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第19話 トランキライザー(※挿絵あり)

シエルを取り囲んだハルトたち。シエルはどう出る…?

「おっと、これはこれは……。一体俺をどうしようって言うんだ?」

「聞かないと分かんない? 余計な気を起こしたら速攻あんたを殺すって言ってんのよ」


 アオイが露骨に殺意を垂れ流しながらシエルに対してそう言った。ミナトもその場で激しく頭を振って同意を示している。すると、彼は観念したように言った。


「申し訳ない。つい、あの時の必死な様子の彼女を思い出して、彼女の死が残念に思えたんだ。彼女にお節介なアドバイスを送ったことも、今は後悔しているんだ」

「アドバイス?」

「ああ、俺の能力"先読み"を利用したものだったが、視える未来は確実ではないからな。……俺が彼女の死を言いふらすメリットがないのは、君たちだって分かるだろう? 悪いが、武器を置いてくれないか?」

「そんなこと、あっさり信用すると思うのデスか?」

「悪いが、俺は信じて欲しいとしか言いようがないんだ。君の正体をバラして、王国をかき乱す様なことは当然俺のやるべきことではない。だからそれに関して嘘はつかない。どうか、信じてはもらえないだろうか?」


 彼は手を挙げてそう言う。疑うことは簡単だ。彼が信用のならない相手なのかは正直計りかねるが、信じられないのなら、俺たちは本当に彼の息の根を止めるしか方法はなくなる。しかし、それはいくらなんでも騎士団の人間がするべきことじゃない。暴力に訴えてしまっては、「鉄の翼」と同じになってしまう……。

 俺はシャムロックを見た。それに倣い、アオイたちも一斉に彼女を見つめる。すると彼女は、俺たちを代表してこう言った。


「分かりました、そこまで仰るなら、あなたの言葉を信じましょう」


 シャムロックは僅かに表情を崩した。彼女の言葉に、普段は彼女に対して不遜な態度は取らないリアは納得できない表情を浮かべたが、それでも彼女の決断に異を唱えることはしなかった。


「そう言ってもらえると助かる。俺は勇者の死は絶対に口外しないと誓おう」


 シエルはそう言うと、再び踵を返し、俺たちに背を向けた。そしてこう言った。


「勇者の代理人よ、あんたなら、もしかしたら今度こそ世界を救えるかもしれないな。流石は、限界を超越した存在(・・・・・・・・・)よ」

「な、なんだそれ? どういうことだ……?」


 俺が彼の背に向かって尋ねると、彼は首だけをこちらに向けて言った。


「それはいつか自分で気付くことになるだろう。少なくとも、俺が軽々しく言っていいことじゃない。それほどまでに、あんたという存在は特別なんだ」


 彼の言っていることは、正直言って俺には理解出来なかった。限界を超越した存在? 俺が特別? 何を言っている。俺はただの記憶喪失の男で、たまたま死亡したハルカに似ていただけだ。そう、本当にただ、それだけのはずなんだ……。


「では、俺の分まで頑張ってくれ。この世界が、守る価値のあるものならばな……」


 引っかかりのある言葉を残し、今度こそ彼はこの場を立ち去った。シャムロックはその後ろ姿を寂しそうな瞳で見つめ、リアは最後まで怒りが収まらないのか彼を睨み続けていたのだった。


 相当な横やりが入ってしまったが、俺たちは当初の目的であった薬屋で薬を購入した。

 帰路はとても静かだった。いつもハイテンションなリアが一言も口を利かず、アオイも疲れたのか黙って前だけを見据え、ミナトは元々口数が少ないのでいつも通りで、シャムロックはこの空気感をどうにもできないらしく困ったような表情を時折俺に向けてきていた。俺自身もさっきのシエルの言葉が引っかかりモヤモヤとした気持ちを引きずっていた。一体彼の言葉の意味は何だ? 考えたところで分かりようもないことだが、道標(みちしるべ)のない俺はそれを考えずにはいられなかったんだ。

 結局、城に到着すると全員軽く挨拶をしただけで、各々の部屋へと散会してしまった。シャムロックもやむなく部屋へと帰っていった。

 俺は忙しなく働いているフランチェスカさんに薬を渡すと、その足でミナトの元へと向かった。


「みんな、とても暗かったです……」


 ミナトは彼女の部屋のダイニングの椅子に腰かけたまま、俯きがちにそう言った。


「ごめん、俺ももう少し気を使うべきだったよ」


 そう言って俺が頭を下げると、


「は、ハルトさんは悪くありません。悪いのは、あの浮気勇者です」

「浮気勇者か……。やっぱり、女性としてはそういうのは許せない?」

「はい。ペトラという人が、とても可哀想だと思いました」


 言葉は拙くても、ミナトの真面目さ、優しさはしっかり俺に伝わっていた。だから、何とは無しに俺は彼女の頭を撫でてあげた。


「いい子いい子」

「こ、子供じゃ、ないですよ……」

「いいの、ミナトは俺の娘なんだから」

「わ、わたしはこれでも、14歳、です……。わたしが娘なら、ハルトさんは、40歳くらい、ということに、なります……」


 冗談に対しても真面目に返事をよこすミナトはやっぱり可愛い。俺は茶化すように「そうなのかもねー」と頭を撫でながら言った。


「うー、ハルトさんは、意地悪です……」

「ごめんごめん。つい調子に乗っちゃって。それよりもミナト、よかったら今から何か料理を教えてもらえないかな?」

「今から、ですか? わたしは、構いませんが、どうしてですか?」

「みんなさっきので疲れちゃったと思うんだ。甘いお菓子でも作って、ちょっとでもみんなの癒しになればと思ってね」


 女の子は疲れた時は甘いものが一番だ。みんなの好みまでは分からないが、甘いものを嫌いな女の子はおるまい。


「なるほど。では、スコーンはどうでしょうか? 紅茶と一緒にいただくと、幸せな気分になれますよ」


 ミナトは微笑みを浮かべてそう言う。彼女のその表情を見ただけできっとそれは物凄く美味しいんだろうなと想像がつく。俺たちは早速台所に向かった。三角巾を頭に巻き、エプロンを着けて準備万端。

