第12話 七色の魔術
6/21 11話から13話を差替えました。ご迷惑をおかけしますが、引続きよろしくお願いします。
空を舞う俺を見てアオイが疑問を投げかける。
「あいつ、セレスティアと同じで風属性の使い手だったの!?」
だがアオイよりも俺の方がもっとこの状況を理解していなかった。というかそもそも俺は自分自身の属性すら分かっていないのは言うまでもないことだとは思うけど……。
「分からないケド、何の属性であってもワタシには関係ないネ! シュヴェルマー・ツィーレン!」
息つく間もなくリアが火球を放つ。一体あの身体のどこにこれだけの体力があるのかと勘繰りたくなるほど、その火球はとんでもない量であった。
絶え間ない攻撃を俺は紙一重で交わしていく。しかも俺は二人の攻撃のみならず、セレスティアの攻撃も避けないといけないので、俺は集中力をなんとか途切れさせず、懸命に攻撃を交わし続けた。
「はあ、はあ……。ええぃ! チョコマカと動き回りマスね!」
そう言いつつも、これだけ猛スピードで逃げている俺に毎度照準を合わせてくるリアの技術もとんでもない。それに、俺だっていい加減に体力がやばくなってきた……。さすがに、これ以上逃げ続けることは厳しいかもしれない……と、俺が少し気を緩めた時だった。
「『あおいの糸』!」
「しまった!?」
気付いた時には、青い光を放つ糸のようなものが俺に絡みついていた! 僅かに生まれた隙をアオイは見逃さなかったのだ。
この状況がまずいことは誰の目にも明らかだ。これではリアの攻撃から逃げることができない。しかも、なにやらこの糸からは強烈な冷気を感じるんだ。それはまさに、身体を凍て付かせてしまうほどの冷気だった。まさか、アオイはこのまま俺を凍らせるつもりなのだろうか!?
「ナイスね、アオイ! これでfinishネ!」
動きの鈍った俺に、リアがさっきよりも大型の攻撃を飛ばしてくる。今度こそ、俺は本気でヤバいと思った。
だがその瞬間、またしても俺の頭の中に新しい魔術のアイデアが流れ込んできたんだ!
それは、アオイの糸から逃れる術、そしてこの状況を打破できる術だった。
リアの火球が大爆発を起こす。その瞬間俺はある方法を用い、アオイの拘束から逃れることに成功した。
俺の眼前には爆発による煙が広がる。それはリア達が見えないという点で非常に厄介なことだった。だが、それは裏を返せば向こうも俺の姿を捉えることはできないということに他ならなかった。
そしてここで、俺は先ほど思いついた新たなる魔術を発動させた。
「リア! そっちよ! あいつはあたしの『あおいの糸』から逃れているわ!」
リアに迫る影を捉えたのか、アオイは大声でリアに知らせる。それを受けてリアもすぐさま飛び掛かってくる影に狙いを定めた。そして、いつものように火球を飛ばしたのだが……
「な、なんネ!?」
「まさか、幻影!?」
リアとセレスティアが当時に驚きを示した。飛び掛かってくる俺に対して攻撃を加えたつもりが、まさか攻撃が俺の身体をすり抜けてしまうとは思いもしなかったのだろう。
「こっちだリア!」
俺は何もないところを探し続けるリアに向かって叫んだ。そして振り返る間も与えず、俺は次なる魔術を発動させた。
「スプラッシュ・ストリーム!」
それは水の魔術だった。大量の水が空から滝のように降り注ぎ、リアに襲い掛かったのだ!
「No kidding!? シュヴェルマー……」
「無駄だあ!」
その水のあまりの多さに、リアの炎はあっさりかき消される。そしてそのまま、叫びとともにリアは濁流に飲み込まれていった。
大水のせいで一気に中庭が水浸しになる。このままでは城にまで水が入り込みかねなかった。だから俺は、大惨事になる前にその魔術を全て消し去ったのだった。
後には雨が降った後みたいに濡れている地面と、同じくびしょ濡れのまま地面に突っ伏しているリアが姿を現した。リアの服は水で流されたのか、今の彼女は下着ぐらいしか身に着けているものがなくなってしまっていた。戦闘不能のリアは呻くように声を発した。
「おー、まい、ごっど……」
「り、リアが、やられるなんて……」
倒れているリアを見て、さすがのアオイも唖然としている。すると、すぐにセレスティアが言った。
「こ、これにて勝負あり! ルール通り、これでハルトの勝利です!」
「……お、俺が、勝ったのか?」
そう言えば、戦いに集中するあまりこの訓練のルールをすっかり忘れていた。俺はリアに攻撃を当てることができた。ってか一発どころかほとんどノックアウトしちゃったけど……。
ま、まあなんにせよ、これで俺は第一段階合格だ! これでアオイも何も文句はないだろう。
「まさか、これだけ多彩な魔術を繰り出せるなんて……遥だってここまでのことはできなかったのに……」
アオイは何やら一人で呟いているので、俺はそんな彼女に声を掛けた。
「アオイ?」
「……へ? え、えっと、何?」
「何って、さっきからどうしたのさアオイ?」
「べ、別に、なんでもないわよ!」
「お、怒られても困るんだけど……」
「お、おお、怒ってなんていないわよ!」
「いや、怒ってんじゃ……ま、まあいいや。とにかく、これで俺は合格ってことでいいんだよね?」
「……え、ええ。まあ、そういうことになるわね……」
よくわからないけど、なぜかアオイは上の空のようだった。一体どうしたと言うのだろうか?
