第21話 シャムロックの秘め事(後編)
シャムロックの秘密を聞いたハルトは…
「そっか! それは良かったよ!」
「……え? 良かったんですか?」
「うん! だって、俺がいれば君は何も困らないわけでしょ? 君が倒れることもないし、周りの人を苦しめることもない。うん、これで万事解決だね!」
いや良かった。いったいどんな凄いことを言われるのかと少し心配したけど、それぐらいならお安い御用だ。俺は彼女のためにしっかり魔力供給をしてあげよう。うん。
しかし、俺の呑気な思考とは裏腹に、シャムロックは困惑を隠しきれないようだった。
「ど、どうしたの? 俺何か変なこと言った……?」
「い、いえ、あの、そうではなくて……」
すると、なんとシャムロックはまた目から涙をあふれさせてしまった!
「ご、ごめん! シャムロックを傷付けるようなことを言っちゃったのなら謝るよ!」
「違うんです……。そうじゃなくて、わたし、とても、嬉しくて……」
彼女は確かに涙を流している。でも、その表情は明るいものだった。
「あなたがわたしを拒絶しなかったことが、堪らなく嬉しかったんです……。だって、魔力をもらうなんて、あなたにわたしが寄生しているのと、同じじゃないですか……? それでもあなたは、本当によろしいんですか?」
「寄生って、あんまりそういう風に言うもんじゃないよ。互いに足りない部分を補い合うのは当たり前のことだよ。俺は君に魔力を提供する。君は、そうだな……俺に毎日、その可愛らしい笑顔を向けてくれるっていうのはどうだろうか?」
照れ隠しの意味もあったけど、俺今かなり恥ずかしいことを言った気がする。シャムロックは途端に顔を真っ赤にさせてしまう。そして綺麗な銀髪を大いに揺れさせ、アワアワしながら言った。
「か、可愛らしいだなんて、わ、わたしには荷が重いです! も、もう少し、簡単なことでは、駄目でしょうか?」
「うーん、例えば?」
「え? えーと、では、お目覚めの、キスでは……」
「キス!? そんなの、な、尚更駄目だよ!」
「ど、どうしてです……? わたしのキスは、嫌ですか……?」
シャムロックはなぜか涙目で言う。あーもう! 可愛いけど駄目なものは駄目なの!
「そういうことじゃなくて、女の子が、簡単にキスなんてしちゃ駄目なの! キスするのは、将来を誓い合った人って相場は決まってんの! だからそんなこと、お父さんは絶対に許しません!」
いつから彼女のお父さんになったんだよ? とか、そうなると君はアルカディア王になるんじゃね? という突っ込みも意に介すつもりはない。とにもかくにも、俺から彼女にセクハラまがいなお願いをするつもりは毛頭ない。
と、こんなやりとりをしていると、不意にシャムロックが噴き出した。
「ふふ、やっぱり、あなたはとても真面目な方なんですね」
「そ、そうだよ! 俺は真面目だから変なことは言わないの! シャムロックも本当に気にしないでいいからね。魔力が必要ならいつでも言ってよ。必ず力になるからさ」
「はい。それでは、早速なんですが、まだ魔力が足りていないので、補充をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。それじゃ、俺はどうすればいいの?」
そう言えば、散々魔力の補充とか言ったけど、具体的にどうすればいいのか全然考えていなかったな。魔力ってホイッと簡単にあげられるものなのかな?
あれこれ考えていると、シャムロックは実にあっさりとこんなことを言った。
「それでは、恐らく魔力の補充には半日はかかると思うので、申し訳ないんですがハルト様、今日はわたしと一緒に寝ていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、分かったよ……………………え? 今何と?」
「一緒に寝ましょう、と申し上げました」
「うえ!? 俺が君と一緒に!? なんで!?」
「ええと、実は魔力を他人に譲渡することも可能ですが、それではあなたが魔力不足に陥る可能性があって大変危険なんです……。なので、それはいたしません。通常であれば、あなたが魔力を放出すると、一気に空気中に拡散してしまい、あまり多くの魔力を効率的に吸収することができません。ですが、あなたと身体を近づけることで、より多くの魔力を短時間で安全に吸収することができるのです。そのためには、二人が隣り合って眠ることが一番の早道だと思いまして」
そう言うシャムロックの表情には全く淀みがない。それが最善だと信じて疑っていない。そこに邪な感情など微塵も含まれていない。むしろ、動揺している俺の方がおかしいんじゃないだろうか? 動揺すると言うことは、下心が含まれている、ということになってしまうんじゃないだろうか……?
