第15話 爆炎の魔術師(※イラストあり)
罠に掛かったハルトたちは…
地面の魔法陣から伸びた蔦は容赦なく俺たちに絡みついてくる。
「ちょ!? こいつ変な巻きつき方を!?」
「ちょっと!? 変なとこ触ら、ないで、よ! い、いやあ!?」
「ぐ、この、変態、触手、が……!」
蔦は俺たちの胸や尻を躊躇いもなく蹂躙してくる。どうにもわざと局部的な締め付けをしているんじゃないかとも思ったが、肝心のフードの魔術師自身にはそういう狙いはなさそうであり、また今が戦いの真っ最中であるというこの緊迫感が俺たちに辛うじて正気を保たせていたのだった。
とにかく、これだけガッチリ縛られてしまうとまるで行動が取れない。そんな俺たちを見て、フードの魔術師は高笑いを上げて言った。
「はははっ! 実に良い格好ね! この程度の罠にも気付かないなんて、いつもの勇者らしくないわね。やっぱりあなた、この前の戦いの怪我が癒えていないんじゃないの?」
この前の戦いとは、恐らくハルカが命を落とした時の戦いのことだろう。そうか、彼女はあの戦いでハルカが死んだことを知らないんだ……。ハルカは大怪我を負ったが復活し、また自分の前に立ちふさがっている。それが彼女にとっての事実であり、俺が守りとおさなければならない秘密でもある。ここは話を合わせなければなるまい……。
女言葉を使うといよいよ男らしさが皆無になるから嫌だけど、ハルカのイメージを堅持するためだ、多少の羞恥心には目を瞑るほかない。
「そうね。あの時もあなたたちには痛い目に遭ったけど、またしてもやられるなんて不覚としか言いようがないわ……」
「まったくね! まあこちらも大きな犠牲を払っている訳だし、これぐらいの成果がないと割に合わないのだけれどね。さて、悪いけどここであんた達には再起不能になってもらうわ。ここで勇者が倒れれば、『鉄の翼』の障害はなくなる。後はあたしたちの思うがままよ!」
そう言って彼女は窓際から飛び降りると、魔法陣の近くに着地した。
「ハルカ!」
駆け付けたのは、セレスティアをはじめとした残りの親衛隊員だ。だが俺たちがこんな状況では何も手を出すことはできない。
「急いで駆け付けたところ悪いけど、これ以上近づいたら彼女たちの命はないわ。全員今すぐ武器を置くことね」
「これは、厄介なことになりましたね……。ここは、武器を捨てるしかないようです」
そう言ってセレスティアは自身のワンドを地面に置く。そしてそれに倣う様に、他の隊員も各々の武器を置いた。一気に形勢逆転。敗色濃厚。そんな言葉が皆の脳裏に浮かんだことだろう。そう、確かに普通であればそういうネガティブな感想が出てくるのはごく自然なことだ。
「ふふ、天下の勇者並びにシャムロック親衛隊もここで終わりね! 最後に十秒間だけあげるわ。辞世の句でも読ませてあげるわよ」
しかし、実際はそうではなかった。俺は微笑を浮かべながらこう言った。
「残念だけど、辞世の句はまた今度にさせてもらうわ」
「は? 何言ってんの? この状況で助かると思ってるの? この魔法陣は簡単には壊せないわ! この状況で、あんたに勝ち目なんて……」
『でハ、ここの階ごとbreakすればいいのではないでしょうカ?』
「な!?」
それは心に直接語りかけてくる声だった。その声はフードの魔術師だけでなく、俺たち全員の心に語りかけてきていた。彼女は、突如として心に語りかけてきた人物を探す。だが残念ながら、その相手は決して見つかることはない。なぜなら、その相手はここの階にはいないのだから。
『HAHAHA! いくら捜したって無駄ネ! ワタシはjugglerですからネ!』
「そんなバカな!? リアは、確かにそこに……」
フードの魔術師の見つめる先には、確かにリアの姿がある。しかし、次の瞬間にはそれは光に包まれ、そのまま跡形もなくなってしまった。
「う、嘘!? これは、幻影……!?」
俺は動揺しているフードの魔術師に対し最大限の勝ち誇った顔で言った。
「『フェイク・シルエット』、これは幻影で相手の視界を惑わす魔術。あなたが見ていたリアは最初から偽物だったということ! どうやら罠にかかったのはあなたみたいね! 一人でこの人数を相手にしたのは褒めてあげる。でも、私たちを舐めてもらっちゃ困る。アルカディア騎士団は『鉄の翼』なんかには負けない」
『その通りネ、ハルカ! では、みんな衝撃に耐えてくださいネー!』
「ま、まさか!?」
そう、そのまさかだ。一瞬の平静の後、俺たちの足元で轟音が鳴り響いた。そして、一気に床がひび割れ、割れた穴から炎が噴き出した! しかし、こうするのは分かってたけどあまりに強引過ぎやしない? これって俺たち本当に逃げられるのかな……。
「止めの一撃ネ! ブレンネン・シュラーク!」
階下から轟くリアの叫びと爆音。そしてついに、俺たちが今しがた歩いていた床が木っ端みじんに吹き飛んだ。空中に投げだされる三人。俺は瞬時に体勢を立て直すと、
「エアー・ライド!」
空中で静止し、落下してきたアオイとミナトをキャッチした。
一方、フードの魔術師はすんでの所で吹き飛んだ床から逃れ、元々いた割れた窓の所に飛び移っていた。
「こんな無茶な方法で、あたしの魔法陣を破壊するなんて……」
表情は見えないながらも、彼女が悔しがっているのは良く分かる。これ以上の作戦行動が不可能であることを悟った彼女は、俺たちに対してこう吐き捨てた。
「次は絶対にあんたたちを倒して見せる! それまで首を洗って待ってることね!」
踵を返した彼女は立ち去る直前、ポケットから何かを取り出した。そして、それに対して彼女はこう呟いた。
「……カイル様、もうしばらくお待ちください」
そしてそのまま彼女は窓の外へと消えた。そんな彼女を逃すまいと、スピード自慢の隊員であるエアハート姉妹が彼女の後を追っていった。セレスティアたちは、地面に突っ伏している武装組織の確保並びに人質の保護を行うべく、後からやって来たアルカディア騎士団に指示を出した。
「カイルって、一体誰のことだ?」
俺は彼女が消えた方を見つめながら呟いた。あの様子だと、その人物は彼女にとって大切な人のように思える。一体、その人物は彼女とどんな関係なんだろうか?
