第1話 銀髪の少女(※挿絵あり)
6/29 読みにくい表現の修正を行いました。内容に関しては特に変更はありません!
自分が誰か分からないことほど恐ろしいことはないと、俺は思う。
「あ、れ……」
目が覚めると、なんと、
「わ、わた、いや、お、俺……?」
俺は自分が誰なのかをすっかり忘れてしまっていたのだ。
混乱しながらも、俺は必死に頭をめぐらせた。しかし、俺は何一つ記憶を掘り起こすことができなかった。
しかも、自分という人間を辿る手がかりを探そうにも、そもそも周りにはそれらしいものが何一つないのだ。
というのも、俺が目を覚ましたのは布団の中でもましてやベッドの上でもなかった。
「なんで、こんな所で……?」
……俺はなぜか、土の上に寝転がっていたのだ。
俺は驚き、急いで辺りを見渡した。
どうやらそこは小高い丘のようであった。そして、俺の目に飛び込んできたのはヨーロッパのような統一感のある赤い屋根の家々だったんだ。
見覚えの全くない光景に、俺の混乱は増すばかりであった。
ただでさえ自分が誰か分からず困り果てているというのに、なぜ目の前には明らかに見覚えのない街が広がっているんだろうか?
「意味が分からないにも程がありませんかね……?」
思わず俺がそう言いたくなったのも、恐らく分かってもらえるんじゃないだろうか?
せめてそこが自宅なら、そこには俺に関する情報が転がっているかもしれないのに、よりにもよってこんな所に寝ているんじゃ全く想像のしようがないじゃないか……。
俺は止むなくその場で立ち上がった。立ち上がった所でこの状況の打開策が見つかる訳もないが、座りこんでいては一生かかっても筋道すら見つからない。
……というか、俺の着ている服、これは一体何なんだろうか? こんなの、まるで見覚えがない。こんなRPGゲームで町人が着ているような中世ヨーロッパ的な服を買った覚えもなければ着た覚えもないんだけどなあ……。
と、とにかく、状況が良く分からないのなら誰かに聞くより他にない。もしあの街に住んでいる住人の言語を俺が理解出来ない場合は大変困ってしまう訳だが、それでも誰にも巡り合えないよりはマシだ。
ということで、俺はあの街を目指して歩き出した。しかし、その時だった。
「……人の気配がする」
歩き出してすぐ、俺の視界にある建物が飛び込んできた。それは大きめの洋館のようなものだった。そしてそこから微かに人の気配が感じられたのだ。
ただその建物は、見るからに暗く重苦しい雰囲気が漂ってきており、あまり人の出入りが多い様には見えなかった。
よりにもよって街から外れたこんな所にある辺り、尚のこと怪しさが増しているような気がすること請け合いだ。
それでも、人の気配がするのなら背に腹は代えられない。もし窺って追い出されたのならそれはそれ。この街に人が住んでいることを確認できただけ良かったと思うしかないだろう。ということで、俺は恐れながらもその洋館へと歩みを進めていった。
近づいてみると、それが結構立派な建物であることが分かった。入ることは一瞬躊躇われた。だがそんなことよりも、俺は自分がまるでこの世に存在していないんじゃないかと思えるほどの、この気持ちの悪い状況を何とかしたかった。だから、俺は構わず扉を大きくノックした。しかし、扉の向こう側からは何も反応はない。
「すいません!」
俺は堪らず必死に声を張り上げるも、やはり反応はなかった。いけないとは思いつつも、俺は扉に手を伸ばす。すると、扉はなんと鍵がかかっておらず、俺が扉を引くとそれはあっさりと開いてしまったのだった。
入ってみると、中は薄暗く、足元も若干見づらいほどだった。荘厳な外観に暗い室内。普通ならどう考えてもお暇を考えるべきだろう。しかし、今の状況は残念ながら全くもって普通ではなかった。
どっちにしたって異常事態なんだ。少しくらい異常な状況が増えたって何の問題もない。そう思い、俺はその建物に闖入した。
「ごめんくださあい……」
震える声で挨拶をするも、やはり返答はない。室内は恐ろしいほどに静まり返っていた。心なしかひんやりと空気が冷え切っているような気もする。しかし、それでもはっきりと人の気配だけは途切れることはなかった。絶対にここには誰かがいる。そういった純然たる確信だけはあった。俺はそれを信じて建物の奥へと進んでいった。
ふと、俺は建物内で最も大きいであろう扉の前に差し掛かっていた。
この奥に、誰かがいる。自分が誰かも分からないくせいに、それだけはやはり俺は確信を持って言えた。もちろん、勝手に建物に入りこんでいる以上怒られる可能性は十二分にあった。それでも、俺は何としてでも、生きている人間と話をして、この暗闇から抜け出したい思いで一杯だったんだ。
瞬間、扉の向こうで何か音がしたのが分かった。そして、奥から足音の様なものが聞こえてきているのもわかった。
俺は居ても立っても居られず、扉の前に立つ。すると、その瞬間ドアノブが回転し、扉が手前に向かって開かれていったのだ。
開かれた扉の向こうの暗黒の空間から、人が現れる。驚くべきことにその人は……
「は、裸!?」
何も衣服を纏っていなかったのだ!
