙な仕事っぷりには本当に頭が下がる。彼女が完璧だからこそ、親衛隊は戦いに集中できる。みんな敢えて言葉では伝えないが、感謝を念を抱いていることはきっと間違いないだろう。


「あれ、これは……」


 棚を整理している時だった。俺は一枚の写真を発見していた。勝手に見るのは気が引けたが、でも少しくらいなら構わんだろうと自己正当化し、俺はその写真を見た。

 そこには、幼い日のセレスティアと思われる少女と彼女を囲む五人の少女の姿があった。俺は、どの人物にも心当たりがなかった。

 それにしても、このセレスティアはまだ十歳前後だろうに、もう今の彼女の面影を残すほどの仏頂面をしていた。


「なにをしておりますか……?」

「え? うわっ!? セレスティア!? ご、ごめん、決して悪気があったわけじゃ……」

「まったく、あまり漁らないでくださいね。まあ、写真くらいなら別に構いませんが」


 俺から写真を受け取ったセレスティアはしばらくそれを見つめていたが、不意に自嘲気味に笑いながらこう言った。


「やはり、この時から可愛げがありませんね、私は。姉たちがこれだけ笑顔だというのに」

「やっぱりその子、セレスティアのお姉さんなんですか?」

「はい。私を後ろから抱きしめているのが姉のアレクシアです。そしてアレクシアの隣の勇ましい表情な方が、先代の勇者のナナミです」

「え!? これがナナミなんですか!?」


 ナナミとは十年ほど前、アルカディア王国の勇者として名を馳せた人物だ。背が高く、燃えるような赤毛とその鋭い眼光の通り、彼女はかなり凄腕の戦乙女で、数々の戦で戦果を挙げ、戦況を大幅に好転させた実績を持つ。ちなみに、あまり知られていないが、彼女の本名は悠木七海(ゆうきななみ)というらしい。


「なんか強そうな人ですね」

「ええ、本当に強い方でした。それに、目下の人間にも敬意を表すことのできる方でした。まあ、少し女癖が悪かった気もしますが……」

「え? 女癖って、この人女性だし、それはおかしいんじゃ……」

「ええと、この方は、実は同性愛者なんです。恥ずかしながら、姉は、彼女と恋人関係だったらしくて……」


 セレスティアはどうやら複雑な心境らしく、何やら顔を赤らめながらそう言った。まあ確かに、姉が女の人と付き合っていたと言うのは、妙な心境かもしれないな。


「姉だけでなく、この眼鏡を掛けている方、レオナ・スプリングフィールドといいますが、この方とも、色々あったと伺っております……」

「あらら……。ん? 今、スプリングフィールドって言いました?」


 その苗字に思わずビビッとくる。それもそのはず、その名は昨日聞いたばかりだったからだ。


「はい、言いましたが」

「それって、勇者召喚をアークライト家と交互に行っていたという、あのスプリングフィールドですか?」

「はい。彼女はスプリングフィールド家の次女で、知的でクールな方でしたね」


 そう言うセレスティアは僅かに語気を強めた。なるほど、確かに雰囲気が少しセレスティアに似ているかもしれない。眼鏡だし、ショートカットだし。背は少し低いけど。


「もしかして彼女に憧れてました?」

「そう、ですね……。こういうことを言うのは恥ずかしいのですが、彼女には憧れを抱いていましたね」

「そうなんですね。あれ、レオナさんの前にいるのは妹さんですか?」


 俺はレオナの前、セレスティアの左隣にいる小学生くらいの女の子を指差した。


「いえ、彼女はレオナの姉です」

「お姉さん!? こんなに小さくて、ロリなのに……?」

「ろ、ロリはやめてください。確かに、見た目は幼いですが、かなりの凄腕の魔術師で、私にとっては姉と同じくらい大切な存在でした」

「そうなんですね。名前はなんて言うんですか?」

「ペトラです。ペトラ・スプリングフィールド、スプリングフィールド家三姉妹の長女で、姉の親友でもあり、姉が亡くなった後は、私の姉代わりになってくださった方です」


 そこで俺は再度衝撃を受けた。これが、あのシエルと恋人関係にあったという、ペトラ・スプリングフィールド……。俺は彼女からしばし目が離せなくなってしまった。

 すると、その様子を怪訝に思ったのか、セレスティアが俺に尋ねた。


「ペトラがどうかしたんですか?」


 セレスティアに、昨日シエルと出会ったことを伝えるのは躊躇われた。彼女のシエルアレルギーはかなり高いと見える。ほとんど俺に彼の詳細を教えなかったくらいだからだ。そんな彼女に昨日の話をするのは、気持ちの良いことではないだろう。俺は敢えて話を逸らすことにした。


「い、いえ、なんでもないです……。えっと、じゃあ、こっちがレオナの妹さんですか?」

「あ、はいそうです。彼女はフィオナ・スプリングフィールドといいます。私とは年も近く、幼い頃は結構遊んでいましたね」


 彼女はオレンジ気味の長い髪の毛を左右でツインテールにしている。彼女はペトラに頭を撫でてもらってとても嬉しそうに笑っていた。


「今生きていれば、私たちと共に戦場を駆け回っていたかもしれませんね」


 素敵な写真、記憶。ただ、それだけに心が抉られる想いだった。今は、アレクシアも、ナナミも、ペトラも、レオナもフィオナも、もうこの世にはいないのだ。

 数々の人との別れを経験し、今は若くしてアークライト家当主となり、王家を支えている彼女はどんな想いで今を生きているのだろうか? 余計なお世話かもしれないが、俺は彼女の心を想わずにはいられない。


「ハルト」

「え? は、はい」

「今あなた、私の心配をしていますね?」

「な、なぜそれを……?」


 俺の反応を見ると、セレスティアは大袈裟にため息をつく。


「まったく、あなたは心配性が過ぎます」

「で、でも……」

「確かに、大切な人がいなくなるのは辛いことです。ですが、まだ私にはやるべきことがあります。それが終わるまで立ち止まってなどいられない」

「それは分かるんですが、それでは、あなたの心は……」


 俺がそう言いかけると、彼女は珍しく優しく微笑んで言った。


「私とて人間です。辛い時は、影でこっそり泣くこともあります。ですが、強がりなもので人には見せたくないだけなのです。人前で泣けば気が晴れるわけでもないので」

「それは確かに、そうですね」

「そういうことです。だから私のことはお気になさらずに。それでも私を元気付けたいと思うなら、私の作った衣装を文句を言わずに素直に着ることですね」

「……べ、別に、それくらい俺は構いませんが」

「おや、冗談のつもりでしたが、そうおっしゃるなら少しは本気にしてしまいましょう」


 セレスティアはそう言うと、またニヤリと悪い顔で笑った。


「着ますよ。なんだかんだで、あなたにはお世話になっていますし」

「おや、そうですか。それでは、次のコスプレ衣装を楽しみにしてくださいね」

「コスプレって言っちゃった!?」


 かくして、俺はまたしても自ら墓穴を掘ってしまったのだった。

セレスティアの大切な思い出に触れたハルト。彼女の笑顔が強く印象に残ったのだった。

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