第14話 シャムロック親衛隊出撃!
それは、あのシャムロックとの風呂での一件の約二週間ほど後のことだった。
「市街地で事件発生! 武装組織『鉄の翼』が市街の高校にて、学生を人質に取って立てこもっているとのこと! 総員ただちに現場に急行してください!」
突然のアラート。今の今まで訓練を行っていたアルカディア騎士団員が急いで持ち場へ駆けていく。
シャムロックの親衛隊である俺たちの集合は実に早かった。俺やセレスティアを含めた十五人が一堂に会する。
俺にとっては初めての出動。だが、勇者ハルカにとってはそうではない。初めてという言い訳は通じない。俺はハルカとして、この事件を解決させる責任がある。
すると、集まった親衛隊に向かってシャムロックが語りかけた。
「みなさんは自分の力を信じてください! みなさんなら必ず勝てます! 頑張ってください!」
「はい!!」
シャムロックの言葉に全員が気持ちを示す。
俺は一度大きく深呼吸をする。大丈夫、俺たちには力がある。アオイの指導を信じろ。親衛隊のチームワークを信じろ。アルカディア騎士団を信じろ。そしてシャムロックに成功の報せを届けるんだ。
俺たちは騎士団の誰よりも早く現場へと駆け付ける。「鉄の翼」の今回の目的は、彼らの最高指導者の釈放を要求することだった。今より三時間以内に彼を釈放しなければ、学生を皆殺しにするというのだ。更に、十分時間を要する度に学生を十人ずつ殺していくと彼らは脅しをかけてきていた。
極悪非道とはまさにこのことだ。何の罪もない人々を、あんな野蛮なやつらに殺される訳にはいかない。
「どうミナト? 敵の数は分かる?」
「……敵は二十人ほど、そのほとんどは大した魔力を持ちませんが、一人だけ、強い力を感じます」
ミナトは目を瞑り、学校内に立てこもっている武装勢力の魔力を探知する。
「その一人というのは、やはり彼女でしょうかね……?」
「彼女、というのは?」
「『鉄の翼』の幹部であり、かなりの魔力を誇る魔術師です。素早い身のこなしで攻撃を仕掛けてくるので、我々も手を焼いているのです」
セレスティアが眉間にしわを寄せながら言う。彼女がそう言うくらいだから、その魔術師とやらはかなり厄介な存在であるに違いない。しかし、険しい表情のセレスティアとは裏腹に、アオイは余裕を見せながら言う。
「まあでも、厄介なのはそいつくらいね。他の奴らはあたしらが本気を出せばイチコロよ」
「そうかもしれませんが油断は禁物です。まずは私の魔術で奴らの動きを止めます。ハルトたちはその隙に建物内に突撃して、一気に叩いてください」
「はいっ!」「わかってるわよ」「任せるネー」「任せてください」
セレスティアの言葉に対し、それぞれが思い思いの返答をよこす。しかし、掛け声はバラバラながら、俺たちが事件解決への強い意志を持っていることは疑いようもないことだった。
セレスティアが俺たちの前に踊り出る。そして学校の方に向かい、その手にワンド「シャルロッテ」を出現させる。
魔術に関しては彼女の右に出る者はいない。相手の数は決して少なくはないが、この程度を無力化することなら、彼女にとっては造作もないことだ。セレスティアは一度眼鏡をクイと持ち上げ、そしてこう叫んだ。
「大地にひれ伏せ! グラビティ・フィールド!」
途端、学校全体がドーム状の黒い光に包まれる。ドーム内では強烈な重力が発生し、敵は自由に行動することができなくなる! 魔力の効力はそう長くない。更に今攻撃を加えたことにより、自由になった途端敵が学生に危害を加えることは確実だ。ここを逃す訳にはいかない!
「みんなこっち!」
セレスティアの横にアオイが立つ。突撃部隊は、俺とアオイとリア、そしてミナトだ。勝負は一瞬だ。絶対にここで決めてやる!
アオイが目を瞑り、右手を学校の方へとかざす。俺はアオイの左手を、リアはアオイの肩を、そしてミナトは遠慮がちにアオイの左腕の袖を掴んだ。
「……目標、捕まえた!」
雄叫びと共に、彼女は右手を握りしめる。その刹那、俺たちの身体が宙を舞い、そして一気に建物内の「鉄の翼」の元へと跳躍した!
そこは学校内の講堂で、二つの階をブチ抜いたような広い空間であった。グラビティ・フィールドの影響により、講堂内の全ての人間が重力に耐えきれず地面に伏していた。
「聖なる領域!」
俺はまず、人質たちに危害が加わらないように防御魔術を施した。初の実戦ということで色々と心配ではあったがどうやら魔術の発動は問題ないようだ。これなら他の魔術も問題なく使えそうだ。
セレスティアのグラビティ・フィールドの効果が切れると、敵が立ち上がり、侵入者を抹殺せんと剥き出しの殺意を俺たちに向けた。だが、そんなもので俺たちは怖気づいたりはしない。俺たちはアオイから離れると、一気に武装組織を殲滅すべく走りだした。
俺の右手にはハルカの形見である「フェロニカ」。歴代の勇者が愛用してきた名剣は、「鉄の翼」程度の殺意など易々と真っ二つに切り裂く。中には徒党を組んで俺を襲おうとするやつらもいたが、何人かかろうとも意味はない。俺は素早く跳躍し、中空から魔力弾を放った。
「アロー・ヘッド!」
これも、かつてハルカが得意だった技だ。数多の光の矢じりが雨のように降り注ぎ、人質の近くにいる敵達を襲った!
