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第20話 シャムロックの秘め事(前編)

倒れていたシャムロックを見つけたハルトは…

 ベッドに寝ているシャムロックは、未だ苦しそうに荒い息をしている。熱があるのだろうと思った。だが、俺が彼女のおでこを手で触れてみても、なぜかそれほどの高熱を感じ取ることができなかったのだ。


「おかしいな。熱は全然なさそうだな……」


 熱がないとすると、何か別の病気だろうか? だとすると、尚更よろしくないのではないか? 病気に関して俺に知識がある訳ではないので、ここは誰か助けを呼んだ方が賢明だろう。そう思い、俺は彼女の部屋を一度立ち去ろうとした。だが、その時だった。


「ハルト様、お待ち、ください……」


 シャムロックが目を覚ましたのだ。俺は急いで彼女の元へと駆け寄った。


「大丈夫シャムロック? どこか痛い?」


 俺がそう尋ねると、彼女は弱々しいながらも首を横に振った。


「そっかあ……。うーん一体どこが悪いんだろう……? 変な病気じゃないといいんだけど。とりあえず誰か呼んで来るから、しばらくここで待っていてもらっても……」

「い、いいんですハルト様。これは、その、ただ疲れが溜まっただけだと思うので……」


 俺の袖を掴みながら、シャムロックは俺を静止した。彼女の顔色は相変わらず悪い。疲れで倒れることはあるとは思うが、日中会った時はそれほど体調が悪そうではなかった。シエルとの一件で疲れが溜まったと言われれば確かにその通りなのだが、俺にはどうしてもそうは思えなかった。


「シャムロック、悪いけど本当のことを言ってもらってもいいかな? 君が倒れたのは、本当に疲れが溜まっただけ? 何か他に理由があるんじゃないのかな?」


 俺は彼女の目をしっかり見つめて尋ねた。何もないならそれでいい。だが、何かあったとしてそれを隠して悪化させてしまっては取り返しがつかない。俺にとって彼女は本当に大切な人なんだ。彼女が苦しむ姿は俺は見たくないんだ。だからどうしても、俺には正直に応えてほしかった。

 彼女は、俺のまっすぐな視線に僅かに瞳を揺れさせた。何か言いにくそうなことがあるのは明白だった。俺は彼女を追い詰めない様、頭を撫でてこう言った。


「大丈夫。俺は君との約束は絶対に守るよ。もし、君がどうしても秘密にしたいことがあって、それを隠すことによって君の命に危険が及ばないのなら、俺は決して他の人に言ったりしない。秘密は墓場まで持って行くつもりだよ」


 俺がニッと笑ってそう言うと、シャムロックはようやく決心がついたのか、その可愛らしい顔を引き締めて「そこまで仰られるのなら……」と前置きした上で、俺にこう言ったのだった。


「実はわたし、魔力が不足する病気にかかっているんです……」

「魔力が、不足する病気だって……?」

「はい。病名は分かりませんが、わたしは”魔力欠乏症”と呼んでいます。魔術を駆使するためには、まず体内に魔力を取り込む必要があります。しかし、それだけでは魔術を使用することはできない。魔術師は取り込んだ魔力を魔術エネルギーに変換するための器官を体内に持っていなければならないのです。それを、魔力回路といいます」


 魔力回路については、この世界に来た後、アオイやセレスティアから聞いたことがあった。魔力というものはこの世界の至る所に存在しており、魔力回路と魔力が合わさることで魔術師は魔術を使うことができるといった内容だったはずだ。


「魔力回路はその機能を維持するために、それ自身が安定的な魔力の補充を必要としています。普通の人間であれば魔力はそれほどの量を必要としないので、日常生活に支障は生じません。ですが、わたしの場合は、魔力回路の維持に相当量の魔力を必要としているのです。わたしの魔力回路は、その機能を維持するために大量の魔力を摂取しようとするのですが、拡散している魔力を効率的に摂取することはそれほど容易なことではなくて……」

「えっと、そもそもどうして、シャムロックの魔力回路は大量の魔力を必要とするの?」

「それは……わたしにも、分からないんです。ごめんなさい……」


 シャムロックは沈んだ表情でそう言った。確かに、その人に持病があって、なんでそんな病気を持っているんですか? と尋ねられてその理由を応えられる人がいないのと同じことだ。むしろそんなことを聞く方が野暮というものだろう。


「ごめんごめん、謝らないでいいよ。俺も余計なこと聞いちゃったね。とにかくシャムロックは一般の人と比べるとより多くの魔力を必要としていて、今倒れてしまったのは、その魔力の補充が上手くいかなかったから、ということなんだよね?」