いやいや! そうは言っても、女の子と二人で寝るなんて、動揺しないわけないでしょうが!? 記憶は相変わらずないが、絶対それは俺にとって初めての経験のはず! もちろん、あの広いベッドに寝る訳だから一定の距離は保てるだろうが、それでも大事は大事なんだ!
「あの、それでは、駄目でしょうか……?」
「べ、別に、駄目ってわけじゃないけど……。でもいいの? 魔力のためとはいえ、俺なんかが同じベッドに入っちゃって」
「大丈夫です。あなたなら、わたしは少しの不安もなく眠ることができると思います」
うわー、なんか物凄い信頼の眼差しだよ。きっと彼女は俺のことを一つの間違いも起きないほどクソ真面目な人間だと思っているに違いない。いや、実際間違いなんて起きる訳はないんだけどさ……。でもなんか悔しいじゃん? 男として全く見られていないってのもさ……。
と、くだらないことを考えるのはもう終いだ。彼女が俺を信頼してくれているのなら、俺はそれに応えるべきだろう。俺はようやく覚悟を決めた。
「分かった。それじゃ、一緒に寝ようか」
「はい。あの、よろしくお願いします」
なんかその言い方は、少しまずくない? とは思いつつ、そんなことを億尾にも出さない俺だった。俺は一度自室に戻って寝間着に着換え、誰にも見つからないように再びこの部屋を訪れた。
「ハルト様、こちらです」
シャムロックが俺の手を引く。その様子は、なぜか少し楽しそうな気がしないでもない。
しかし、いざベッドを前にするとやたらと緊張してしまう……。さっきまでシャムロックの寝間着姿、所謂ネグリジェというやつをあまり気にしてはいなかったが、実際この姿の彼女と一夜を共にするとあれば意識せずにはいられない。彼女は大きな胸に対して元々羞恥心がないのか、露出の多い服を好んで着ている印象があるが、このネグリジェも破壊力は十分だ。今の彼女の格好を見つめてしまうと変な気を起こしかねない。あくまで俺は紳士ハルトとしてベッドに招かれている訳なので、俺はしっかりその認識を保たなくてはならない。俺は改めて心にそう誓った。
「もう遅いので寝ましょう。慣れないベッドで寝苦しいかもしれませんが、よろしくお願いします」
「う、うん」
彼女に促され、俺はベッドに上る。予想以上に柔らかい。寝苦しいことはまずないだろう。
「枕の高さはどうですか? 低いようでしたら、もっと高いものをお持ちしますが」
「気を使わないでも大丈夫だよ。俺は最悪地面にだって寝られるくらい鈍感だから、こんなベッドと枕は天国みたいなものだよ」
俺がそう言って笑うと、シャムロックもそれにつられて笑顔を見せた。どうやら、彼女も緊張していたらしい。
ベッドの中に潜り込むと、シャムロックは「灯りを消しますね」と言い、部屋は僅かな灯りを残して闇が支配した。
「それじゃお休み、シャムロック」
「はい。お休みなさい、ハルト様」
挨拶を交わし、俺は目を瞑った。隣に他人の規則正しい呼吸音が聞こえるというのは変な感じだ。しかもそれがあのシャムロックなのだから、余計に意識してしまう。
それでも俺は、なんとか彼女を意識しないように、彼女のいる右側とは反対側を向き、平静を装おうとした。しかし、それに対し、シャムロックは予想外の行動に出た。
――クイッと、彼女は俺の背中の裾を掴んでいた。
俺のすぐ後ろに彼女は迫っていたのだ。途端に鼓動が速くなる。だが離れてくれとも言えない。どうしようと焦りかける俺。
「ハルト、様……」
「は、はい?」
俺を呼ぶ声の後、再び規則正しい寝息が訪れた。どうやら、今のは寝言だったらしい。俺は胸をなでおろした。
彼女の可愛らしい寝言を聞くと、不思議なことに俺の心は再び平静を取り戻していた。
「おやすみ、可愛いお姫様」
俺はそう呟くと再び目を閉じた。そしてそのまま、眠りの世界へと落ちていったのだった。
続きます!