 台所にはフランチェスカさんが買い置きしておいてくれた食材がずらりと揃っている。その中から薄力粉や砂糖、牛乳やバターといったものを取り出し、俺たちはスコーン作りに取り掛かった。


「できた!」

「はい、できましたね」

「これは美味しそうだね! さすがは先生!」

「えっへん、です」


 ミナトは控えめに胸を張る。いつもよりも得意げな所が余計に可愛い。ということで、俺たちはさっき別れたみんなにスコーンを持っていくことにした。

 リアの部屋に行くと、「Oh! さっきはvery sorryネ……。つい感情的になってしまったネ」と言って、すぐに俺たちに頭を下げた。


「気持ちは分かるから仕方ないよ。それよりもほら、ミナトと一緒にスコーン作って来たから食べてよ」

「これは、とっても美味しそうネー! 早速いただくネー!」


 スコーンを頬張るリアは実に幸せそうだった。ミナトに教えてもらっているんだから当然だろうけど、どうやら味の方は問題ないみたいだ。

 俺たちが次に訪れたのはアオイの部屋だった。俺がスコーンを作ってきたと言うと、彼女は呆れ顔で「女子か」と突っ込んだ。


「アオイって確か甘党でしょ? 絶対気に入ると思うんだけどな」

「べ、別に、あたしは甘党って訳じゃ……」

「アオイが、コーヒーにお砂糖を大量に入れているのを、目撃してしまいました」

「ちょっ!? あんた何を余計な……!」

「しかも、その多糖コーヒーを、凄く苦そうに、飲んで……」

「これ以上はやめい!!」


 アオイは顔を真っ赤にさせてミナトの口を抑えている。本人は隠しているつもりなんだろうが、アオイが甘党なのは親衛隊の全員が知っていることだ。別に甘党は恥ずかしいことじゃないと思うけど、彼女にとってはその辺は割と大事なことらしい。

 と、色々文句は言いつつアオイはスコーンに手を付けた。


「んーーー!」


 スコーンにかぶりつくと、アオイは言葉にならない感嘆を上げた。どうやらかなりお気に召したらしい。聞かなくても分かるけど一応感想を聞いてみる。


「どうかな?」

「美味しすぎ。腹立つ」

「なぜ!?」

「男のくせにこんな美味しいの作るなんて反則よ」


 ニコニコ笑顔で憎まれ口を叩くアオイさん。


挿絵(By みてみん)


「今の時代にそんなセリフ言うとセクハラで訴えられるぞ」

「誰によ、誰に……? あーもー、どうして甘いものってこうも心が安らぐのかしら」


 怒ったり喜んだり忙しいけど、どうやらかなり好評のようだ。確かに、甘いものを食べている時って心は穏やかになるものだよね。


「カッカした時はこれが一番ね。さながら精神安定剤ね」

「そりゃ随分大袈裟だな。でも、喜んでくれて嬉しいよ」

「ま、まあ、なかなかやるんじゃない? ミナトも、あんがと。美味しかった」


 ようやくアオイがデレると、ミナトは嬉しそうにまた微笑みを見せてくれた。

 アオイの部屋を出る頃には、夜はすっかり更けてしまっていた。ミナトが眠そうにしていたので、俺は一人でシャムロックの部屋まで差し入れを持っていくことにした。

 こんな時間に行くのも迷惑かもしれないが、俺はどうしても今日という日が終わる前に、彼女にスコーンを持って行ってあげたかったんだ。

 城の階段を昇っていく。そう言えば、彼女の部屋に行くのは初めてだったな。

 シャムロックの部屋の前に立つ。もし眠っているなら早々に退散しようと心に決めつつ、俺は扉をコンコンと叩いた。だが、いくら待てども反応がない。


「もう寝ちゃったのかな……?」


 眠っているなら帰ろうと、俺は一瞬思った。だが、次の瞬間には俺は異常を感知していた。明らかな魔力の揺らぎを感じたのだ。ただ眠っているだけならこんなことにはならない。俺はもう一度、今度は強く扉をノックした。

 しかし、何度ノックをしてもやはり返事がない。俺はやむを得ず、扉に手を掛けようとした。だが、予想に反し扉は鍵が掛かっていなかったのだ。俺は悪いとは思いつつも、扉を開いて中に入ることにした。

 部屋は灯りがついていた。王女の部屋というだけはあって、部屋はかなりの広さを誇っていた。そして、部屋の最深部には大きなベッドがあった。俺は彼女がそこに寝ているのかと思い、歩みを進めようとした。しかし、すぐにその必要は全くないことに気がついた。


「シャムロック……!?」


 シャムロックはベッドにはいなかった。なんと彼女は、床のカーペットの上にうつ伏せに倒れていたのだった。

シャムロックに何が!?

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