第11話 訓練!
6/21 11話から13話を差替えました。今までのお話を気に入っていただいていた方々には大変申し訳ないのですが、ご理解いただければと思います!
「逃げずによく来たわね、ハルト」
アオイが悪い笑顔で俺を出迎える。そりゃ勇者として戦うと決めた翌日から逃げるほど俺も弱虫じゃない。しかも、親衛隊でピカイチの実力を誇るアオイのご指名とあれば、尚のこと出向かない理由がない。
ちなみに、今日は俺が無理やり女体化させられた生涯忘れられないであろう日の翌日で、そしてここは巨大なアルカディア城の中庭だ。俺は今日も嫌々ながらもセレスティアによる女体化を済ませ、勇者の装束をまとってここに来たという訳だ。
俺が到着した時には既にそこには、アオイの他にハイテンションガールのリアの姿もあった。もしかして、アオイだけでなく彼女も俺の訓練に付き合ってくれるのだろうか?
「おはよう、アオイ、それにリア」
「ぐっもーにん! ハルト!」
昨日初めて会った時と寸分変わらぬ明るさで挨拶を返すリア。それにしても、彼女は喋るたびに一々ぴょんぴょん飛び跳ねるものだから、その度にスカートがめくれそうになって目のやり場に困る……。
「えっと、今日からよろしくお願いします、と言うべきなのかな……?」
「そんな堅苦しくなる必要はないわ。あたしはあんたを鍛えるだけ。先輩ぶるつもりもないし、それ以外を教えることもないわ。それじゃ、時間ももったいないし、早速始めましょうか」
アオイはそう言うと、どこからともなく自身の得物である槍を取り出した。俺も彼女に倣い、勇者の剣「フェロニカ」をその手に出現させた。
セレスティア曰く、アオイが個人的に訓練をつけることは異例中の異例なのだとか。普段は訓練場で他者を寄せ付けない剣幕で一心不乱に訓練に打ち込んでおり、そのストイックさは騎士団の中でもかなり有名なことらしかった。
そんな彼女の訓練とは、一体どんなものなのだろうか? 俺はかなり身構えながら彼女の言葉を待った。
「ハルト、あんたは勇者になることがどんなことか、考えたことはあるかしら?」
「それは、想像を絶するような困難に立ち向かうことだと思うけど……」
「それも間違いじゃないわ。でもまあ、簡単に言えば、勇者になるなら圧倒的な実力を誇っていないと駄目ということね。敵が抵抗することすら馬鹿らしいと思わせるほどの桁外れの力が、あんたには必要なのよ」
俺はただならぬ雰囲気のアオイの様子に思わず唾を飲み込んだ。
そして彼女は、訓練の内容について語り始めた。
「今日の訓練は実にシンプルよ。今からあたしとリアがあんたをひたすら攻撃するわ。あんたは、そんな不利な状況下であたしたちに一発でも攻撃を当てられたら第一段階はクリアよ」
「え!? ……ちょ、ちょっと待って! 攻撃するって、俺を二人がってこと? いくらなんでも、素人の俺が二人を相手にするなんて厳しいんじゃ……」
「甘いネ、ハルト。勇者ならこの程度はアサメシマエにしてほしいところネ!」
「しかも、それだけじゃないわ。あんたはあたしたちの攻撃を避けながら、尚且つ、セレスティアの攻撃も避けないといけないのよ」
「ええ!?」
俺が驚いて思わず振り返ると、そこにはワンド「シャルロッテ」を既に構えて眼鏡をキラリと光らせているセレスティアの姿があった。明らかに容赦する気がなさそうなのですが……。
「セレスティアが使うのは、『女体化解除』の魔術よ! それを食らったら、あんたはその格好のまま女体化が解けることになる。つまり、もしあんたがそれを食らえば、あんたはただの女装趣味の変態に成り下がるってことよ!」
「ええ!?」
なんだそりゃ!? いくらなんでも無茶苦茶だ! 昨日初めて魔術を使った人間に対して三人で勝負を仕掛けるなんて!? しかも、女体化させられているだけでも恥ずかしいのに、魔術を食らったら変態扱いされる状況になるとか酷すぎやしませんかね!?