俺が混乱していると、まともに答えてくれないアオイの代わりにセレスティアが応えてくれた。
「これだけの戦いを見せられては、アオイが混乱するのももっともですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。魔術師にはそれぞれ属性があることは、あなたももうお分かりですよね?」
セレスティアの問いに対し俺は頷いてみせた。
属性については、いくら魔術素人の俺でもこの戦いを通じてなんとなくは理解できた。
リアの属性はあれだけ火球を飛ばしてきていたんだからやはり「炎」だろう。あと、アオイが言っていたように、セレスティアの属性は「風」ということで間違いないはずだ。
「ちなみに、属性は、”光”、”闇”、"炎"、"水"、"氷"、”風”、そして”鋼”があって、全部で七種類となっています。通常であれば、魔術師は得意な属性の魔術を重点的に使用します。自分に適した魔術の方が威力を高めることが容易だからです。その逆で、自分に適性のない魔術を使用すると威力が下がったり、そもそも使えなかったりします。にも拘らず、あなたは様々な属性の魔術を相当な威力で使用していました。これは本来であれば、あり得ないことなんですよ」
なるほど、人によって得手不得手があるのはどこの世界も同じということか。でもだとしたら、どうして俺は色々な魔術を普通に使うことができるんだろうか……? それが普通でないとするならば、俺という存在は極めて異質な存在ということになってしまうんだが……。
「ハルト、確かにあなたの能力には謎が多い。ですが、それを良くないことだと思う必要はありません」
「そ、そうなんでしょうか……?」
「もちろんです。あなたのその圧倒的な能力は、まさしくアオイが言った通り、敵が抵抗する気力すらなくさせるほどの能力になり得るはずです。だからあなたは、その力を更に伸ばしていかなければなりません」
セレスティアはそう言って俺の肩に手を置いた。もしかしたら、彼女なりに気を使っているのかもしれない。だったら、いつまでも落ち込んでいる訳にもいかない。
「分かりました。俺、頑張ってこの能力を伸ばしていきます」
「その意気です。あなたならやれます」
俺が笑いかけると、セレスティアも軽く微笑んで見せた。
「アオイ、私はリアをフランチェスカのところまで運んできます。あなたはどうされますか?」
呆けたままのアオイに対してセレスティアが問いかける。するとようやくアオイは我に返って応えた。
「……あ、あたしは、訓練の続きをやるわ! まだ時間的に休むには早すぎるし。ハルト、あんたも来なさい」
「え? お、俺もなの?」
「当たり前よ。この程度で訓練が終わると思わないでよね! 分かったらさっさと返事!」
「わ、分かったよ……。それじゃ、よろしく頼みます」
「それじゃ、早速飛ばしていくから、最後までついてきなさいよ!」
そう言ってアオイが走り出す。俺はその背中を追って同じく走り出した。
その途中で、アオイが不意に俺に尋ねた。
「ねえ、さっきあたしが糸であんたのことを縛った時、あんたはどうやって脱出したの?」
「ああ、あの時は、アオイが糸を使って俺を凍らせようとするから、きっとアオイは氷属性の攻撃が得意なんだと思って、”炎”なら溶かせるかなって思ったんだ。だから炎属性の魔術を使ってみたんだよ」
「使ってみたんだよって、随分簡単に言うわね……」
どうやら俺の言葉にアオイは随分驚いているようだった。
かつての勇者、ハルカが得意としていたのは光属性の魔術だった。そんな彼女も、他の属性の魔術を簡単に使いこなすことはできなかったらしい。
そういうアオイも、決して他の属性の魔術が使えないことはないらしいが、別の属性の魔術を使うには、その都度自分の中でブースト(の様なイメージ)を切り替える必要があるらしく、そう簡単に属性の違う魔術を連発することはできないらしい。
「あんたの場合、まずあたしの糸から逃れるために炎魔術を使った。そしてそのすぐ後にリアの目を誤魔化す幻影を使った。これは闇魔術だから全然タイプが違うわ。しかもそれらを、あんたは風魔術の『エアー・ライド』を使いながらやってしまっている。それがいかに難しいことであるかは、なんとなくわかるわよね?」
「確かに、そう言われると、なるほどとは思うね……」
「そういうことよ。しかもあんたは、魔術を使い始めてまだ二日目。それはつまり、これでもあんたは魔術に不慣れな部類に入るということよ。そんなあんたが経験を重ねて魔術に慣れれば、それはそれはとんでもない力を発揮することになるでしょうね」
アオイがニヤリと俺に笑いかける。あ、この子凄く悪そうな顔してる……。
「まあそう構える必要はないわ。あんたの力を使えば、今度こそアルカディアを救えるかもしれない。そしたら……」
何かを言いかけてアオイは言葉を切る。俺は気になって問いかけた。
「そしたら、なに?」
「……な、なんでもないわよ! ほらっ! いつまでも喋ってる時間はないわ! あたしに付いて来なさい!」
「う、うん!」
それから俺たちは、昼休憩を挟み、夕方まで訓練を行った。アオイの訓練は俺が考えていた以上に厳しかったことは想像に難くないだろう……。