第22話 Feeling Melancholy
シャムロックの寝室で一夜を過ごしたハルト
朝、目がさめるとそこには……
「うーん…………ん!?」
シャムロックの可愛らしい顔が、なぜか俺の目と鼻の先にあったのだ!
なぜ!? なぜ俺のベッドにシャムロックが!? と、一瞬混乱してしまった俺だったが、徐々に記憶が鮮明になってくると、昨日俺の身に起こった出来事を認識できるようになっていった。
そうだ、俺は昨日シャムロックに彼女の病気を告白され、その治療のために一緒のベッドで寝たのだった……。
「スー、スー……」
規則正しい寝息を立てているシャムロック。……おかしいな、俺は昨日確かシャムロックとは反対の方を向いて眠ったはず。なのになぜ、今俺はシャムロックと向き合っているのだろうか? しかも、もう少しで唇が触れ合うほどの至近距離で。
この状況は、マズイな……。もし第三者に見られでもしたら、俺が彼女の唇を奪おうとしている危ない図に見られかねないんじゃないだろうか?
そ、それは困る……。俺は女の子の意思を無視して唇を奪うような人間じゃない。本当に俺の寝相の悪さ自重して!
と、とにかく、今はシャムロックから離れなければ! 俺はそう思い、ベッドから飛び起きようとした。だが、その時だった!
--チュッ
俺は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。今何やら聞き覚えのない音が聞こえたような……? それに、俺の頬に何やら温かいものが触れている感覚が……
「…………!?」
瞬間、俺は理解した。なんとあろうことか、シャムロックが俺の頬にキスをしたのだ!
「おはようございます、ハルト様。あの、お、お目覚めのキスは、どうでしたでしょうか?」
照れたように顔を赤くしてシャムロックが言う。俺は完全に動転して「ふえっ!?」と変な答えを返してしまう。
「あ、あの、やはり、こういうのは、ご迷惑だったでしょうか……?」
「ち、違う! 迷惑とかそういうんじゃなくて、な、なんと言うか……」
不安そうなシャムロックをこれ以上不安がらせるのは躊躇われた。彼女は自ら恥ずかしいにもかかわらず、俺に、き、キスをしてくれたんだ……。だったら、俺はちゃんと返事をしないと。で、でも、こういう時はなんと言えばいいものなのか……あーもー、悩んでいても仕方がない! もうこうなったら心に浮かんだ言葉を言うしかない。それが俺の偽らざる言葉なんだから! 俺は一度大きく息を吸い込み、こう言った。
「ありがとう。俺は、凄く嬉しかったよ」
俺は最大限の笑顔をシャムロックに向けた。それを見て、彼女は俺に対し嬉しそうに笑い返してくれた。まあ、とりあえずはこれで良しとしようかね……。
「ところでシャムロック、体調の方はもう大丈夫なの?」
「はい。ハルト様のおかげで、もうすっかり大丈夫です。本当に、ありがとうございます」
「そっか、良かった。……それじゃ、ずっとベッドにいるのも変だし、そろそろ起きようか?」
「あ、そ、そうですね」
お互いに苦笑いを浮かべながら、俺たちはベッドから出た。するとシャムロックが言った。
「あの、わたし、昨日お風呂に入らなかったので、今から入ってもよろしいでしょうか?」
「え、お風呂? 別に俺は構わないけど、そうすると俺がここにいるのはマズイな。シャムロックはいつも何分くらいお風呂入ってるの? 一応ちゃんと俺からの魔力の供給が本当に上手くいったのか確認したいから、お風呂から出た頃にまた来てもいいかな?」
「あ、はい。何から何まですみません」
シャムロックは申し訳なさそうに頭を下げた。彼女曰く、風呂に入っている時間はいつも三十分ほどとのこと。俺は彼女が風呂から出てくるであろう時間を見計らって再度部屋を訪問することにした。
部屋を出て当てもなく歩いていると、ふと外から威勢の良い声が聞こえてきた。
「もう訓練をやってるんだ。時間もあるし、誰かに手合わせ願おうかな」
俺はせっかくなので訓練場へと赴くことにした。
服をいつもの勇者の衣装に替え訓練場へとやって来ると、朝早くにも関わらず、アルカディア騎士団の面々の他に、俺の所属するシャムロック親衛隊のメンバーの顔が見受けられた。その中で、俺は朝から元気そうなあの爆炎の魔術師に声をかけた。
「リア、今日も良い動きだね」
「Oh! ハルト! 昨日はdeliciousなスコーンをありがとうございマース!」
「喜んでくれて嬉しいよ。そうだ、良かったら俺と手合わせしない?」
「いいデスよ! では、手加減は一切しないノデ、覚悟してくだサイ!」
装備を訓練仕様にし、模擬戦用のステージへと俺たちは向かう。俺とリアの戦いに興味があるのか、多くの騎士団員がこちらにやって来る。
