第16話 はじめてのおつかい?
「セレスティアが風邪?」
「はい。熱があるようでして、しばらく療養する必要があるかと」
心配そうな様子でそう言うのは、元ハルカのメイドであり、今はセレスティア付きの専属メイドになっているフランチェスカさんだった。
例の人質立て篭り事件を解決し、それから数日は何事もなく日々が流れた。俺はいつものようにアオイに魔術や身体術の指導を受け、夜はセレスティアから魔術使用の理論や、この国の歴史などを教わり、なぜかその合間の時間でミナトから料理の作り方を教わったりした。
ミナトはフランチェスカさんから指導を受けているらしく、俺よりも年下ながらも料理の腕はかなり上達したようだった。ミナトの授業には意外にもアオイやリアといった一見すると料理とは無縁そうな人たちも参加しており、料理ができた後は親衛隊のみんなを招待して試食会を開いたりした。
試食会にはシャムロックも呼び、彼女は王女であるにも関わらず、「わたしも皆さんに習いたいです」と羨ましそうに俺たちを見つめていた。
しかし、魔術や勉学に励むのは分かる。だがなぜ勇者代行である俺まで料理を作らないといけないのだろうか?
「細かいこと気にする男はモテないわよ」
「細かいコト気にする人はモテないデース!」
「細かいことを気にしては、モテませんよ」
何も三人いっぺんに突っ込むことはないと思うんだ……。まあそうは言っても、これでみんなと大いに親交を図れているのは間違いないので、料理会を否定することもないかというのが最近の俺の正直な思いだったりする。
話は逸れたが、セレスティアが体調不良というのは俺にとっては寝耳に水の出来事だった。実際セレスティアはつい昨日までいつも通り教鞭をとり、居眠りをしかける俺にチョークを投げるほどの鬼教師ぶりを見せていただけに、彼女が無理をして勉強に付き合ってくれていたのではないかと思うと非常に申し訳ない気持ちになる。もちろん、俺が謝ったところで、「非があるのは体調管理もできない私ですので」、と言われるのがオチだろうが、それでも申し訳ないものは申し訳ないのだ。彼女の体調不良の原因の一端を担っている可能性がある以上、俺に何かできることはないだろうかと思案するのは当然のことだと俺は思う訳である。
「なのでご本人から、『申し訳ないのですが今日の座学は中止させてください』と申し伝えて欲しいと言われておりまして」
「体調不良でも相変わらずセレスティアはしっかりしているね。ってか俺のことは別にいいですよ。それより、何かお手伝いできることはありませんか? 体力のつきそうな食材を探してくるとかどうです? 例えばうなぎとか」
「unagiって、何ネ?」
疑問を挟んだのはリアだ。
「うなぎというのは、細くて、にゅるにゅるしている、黒光りする、アレです……」
「なんだかとっても卑猥ネ!」
「ミナト! 言葉足らずも大概にしなさい! あと黒光りするとか余計なこと言わなくていいから!」
「うなぎってのは、日本でよく食べられている魚のことよ。ミネラルやたんぱく質を豊富に含んでいて、滋養強壮効果があると言われているわ。生きている時の見た目はエグイけど、食べる時はお腹を開いて蒲焼にしちゃうから全然問題ないけどね」
なぜかうなぎに詳しいアオイ。好みだったりするんだろうか?
「でも残念ね。あたしはここにきて1年経つけどうなぎを見たことはないわね。この世界には生息していないんじゃないかしら」
「そっか、それは残念だ……」
うなぎがいないとなれば……
「じゃあ、今すぐ風邪を治すことのできる万能のヒーラーを捜して連れてくるってのは?」
「馬鹿ね。この世界のヒーラーがなんとかできるのは外傷とか解毒くらいなものでしょ。風邪を治したいなら薬を飲まないと駄目ね」
「薬かあ……。あ、そうだフランチェスカさん。薬の備蓄は今十分にあるんですか?」
俺がそう尋ねると、フランチェスカさんは首を捻りながら応えた。
「実は、今少し薬が不足しておりまして。彼女の分の薬をこれから買いに行こうと思っていたところなんです」
「そう言うことでしたら、俺が行きますよ」
「え!? いいですよそんな! ただの買い物を、勇者様にやらせるという訳には……」
「いいですよ、俺ただの代行だし。買う薬が決まっているなら教えてください。サッと行ってきちゃいますので」
それからしばしフランチェスカさんは俺に行かせる訳には……と言っていたが、俺が譲る気がないと分かると一度小さく溜息をついた後、俺のために買う薬のリストを渡してくれた。
「そういうところも、ハルさんにそっくりなんですね……」
そう言うフランチェスカさんの寂しそうな横顔がひどく印象的で、彼女とハルカの絆の深さを改めて実感させられた瞬間でもあった。
しかしリストをもらった俺だったが、そう言えば一人で街に行ったことがなかったことを思い出した。
「という訳で、行こうかアオイ」
「ってどういう訳よ……? 自分で受けた仕事なんだから一人で行きなさいよ……」
「ええ、連れないなあ……。これから予定でもあるの? デート?」
「あんた、絶対にあり得ないと思って聞いてるでしょ?」
アオイの顔に分かりやすいくらいの怒りマークが浮き上がる。しまった。煽り過ぎたか。
「……ったく、分かったわよ。特に予定はないから付き合ってやるわよ。その代わり、何か奢りなさいよね」
「オッケー! 流石アオイさん!」
悪態付きながらも付いて来てくれるあたりアオイも大概お人好しだ。何か美味しいものでも買ってあげるとしよう。
すると、俺の袖が誰かに引っ張られている感覚があった。俺は引っ張られる方に振り返ると……
「ミナト……?」
「……」
モジモジした様子で、俺の袖を掴んだままのミナトが視線を泳がせていた。ミナトにはここのところ料理教室で世話になっているし、何か恩返しをしたいと思っていたところだ。それに、なんか凄く行きたそうだからここは連れて行くべきだろう! だいぶ慣れてきたとは言っても、この辺の意思表示はまだまだ苦手な様だ。
そうだ。何か食材を買って、手料理を振舞うというのもありかもしれない。日ごろの鍛錬の成果を披露すればミナトも喜んでくれるかもしれない。
美味しいって言ってくれたら嬉しいなあ……あれ、俺なに女子みたいなこと考えてんだ……?
