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あなたの心に暖な魔法を  作者: 陽詩麗
お伽の店
2/16

質問タイム

 温かな外見とは反して、家の中はきんきんに冷え込んでいて思わず身を掻き抱いた。

「当たり前よ、わたしだって外出してたもの。……待って、すぐに火をつける」

 そう言った彼女も、また身を縮めながら暖炉の元まで駆けて行った。

 大きめの観葉植物の隣に靴箱が置いてあり、中から勝手にスリッパを引き出して足を突っ込み中へと上がる。広いワンルームで、喫茶店のようにテーブルとイスのペアがそれぞれ三つずつ置いてあり、奥にカウンター席と暖炉。その奥の暖簾の向こうはキッチンらしかった。暖簾の隣には階段が見える。おそらく二階が彼女の生活空間なのだろう。

 所々に外で見たのと同じランプが吊るされており、間接照明としては暖炉と相まっていい味を出していた。

「どうやら店っぽいけど、あんたがここの店主なの?」

 しゃがみこんで火を灯していた彼女が振り向き、こくりと頷いた。

「二代目」

「へぇ」

 一人で切り盛りするには随分若いと思った。ぼくと同い年か一つ二つ上ってところか。長く艶めかしい黒髪が光の当たり加減に寄ってかすかに透けて見えるような気がして思わず見とれた。……というか、そもそもにここ何の店だ?喫茶店か?

 ぼやっと暖炉の火のおかげで明るくなる室内。電灯というものをつけなくても暖炉とランプのおかげで十分足元がよく見えた。まだ室内は温まっていないはずなのに、暖炉の火を見たせいなのか焦っていた心がだんだんと落ち着いてくる。なぜかわからないが妙に落ち着く。

 勝手にカウンターの椅子に腰を落ち着かせる。……が、何も敷かれていないため当然尻が冷たくてすぐに腰を上げてしまう。やっぱり暖炉の前にいるのが一番か。

 ふと彼女の背中に目をやると、明るくなって初めて気づいたが喪服を着ていた。……葬式帰りか?こんな深夜に?ただの趣味なんてことはなさそうだが、でもこういう格好が一部では流行っているらしいし……敢えて気にしないでおくことにしよう。そんなことよりももっと他に気になることが山積みなのだ。

「さっき言ってたことだけど、感情を抜き取るってどういうこと?」

 唐突な質問を投げかけてみる。彼女はすっと立ち上がると、上着をハンガーにかけながら答えてくれた。

「そのままの意味よ」

「そのままって……」

 どうやってだよ?そういう技術やテクノロジーがあるのか?

「貸して」

 彼女が手を差し出した。片手にはハンガー。

「あ、どうも」

 ぼくも慌ててコートを脱いで彼女に渡す。彼女はぼくのも一緒に壁に並べて掛けてくれた。

「うちの業務にはお客様のはっきりとした同意の意思が必要なの。曖昧じゃだめ、無理強いもできない。だからもう一度訊きたい」

 彼女はカウンター越しでぼくの前に立ち、真っ直ぐに見つめてきた。その強い視線からは逸らすこともかわすこともできなかった。額にじわじわと冷や汗が浮かんでくる。

「本当に感情を失くしたい?」

 冷たい声だった。例えるなら、なんの感情もこもっていないような声。失くせるのならば当然ぼくは……。

「──できるもんならね」

 ぼくがそう答えたあとも、彼女はじっとぼくを見ていた。ぼくの目を見ていた。ぼくも彼女の目から目を離せなかった。

 ……やがて、先に目を逸らした彼女はこくりと頷いた。

「うん、わかったわ」

 ひとりでになにかに納得すると、両手を重ねて丁寧に頭を下げてきた。

「改めまして。献情屋オーナー、涼子りょうこと申します」

「けんじょうや?」

 聞いたことのない言葉だった。

「献金の献に感情の情。お客様の感情を抽出し、その感情を別の方へと受け渡す。それが『献情屋』よ」

 感情を抜いて……感情を渡す……?

「そんなことできんの?」

「できなきゃこんなこと話してない」

 予約入ってるって言ってたし、ひとまず信じるとするか。

「あまり知られていないから無理もない。そうでなければ、わたしの力はきっと悪いことにも金のためにも使われることになる。だからこうしてひっそりと開いてるの」

 なるほど。店なのに表に看板とかなにもなかったのはそういうことか。それじゃあ、客はどうやってこの店のことを知って来るんだろうか?道端で彼女からスカウトでもされるのか?