余談だが、かつてここでアオイとセレスティアが本気の決闘を行ったことがあるらしい。まだハルカが健在だった時のことだ。今でこそ良いコンビのあの二人も、かつては考え方の違いから何度も衝突を繰り返したらしい。その度に、リアは二人の間に入って仲裁を行ったのだとか。いつもハイテンションで、あまり周りのことは気にしていなさそうな彼女ではあるが、そういった大事な時にはきちんと周りを見て行動出来るバランス感覚を彼女が持っていることを、俺はよく知っていた。
「食らうネ! ブレンネン・シュラーク!」
彼女の最大火力の魔術弾が照射される。俺は負けじとフルパワーに近い炎魔術を放つ。
「メテオ・ストライク!」
空から人間の五倍以上はある大きさの火球を際限なくリアに突撃させる。模擬戦用のステージは防御結界が張られており、尚且つ魔術にも安全装置が掛かっているので攻撃を受けても死ぬことは絶対にない。もちろん、攻撃が直撃すれば痛いのは痛いけど。
止むことのないメテオに、さすがのリアも打つ手がない。彼女の必殺技を封じられ、もはや彼女に手は残されていなかった。
「こ、降参! 降参ネー!」
彼女の言葉を受けて攻撃をやめる。するとリアはその場に大の字になって寝っ転がってしまった。
「ぶー! これじゃ炎使いとして立つ瀬がないネ!」
「まあまあ、そういじけなさんなって。ほら、皆が拍手をしてくれてる」
負けたとはいえ、リアの炎魔術が一級品なのは疑いようもないことだ。俺のこの出所不明の能力はまあ置いておいて、炎のリア、鋼のミナト、氷のアオイ、風のセレスティアと、それぞれが得意分野をいかんなく発揮できているのはとてもいいことだと俺は思う。
「リアの勇気は、俺は親衛隊でも一番だと思っているよ。君が得意の炎で先陣を切ってくれるお陰で、俺たちは戦闘を有利に運ぶことができているんだ。それに、苦境を打破するには君の思い切りの良さは絶対に必要だ。それだけは、忘れないでよね」
「な、なんかそう言われると、物凄く照れマスね……。やっぱり、ハルトは人を褒めるのが上手ネ。リーダーとしては、これ以上ないことだと、ワタシは思いますヨ」
「ありがとう。でもそれはリアだって同じだと思うよ」
「そうデスかね? はあ、それにしても、昨日アイツを見たせいで嫌なことを沢山思い出してしまったネ。シエルには、ハルトのツメノアカを煎じて飲ませたいデスね!」
口をとがらせてぶーたれるリア。俺は寝転がっているリアの隣に腰かけた。いつしか見物客は自分の訓練に戻っていったようで、辺りはすっかり静けさを取り戻していた。
俺たちの模擬戦を見てやる気を出したのか、向こうで武器がぶつかり快音を響かしている。
静かな時間だった。最近は戦いも多くて休んでいる時間があまりなかったが、たまにはこういうのんびりした時間の使い方も悪くないものだ。
「シエルは、もっとみんなを頼ればよかったネ……。力もないのに、一人でなんとかしようするからあんなことになるネ……」
リアは身体を起こし、今度は膝を抱えて体育座りのような体勢になる。
勇者としての能力に不安を持ちながら、期待に応えようと躍起になり、その結果、取り返しのつかない事態を招いてしまった男、シエル。彼はなぜ、仲間の力を頼らなかったのか? よりにもよって、なぜ得体のしれない相手に頼ってしまったのだろうか?
俺は改めて、隣のリアを見る。こんな頼りがいのある仲間がいながらあんな事態を招いたシエルを、俺は責めるべきなのだろうか? 無能と蔑むべきだろうか?
「ワタシ程度では助けにならないと思われていたのなら、それは……」
そう呟き、抱えている膝に顔を埋めるリア。こんなことを考えている場合ではないのだろうけど、普段は見せない彼女の弱った顔に、俺は言いようのない美しさを感じていた。
俺はそんなリアを見つめ、思案を巡らせる。
もし俺が彼と同じ立場と能力を持っていたとしたら、俺はどうするだろうか? 期待とプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、勇者として振る舞うことは並大抵のことではない。
「リアのせいじゃないよ。だから元気出して……」
俺はリアの頭にポンと手を置いて辛うじてそう言った。
彼の気持ち、そしてリアの気持ちを理解しようとすればするほど胸が苦しくなり、俺はそう言うことがやっとだったんだ。
少し憂鬱な時間が、俺たち二人の間に流れる。
するとリアはふと立ち上がった。
「Trainingの続き、やって来るネ」
リアはそう言って、俺に笑いかけた。そして彼女はその長い髪を風に揺れさせながら俺から離れていく。だが、笑顔とは裏腹に、その背中はやっぱり憂鬱なままであった。
俺は気の利いた言葉が思いつかず、彼女の背中を黙って見送ることしかできなかったのだった……。