「ミナトも一緒に行くか?」
そう尋ねると、ミナトは途端に表情を明るくさせる。実に分かりやすくて可愛い子だ。娘にしたいくらいだ。
「行きます、是非」
「Oh! 二人とも行くんですネ! そう言うことなら、ワタシも行くネ!」
「別に遊びに行く訳じゃないわよ」
「それでも構わないネ! みんなと一緒にいると楽しいから問題ないネ!」
「相変わらず恥ずかしいことを簡単に……」
呆れるアオイ。でもその表情は心なしか嬉しそうだ。ということで、ただ薬を買いにいくだけなのに四人で行くことになった。
ちなみに、街に行くのに男の姿で行くのがマズイということは賢明な読者様なら分かっていると思うけど、セレスティアがいないんじゃ女体化できないんじゃないの? と疑問に思うところだろう。だが心配はいらない。こういう場合を想定して、セレスティアから変身用の指輪をもらっているんだ。これは装着すれば一瞬にしてハルカの姿になれる優れモノだ。
「装着!」
「おー、簡単になれるものね」
「どう? これは便利でしょ?」
「便利だけどあんたはそれでいいの?」
「え?」
再び呆れるアオイ。そして俺は俺自身の行動の愚かさを呪うのだった。
自分から女体化してどうするねん!? と突っ込んだところで全ては後の祭りなのである。
気を取り直して買い物に行きましょう……。
城から連れだって出たところで、そこには予想外の人物が俺たちを待ちうけていた。
「姫様!? どうして城の外に?」
なんとそこには城内にいるはずのシャムロックの姿があったのだ。その時俺の中では、あ、一応アオイはシャムロックのことを「姫様」とちゃんと呼んでるんだとどうでもいい感想が浮かんでいたりした。
「お疲れ様です皆さん! ハルト様たちが街に買い物に行かれると小耳に挟みまして、わたしも是非連れて行ってほしいと思い来てしまいました!」
「いやあ、流石に姫様が抜けだしたりしたら大混乱になるんじゃないですか?」
「あ、それは大丈夫です。しょっちゅう抜けだしていますが、誰にも気付かれないので。わたし、結構そういうのは得意なんですよ!」
変な所で大きな胸を張るシャムロック。そう言えば、最初に出会った日も彼女は城を抜けだしていたっけ。あの時は抜け出していたことはセレスティアにバレていたような気もするけど。
「でも、街に行ったら大混乱になるんじゃ……」
「大丈夫です! 変装セットを持って来たので!」
そう言って、シャムロックが取り出したのは、サングラスとマスクだった。確かに顔は隠せるがこれだと怪しすぎやしないだろうか? というかこういうのってこの世界にもあるんだな。
しかし、変装してまで俺たちと買い物に行きたいと言う彼女の気持ちを無下に扱うのも気が引ける。ここには親衛隊員が四人もいるんだ。もしものことがあっても彼女を守り通す自信はある。それにこれから行くのは王国の首都・セオグラードだ。いくら戦乱の世といってもそんなところで王女がやられる心配は不要だろう。
「分かった、それじゃ一緒に行こうか」
「ちょっと、大丈夫? あんまり何でも安請け合いしない方が……」
「大丈夫だって。俺とアオイがいるんだぞ。彼女の安全くらい俺たちで十分守れるだろ?」
「それは確かにそうだけど……。ったく、あんたって本当にお人好しよね。そうやって無自覚の内にハーレムでも築くつもりなのかしらね」
アオイが大袈裟に溜息をつく。でもお人好しってことに関してはアオイも人のこと言えないと思うけどね。
とにかくこれ以上アオイも反対しないようだし、ミナトもリアも特に異論反論はないようだ。
俺はシャムロックに向き直り改めて言った。
「それじゃ、みんなで買い物に行こうか」
「はい!」
シャムロックは喜色満面だ。彼女の笑顔は人を元気づける力を持っている。俺はいつまでもその笑顔を見ていたいとこっそり思った。
かくして、ようやく俺たちは城を出て街へと歩き出したのだった。
和やかムードで買い物開始。
次回、ある人物が登場します。