「いくつか訊きたいことあるんだけど。というか山ほど」

「そうでしょう。どうぞ」

 彼女はすんなりと了承してくれた。どれから訊けばいいか……。しばらく悩んだ末に、やっぱり一番気になることから訊くことにする。

「感情を抜いたらその人はどうなるわけ?」

 彼女は、一拍置いてすぐに答えた。

「感情と一括りにしているけど、お客様のご要望である一定の感情を抜くの。例えば“幸せな感情”を抜くとき。幸せと一概に言っても、嬉しくて幸せなときと楽しくて幸せなときと数えればきりがないほど何通りもある。欲しいものを貰って幸せなときと、美味しいものを食べて幸せなときの気持ちは違う、とか。そうじゃない?」

「まあたしかに、言われてみれば」

「わたしはお客様の細かいご要望にまでできるだけ応えたいの」

 そう言って、彼女はカウンターの脇に置いてあったおしぼりを手にとった。

「ここでは“欲しいものを貰って幸せな感情”を例にしましょ。その感情を抜けば当然、欲しいものを欲する感情も誰かから物を貰ったときの幸せな感情も失くなる。つまりは物欲とそれにまつわる感情が全て一切消える」

 ピリッと包装紙を破ると、中のおしぼりを取り出した。空になった包装紙とおしぼりを並べて置いて見せる。おしぼりを持たない包装紙。包装紙を持たないおしぼり。

「なるほど。記憶が失くなるに近いわけか」

 彼女は頷いた。

「そういうこと。物欲という感情がその人にはそもそもなかった、存在してなかった。そういうことになるわ」

 感情を抜いたらその感情にまつわる記憶もなくなる。普通に便利だと思った。それでも一歩間違えれば、今までの人生のほとんどの記憶を失くす。自分で自分の感情や記憶を偽ったり誤解したりしたままで生きてくることだって多いのだから。

 彼女が「次は?」と訊いてきた。彼女もどうやら答える気満々らしい。

「他人に受け渡すって言ったよね?それはどういう意味?」

「献情屋はお客様の感情を抜いてそれで終わりじゃない。ご要望に応えて特定の人物へと受け渡すこともできるわ。たとえば、物欲がない人間。産まれた時から両親に全てのものを与えられ、なにかを欲しいと思う暇もないほどに身の回りにはたくさんの物が揃えられてあり、なに不自由なく育ったまるで人形のような人間。そんな人が家を出て独立するなんて社会的にも問題がある。そういうときにこの抽出された“欲しい物をもらって幸せな感情”を受け渡すことで、その人は初めて物欲が持たれ、独立し、一人の人間として生きていける」

「つまりは移植みたいなもんか……」

「移植と違うのは、抜くほうの人間がまだ生きているということ。大事な感情を抜く意思があるくらいには精神が死んでいるけど」

 お客様の意思が大事というのはそういうことなんだろう。それこそ同意なんて絶対条件だ。

「あんたは力って言ったよね?医学や化学の技術でするんじゃないの?」

 どうやら愚問だったらしい。彼女は不服そうにかすかに眉間の間にしわを寄せた。

「そんなのが発明されてたら世の中に広まってとっくに大ニュースになってる。わたしの力よ」

 力って言ったってそんなファンタジーじゃないんだから。

「超能力みたいなもん?」

「できれば魔法って言ってほしい」

 ふっと鼻から笑いが出た。

「それは無理だろ、人の感情を選別して抜くんだぞ?処刑人みたいなもんだ」

 思わず自分の口からついて出た言葉にちょっとだけ反省し、口を押さえた。今彼女が真剣に答えてくれたこと全てを否定してしまったようなものだったから。でも──

「そうね」

 彼女は怒りもせず悲しみもせず、すっと目を伏せて肯定した。その横顔が美しくて、でもどんな感情が浮かんでいるのかはわからなかった。ただただ儚かった。……どうしてそんな顔になるんだろうか?

「質問タイムは終わり?」

 腕を組んだ彼女。

「それじゃあ、最後に一つだけ」

 これだけはどうしても訊きたかった。オーナーが客の意思を確認するように、客がオーナーの意思を確認するのも必要だと思った。

「あんたは自ら望んでこういうことをしてるの?」

 彼女はなにも答えなかったし、表情もなに一つ変えなかった。ただ、首だけを小さく縦に動かした。

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