それでも尚、ボロボロになりながらも敵は俺に攻撃を仕掛けようとする。そのガッツは立て篭もり犯にしては上出来だが、残念ながら仕掛ける相手が悪いというものだ。
「シュヴェルマー・ツィーレン!」
俺の間をすり抜けるように火球が飛んでいき、それらが悉く敵へとヒットする。建物の壁や窓ガラスを突き破り、やつらが吹き飛ばされていく。訓練では見てきたが、相変わらず彼女の魔力の破壊力は規格外だと俺は思った。
「Niceネ、ハルカ! この調子でいくネ!」
戦いでテンションが上がったのか、リアはピョンピョン跳ねながら次の目標へと狙いを定めていく。もはやそれはパンチラなんてレベルではなく、完全に彼女の派手なオレンジ色のパンツが俺の目に焼き付いてしまうほどだった。俺は無駄とは思いながらも、必要以上にショーツを露出させないようにミニスカの裾を正した。
「そんなの気にしてる場合じゃないでしょ!」
「あ、ごめん。でも、できればパンチラはしたくないし……」
「そんなに気になるなら長いの履きなさいよ!」
「いや、だって長いのにしたいって言うとセレスティアが怒るんだもん……」
俺がそんなことを言うと、アオイははあと大袈裟に溜息をついた。
「ったくもう……。こんな情けないやつが勇者だなんて聞いて呆れるわ」
「じゃあ、アオイは恥ずかしくないのかよ!? アオイだってスカートそんなに長くないじゃん!」
「……あ、ああ、あたしはスパッツ履いてるから大丈夫なのよ!」
「スパッツだと!? そんなの全国の男性読者に対する裏切りだ!」
「意味分かんないわよ!?」
俺のふざけた嘆きにもしっかり突っ込んだアオイは、自身の槍「ローレライ」で俺への苛立ちをぶつけるように敵を殴り飛ばした。そしてよろけた敵に対し、今度はミナトのハンマー「シャリオヴァルト」が炸裂する!
ハンマーを食らった敵は床を突き破り、階下へと墜落していった。
「すご……」
あのアオイすら思わずあんぐりするほどの破壊力。打撃力ならリアにも全く引けを取らない。それが小柄なゴスロリ少女から繰り出されているのだから余計に恐ろしい。
あまりに出鱈目な攻撃を繰り出す俺たちに恐れをなしたのか、敵の一部は人質には目もくれずにその場から脱出しようと走りだす。だが、それを見逃すほど我々は甘くない。犯罪は許さない。罪を犯した者は償わせるのが道理というものだ。
「逃がさないわ! 『あおいの糸』!」
アオイの手から放たれたのは、青い光を放つ糸の形に形成された魔力の塊だった。それは逃げる「鉄の翼」を一気に三人も捕まえてしまった!
更にアオイは右手を大きく振ると、糸に絡め取られた三人が空中へと投げ出され、そのまま地面へと叩きつけられた。
「危ないアオイ!」
糸を操るアオイの隙をつき、倒れていたはずの敵がアオイにナイフで攻撃を仕掛けようとする。しかし、アオイは左手から同じく糸を放ち天上へと貼りつけ、糸に引っ張られるように跳躍し敵の攻撃を余裕でかわしてみせた。そしてアオイが空中で右手を振りかぶると、糸で絡め取られていた三人はその敵に向かって思いきりたたきつけられた!
「凄いなみんな。ハルカがみんなに全幅の信頼を置いていた理由も分かる気がするよ」
今は亡きハルカも、仲間に頼もしさを感じながら戦場を駆けていたんだろう。あらかた敵が片付いた頃、下の階から大勢の足音が鳴り響いて来ているのが俺たちの耳に届いていた。どうやら、親衛隊の他のメンバーがやって来たのだろう。学校を囲んでいた他の武装組織も排除が完了したようだ。
「これで完全制圧ね。今回は楽勝だったわね」
「いや、待ってください。まだ彼女が見つかっていません」
そう言ってミナトが険しい表情で辺りを見回す。しかし、どこにも例の魔術師の姿は見つからない。確かにここに来る前は彼女は建物内にいたはずだ。にも関わらず、これだけ仲間がやられても姿を現さないなんてどういうことなんだろうか……?
「これはまさか、罠……?」
「今さら気付いたの? アルカディア王国の勇者ともあろう者が、随分とだらしないわね」
「!?」
声のする方へと、俺たちは一斉に視線を向ける。講堂の上部、割れた窓の所に、その人はいた。
彼女はフード付きのマントをはおっており、その表情を見ることは叶わない。だが、その人が不敵に笑っていることだけは分かった。彼女は俺たちに向かって何かを投げつけた。
俺たちがそれを避けると、それは地面に突き刺さった。それはナイフだった。そして彼女は、
「いらっしゃい、袋のねずみさん」
そう言って、自身の指を鳴らした。瞬間、俺たちの足元が光った。
それは魔法陣だった。俺たちの足元、そして俺たちの周囲にはナイフ。なんとナイフが魔法陣を形作っていたのだ。俺たちはすっかりその魔法陣の中にとらわれてしまっていた。
「何よこれ!?」
魔法陣から光の蔦のようなものが伸びる。そしてそれは、一気に俺たちを縛り付けてしまったのだった。
続きます!