「それは『鉄の翼』の頭の名前よ」
リアの爆炎のせいで汚れた服を叩きながらアオイが言う。
「それって彼女らが釈放を求めているっていう、あの?」
「そう。やつの名前はカイル・アシュクロフト。『鉄の翼』の創始者であり、今は死刑囚の男よ」
アオイ曰く、カイル・アシュクロフトは永らく「鉄の翼」の頭として破壊活動の限りを尽くして来たが、先日の大規模掃討作戦によりついに本拠地が陥落し、トップであるカイルが逮捕されたのだとか。しかし、各地に散らばる彼の意思を継ぐ者たちは、彼が逮捕されても王国への攻撃を止めず、王国の破滅を狙い日夜活動を続けていた。
「一体なぜ、彼女たちはそこまでしてアルカディア王国を狙うのかな?」
「さあ、あたしには分からない。まあ、どこの国だって宗教とか民族間の争いはあるものだから、根深い因縁があるのかもね……」
そう言うアオイは心なしか寂しそうな顔をしているような気がした。でも、いくら国に恨みがあるといっても、罪のない人々を殺していいはずがない。難しい問題ではあるが、なんとか「鉄の翼」を止めなければならない。
あのフードの魔術師も、この国に恨みを持っているのだろうか? 恨みを持ち憎しみをぶつけてくる相手とは、戦いでしか解決の糸口を見つけることはできないのだろうか? 話し合い、平和的な解決を模索する術はないのだろうか?
この手の力は、決して力で相手をねじ伏せるためだけに与えられたものではないはずだ。ハルカの代用品でしかない俺だけれども、勇者代理であるのなら、俺は彼女が成し遂げようとしたことにまで辿り着く必要があるだろう。
「お疲れ様ですみなさん! 少しヒヤッとしましたが、流石はリア。あの破壊力の前では『鉄の翼』風情、手も足もでないでしょう。ハルトも見事な幻影魔術でした」
敵を倒したはいいが学校の床の大部分を吹き飛ばしてしまっただけに、セレスティアは後処理にてんやわんやのようだった。それでも彼女はしっかり作戦を遂行した俺たちを労いに来てくれていた。
「勇者さん!」
ふと、俺に声を掛けたのは人質となっていた学生の内の一人だった。髪の毛を左右でリボンで縛ってお下げにしたその少女は俺の元へと駆け寄ってきた。彼女は照れているのか、遠慮がちに俺の目を見ながら言った。
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございます。あの、いらないかもしれませんが、これ、もらってもらえませんか……?」
そう言って、彼女は自身の髪を縛っていた水玉模様のリボンを外し、俺に差し出したのだ。
「こ、これを、おれ……あ、いや私に、くれるの……?」
「はい! これ、私の一番お気に入りのリボンなんです……。あ、もちろん、嫌じゃなければですけど……」
「い、嫌なんてことはないよ! あの、ありがとね。大切にするよ……」
俺は勇気を振り絞った少女に対し、なんとかそう言葉を紡いだ。少女は嬉しそうに俺に笑いかけると、今度こそ騎士団員に連れられてこの階を後にした。
俺は少女からもらったリボンを手に持ったまま立ちつくしていた。俺は、彼女の感謝の気持ちを、まっすぐ受け止めることができないでいたんだ。
「勇者様は人気ねえ。良かったじゃない? そんな可愛いリボンを着ければもっと女の子に近づけるわね。……って、ちょっと聞いてる?」
「……え?」
「何暗い顔してんのよ? せっかく女の子からプレゼントもらったんだから喜びなさいよ」
アオイは、本当に他愛ない話として俺にそう言ったんだと思う。本当なら、確かに全然気にする話ではないのかもしれない。でも、俺はどうしても心に引っかかるものがあったんだ。
これは本来、俺じゃなくてハルカが受け取るものだったはずだ。それを、俺が受け取ってしまって本当によかったのだろうか?
彼女は、ハルカが死んだことを知らない。そして俺のことをハルカだと信じてプレゼントをくれたんだ。なのに、俺は……
「みんな! ここは崩落の危険があります! いったん全員建物内から退避してください!」
セレスティアの通る声が、俺の思考を寸断する。気付くと、人質だった学生たちの姿はなく、騎士団員もかなりまばらになっていた。これ以上立ち止まっていては明らかに危険だ。修復作業をこなす人たちの邪魔にしかならないだろう。俺は止むなくセレスティアの指示に従って建物を出ることにした。
「ヘイ、ハルト。どうかしたネ?」
学校を出る直前、リアが大きな瞳を俺に向けながらそう尋ねた。
「なんでも、ないよ」
俺はそう絞り出すのがやっとだった。
ハルカの代わりであることに悩むハルト…
リボンを握りしめたまま、彼は独り苦悩する。