と、俺が大層不満に思っていると、セレスティアは俺にこう耳打ちした。
「ハルト、私はあなたを信じています。あなたなら……ハルカの力をも上回るあなたなら、今回のことぐらいは突破できます。だから、お願いします」
そう言うセレスティアの表情は真剣そのものだった。
訓練の内容は、まあ、あまりに突拍子もないものだ。だが、セレスティアが俺を信じていると言ったのは、きっと嘘じゃない。ならば、俺は昨日の決意を嘘にしない為にもここは勝たねばならないだろう。
そして、それをもってアオイたちに意志を示すんだ。俺がいかに、本気なのかということを!
「分かりました。訓練の内容自体は突拍子もないけれど、それでもやると決めたからにはやります! どんなことでも、俺は必ず勝ちます!」
「よく言ったわ。それじゃ、遠慮なく行かせてもらうわ。セレスティア、あんたが合図をしてちょうだい」
アオイがセレスティアにそう言うと、セレスティアは黙って頷いた。
俺たちは互いに武器を構える。一応言っておくけど、武器は訓練仕様になっており、いくら攻撃を食らわせても相手が死ぬことはない。もちろん、痛いのは痛いんだけれどね。
そして、ついに……
「訓練、始め!」
セレスティアの号令により、訓練がスタートした! すると……
「速攻で潰させてもらうネ!」
誰よりも先行して、リアが飛び出したのだ! そして彼女は黒色の杖を取り出し、それを空中にかざしてこう詠唱した。
『大いなる神々の火を、かの者を焼き尽くし、汝の元へ送り賜え……』
俺は瞬時にマズいと思った。魔術に関してはてんで素人だが、その詠唱が何か特別な魔術を使うときのものであることを俺は悟っていた。俺はすぐさま防御姿勢を取った。
「ブレンネン・シュラーク!」
彼女の杖の先からとんでもない大きさの火球が繰り出される。そしてそれは俺の方まで飛んでくると、途端に大爆発を起こしたのだ!
「HAHAHA! 早速だがこれで終わりネ!」
リアの絶叫が響き渡る。確かにそれは物凄い攻撃だった。並みの相手なら一撃の元に平伏させることができるだろう。
だが! 俺はこれでも勇者の役割を任された人間だ! そんな人間がただの一撃でダウンさせられるようなことがあってはならない。
俺は完全に手探りながらも、瞬間的に防御壁を展開させていた。おかげでリアの攻撃をほとんど無傷で受けることができたのだ。
「リア! 油断しないで! ハルトに今の攻撃は効いていない!」
さすがと言うべきか、アオイはすぐに事態を察するとリアに注意を促した。
俺は爆煙から抜け出すと、なんとか反撃しようとフェロニカを構えた。だが……
「Shit! しかし、ハルトには攻撃はさせないネ! 『シュヴェルマー・ツィーレン!』」
間髪を容れずに、リアは今度はさっきよりは小さいながらも、相当な数の火球を飛ばしてきたのだ! そのあまりの多さに俺はたじろぐ。それでも必死にそれらを交わしていく。
「そればかりに気を取られている暇はありませんよ」
その間に、セレスティアが例の「女体化解除」の魔術を放っていた。俺はなんとかそれを回避したが、その代わりにリアの火球を食らってしまった。
「うわあ!?」
俺は数メートル先まで吹き飛ばされる。それでも、どうやら俺の防御力はそれなりらしく、それほど大きなダメージを負ってはいなかった。俺はすぐに体勢を立て直すと、今度は向かってくる火球に向かって剣を思い切り振った。
フェロニカに火球がヒットし、それが彼方に飛んでいく。その様子を見て、リアが悔しそうな表情を浮かべて言った。
「まさか、打ち返すナンテ……。But, ワタシも先輩として、そう簡単には負けられないネ!」
「ちょっと! あんまり無鉄砲に突っ込むのは……!」
アオイの制止を振り切り、リアがこちらに突っ込んでくる。
またあの強烈な一撃を食らってはさすがに堪らない。そう思っていると、不意の俺の頭の中にとある魔術のイメージが浮かんだ。それは昨日、セレスティアに襲われたときに咄嗟に出たあの魔術だった。
今度はそのイメージはより鮮明となっていた。俺は頭に浮かんだ魔術を、今度は自信を持って発動させた。
「エアー・ライド!」
「と、飛んダ!?」
俺は風に乗って、一気にその身体を舞い上がらせた。
まさか俺が空に逃れるとは思っていなかったのか、リアは驚愕の表情で俺を見つめていたのだった。