「え?」
驚いたのは俺だけではなかった。扉を開けた人物、裸のその人は、なんと女の子だった。その子は、いるはずもない人物であるところの俺を視界に収めると、しばらくの間全く状況を理解することが出来ないでいた。だがしばらくしてようやく、彼女はその可愛らしい顔を真っ赤に染め上げて絶叫を上げたのだった。
「きゃ、きゃあああああああ!?」
「ごごごごご、ごめんなさい!」
俺は急いで目を塞いだ。その少女、薄暗い室内でもキラキラと輝きを放つ銀色のロングヘアーの美少女の裸を、俺は既にこれでもかと見てしまっていたが、それでも俺は少女の裸を見ていないと装うことにした! なぜって、こちとら記憶喪失だっていうのに、痴漢扱いされて警察に突き出されたらそれこそ目も当てられない状況になることは確実だからだ!
「あ、あなたは、誰ですか? どうしてここにいるんですか?」
目を瞑って身体を背けている俺に向かって少女が尋ねる。心が休まるような優しい声だった。できればこんな状況じゃなくて本当に心が休まるような状況、例えばマッサージチェアにでも座りながら聞きたかったところだ。
と、ふざけている場合ではなく、俺は少女に状況を正確に伝えなければならない状態に追い込まれていることを思い出し、おどおどしながらも、俺は何とか裸の少女に説明を試みたのだった。
「えっと、実は、道に迷ってしまって、それで、大きなお屋敷を見つけて、道を聞こうと思って……。だから、決して女の子の裸を見ようだなんて、そんなことは思っていなくてですね……」
「そ、そうなんですか? 道に迷われて、ただ間違って入ってしまっただけと?」
「は、はいそうです! だから、すぐに出ていきますので!」
俺はその場から走りだそうとする。しかし、そんな俺を、なぜか少女が止めたのだ。
「あ、待ってください! 道に迷っているのでしたら目的地までわたしがご案内致します。すぐに着替えますので、ちょっと待っていてくれませんか?」
「え? ほ、本当にいいんですか?」
「はい。すみません、わたしも動揺して、はしたない声を出してしまって。驚かれたでしょう?」
少女は俺に、優しい声で問いかけた。
勝手に裸を見た変態未遂の俺に対して、なんて優しい声を掛けてくれるんだと、俺が思わず感動していると、少女は「今服を着て来ますね」と言い、急いでどこかへ走っていってしまった。どうやら自室に着替えを取りにいったようであった。
それにしてもこの状況、やはり彼女が丁度お風呂に入り、気持ち良くなって出てきた所に俺がはち合わせしてしまった、という状況が濃厚のようだ。あまりにもタイミングが悪いし、何よりも彼女に申し訳ない。後でもう一度謝っておいた方がいいだろう。
俺は手の目隠しを外した。すると、さっきまで少女が立っていたところが水で濡れているのが目に入った。
そう言えば、彼女、風呂から出てきたのにタオルを持っていなかったな。ずぶ濡れの状況じゃ床が水浸しになるだろうに……。
と、そんなことを心配するような状況にはなかったことを、俺は思い出し、とりあえずはこれ以上余計な詮索をするのはやめることにした。
他人よりも自分の心配をしろと、言い聞かせてしかるべき状況なのは間違いなさそうだった……。
次回へ続く!