「はい……」

「そのこと、他の人は知っているの?」

「いいえ……。この病気になったのは、ほんの一年ほど前のことで、誰にも相談はしていないんです……」


 シャムロックは今にも泣きそうな表情でそう言った。


「一年も前から……。どうして、誰にも相談しなかったの?」

「言えません……。だって、わたしは、そこにいるだけで、必要以上の魔力を吸い上げてしまうんですよ……? わたしの看病をして、倒れてしまった人だっていたんです。わたしは、誰も傷つけたくないのに、身体は言うことを聞いてくれない……。本当のことを知ったら、みんな、わたしの元からいなくなってしまうと、思って、それで、言えなくて……」


 もはや、彼女は涙を堪えることができなかった。他人を想う彼女だからこそ、自分の身に起きた事態に心を痛めずにはいられない。自分がいるだけで他人の生命を脅かす危険があるなどという事実を知ればショックを受けるのは当たり前だ。しかも、それを誰にも言うことができないなんて、これほど辛いことはあるだろうか?

 俺は一体、シャムロックのために何ができるだろうか? 誰にも言えない秘密を抱え、独り孤独に震えている少女を、どうやって助けられるだろうか?


「大変だったね……」


 俺は彼女の涙をぬぐいながらそう言葉を掛けることが精一杯だった。すると今度は、泣き顔のままではあるが、シャムロックは躊躇いがちに口を開いた。


「実はわたし、このこと、あなたにだけは、打ち明けようと思っていたんです……」

「そうなの? でもどうして、俺にだけ話そうとしてくれたの?」


 俺がそう尋ねると、シャムロックは答えづらそうに俯いてしまう。きっと、本当のことを言ったら俺に拒絶されてしまう。俺には彼女がそう思っているように思えてならなかった。だから、俺は彼女にこうはっきりと言った。


「大丈夫だよ。例え君が何を言うつもりだったとしても、俺は拒絶したりしないよ。もう君は、俺のことを十分すぎるくらい救ってくれた。だから今度は俺の番だ。勇者とか、ハルカの代わりとかじゃなくて、俺という一人の人間として、今度は俺が君を助けるよ。だから言って。どんなことでも俺は受け止めてみせるから」


 臭い台詞かもしれいなが、俺はそこに嘘偽りは全くなかった。例えどんなとんでもない事実が待ちうけていても、俺は決して揺るがない。そう自信を持って言うことができた。

 シャムロックは初めこそ躊躇いを見せていたが、俺のまっすぐな言葉を受け、ようやく決意が固まったようだった。彼女はその大きな瞳を俺に向け、意を決してこう言ったのだった。


「ありがとうございます。……あなたは本当に優しい方なんですね。わたしが、あなたにこのことを話そうとしていたのは、あなたなら、わたしの助けになってくれるかもしれないと思ったからなんです。あなたはご自分では気付かれてはいないと思いますが、実は不思議なことに、自ら魔力を生成することができるんです」

「お、俺が自ら魔力を生成している!? そんなこと、俺は全然……。というか、そんなことが普通は可能なの?」

「普通であれば、それは考えられないことです。ですが、あなたの持つ魔力回路は規格外で、自ら魔力を作り出し外界に放出する能力を持っているのです。しかも、生み出した魔力を自ら使用することもできます」


 俺は思わずあんぐり口を開けてしまう。シャムロックから聞かされた話は、あまりに現実離れしたとんでもない話だった。俺自身が魔力を生み出すなんて、そんなのまるで植物の光合成じゃないか? 一人永久機関とも呼べるような機能を、俺は本当に持っているのだろうかと、にわかには信じることができなかったのだ。


「実はこれ、歴代の勇者様はほとんど生まれつき持っている能力だったんです」

「そうなの!? それってつまり、ハルカも、シエルもこの能力を……?」

「はい、ハルカ様はこの力をお持ちでした。ですが、シエル様は残念ながらこれはできなかったと聞き及んでいます」


 そうなのか。それを聞くと、尚のことシエルは勇者としての適性がなかったと言わざるを得ないな。まあ、こんな能力があるなんて今の今まで知らなかったわけだが。


「ハルカ様は、無自覚に色々な魔力を放出させていましたね。その内の一つが、聖なる力を放出し、悪意のある人間を手を触れずして倒すことができる、『聖なる加護(ホーリーガード)』という能力でしたね」

「すごっ!? なにそれチート?」

「それに近いものだったと思いますね。えっと、話は逸れましたが、ハルト様にもその能力は備わっています。だからこそ、わたしはこの話をあたなにさせていただいたのです」

「それは、つまり……」


 シャムロックは勝手に外界の魔力を吸収し、周りの人間の魔力を欠乏状態にしてしまう可能性がある。その一方で、俺は魔力を生成することができる。それは、即ちそう言うことだろう。


「俺が造り出した魔力を君が摂取することで、魔力不足を防ぎ、周りの人間にも被害が及ぶことはなくなる!」

「はい、そういうことです……」


 シャムロックは静かな声でそう応えたのだった。

後編へ続く。

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